「できそうだ」と感じた回ほど、次の成績は下がっていた
自信を持てという助言の困ったところは、それが正しく見えることである。実際、自信のある人ほど成績はよい。ただしそれは、人と人を並べたときの話だ。同じ一人を時間の中で追いかけると、符号がひっくり返る。
「この問題は自分に解ける」という予想
自己効力感というのは、自分をどれだけ好きかという話ではない。目の前の課題について、自分がそれを遂行できるという見込みのことである。だから測るときは「私は数学が得意だ」ではなく、「この形式の問題を、制限時間内に何割解けると思うか」を尋ねる。予想の話であって、評価の話ではない。
見込みが役に立つのは、それが行動の手前に置かれているからだ。難しそうだと思えば着手が遅れ、着手が遅れれば手が慣れず、手が慣れなければまた難しそうに見える。この輪の入口に近いところに、見込みは置かれている。
病いとどう付き合うかという文脈でこの概念が使われることがあるが、それは病気の棚の持ち場である。 ここでは、覚えなければならない課題に対する見込みだけを扱う。
値切り:r ≈ 0.38 という数字の出どころ
学習の設計資料には、こういう一文がよく載る。「自己効力感が学業成績のメタ分析で r ≈ 0.38」。 数字だけが残っていて、何と何のあいだの相関か、誰を対象にしたのか、いつの集計かは、たいてい書かれていない。
出どころは特定できる。米国で1991年に *Journal of Counseling Psychology* へ出たメタ分析である。1977年から1988年までに公表された36件を集め、自己効力感と学業成績の関連を r = .38 と報告した。説明できる分散はおよそ14%にあたる。同じ論文は、この関連が研究の設計によって大きく動くことも書いている——効果がもっとも大きく出たのは、具体的な課題についての見込みと、基礎的な技能の成績とを、同じ時点で測ったときだった。
つまり r ≈ 0.38 は「学業成績」一般についての数字ではない。 1980年代までの36件を、当時の測り方で束ねた値である。そして、その一文が書かれるとき、35年以上前という但し書きのほうが先に落ちている。
同じラベルの下に、二つの尺度がある
もっと後の集計を見ると、事情はさらに込み入っている。英国で2012年に *Psychological Bulletin* へ出た大規模なメタ分析は、大学の成績を予測する心理的な要因を一括で集計した。242の独立したデータ群、1,105の相関である。
この分析は、自己効力感を二つに分けている。ひとつは「この試験で何点取れると思うか」にあたる見込みで、成績との相関は r = .59(95%信頼区間 .49〜.67)。もうひとつは「自分は勉強がうまくやれる」にあたる一般的な見込みで、r = .31(.28〜.34)。
同じ「自己効力感」というラベルの下で、値が二倍近く違う。 そして大きいほうは、データ群が4〜5件しかない。小さいほうは多数の研究に支えられている。
さらに、この論文が並べた他の予測因を見ると位置がはっきりする。高校までの成績 r = .40、米国の大学入学試験 ACT で r = .40、SAT で r = .29。 一般的な見込み(.31)は、入学試験の得点と同じくらいの位置にある。
なお、大学生を対象にした2016年の系統的レビューは、59本の研究を集めて「中程度の相関」と要約したが、統合した一つの値は出していない。 同じレビューは、時間をおいて追いかけた研究がきわめて少ないことを、この分野の弱点として挙げている。
個人間の相関と、個人内の変化
ここがこの単位の核心である。人と人を並べて測った相関と、同じ人を時間の中で追いかけた変化は、別のものである。 そして、この二つは符号が逆になることがある。
米国で2001年に *Journal of Applied Psychology* へ出た研究は、それを正面から示した。学生56人に同じ課題を繰り返させ、毎回、次の試行にどれだけ自信があるかを尋ねた。人と人を並べると、見込みと成績の相関は r = .55 で、はっきり正だった。 ところが同じ人の中の変動だけを取り出すと、係数は負に反転した。 見込みが高かった回ほど、次の成績は下がっていた。第2の研究(185人)でも、同じ向きの負の係数が出ている。
理屈は難しくない。見込みは、たいてい直前の出来とともに動く。 うまくいった直後は「もう大丈夫だ」と思い、その分だけ手を抜く。足りないという感覚が資源の投入を呼ぶのなら、足りていると感じた瞬間に投入は止まる。
この向きは、その後の集計でも確かめられている。2013年に *Personnel Psychology* へ出たメタ分析は、同じ人を繰り返し測った研究を集めた。補正した個人内の見込みと成績の相関は ρ = .23。ところが、成績が時間とともに伸びていく軌跡を統制すると ρ = .06 まで弱まり、統計的に有意でなくなった。 集めた研究の件数と観測の総数は、要旨からは確認できなかった。
