文化に合わせて減らせているのは、自分から辞めることではなく、辞めさせられることのほうだった
文化が合う会社を選べ、という助言には二つの数字が付いてくる。どちらも原著が見つからない。そして、この話題をもっとも精密に測った研究が言っているのは、助言とは別のことである——合うことで減るのは、辞めさせられるほうだ。
前の単位で、一つの職務との一致度という量を見た。ここでは対象を広げて、その職務が置かれている集団のほうを見る。
持ち場を狭めておく。組織文化を型に分ける議論や、職場の中で発言できるかという話は、組織の基盤の棚が扱った。ここで扱うのは、入る前に文化を見極めよ、という助言が、どこまで確かめられているか——それだけである。
二つの数字を、たどれるところまでたどる
この助言には、たいてい二つの数字が付いてくる。「人と組織の適合は離職意図を有意に下げる(β=−.35)」と、「文化適合が高い入社者は1年後の評価が平均22%高い」である。
どちらも原著にたどり着けなかった。査読誌の索引を、組織との適合・離職意図・標準化偏回帰係数の組み合わせで引いても、この β の出どころは出てこない。「1年後22%」のほうは、出典を書いていない採用支援の資料の中でだけ見つかった。
ここで一つ、紛らわしいものを先に外しておく。前の単位に −.35 という値が出てきた。あれは相関係数であって β ではなく、標本はカリブ海の1社の94人である。字面が同じでも、別の量・別の標本である。出どころとして結びつけてはいけない。
言えるのは、公開されている範囲では一次情報に到達できなかった、ということだけだ。「存在しない」とは書けない。
いちばん精密に測った研究は、別のことを言っている
査読誌の側で、この話題をもっとも細かく測ったのは2016年、*American Sociological Review* に出た研究である。ある技術系企業の従業員601人が5年間にやりとりした1,024万通の社内メールから、言葉づかいの重なりを使って文化的な適合を推定した。本人に「合っていますか」と訊いていない。
結果はこうだ。人脈の制約は達成を妨げ、文化的な適合は達成を促す。ただしそこにはトレードオフがあった。文化的な適合が効くのは人脈の制約が小さい人(橋渡し役)だけで、逆に人脈の制約は、文化的な適合が低い人の達成を押し上げていた。
「合えば得をする」ではない。「合うことが効くのは、どの位置にいる人か」である。
減っているのは、自分から辞めることではない
同じ企業のデータを使った続きの研究が、2018年に *Management Science* へ出ている。1,000万通を超える社内メールから、一人ひとりの言葉づかいが時間とともにどう変わるかを追った研究だ。
要旨の結論は、この単位でいちばん大事な一文である。「入社後すみやかに文化的に適合することは、非自発的な離職の危険を下げるが、自発的な離職の危険は下げない」。
言い換えれば、文化に合わせることで減っているのは、辞めさせられることであって、自分から辞めることではない。「合う会社を選べば長く続けられる」という言い方は、この二つを区別していない。
時間・変化:合っていく軌跡と、離れていく軌跡
同じ研究は、残った人と去った人で、適応の軌跡そのものが違うことも示している。とくに効くのは後半だ。いったんよく馴染んだあとで、文化的な合致が下がっていった人は、自分から辞めるほうへ向かった。
つまり文化の適合は、入口で一度測って終わりになる量ではない。上がって、保たれて、下がる。そして「下がった」という信号のほうが、「もともと低かった」よりも自発的な退職に近い。入社してすぐの居心地の良さは、その先の年月について何も保証しない。
「入る前に実像を見せる」という処方は、何を動かしているのか
では、入る前に実像を見せておけばよいのか。1998年に *Academy of Management Journal* へ出たメタ分析は、この処方を扱った40件の研究(うち26件が公刊)を集めている。2011年に *Personnel Psychology* へ出た経路分析は、52件・約17,000人を集め直した。
2011年の結論は意外な形をしている。この処方が自発的な離職に効く主な経路は、仕事の実像そのものではなく、「その組織は正直だ」という受け取られ方だった。効いているのは情報の中身ではなく、情報を出したという振る舞いのほうである。なお、効果の大きさそのものの数値は、この2本の公開されている要旨からは取れなかった。
数字が取れるのは、その隣にある1992年のメタ分析だ。31件・17,241人を集めて、「期待どおりだった」という感じが何と結びつくかを見ている。満足と .39、組織へのコミットメントと .39、離職意図と .29。ところが、実際に在職が続いたかとは .19、職務遂行とは .11 である。気分に近い指標ほど大きく、行動に近い指標ほど小さい。
そして、文化適合は選ぶ側の言葉でもある
もう一つ、向きを取り違えやすいものがある。2012年に *American Sociological Review* へ出た研究は、米国のエリート専門サービス企業で、採用側への120件の聞き取りと、採用委員会への参与観察を行った。
見つかったのはこうだ。採用は技能の仕分けだけではなく、候補者・評価者・企業のあいだの文化的な照合でもある。評価者たちは、有能であるだけでなく、余暇の過ごし方・経験・自分の見せ方において自分と文化的に似ている候補者を求めていた。そして文化を共有しているかどうかへの関心は、絶対的な生産性への関心をしばしば上回っていた。
