頭の中の見本の粗さが、直せる範囲の上限になる
盤面を5秒だけ見せる。チェスのマスターは25個の駒のうち16個を並べ直せる。初心者は4個。ところが、駒をでたらめに置いた盤面にすると、マスターの成績は初心者とほとんど変わらなくなる。覚えていたのは駒の位置ではなく、意味のほうだった。同じことが、あなたが直そうとしている一つの動作にも起きている。
前の単位から:並べ方を支えている、見えない部品
前の単位で、練習を順不同に並べ替えると保持と転移が伸びる、という話をした。ではなぜ、順不同にすると区別が精緻になるのか。区別されるのは、外の世界の課題ではない。頭の中に置かれた、それぞれの課題の見本のほうだ。
この単位はその見本を扱う。学業の棚が扱う知識の体系化とは軸が違う。ここで問題になるのは、概念の整理ではなく、身体で再現すべき状態がどれだけ細かく思い描けているか、である。
5秒で16個。ただし、意味があるときだけ
1973年、チェイスとサイモンが行った実験は、この分野の原点になっている。マスター、中級者、初心者の3人に、実際の対局から取った局面を5秒だけ見せ、盤上に再現させる。中盤の局面には24個から26個の駒が置かれている。
1回目の再現で正しく置けた駒は、マスターが16個、中級者が8個、初心者が4個だった。ここまでは順当だ。
次に、同じ数の駒をでたらめな位置に置いた盤面を見せる。すると3人の成績は、ほぼ同じ低い水準に並んだ。棋力と記憶量の関係が、消えてしまうのである。
著者たちは、マスターが駒を1個ずつではなく、意味のあるかたまりとして扱っていると考えた。実際、マスターのかたまりの4分の3以上は、ポーンの連鎖、王を囲った形、同じ色の駒の集まり、という3種類の配置に収まっていた。彼が見ていたのは25個の物体ではなく、数個の状況だった。
でたらめな盤面でも、実はほんの少しだけ強い
この実験には続きがある。ゴベとサイモンが1996年にまとめた検証によれば、でたらめな配置でも、強い棋士のほうがわずかに多く思い出す傾向がある。ただしその差は統計的に有意ではない。既発表の結果はほぼすべて同じ形で、最上位の棋士が弱い棋士より少しだけ多く再現する。
もっと分かりやすい数字はかたまりの大きさのほうだ。マスターが扱う最大のかたまりは、対局局面では平均11.2個の駒だったのに対し、でたらめな配置では4.1個に落ちた。意味の構造がなくなると、専門家の道具は使えなくなる。
つまり、頭の中の見本は汎用の記憶力ではない。特定の領域の、特定の意味の構造に貼り付いている。書の達人が楽譜を覚えられるようにはならないし、その逆もない。
芸道では、この見本が採点表の代わりをする
なぜこれが芸の話になるのか。前の単位までの内容を思い出してほしい。意図的練習の条件のひとつは、到達すべき状態を学習者が頭の中に思い描けるかたちで示されることだった。そしてフィードバックの単位では、確認の前に自己判定を挟むことを勧めた。
どちらも、頭の中に比較の相手がなければ成立しない。芸道には試験も採点表もない。だから採点表の役割を果たすのは、自分の中にある見本だけである。見本が粗ければ、自分の演奏が違うことは分かっても、どこが違うかは分からない。上達の途中で誰もが通る「変なのは分かるが直せない」という状態は、才能の話ではなく、解像度の話だ。
イメージ練習の効き目を、正しい桁で見積もる
では、頭の中で繰り返せば上手くなるのか。ここは誇張が多い場所なので、数字で押さえる。
ドリスケル、クーパー、モーランが1994年に発表したメタ分析は、35研究・100個の検定・延べ3,214人を集めた。イメージ練習の効果は r = .255、標準化された差でいえば d = .527。有意で、それなりの大きさである。
同時に、比較対象も示されている。身体練習の効果は r = .364、d = .782。イメージ練習は身体練習に届かない。さらに課題の種類で割れる。頭を使う要素が大きい課題では d = .692、身体的な要素が大きい課題では d = .337。頭の中でやれることは、頭の中で決まる部分に効く。
もう一つ、あまり引用されない結果がある。効果は時間とともに急速に減る。回帰分析による推定では、およそ14日でおよそ半分になり、21日を過ぎると意味のある水準を下回った。1回のイメージ練習の適量はおよそ20分で、それ以上は伸びが鈍る。
24年後にやり直したら、効果量は小さくなった
2020年、トートらが同じ手続きで追試的なメタ分析を行った。対象は1995年から2018年に発表された37研究。効果はやはり有意だったが、大きさは r = 0.131 だった。1994年の r = .255 のおよそ半分である。