見込みは、成績を動かしていたのではなく、成績のあとについて動いていた。
提唱者側は、何と言っているか
この結論には、理論の側からの反論がある。2015年に *Journal of Management* へ出た論文で、この概念の提唱者本人が、集計に使われた研究のほとんどが理論の定義どおりに見込みを測っていないと述べた。「自分は勉強がうまくやれる」のような一般的な自己評価は、目の前の課題についての見込みではない、という指摘である。課題の質も問題にしている——集められた成績課題の三分の二以上が、実験室の中の浅い課題だった、と。
この反論には根拠がある。実際、尋ね方によって値が .31 と .59 に割れていたのだから、何を尋ねたかが結論を左右するのは確かである。ただし、その理屈は批判側にも有利に働く。 尋ね方で二倍動く指標を「r ≈ 0.38」と一つの数字で配ることが、いちばん無理をしている。
もうひとつ、成績の初期値を統制した集計がある。米国で2004年に *Educational Psychologist* へ出たメタ分析は、時間差のあるデータだけを集め、最初の時点の成績を統制したうえで、自己に関する信念が後の成績を予測する標準化係数を平均 .08 と報告した。.38 と .08 のあいだにあるのは、統制変数を一つ足したかどうかだけである。
時間・変化:見込みは、成績のあとに動く
時間の軸で並べると、この概念の測られ方の変化が見える。
1980年代まで——同じ時点で見込みと成績を測る研究が中心で、値は大きく出た。1991年、それを束ねた集計が r = .38 を出す。2001年、同じ人を時間の中で追う設計が導入され、符号が反転する。2004年、初期の成績を統制すると係数は .08 まで落ちる。2012年、尋ね方で .31 と .59 に割れることが示される。2013年、伸びていく軌跡を統制すると個人内の相関が .06 になる。2016年、系統的レビューが「時間をおいて追った研究が少なすぎる」と書く。
測り方が厳しくなるたびに、値は小さくなった。 それでも設計資料に載り続けているのは、いちばん緩い測り方で出た、いちばん大きい数字である。
短い時間で見ると、見込みは驚くほどよく動く。一回の試行の出来で上下する。 長い時間で見ると、動かしているのは実際に何回やったかのほうである。動きやすいものを目標にすると、目標のほうが先に動いて終わる。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、見込みを高めることを目標に置いてしまうことである。見込みは1回の成功で簡単に上がる。上がったところで手が止まれば、次の回で下がる。上げ下げの記録は、勉強の記録ではない。
ここでこの棚として毎回断ることがある。ここまでの数字は、ほぼすべて欧米の大学生と、学校に通っている児童・生徒を対象に採られている。 働きながら学んでいる大人を対象にした研究はごく少ない。実験室の課題と実際の試験は別物で、効果は短い期間で測られたものが多い。そして続けられた人のデータだけが残る。とりわけ——もともと学ぶ余裕のある人ほど、その学習法を試せる、という逆向きを排除できない。 日本の社会人を対象にした追試は、この主題では見あたらなかった。
助けるのは、見込みを尋ねる粒度を細かくすることである。「この資格に受かりそうか」ではなく、「この1問を10分で解けそうか」。細かくすると、外れたことがその日のうちに分かる。外れが分かる予想だけが、次の予想を直してくれる。
最初の一歩は5分。直近1週間で「できそうにない」と感じて着手を遅らせた作業を1件挙げ、実際に着手したあと、最初の10分で分かったことを1行書く。着手していなければ、いま10分だけ触ってから書けばよい。
次の単位は 051「自己調整」——見込みが当たっているかどうかを確かめたあと、やり方そのものを選び直す手続きが要る。 道具箱の隣の引き出しである。そして、その選び直しにいちばん使われている基準が、条件を満たした実験のほとんど無い分類だった。
- 自己効力感は自分をどれだけ好きかという話ではなく、目の前の課題を遂行できるという見込みである。だから測るときは「私は数学が得意だ」ではなく「この形式の問題を制限時間内に何割解けると思うか」を尋ねる。予想の話であって、評価の話ではない
- 設計資料の「自己効力感が学業成績のメタ分析で r ≈ 0.38」の出どころは、米国・1991年に Journal of Counseling Psychology へ出たメタ分析である。1977年から1988年までの36件を集めた値で、説明できる分散はおよそ14%。効果が最大になるのは、具体的な課題についての見込みと基礎的な技能の成績を同じ時点で測ったときだった
