設計で決めたコストは、社内では終わらない
作ってから下げるのではなく、設計で決める——原価企画はそう説く。狙った原価を先に決め、そこに収まるよう設計を作り込めば、後で赤字にならない、と。ところが、その成功譚のほとんどは先進企業の優良事例であり、圧力が向かう先は社内の設計者だけではない。設計で決めたコストは、たいてい、社内では終わらない。
前の単位では、量産の立ち上げをどう速くするのかを扱った。ここでは、その製品にかかるコストを、作ってから下げるのではなく、企画・設計の段階で先に決めてしまうという考え——原価の作り込みを扱う。
この単位が扱うのは一点——「原価企画(企画・設計の段階で目標の原価を決め、そこに収まるよう設計を作り込む手法)を回せば、狙った原価を確実に作り込める」という言い方の実証が、先進企業の優良事例の記述を中心にしていることである。ここで扱うのは、原価を設計で作り込むという管理会計の実務の側だけである。原価をあとから計算し、記録し、配り分ける話(標準原価やABC)は、この棚ではなくF09の持ち場なので踏み込まない。仕入先をどう選び、どう契約するかというF02の持ち場とも分ける。個別の値付けや値引き、特定の原価管理システムをすすめる話もしない。ここで問うのは一つ——手法があることは、狙った原価に収まることの証明なのかである。
原価企画は、「作ってから下げる」の逆を行く
まず言葉をほどく。原価企画とは、製品を企画し設計する段階で、いくらで作るか(目標原価)を先に決め、その枠に収まるように設計そのものを作り込むやり方である。作ってしまってから「高かったので下げよう」とするのではなく、図面が固まる前に、コストのほうから設計に注文を出す。 発想としては筋が通っている。多くの費用は、設計が決まった時点でおおよそ決まってしまい、作り始めてから動かせる余地は小さい——だから上流で決める、という理屈だ。この由緒は、日本の製造業で育った管理会計の実務にあり、欧米では実務者の団体(CAM-I)が同じ考え方を体系化してきた。手法として広く整えられ、名前も帳票もある——その事実は、あとで見るように、狙った原価に収まることの証明とは別の話である。
そこで、この棚が16回くり返す見方を、ここでも置く。道具の由緒と、効果の証明は、別物である。 原価企画という手法が実在し、帳票も手順も名前もあること——それ自体は、「やれば狙った原価に収まる」ことの証明ではない。手法があることと、その手法が確実に効くことは、確かめ方がちがう。
その実証は、先進企業の「教訓」の記述が中心
では、原価企画の効果はどう確かめられているのか。よく引かれるのは、1993年に *Management Accounting Research* 4(1):33-47 へ出た論文(加登、Kato)である。ただし、そのタイトルが内容の性格をよく表している——先進的な日本企業からの教訓(lessons from leading Japanese companies)。つまりこれは、うまくやっている優良企業を選んで、その運用を描いた記述である。
ここが肝心だ。優良事例の記述は、手法がどう運用されているかをていねいに教えてくれるが、「同じことをやれば、どの現場でも狙った原価に収まる」ことを対照実験で示したものではない。うまくいっている会社を選んで見れば、うまくいっている運用が見えるのは当たり前で、うまくいかなかった会社が同じ手法をどう扱ったかは、この見方の外に落ちる。だから「先進企業がやっているから効く」は、由緒の話であって、効果の証明ではない。手法の存在と運用の描写を、成果の保証と読み替えない。
「作り込み」は社内で完結しない——下請へコスト圧が伝わる
もう一つ、この俗説が見えなくしがちなことがある。目標原価に収める圧力は、社内の設計者の工夫だけでは吸収しきれず、社外へ伝わるという点だ。2004年に *Accounting, Organizations and Society* 29(1):1-26 へ出た研究(Cooper・Slagmulder)は、原価管理を組織間(買い手と下請)の関係の文脈で捉えた。原価の作り込みは、一つの会社の中で閉じるのではなく、買い手と下請のあいだの界面を越えて働く。