効き目が消えたわけではない。ただし、イメージトレーニングという語が背負わされてきた期待の桁とは、明らかに違う。
表象は変わる。だが成績が自動で上がるわけではない
いちばん示唆的な実験を最後に置く。フランクらが2014年に行った研究では、ゴルフ未経験者52人を4群に分けた。イメージ練習だけの群、身体練習だけの群、両方を組み合わせた群、何もしない群。各13人。3日間の練習をはさんで、成績と、頭の中の表象の構造を測った。
表象の構造は、動作の基本要素どうしが記憶の中でどれくらい近くに置かれているかを測る手法で調べる。熟達者の構造にどれだけ近いかを表す指標は、イメージ練習を含む群では 0.17 から 0.44 へ動いた。身体練習だけの群は 0.24 までしか動かない。頭の中の見本を精密にする働きは、イメージ練習のほうが強い。
ところが、3日後の保持テストでの成績の差は、群のあいだで縮んでいた。表象が良くなることと、身体が動くようになることは、同じ速度では進まない。
これが、この単位でいちばん言いたいことだ。頭の中の見本は、上達の前提であって、上達そのものではない。
時間・変化:見本は3段階で作り替わる
見本の育ち方には順序がある。最初は、外から与えられた手本の丸写しだ。全体の印象しかなく、節目に分けられない。次の段階で、動作が節目に分かれる。ここで初めて、どこが違うかを言えるようになる。最後の段階では、節目ごとに正しい感覚が紐づく。目で見た形ではなく、その形になっているときの身体の感じのほうが見本になる。
三段階目に入ると、自分で自分を採点できるようになる。逆に言えば、そこに達するまでは、外部の目が必要だという当たり前の結論になる。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるのは、イメージ練習を身体練習の代わりに使うことだ。数字は最初からそう言っている。身体練習 d = .782 に対しイメージ練習 d = .527、身体的要素が大きい課題では d = .337。時間がないからイメージだけで、という置き換えは、ほぼ確実に損をする。
もう一つは、頭の中で理想の完成形ばかり再生すること。効くのは、自分がこれからやる手順の再生であって、他人の名演の鑑賞ではない。
標本の偏りも断っておく。ここまでの証拠は、チェス、ゴルフのパッティング、実験室で扱いやすい単純な運動課題に強く偏っており、参加者の多くは欧米の学生や、記録の残る競技の熟達者だ。しかもイメージの鮮明さは自己報告でしか測れない。方向は信用してよいが、あなたの領域で効果量がそのまま d = .527 になるわけではない。
助けるのは、見本を言葉で分割することだ。頭の中の映像は、そのままでは自分でも精度が確かめられない。5つの節目に区切って1行ずつ書き出すと、書けない節目が必ず出る。そこが解像度の低い箇所である。
もう一つ助けになるのは、思い浮かべる中身ではなく、思い浮かべるときの条件のほうを揃えることだ。ホームズとコリンズが2001年に Journal of Applied Sport Psychology に発表した論文が、この点を正面から扱っている。前提はこうだ。脳は動作の記憶を中枢の表象として保持していて、実際に身体を動かすときも、頭の中だけで動かすときも、同じ表象にアクセスしている。だとすれば、イメージ練習が効くかどうかは、頭の中の再生が本番とどれだけ同じ働きをしているかで決まる。静かな部屋で目を閉じ、力を抜いて完成形を眺める、という臨床由来のやり方は、その条件からいちばん遠いところにある。
同論文が実務用に示したのは、7項目のチェックリストである。身体、環境、課題、時間、学習段階、情動、視点。順に、実際の姿勢と道具と服装のままで行うこと。本番の場所で行い、無理なら写真や映像で場所を近づけること。中身を今の自分の技量に合わせること。本番と同じ速度で、実際にかかる秒数のまま再生すること。技量が変わったら見本の中身も更新すること。本番で起きる緊張や高ぶりも一緒に再現すること。視点は原則として自分の目から見た側を使うこと。7つとも、頭の中の再生を本番の条件へ寄せるための指定だ。
頭字語は PETTLEP。語呂は悪いが、使い勝手はいい。見本を5つの節目に分けたなら、その5行を、この7項目の条件のもとで通せばいい。椅子に座ったままではなく実際の姿勢で、道具があるなら持ったまま、本番と同じ秒数で。逆に言えば、風呂やベッドの中で他人の完成形をぼんやり流すのは、7項目のうち5つか6つを外しているということになる。効かないのではなく、効く条件を外しているのだ。ただし断っておくと、この論文自体は実験でもメタ分析でもなく、条件を整理した提案である。前の節までの効果量が、7項目を守れば上振れすると約束してくれるわけではない。
