分かっていることと、速いこと。点数はひとつしか付かない
問題が解けなかったのか、時間が足りなかったのか。答案を見ても区別がつかない。それでも点数は1つしか返ってこないので、返ってきた数字のほうが、能力の名前を名乗り始める。
一手にかかる時間
同じ問題集を、同じだけ理解している二人が解く。片方は40分で終わり、片方は70分かかる。理解の差ではない。一手あたりにかかる時間の差である。
この一手あたりの時間を、能力として扱う枠組みがある。1994年に公表された総説は、記号を照合する、線の長さを比べる、といった単純きわまりない課題の所要時間が、生涯を通じて規則的に変化し、しかもより高次の認知の成績と一貫して結びつくことを示した。著者たちの言い方では、速さは領域ごとの熟練とは別に、全般的な仕組みが上限を与えているように見える。
この立場を理論の形にしたのが1996年の論文である。速さが遅いと二つのことが起きる、という。ひとつ、必要な処理を最後まで実行しきれない。ふたつ、先に処理した結果が、後の処理が終わるころには残っていない。前者を時間の不足、後者を同時性の欠如という。どちらも、途中までは正しくできるのに、最後で崩れるという形をとる。
この単位は、速さという軸だけを扱う。年を重ねることで何が起きるかは健康の棚と別の持ち場の話で、ここでは触れない。そして、この棚は速さを能力の格付けに使わない。 速いことは、賢さの言い換えではない。
速さの正体は、注意の空きぐあい
では、速さはどこから来るのか。読みの研究が古くから出している答えは、自動化である。
1974年に提案された枠組みは、文字を音に変える処理が自動化すると、そこに割かれていた注意が意味を組み立てるほうへ回せると論じた。解読に注意を使っているあいだ、意味に回す注意は足りない。逆に、解読が勝手に進むようになると、同じ注意で意味を扱える。速くなったのではなく、空きができたのである。
1988年の理論は、自動化の中身をもう一段掘っている。自動化とは、その場で手順を実行する方式から、過去に同じことをした事例を思い出す方式への乗り換えである。練習が効くのは、思い出せる事例が増え、思い出す速さが上がるからだ。そして著者は、初心者が遅いのは資源が足りないからではなく、思い出せる事例をまだ持っていないからだと書いている。
この乗り換えの形は、時間の減り方に現れる。回数を重ねるほど所要時間は縮むが、縮み方は一定ではない。最初の数回で大きく落ち、あとはゆるやかになる。 べき乗の形で説明できる、というのがこの理論の売りだった。
実務的な含みは地味である。同じ種類の問題を3回続けると、3回目は目に見えて速い。 ただし、その速さは、その種類の外へは持ち出せない。
値切り:訓練すれば、理解を落とさずに何倍にもなる
速読の講座が売っているのは、たいていこの一文である。視野を広げれば、一度に一行、慣れれば一ページを取り込める。理解は落ちない。
2016年に公表された、読みの科学を総ざらいした総説が、この主張を正面から検討している。まず前提の数字から。英語の文章を読む、教育を受けた読み手の速さは、およそ毎分200〜400語。 目は文章の上を滑らかに動いてはいない。平均およそ250ミリ秒のあいだ止まり、次におよそ7文字分だけ跳ぶ、その繰り返しである。
そのうえで、視野を広げる訓練について。網膜の解像度は中心から離れるほど急に落ちるので、一行まるごと、まして一ページをまとめて読み取ることは、視覚の側の性質として無理である。 訓練で押し広げられるのは、その性質ではない。
そして肝心の交換について、総説はこう書いている。「読み手が、通常の速さで読んだときと同じだけ理解したまま、読む速さを2倍3倍にできる——たとえば毎分およそ250語から500〜750語へ——ということは、ありそうにない。」 速さと正確さのあいだには交換がある。速く読める状態と、よく分かる状態が同時に高い、という便利な振る舞いは見つかっていない。
速く目を通すこと自体が無意味だという話ではない。何が書いてあるかの見当をつけるために飛ばし読みをするのは、それが飛ばし読みだと分かっている限り、まっとうな読み方である。値切られているのは「理解は落ちない」という一句のほうだ。
では、理解を保ったまま速くする道は無いのか。総説の答えは、講座の広告とは向きが逆である。「高い理解を保ったまま文章を速く通り抜ける方法は、読む練習をすることと、語彙を増やすなどしてより熟練した言語の使い手になることである。読む速さの中心にあるのは言語の力だからだ。」 目の訓練ではなく、言葉の側だった。