- Richardson ら 2012(Psychological Bulletin 138(2))は242データ群・1,105相関を集計し、自己効力感を二つに分けた。試験の得点予想にあたる見込みは成績と r = .59(95%信頼区間 .49〜.67)だが支えるデータ群は4〜5件、一般的な見込みは r = .31(.28〜.34)で多数の研究に支えられている。同じラベルの下で値が二倍近く違う
- 同じ2012年の集計では、高校までの成績が r = .40、米国の大学入学試験 ACT が .40、SAT が .29。一般的な自己効力感(.31)は入学試験の得点と同じくらいの位置にある。Honicke & Broadbent 2016(Educational Research Review 17)は59本を集めて中程度の相関と要約したが、統合した一つの値は出していない
- Vancouver ら 2001(Journal of Applied Psychology 86(4))は、学生56人に同じ課題を繰り返させ、人と人を並べると見込みと成績の相関が r = .55 と正であるのに、同じ人の中の変動だけを取り出すと係数が負に反転することを示した。第2研究(185人)でも同じ向きだった。見込みが高かった回ほど、次の成績が下がっていた
- Sitzmann & Yeo 2013(Personnel Psychology 66)は、同じ人を繰り返し測った研究を集計し、補正した個人内の見込みと成績の相関 ρ = .23 が、成績が伸びていく軌跡を統制すると ρ = .06 になって有意でなくなると報告した。集めた件数と観測の総数は要旨からは確認できない。見込みは成績を動かしていたのではなく、成績のあとについて動いていた
- Valentine ら 2004(Educational Psychologist 39(2))は、最初の時点の成績を統制したうえで自己に関する信念が後の成績を予測する標準化係数を平均 .08 と報告した。.38 と .08 のあいだにあるのは、統制変数を一つ足したかどうかだけである。一方 Bandura 2015(Journal of Management 41(4))は、集計に使われた研究の多くが理論の定義どおりに見込みを測っておらず、課題の三分の二以上が実験室の浅い課題だったと反論している
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 自己効力感と学業成績の相関は r ≈ 0.38 で、これは確立した数字である | その値は米国・1991年のメタ分析が、1977年から1988年までの36件を束ねて出したものである。2012年の大規模集計では、同じ「自己効力感」でも、試験の得点予想にあたる尋ね方なら r = .59(支えるデータ群は4〜5件)、一般的な尋ね方なら r = .31 に割れた。最初の時点の成績を統制した2004年の集計では、後の成績を予測する標準化係数の平均は .08 である。同じ概念の数字が、測り方と統制の有無で .08 から .59 まで動く |
| 自信がある人ほど勉強がはかどるのだから、まず自信をつけるのがよい | 人と人を並べれば、たしかに見込みが高い人ほど成績はよい。ところが同じ人を時間の中で追いかけると符号が反転する。2001年の研究では、人を並べた相関 r = .55 に対し、同じ人の中の変動だけを取り出すと係数は負だった。2013年のメタ分析でも、成績が伸びていく軌跡を統制すると個人内の相関は ρ = .06 になり有意でなくなる。足りないという感覚が資源の投入を呼ぶのなら、足りていると感じた瞬間に投入は止まる |
| 批判的な集計が出たのだから、自己効力感という考え方は役に立たない | 提唱者側は2015年に、集計に使われた研究の多くが理論の定義どおりに見込みを測っておらず、成績課題の三分の二以上が実験室の浅い課題だったと反論している。この指摘には根拠がある。ただし同じ理屈は批判側にも有利で、尋ね方で値が二倍動く指標を一つの数字にまとめて配ることが、いちばん無理をしている。役に立たないのは概念ではなく、粒度を書かずに配られた数字のほうである |
この概念のいちばん皮肉なところは、**それがよく効く場面と、それがよく測れる場面が、ほとんど重ならない**ことである。効くのは、着手の手前で迷っている一瞬。測れるのは、質問紙を配れる教室と実験室。だから積み上がったのは、着手についての知見ではなく、**質問紙に答えた人の自己申告と、その直後の得点との関係**だった。r ≈ 0.38 という数字は、それ自体は嘘ではない。ただ、そこに「1980年代までの36件を、同じ時点で測って束ねた値です」と添えると、誰も引用しなくなる。**数字が生き延びるかどうかは、精度ではなく、添え物の少なさで決まる。**