最初の一歩は10分。直したい動作を1つ選び、目を閉じて頭の中で3回再生する。それから5つの節目に区切り、それぞれ何がどこにあってどんな感じかを1行で書く。書けなかった節目に印をつける。それだけでいい。
次の単位は073「技術の自動化」。この見本が使われなくなる過程を扱う。十分に繰り返された技は、頭の中で照合しなくても走るようになる。便利だが、代償もついてくる。
- Chase & Simon 1973(Cognitive Psychology):実際の対局から取った中盤局面(駒24〜26個)を5秒見せて再現させると、正しく置けた駒はマスター16個、中級者8個、初心者4個。ところが駒をでたらめに配置した盤面では3人の成績がほぼ同水準に並び、棋力と記憶量の関係が消えた
- Gobet & Simon 1996(Memory & Cognition):でたらめな配置でも強い棋士がわずかに多く再現する傾向はあるが有意ではない(F(2,22) = 0.18)。マスターが扱う最大のかたまりは対局局面で平均11.2個、でたらめな配置では4.1個に落ちる。表象は領域と意味の構造に貼り付いている
- Driskell, Copper & Moran 1994(Journal of Applied Psychology):35研究・100検定・延べ3,214人のメタ分析で、イメージ練習の効果は r = .255(d = .527)。身体練習の r = .364(d = .782)には届かない。頭を使う要素が大きい課題では d = .692、身体的要素が大きい課題では d = .337 と割れる
- 同メタ分析によれば、イメージ練習の効果は時間とともに急速に減衰し、回帰推定でおよそ14日で半減、21日を過ぎると意味のある水準を下回った。1回あたりの適量はおよそ20分で、それ以上は伸びが鈍る
- Toth et al. 2020(Psychology of Sport and Exercise):1995年から2018年の37研究で同じ手続きのメタ分析を行うと、効果は有意だが r = 0.131 で、1994年の r = .255 のおよそ半分にとどまった
- Frank, Land, Popp & Schack 2014(PLOS ONE):ゴルフ未経験者52人を4群(イメージのみ/身体のみ/両方/統制、各13人)に分けた実験で、熟達者の表象構造への近さを表す指標はイメージ練習を含む群が 0.17 から 0.44 へ動き、身体練習のみの群は 0.24 にとどまった。ただし3日後の保持テストでの成績差は群間で縮んでいた
- Holmes & Collins 2001(Journal of Applied Sport Psychology):身体を動かすときと頭の中で動かすときは同じ中枢表象にアクセスしているという機能的等価の考え方から、イメージ練習は臨床由来のリラックス法ではなく実際の遂行の物理的条件を持ち込んで行うべきだと論じ、身体・環境・課題・時間・学習段階・情動・視点という7項目のチェックリストを提案した。ただしこれは実験でもメタ分析でもなく、条件の整理である
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 熟達者は記憶力そのものが優れているから、上達が速い | 実際の対局局面ではマスターが16個、初心者が4個を再現できたが、でたらめな配置にすると差はほぼ消えた。マスターが扱う最大のかたまりも対局局面の11.2個からでたらめな配置の4.1個へ落ちる。優位は意味の構造に貼り付いていて、領域を越えて持ち出せない |
| イメージトレーニングを積めば、身体練習の代わりになる | 35研究・3,214人のメタ分析でイメージ練習は d = .527、身体練習は d = .782。身体的要素が大きい課題では d = .337 まで落ち、効果はおよそ14日で半減する。1995年以降の37研究では r = 0.131 とさらに小さい |
| 頭の中の見本が良くなれば、そのぶん成績もすぐ上がる | 52人のゴルフ実験では、イメージ練習を含む群の表象構造の指標が 0.17 から 0.44 へ動いた一方、3日後の保持テストでの成績差は群間で縮んでいた。見本は上達の前提であって、上達そのものではない |