制限時間つきのテストは、二つのことを一度に測っている
ここまでを、点数の話に戻す。
測定の分野には、速さの混入という用語がある。2007年の論文はこう定義している。「制限時間のために、相当数の受験者がすべての設問を十分に検討できない状況」。 そして、「速さを測るつもりのない試験において、これは得点の解釈の妥当性に対する深刻な脅威になる」と書く。
つまり、点数の中に速さが入り込んでいるのだが、入り込んだあとで分離することはできない。
同じ論文は、米国の大学入学試験の因子分析で、速さの因子が得点の分散のおよそ5〜10パーセントを説明したという1980年代の報告を引いている。また別の試験では、読解の文章が後半に置かれたときにだけ現れていた設問間の妙な依存関係が、前半に移すと消えた——時間に追われた受験者が当て推量に切り替えていた痕跡である。
この構造は、日常の物差しにも入り込んでいる。音読の流暢さ——一定時間に正しく読めた語数——は、読解力の指標として広く使われてきた。2001年の分析は、この指標が読みの力全体をよく映すことを支持する研究を整理している。便利な指標ではある。ただし、それが速さを含んだ指標であることは、使うたびに落ちる。 「読むのが遅い」と「読めていない」は、この物差しの上では同じ低い数字になる。
時間・変化:速さが動く時間と、点数が固まる時間
速さは動く。子どもから青年期にかけて上がり、若い成人期に頂点を迎え、その後ゆるやかに下がる——1994年の総説はそう記述している。変化の単位は年である。
いっぽう、自動化による短縮は回の単位で起きる。同じ形式の問題を3回繰り返せば、3回目は速い。ただしそれは、その形式の中でだけ速い。
三つめの時間が、点数が固まる時間である。制限時間つきの試験は、その日の90分で終わる。そこで出た1つの数字から、あとで速さだけを取り出す方法は無い。混ざったものは、混ざったまま記録に残る。 そして記録は、能力の名前を名乗って何年も残る。
この棚がくり返し書くことをここでも1文だけ。学んでいる本人には、覚えた量も、伸びた幅も見えない。 見えるのは、2回目に読んだときの滑らかさだけである。そして滑らかさは、理解ではなく自動化の合図である。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、遅さを理解の不足として読むことである。時間内に終わらなかったという事実は、それ自体としては、どちらの原因も指していない。それでも人は、返ってきた1つの数字から原因を1つだけ選んでしまう。たいてい選ばれるのは、直しにくいほうである。
ここで、この棚として毎回断ることがある。ここまでの数字は、ほとんどが英語圏の大学生と、学校に通っている児童・生徒を対象に採られている。毎分200〜400語という値は英語の文章についてのもので、日本語の文章にそのまま当てはめられない。 働きながら学んでいる大人を対象にした研究はごく少なく、実験室の課題と実際の試験は別物である。そして続けられた人のデータだけが残る。とりわけ、もともと学ぶ余裕のある人ほど、その学習法を試せる、という逆向きを、この種の研究は排除できない。 静かな場所と、まとまった時間があるかどうかは、人によって大きく違う。
助けるのは、速さと理解を、別々に記録することである。かかった時間と、読み終えたあとに見ないで言える要点の数。二つ並べると、次に手を入れる場所が分かれる。時間が長く要点が出るなら、削るのは時間のほうだ。時間が短く要点が出ないなら、削ってはいけないのは時間のほうだった。
「速く読め」とも「ゆっくり読め」とも書かない。 書けるのは、どちらを測っているかを分けておけ、ということだけである。
最初の一歩は5分。今日読んだ文章を1本選び、読み終わるまでにかかった分数と、読み終えたあと資料を見ないで言える要点の個数を、並べて記録する。
次の単位は 055「言語能力」——読む速さの中心にあるのは言語の力だ、と総説は書いていた。速さの引き出しの隣に、言葉の引き出しがある。そして、そこにも有名な数字が一つ置いてある。
- Kail & Salthouse 1994(Acta Psychologica 86(2-3))は、単純な照合課題の所要時間が生涯を通じて規則的に変化し、より高次の認知の成績と一貫して結びつくと総括した。速さは子どもから青年期にかけて上がり、若い成人期に頂点を迎え、その後ゆるやかに下がる