Q1. 「自己効力感が学業成績のメタ分析で r ≈ 0.38」の出どころは、米国・____ 年のメタ分析である。集められたのは ____ 年から1988年までに公表された ____ 件で、説明できる分散はおよそ ____ % にあたる。穴埋め
Q2. 2012年の大規模メタ分析は、自己効力感を二つに分けた。それぞれ何を尋ねる尺度で、成績との相関はいくつだったか。支えているデータ群の数の違いにも触れて答えよ。一問一答
Q3. 「個人間の相関と個人内の変化は別物」とは、この単位ではどういうことか。2001年の研究と2013年のメタ分析の数字を使って答えよ。一問一答
Q4. 最初の時点の成績を統制したうえで、自己に関する信念が後の成績を予測する力を集計した2004年のメタ分析について、本文の内容に合うものはどれか。選択
Q5. 個人内の集計に対する、概念の提唱者側からの2015年の反論はどういうものか。選択
紙かメモアプリを開く。直近1週間で「できそうにない」「たぶん歯が立たない」と感じて着手を遅らせた作業を1件だけ書き出す。資格の過去問1年ぶんでも、技術書の1章でも、放ってある申請書でもよい。次に、その作業に10分だけ触る。解き切る必要も、終わらせる必要もない。10分たったら手を止め、着手する前には分からなかったことを1行だけ書く。「思ったより短かった」「用語が3つ分からなかった」「そもそも設問の意味が分からなかった」——どれでもよい。いま学校に通っていない人は、仕事で先送りしている手続きに置き換えて構わない。誰にも見せなくてよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Multon K.D., Brown S.D., Lent R.W. (1991) 'Relation of self-efficacy beliefs to academic outcomes: A meta-analytic investigation', Journal of Counseling Psychology 38(1):30-38 — eric.ed.gov
- Richardson M., Abraham C., Bond R. (2012) 'Psychological correlates of university students academic performance: A systematic review and meta-analysis', Psychological Bulletin 138(2):353-387 — discovery.ucl.ac.uk
- Honicke T., Broadbent J. (2016) 'The influence of academic self-efficacy on academic performance: A systematic review', Educational Research Review 17:63-84 — dro.deakin.edu.au
- Vancouver J.B., Thompson C.M., Williams A.A. (2001) 'The changing signs in the relationships among self-efficacy, personal goals, and performance', Journal of Applied Psychology 86(4):605-620 — pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
- Sitzmann T., Yeo G. (2013) 'A Meta-Analytic Investigation of the Within-Person Self-Efficacy Domain: Is Self-Efficacy a Product of Past Performance or a Driver of Future Performance?', Personnel Psychology 66:531-568 — onlinelibrary.wiley.com
- Valentine J.C., DuBois D.L., Cooper H. (2004) 'The Relation Between Self-Beliefs and Academic Achievement: A Meta-Analytic Review', Educational Psychologist 39(2):111-133 — eric.ed.gov
- Bandura A. (2015) 'On Deconstructing Commentaries Regarding Alternative Theories of Self-Regulation', Journal of Management 41(4):1025-1044 — ssrlsig.org