これは求職者向けの見極めの道具ではない。選ぶ側の合理性への批判である。「文化が合うか」という言葉は、測られる側と測る側で別の意味を持つ。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、「離職」を一語で扱うことである。辞めさせられることと、自分から辞めることは、同じ言葉の下で逆の答えを返す。第二の妨げは、入口で一度だけ測ることだ。合致は上がって、保たれて、下がる。
標本の偏りを断っておく。ここで挙げた中心的な証拠は、米国の技術系企業1社と、米国のエリート専門サービス企業から採られている。日本の職場を対象にした同種の査読研究はごく少ない。メールの言葉づかいで測るという方法自体、文字のやりとりが多い職種でしか使えない。そして何より、こうした関連からは、もともと選択肢の多い人ほど、その方法を試せる、という逆向きを排除できない。文化が合わないと感じたときに辞められる人と、辞められない人がいる。
助けるのは、自分が使っている言葉の出どころを分けることである。「あそこは風通しがいい」と言うとき、その根拠は自分が見た出来事なのか、人から聞いた話なのか。
最初の一歩は5分。直近1か月で自分が口にした「その職場らしさ」を表す言葉を3つ書き出し、それぞれに、自分で見たものか、聞いた話かの印を付ける。
次の単位は 089「労働市場の現実認識」——ここまでは目の前の一社を見てきた。次の段では、その一社が置かれている市場のほうへ視野を広げる。
- 「人と組織の適合は離職意図を有意に下げる(β=−.35)」「文化適合が高い入社者は1年後の評価が平均22%高い」——どちらも、査読誌の索引と、数字を引いている資料の参考文献欄をたどった範囲では一次情報に到達できなかった。存在しないとは書けないが、根拠としてたどれる場所には置かれていない
- 紛らわしいものを外しておく。前の単位に出てきた −.35 は相関係数であって β ではなく、標本はカリブ海の1社の94人である。字面が同じでも別の量・別の標本であり、β=−.35 の出どころとして結びつけてはいけない
- Goldberg, Srivastava, Manian, Monroe & Potts 2016(American Sociological Review 81(6):1190-1222)は、ある技術系企業の従業員601人が5年間に交わした1,024万通の社内メールから、言葉づかいの重なりで文化的な適合を推定した。人脈の制約は達成を妨げ、文化的な適合は達成を促すが、両者にはトレードオフがあり、文化的な適合が効くのは人脈の制約が小さい人(橋渡し役)だけだった
- Srivastava, Goldberg, Manian & Potts 2018(Management Science 64(3):1348-1364)は同じ企業の1,000万通を超えるメールで適応の軌跡を追った。結論は「入社後すみやかに文化的に適合することは、非自発的な離職の危険を下げるが、自発的な離職の危険は下げない」である。文化に合わせることで減っているのは辞めさせられることであって、自分から辞めることではない
- 同じ研究は、残った人と去った人で適応の軌跡そのものが違うことも示した。いったんよく馴染んだあとで文化的な合致が下がっていった人は、自分から辞めるほうへ向かう。文化の適合は入口で一度測って終わりになる量ではない
- Phillips 1998(Academy of Management Journal 41(6):673-690)は、入社前に実像を見せる処方を扱った40件(うち26件が公刊)のメタ分析。Earnest, Allen & Landis 2011(Personnel Psychology 64(4):865-897)は52件・約17,000人の経路分析で、この処方が自発的離職に効く主な経路は、仕事の実像そのものではなく「その組織は正直だ」という受け取られ方だと結論した。効果の大きさの数値は、この2本の公開されている要旨からは取れなかった
- Wanous, Poland, Premack & Davis 1992(Journal of Applied Psychology 77(3):288-297)は31件・17,241人で、「期待どおりだった」という感じが何と結びつくかを見た。満足と .39、組織へのコミットメントと .39、離職意図と .29。一方、実際に在職が続いたかとは .19、職務遂行とは .11。気分に近い指標ほど大きく、行動に近い指標ほど小さい
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 組織文化との適合は離職意図を有意に下げる(β=−.35)し、文化適合が高い入社者は1年後の評価が平均22%高い | どちらの数字も、査読誌の索引と、引いている資料の参考文献欄をたどった範囲では一次情報に到達できなかった。「1年後22%」は出典を書いていない採用支援の資料の中でだけ見つかった。なお、隣接する研究に −.35 という値はあるが、それは相関係数であって β ではなく、標本はカリブ海の1社の94人である。字面が同じでも、出どころとして結びつけてはいけない |
| 文化が合う会社に入れば、長く続けられる | 同じ企業の1,000万通を超える社内メールを追った2018年の研究の結論は、入社後すみやかに文化的に適合することは非自発的な離職の危険を下げるが、自発的な離職の危険は下げない、というものである。減っているのは辞めさせられることであって、自分から辞めることではない。しかも2016年の研究では、文化的な適合が達成を促すのは人脈の制約が小さい人に限られ、人脈の制約のほうは文化的な適合が低い人の達成を押し上げていた |
