難しい科目を学んだ人が賢く見えるのは、鍛えられたからではなく、選ばれていたからかもしれない
上級の数学を選んだ人は、論理の問題に強い。ここまでは何度も確かめられている。ただし、その差の大部分は、上級の数学を選ぶ前からあった。
覚えたことが、必要な場面で出てこない。この経験は、たいてい「理解が浅かった」と説明される。しかし研究の側で起きていることは、もう少し変な形をしている。出てきたかどうかを判定する線を、どこに引くかが決まっていない。線を手前に引けば転移は頻繁に起き、奥に引けばほとんど起きない。同じ実験のデータが、両方の結論を支える。
持ち場を狭めておく。似た構造を見つけて別の問題に当てはめるという道具そのものは、思考法の棚が扱った。ここで扱うのは、学んだ場所の外へ持ち出せたかどうかを、誰がどうやって測っているか、だけである。
最初の実験は、面積の目測だった
1901年に Psychological Review へ出た3部作の第1部が、この問いを実験にした最初期の仕事である。10平方センチから100平方センチまでの長方形について面積を見積もる練習をさせ、そのあと同じ大きさの範囲で、三角形・円・不規則な図形を見積もらせる。
結論は控えめで、そして厳しい。ある一つの働きが上達しても、他の働きが同じだけ上達することはめったにない。波及が起きるのは、影響する側と影響される側に同一の要素が関わっているところに限られる。そして著者たちは、面積を見積もるという働きそのものが、実は働きの集まりであって、形や大きさというデータごとに別物になっていると書いた。
注意しておくと、これは「訓練は無駄だ」という結論ではない。訓練の範囲を、名前ではなく要素で数え直せという結論である。
値切り:難しい科目が頭を鍛える、という言い方
難しい科目を学べば、その科目の中身とは関係なく思考力そのものが鍛えられる——この考え方には形式陶冶という古い名前がある。学校の時間割を決めるときの理由として、いまも使われる。
2008年に Educational Studies in Mathematics へ出た研究は、上級の数学を学ぶ学生と、同程度に教育を受けた人文系の学生に、抽象的な条件文からどんな推論を引き出すかを答えさせた。結果は片側だけに出た。数学の側は無効な推論を支持する率が低かったが、有効な推論をより多く支持したわけではない。論文は、上級の数学の学習と条件推論のふるまいのあいだに単純な関係は無い、と結んでいる。
翌年、同じ雑誌に出た続きの研究が、この差を一般的な知能の高さで説明できるかを検討した。説明できなかった。ただし同時に、大学での学習がその差を作ったという単純な形も支持されなかった。論文が最後に挙げた候補は2つである——大学より前の段階で起きた効果か、あるいは考え方の傾向による、ふるい分けか。
時間・変化:1年追いかけると、動いた分は思ったより小さい
2013年に PLOS ONE へ出た研究が、この問いを縦断で測った。英国の5つの学校から124人(数学を含む課程を選んだ側77人、数学を取らず英文学を選んだ側47人、15歳4か月から17歳8か月、平均16歳6か月)を集め、課程の開始時と1年後の2回、条件推論の課題を行っている。両方の時点に参加したのは、数学側44人・文学側38人だった。
まず開始時点である。数学側は、抽象的な推論の課題でも、直感を抑えて考える課題でも、すでに成績が高かった(それぞれ t(79)=3.38, p=.001/t(79)=4.79, p<.001)。事前の学業成績についても数学側がやや高いと書かれているが、ここは原典の表記が t(122)=3.89, p=.089 となっていて、統計量と有意確率の対応が読み取りにくい。採用するのは「開始時点ですでに差があった」という向きだけにしておく。
次に1年で動いた分である。数学側だけが変化した。文学側は動かなかった。ただし変化の中身が問題で、いちばん大きく動いたのは、論理学の標準とされる読み方への接近ではなく、日常的な読み方の一種への傾き(効果量 d=0.88)だった。著者自身が、数学を選んだ人にだけ当てはまる可能性は残る、と書いている。
つまり、鍛えられた分はゼロではない。しかし、鍛えられる前からあった差のほうが、はるかに目立つ。「難しい科目を学んだ人は頭がよい」という観察の大半は、この開始時点の差で説明が付いてしまう。
持ち出せた例は、どう作られたか
持ち出せた側の報告も見ておく。
2008年に Science へ出た実験では、米国の大学生80人を4群に分け、同じ数学の構造を、抽象的な記号だけで教えるか、具体的な事例で1つ・2つ・3つ教えるかを変えた。学習段階では群の差が出なかったのに、新しい場面での転移テストでは、抽象的な記号で学んだ群だけが偶然の水準を上回った(t>7, P<0.005)。論文の結論はそのままである——具体的な事例を1つ、2つ、3つ学んでも転移はほとんど起きず、抽象的な一つの表現を学んだ場合には転移が起きた。