- Salthouse 1996(Psychological Review 103(3))は、処理が遅いと二つのことが起きると論じた。必要な処理を最後まで実行しきれないこと(時間の不足)と、先に処理した結果が後の処理の完了時に残っていないこと(同時性の欠如)である
- LaBerge & Samuels 1974(Cognitive Psychology 6(2))は、文字を音に変える処理が自動化すると、そこに割かれていた注意を意味の組み立てへ回せると論じた。Logan 1988(Psychological Review 95(4))は、自動化をその場で手順を実行する方式から過去の事例を思い出す方式への乗り換えとして定式化し、練習による所要時間の短縮がべき乗の形をとることを説明した。初心者が遅いのは資源不足ではなく事例をまだ持っていないからだと述べている
- Rayner ら 2016(Psychological Science in the Public Interest 17(1))によれば、英語の文章を読む教育を受けた読み手の速さはおよそ毎分200〜400語。目は平均およそ250ミリ秒止まり、次におよそ7文字分跳ぶ
- 同じ総説は、通常の速さで読んだときと同じだけ理解したまま読む速さを2倍3倍にすること(毎分およそ250語から500〜750語へ)はありそうにないと結論した。網膜の解像度の性質から、一行や一ページをまとめて読み取ることも視覚の側の制約として無理だとしている
- 同じ総説が示した現実的な道は、目の訓練ではなく言語の側だった。高い理解を保ったまま速く読むには、読む練習をすることと、語彙を増やすなどして熟練した言語の使い手になることであり、読む速さの中心にあるのは言語の力だと述べている
- Lu & Sireci 2007(Educational Measurement: Issues and Practice 26(4))は、速さの混入を「制限時間のために相当数の受験者がすべての設問を十分に検討できない状況」と定義し、速さを測るつもりのない試験ではこれが得点の解釈の妥当性に対する深刻な脅威になると述べた。米国の大学入学試験の因子分析では、速さの因子が得点の分散のおよそ5〜10パーセントを説明したと報告されている
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 訓練すれば、理解を落とさずに読む速さを何倍にもできる | 2016年の総説は、通常の速さで読んだときと同じだけ理解したまま速さを2倍3倍にする(毎分およそ250語から500〜750語へ)ことはありそうにないと結論している。網膜の解像度は中心から離れるほど急に落ちるため、一行や一ページをまとめて読み取ることも視覚の側の制約として無理である。速く目を通すこと自体は、それが飛ばし読みだと分かっている限りまっとうな読み方だが、値切られているのは「理解は落ちない」という一句のほうである |
| テストの点数が低いのは、理解が足りないからである | 制限時間つきの試験では、知っていることと一手あたりの速さが同じ点数に溶け込む。2007年の論文は、速さを測るつもりのない試験での速さの混入を、得点の解釈の妥当性に対する深刻な脅威と呼んだ。米国の大学入学試験では速さの因子が分散のおよそ5〜10パーセントを説明し、読解の文章を後半から前半へ移すと、時間に追われた当て推量の痕跡が消えた。1つの数字から、あとで速さだけを取り出す方法は無い |
| 速く処理できることは、頭の良さの言い換えである | 速さの正体として繰り返し示されてきたのは自動化である。文字を音に変える処理が勝手に進むようになると、注意が意味の組み立てへ回せる。1988年の理論は、初心者が遅いのは資源が足りないからではなく、思い出せる事例をまだ持っていないからだと述べている。しかもこの短縮は、練習した形式の中でだけ働く。速さは能力の格付けの材料ではなく、何をどれだけ繰り返したかの痕跡である |
速読講座の広告が正確なのは、たいてい数字を出さない部分である。速くなる。それは本当だ。目を速く動かすこともできる。それも本当である。落ちるのは理解のほうで、落ちたことは、読んだ本人にはいちばん分かりにくい。皮肉なのは、この分野の総説がたどりついた結論が、速読の対極にあったことである——速く読みたければ、言葉を増やしなさい。売り物にするには、あまりに遅い。