| 入社前に仕事の実像を見せてもらえば、入ってからのずれは防げる。ずれが無ければ辞めずに済む | この処方を52件・約17,000人で分析した2011年の経路分析によれば、自発的離職に効く主な経路は仕事の実像そのものではなく「その組織は正直だ」という受け取られ方だった。効いているのは情報の中身より、情報を出したという振る舞いのほうである。加えて1992年に31件・17,241人を集めたメタ分析では、「期待どおりだった」という感じは満足と .39 で結びつくが、実際に在職が続いたかとは .19、職務遂行とは .11 にとどまる |
文化を見極めよ、という助言は親切な顔をしている。壁の標語を疑え、社員の目を見よ、と。ところが査読誌の側でいちばん精密に測った結果は、文化に合わせて減らせるのが「辞めさせられること」のほうだった、という身も蓋もないものである。しかも「文化が合うか」という同じ言葉を、選ぶ側は余暇の過ごし方と自分の見せ方について使っていた。見極めるべき文化は、たしかに存在する。ただしそれは、たいてい選ぶ側の手元にある。
Q1. 2018年に Management Science へ出た研究の結論は、入社後すみやかに文化的に適合することは ____ な離職の危険を下げるが、____ な離職の危険は下げない、というものである。つまり文化に合わせて減っているのは ____ ことであって、____ ことではない。穴埋め
Q2. 「β=−.35」と「1年後の評価が平均22%高い」という二つの数字について、どこを探して何が分かったかを述べよ。あわせて、前の単位に出てきた −.35 と結びつけてはいけない理由も書け。一問一答
Q3. 1992年に31件・17,241人を集めたメタ分析で、「期待どおりだった」という感じと最も弱く結びついていたのはどれか。選択
Q4. この単位が、助言に添えられた数字の出どころをたどるために踏んだ手順を、行った順に並べよ。(A)査読誌の索引を、概念と統計量の組み合わせで引く (B)助言に書かれている数字を、そのままの形で書き出す (C)「存在しない」ではなく「一次情報に到達できなかった」と書く (D)その数字を引いている資料の参考文献欄をたどる並べ替え
Q5. 1,000万通を超える社内メールから推定された、自分から辞めた人の文化的な合致の動きを、時間の順に並べよ。(A)合致が下がっていく (B)入社後に合致が上がる (C)自分から辞める (D)高い水準に達する並べ替え
直近1か月のうちで、自分が口にしたり書いたりした「その職場らしさ」を表す言葉を3つ書き出す。「風通しがいい」「体育会系」「放任」「数字にうるさい」——そういう短い言葉でよい。次に、その3つのそれぞれについて、根拠がどちらかに印を付ける。ひとつ、自分が実際に見たり経験したりした出来事に基づく。ふたつ、人から聞いた話や、書かれていたものに基づく。両方にまたがる場合は両方に印を付けてよい。判定はそれだけで、その職場や、そこにいる人の良し悪しは書かない。特定の企業名も書かない。いま働いていない場合や、これから初めて働く場合は、直近で関わった集まり(学び直しの場、地域の役割、家族の中の役割分担、求職の過程で接した組織)について同じ形で3つ書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Goldberg A., Srivastava S.B., Manian V.G., Monroe W., Potts C. (2016) 'Fitting In or Standing Out? The Tradeoffs of Structural and Cultural Embeddedness', American Sociological Review 81(6):1190-1222 — journals.sagepub.com
- Srivastava S.B., Goldberg A., Manian V.G., Potts C. (2018) 'Enculturation Trajectories: Language, Cultural Adaptation, and Individual Outcomes in Organizations', Management Science 64(3):1348-1364 — doi.org
- Rivera L.A. (2012) 'Hiring as Cultural Matching: The Case of Elite Professional Service Firms', American Sociological Review 77(6):999-1022 — journals.sagepub.com
- Phillips J.M. (1998) 'Effects of Realistic Job Previews on Multiple Organizational Outcomes: A Meta-Analysis', Academy of Management Journal 41(6):673-690 — doi.org
- Earnest D.R., Allen D.G., Landis R.S. (2011) 'Mechanisms Linking Realistic Job Previews with Turnover: A Meta-Analytic Path Analysis', Personnel Psychology 64(4):865-897 — doi.org
- Wanous J.P., Poland T.D., Premack S.L., Davis K.S. (1992) 'The effects of met expectations on newcomer attitudes and behaviors: A review and meta-analysis', Journal of Applied Psychology 77(3):288-297 — doi.org