1999年に Child Development へ出た研究は、米国の小学2年生から4年生の87人を対象に、条件を1つずつだけ変えて比べるという手続きを明示的に教えた。使用率は訓練前の34%から、訓練直後に65%、別の課題での2回の転移場面で61%と64%になった。約7か月後、同じ学校の4・5年生55人に事後テストを行うと、訓練を受けた側の4年生の79%が良い推論者に分類され、統制側の4年生は15%だった。ただし3年生では40%対22%で、差ははっきりしない。
これは児童・生徒を対象にした研究である。大人でも同じことが起きるかは、別に確かめる必要がある。そのうえで読み取れるのは、持ち出せた例に共通するのが、手続きを言葉にして渡したという一点だということである。
判定の線を、引き直す
1999年に Review of Research in Education へ出た論考は、判定の線そのものを問題にした。従来の転移研究は、参加者を隔離した状態で問題を解かせる。資料も、人に聞くことも、試して直すことも許されない。著者たちはこれを、陪審員を隔離するのになぞらえている。この測り方をすれば、当然のように転移はまれに見える。
提案は、線を「その場で解けるか」から「次に学ぶときに有利になるか」へ動かすことである。資料のある環境でどれだけ速く、どれだけ質よく学べるか。たとえば、その主題についてどんな問いを立てられるか。線を動かすと、同じ人が同じ知識を持っていても、判定は変わる。これは効果の証拠ではなく、判定の線の引き直しの提案である。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、科目の名前で範囲を数えることである。1901年の結論はそこにあった。名前ではなく要素で数え直さないと、範囲は必ず過大に見積もられる。第二の妨げは、選抜と効果を分けずに読むことだ。難しい課程を選んだ人の成績には、選ぶ前からの差が最初から混ざっている。
標本の偏りを断っておく。ここで挙げた研究の対象は、英国と米国の高校生・大学生、そして米国の児童・生徒である。働きながら学んでいる大人を対象にした研究はごく少ない。追跡もおおむね1年以内で、実験室の課題と、実際の仕事や試験で出てくる課題は別物である。そして、こうした比較で見えた差は、もともと学ぶ余裕のある人ほど、その学習法を試せる、という逆向きを排除できない。上級の課程を選べること自体が、すでに一つの条件である。
助けるのは、手続きを一文にしておくことである。持ち出せた例に共通していたのは、抽象的な形か、言葉にされた手順が渡されていたことだった。何を学んだかではなく、何をやったかを一文で書けるようにしておくと、その一文は別の場所へ持って行ける。
最初の一歩は5分。直近で学んだことを1件だけ挙げ、それを実際に使えた場面と、使えそうだったのに出てこなかった場面を1つずつ書く。片方が空欄でも構わない。空欄そのものが、判定の線がどこにあるかを教えてくれる。
次の単位は 060「内発的動機」——道具箱の隣の引き出しである。ここでは判定の線が結果を決めることを見たが、あちらでは、同じ実験の山を二通りに仕分けたせいで、正反対の結論が同じ雑誌の上に並んでいる。
- Thorndike & Woodworth 1901(Psychological Review 8(3):247-261、3部作の第1部)は、10平方センチから100平方センチの長方形で面積の目測を練習させ、同じ範囲の三角形・円・不規則な図形で測り直した。結論は、ある一つの働きが上達しても他の働きが同じだけ上達することはめったになく、波及は同一の要素が関わるところに限られるというもの。面積を見積もるという働き自体が、形や大きさによって別物になる働きの集まりだと述べている
- Inglis & Simpson 2008(Educational Studies in Mathematics 67(3):187-204)は、上級の数学を学ぶ学生と同程度に教育を受けた人文系の学生を比べ、数学側は無効な条件推論を支持する率が低かったが、有効な推論をより多く支持したわけではないと報告した。論文は、上級の数学の学習と条件推論のふるまいのあいだに単純な関係は無いと結んでいる
- Inglis & Simpson 2009(Educational Studies in Mathematics 72(2):185-198)は、この差を一般的な知能の高さで説明できるかを検討して否定したうえで、大学での学習が差を作ったという単純な形も支持されないとした。残る候補として挙げているのは、大学より前の段階で起きた効果か、考え方の傾向によるふるい分けかの2つである