Q1. 2016年の総説によれば、英語の文章を読む教育を受けた読み手の速さはおよそ毎分 ____ 語で、目は平均およそ ____ ミリ秒止まったあと、およそ ____ 文字分跳ぶ。同じ総説は、理解を保ったまま毎分およそ250語から ____ 語へ速さを上げることはありそうにないと結論した。穴埋め
Q2. 2016年の総説が示した「理解を保ったまま速く読む」ための道は何か。速読の講座が売っている方法と、どこが向きとして逆かに触れて答えよ。一問一答
Q3. 「速さの混入」とは何か。2007年の論文の定義と、それが点数の読み方に与える影響を答えよ。一問一答
Q4. 1988年の理論は、自動化を何から何への乗り換えとして説明したか。また、初心者が遅い理由をどう述べているか。一問一答
Q5. 1996年に定式化された、処理が遅いときに起きる二つの仕組みとして正しいものはどれか。選択
今日読んだ文章を1本選ぶ。技術書の一節でも、資格試験の解説でも、業務のマニュアルでも、子どもの教科書でもよい。読み始める前に時刻を控え、読み終わったらもう一度控えて、かかった分数を出す。次に資料を閉じ、見ないで言える要点をいくつ挙げられるかを数え、二つの数を並べて記録する。速さを上げようとしなくてよく、いつもどおりの読み方でよい。学校に通っていない場合は、今日届いた長めの説明文書で置き換えてよい。誰かと比べる必要はなく、誰にも見せなくてよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Kail R., Salthouse T.A. (1994) 'Processing speed as a mental capacity', Acta Psychologica 86(2-3):199-225 — pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
- Salthouse T.A. (1996) 'The processing-speed theory of adult age differences in cognition', Psychological Review 103(3):403-428 — pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
- LaBerge D., Samuels S.J. (1974) 'Toward a theory of automatic information processing in reading', Cognitive Psychology 6(2):293-323 — www.sciencedirect.com
- Logan G.D. (1988) 'Toward an Instance Theory of Automatization', Psychological Review 95(4):492-527 — psycnet.apa.org
- Rayner K., Schotter E.R., Masson M.E.J., Potter M.C., Treiman R. (2016) 'So Much to Read, So Little Time: How Do We Read, and Can Speed Reading Help?', Psychological Science in the Public Interest 17(1):4-34 — journals.sagepub.com
- Lu Y., Sireci S.G. (2007) 'Validity Issues in Test Speededness', Educational Measurement: Issues and Practice 26(4):29-37 — onlinelibrary.wiley.com
- Fuchs L.S., Fuchs D., Hosp M.K., Jenkins J.R. (2001) 'Oral Reading Fluency as an Indicator of Reading Competence: A Theoretical, Empirical, and Historical Analysis', Scientific Studies of Reading 5(3):239-256 — eric.ed.gov