頭の中の見本には、ひとつ意地の悪い性質がある。粗いあいだは、粗いことに気づけないのだ。全体の印象しか持っていない人には、自分の演奏が手本と違うことは分かっても、どこが違うかは見えない。そして見えない以上、直しようがない。上達の初期に必要なのが他人の目である理由は、才能でも根性でもなく、単にこれである。皮肉なのは、見本の解像度が上がりきったころには、その見本を意識せずに動けるようになっている、という点だ。
Q1. Chase & Simon(1973)の実験で、対局局面とでたらめな配置の盤面について、マスター・中級者・初心者の再現成績がどうだったか答えよ。一問一答
Q2. Gobet & Simon(1996)によれば、マスターが扱う最大のかたまりは対局局面では平均____個の駒だが、でたらめな配置では____個に落ちる。また、でたらめな配置での棋力による差は統計的に____だった。穴埋め
Q3. Driskell, Copper & Moran(1994)のメタ分析が示したイメージ練習の効果として、正しいものはどれか。選択
Q4. Frank ら(2014)のゴルフ実験で、心的表象の構造と成績はそれぞれどう動いたか。数値を含めて答えよ。一問一答
Q5. 本文が示した、頭の中の見本が作り替わる3段階を正しい順に並べよ。(節目ごとに正しい感覚が紐づく/外から与えられた手本の丸写しで、全体の印象しかない/動作が節目に分かれ、どこが違うか言える)並べ替え
いま直したい動作を1つ選ぶ(1フレーズ、1打、1筆、1手順のどれでもよい)。まず目を閉じて、その動作を頭の中で3回ゆっくり再生する。次に、その動作を始まりから終わりまで5つの節目に区切り、それぞれについて、何がどこにあるか・どんな感じがするかを1行ずつ書く。書けなかった節目にチェックを入れる。最後に、チェックした節目に注意を向けながら実際に3回やってみる。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Chase W.G., Simon H.A. (1973) 'Perception in chess', Cognitive Psychology 4(1):55-81 — andymatuschak.org
- Gobet F., Simon H.A. (1996) 'Recall of random and distorted chess positions: Implications for the theory of expertise', Memory & Cognition 24(4):493-503 — scispace.com
- Driskell J.E., Copper C., Moran A. (1994) 'Does mental practice enhance performance?', Journal of Applied Psychology 79(4):481-492 — www.academia.edu
- Toth A.J., McNeill E., Hayes K., Moran A.P., Campbell M. (2020) 'Does mental practice still enhance performance? A 24 Year follow-up and meta-analytic replication and extension', Psychology of Sport and Exercise 48:101672 — pure.ul.ie
- Frank C., Land W.M., Popp C., Schack T. (2014) 'Mental Representation and Mental Practice: Experimental Investigation on the Functional Links between Motor Memory and Motor Imagery', PLOS ONE 9(4):e95175 — journals.plos.org
- Holmes P.S., Collins D.J. (2001) 'The PETTLEP approach to motor imagery: A functional equivalence model for sport psychologists', Journal of Applied Sport Psychology 13(1):60-83 — e-space.mmu.ac.uk