- Attridge & Inglis 2013(PLOS ONE 8(7):e69399)は英国5校の124人(数学を含む課程77人、英文学47人、15歳4か月から17歳8か月、平均16歳6か月)を1年間追跡した。両時点に参加したのは数学側44人・文学側38人。開始時点ですでに数学側の成績が高く、抽象的な推論課題で t(79)=3.38, p=.001、直感を抑える課題で t(79)=4.79, p<.001 だった
- 同じ研究で1年間に動いたのは数学側だけで、文学側は変化しなかった(p=.767)。ただし最も大きく動いたのは、論理学の標準とされる読み方への接近ではなく、日常的な読み方の一種への傾きで、効果量は d=0.88 だった。著者自身が、数学を選んだ人にだけ当てはまる可能性は残ると書いている。事前の学業成績の差については原典の表記が t(122)=3.89, p=.089 で、統計量と有意確率の対応が読み取りにくい
- Kaminski, Sloutsky & Heckler 2008(Science 320(5875):454-455)は、米国の大学生80人を4群に分け、同じ数学の構造を抽象的な記号だけで教えるか、具体的な事例で1つ・2つ・3つ教えるかを変えた。学習段階では群の差がなかったのに、転移テストでは抽象的な記号で学んだ群だけが偶然の水準を上回った(t>7, P<0.005)。具体的な事例を1つ、2つ、3つ学んでも転移はほとんど起きなかった
- Chen & Klahr 1999(Child Development 70(5):1098-1120)は米国の小学2年生から4年生87人に、条件を1つずつだけ変えて比べる手続きを明示的に教えた。使用率は訓練前34%から訓練直後65%、転移場面で61%と64%。約7か月後、55人の4・5年生への事後テストでは、訓練を受けた側の4年生の79%が良い推論者に分類され、統制側の4年生は15%だったが、3年生では40%対22%で差ははっきりしない。Bransford & Schwartz 1999(Review of Research in Education 24:61-100)は、資料も他人も試行錯誤も許さない隔離された測り方が転移をまれに見せていると論じ、判定を「次に学ぶときに有利になるか」へ動かすことを提案した
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 難しい科目を学べば、その中身とは関係なく思考力そのものが鍛えられる | 英国の高校生124人を1年間追いかけた研究では、数学を含む課程を選んだ側は開始時点ですでに推論課題の成績が高かった(t(79)=3.38, p=.001/t(79)=4.79, p<.001)。1年で動いたのは数学側だけだったが、最も大きく動いたのは論理学の標準とされる読み方への接近ではなく、日常的な読み方の一種への傾き(d=0.88)だった。上級の数学を学ぶ学生を比べた別の研究でも、無効な推論を支持する率が低いだけで、有効な推論を多く支持したわけではない。差の大部分は、学ぶ前からあったもので説明が付いてしまう |
| 学んだことが別の場面で出てこないのは、理解が浅いからである | 出てきたかどうかを判定する線が、どこに引かれているかで結果が変わる。従来の転移研究は参加者を隔離し、資料も、人に聞くことも、試して直すことも許さずに問題を解かせる。この測り方をすれば転移はまれに見える。1999年に Review of Research in Education へ出た論考は、判定を「その場で解けるか」から「次に学ぶときに有利になるか」へ動かすことを提案した。線を動かすと、同じ人が同じ知識を持っていても判定は変わる |
| 具体的な例をたくさん見せたほうが、いろいろな場面で使えるようになる | 米国の大学生80人を4群に分けた実験では、学習段階の成績に群の差がなかったのに、新しい場面での転移テストで偶然の水準を上回ったのは、抽象的な記号だけで学んだ群だけだった。具体的な事例を1つ、2つ、3つ学んだ群では転移がほとんど起きていない。持ち出せた例に共通するのは、抽象的な形か、言葉にされた手順が渡されていたことである。ただしこれは短期間の実験室の課題での結果であり、実際の仕事や試験の課題とは別物である |
形式陶冶には、時間割を守るうえで理想的な性質がある。効き目が科目の外に出るとされているので、その科目の中で測っても反証されないのだ。実際に測ってみると、上級の課程を選んだ人が賢く見えるのは概ね本当で、賢く見えたから選べたのも概ね本当だった。皮肉なのは、1年かけて最も大きく動いたのが、論理学の教科書に近づく方向ではなく、日常の読み方に寄る方向だったことである。頭が鍛えられていたのは、たしかに何かのほうであった。
Q1. 1901年に Psychological Review へ出た実験は、長方形で面積の目測を練習させ、三角形や円で測り直した。結論は、波及が起きるのは影響する側と影響される側に ____ が関わっているところに限られる、というものだった。著者たちは、面積を見積もるという働き自体が ____ であって、形や大きさによって別物になると書いている。穴埋め
Q2. 英国5校の ____ 人を1年間追いかけた研究では、数学を含む課程を選んだ側は ____ ですでに推論課題の成績が高かった。1年で動いたのは数学側だけだったが、最も大きく動いたのは、論理学の標準とされる読み方への接近ではなく ____ への傾き(d=____)だった。穴埋め
Q3. 2008年に Science へ出た実験で、新しい場面での転移テストの成績が偶然の水準を上回ったのはどの群か。選択
Q4. 1999年に Review of Research in Education へ出た論考が提案した、判定の線の引き直しはどれか。選択
Q5. 1999年に Child Development へ出た研究で報告された、条件を1つずつ変える手続きの使用率を、本文に出てきた順に並べよ。(別の課題での転移1:61%/訓練の直後:65%/別の課題での転移2:64%/訓練の前:34%)並べ替え
紙かメモアプリを開く。この1か月ほどで学んだことを1件だけ挙げ、1行で書く。資格の勉強でも、業務の技術書でも、語学でも、子どもの宿題で一緒に読んだ内容でもよい。次に見出しを2つ書く。ひとつめ「実際に使えた場面」、ふたつめ「使えそうだったのに、そのときは出てこなかった場面」。それぞれの下に、思い出せる範囲で1行ずつ記録する。片方が空欄でも構わない。両方空欄なら、そう書いて終わりにする。誰かに披露する必要はなく、思い出せなかったことを埋め合わせる必要もない。いま学校に通っていない場合は、仕事で覚えた手順に置き換えてよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Thorndike E.L., Woodworth R.S. (1901) 'The influence of improvement in one mental function upon the efficiency of other functions. (I)', Psychological Review 8(3):247-261 — psychclassics.yorku.ca
- Inglis M., Simpson A. (2008) 'Conditional inference and advanced mathematical study', Educational Studies in Mathematics 67(3):187-204 — link.springer.com
- Inglis M., Simpson A. (2009) 'Conditional inference and advanced mathematical study: further evidence', Educational Studies in Mathematics 72(2):185-198 — link.springer.com
- Attridge N., Inglis M. (2013) 'Advanced Mathematical Study and the Development of Conditional Reasoning Skills', PLOS ONE 8(7):e69399 — journals.plos.org
- Kaminski J.A., Sloutsky V.M., Heckler A.F. (2008) 'The Advantage of Abstract Examples in Learning Math', Science 320(5875):454-455 — www.science.org
- Chen Z., Klahr D. (1999) 'All Other Things Being Equal: Acquisition and Transfer of the Control of Variables Strategy', Child Development 70(5):1098-1120 — onlinelibrary.wiley.com
- Bransford J.D., Schwartz D.L. (1999) 'Rethinking Transfer: A Simple Proposal With Multiple Implications', Review of Research in Education 24:61-100 — journals.sagepub.com