つまり、目標原価に届かないぶんの一部は、下請やサプライヤへのコスト圧として伝わりうる。 「設計の工夫だけでコストが下がった」という美談は、その圧力がどこへ向かったかを、視界の外に置いてしまう。この棚の読者には、受託で他社の製造を預かる人や、小さなロットで下請けに立つ人もいる。原価企画は、下請を締めるための道具ではない。 だが、その圧が転嫁されうる先に、この棚の読者自身が立っていることは、はっきりさせておく必要がある。ここで名前を挙げて特定の会社を責める話にはしない——見えにくくなっている圧の伝わる向きを、見えるようにするだけである。
一度決めれば終わり、ではない——量産後も続く圧
「設計で決めれば、あとは安泰」も、実際とはちがう。1991年に *Journal of Management Accounting Research* 3:16-34 へ出た研究(門田・浜田、Monden・Hamada)は、日本の自動車企業で、原価企画が改善原価(kaizen costing、量産に入ってからも工程の改善で少しずつコストを下げ続ける取り組み)と組で運用されていることを描いた。
つまり、原価企画は「設計で一回決めて終わり」ではなく、量産に入ったあとも続く、恒常的なコストダウンの要求とセットになっている。設計で目標を決めることは、圧力の始まりであって終わりではない。この、終わらない圧という性格は、原価企画を「手法として厳密か」と問い直す動きにもつながる。原価企画が本当に一貫した原価計算の技法なのかを問うた作業論文(2011年、Askarany、SSRN の査読前の作業論文であることを断っておく)もあり、活動基準原価計算(ABC)との関係から、その厳密さを検討している。手法として広く使われていることと、手法として厳密に定まっていることは、やはり別の話である。組織間のコスト協働を扱った書籍(1999年、Cooper・Slagmulder、査読誌ではなく書籍)も、買い手と下請のコスト圧のやり取りを描いている。
時間・変化:原価の作り込みの見方は1991年から2011年までどう積み重なったか
順に置く。1991年、原価企画が改善原価と組で量産後も継続的な原価低減の圧を課すことが、日本の自動車企業の事例として描かれる。1993年、原価企画が先進的な日本企業からの教訓として、優良事例の運用の記述としてまとめられる。2004年、原価管理が買い手と下請の組織間の関係の文脈で機能し、コスト圧が社内で完結しないことが整理される。そして2011年、原価企画が手法として厳密に定まった技法なのかが、査読前の作業論文で問い直される。
二十年で確からしくなったのは、原価を確実に作り込む万能のやり方ではなく、その作り込みの圧がどこまで伸び、どこへ向かうか、のほうである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、先進企業がやっているという由緒を、効果の保証だと読むことである。優良事例の記述は、運用のやり方は教えてくれるが、同じことをやれば同じ結果になることまでは保証しない。選ばれて描かれたのは、たいてい、うまくいった側だけである。
標本の偏りも断っておく。ここまでの証拠は、大きな製造業、とくに自動車のような、設計と量産が分かれ、下請の層を持つ産業から採られている。一人で設計も製造もする現場では、目標原価に届かない圧は、下請へ伝わるのではなく、自分の手間賃や自分の時間という形で、自分の中に返ってくる。大きな組織なら別の会社が負う圧を、小さな現場では同じ人が全部かぶる。だから「設計で作り込めた」という感覚の裏で、削られているのが自分の工数になっていないかは、見ておく値打ちがある。
助けになるのは、一つの見積りについて、目標のコストに収めるために、しわ寄せがどこへ行ったかを、自分の記録から書き出すという一手である。金額の正確さはいらない。設計を工夫して吸収したのか、材料を落としたのか、自分の手間で吸収したのか、外注先に負担が向かったのか——向かった先を並べるだけで、作り込みが社内で完結していないことは見える。
最初の一歩は10分。自分が最近出した見積りや、コストを詰めた仕事を一つ選び、目標や予算に収めるために何を削ったり動かしたりしたかを書き出す。そのうえで、削られたぶんが、最終的にどこへ行ったか——設計の工夫・材料・自分の時間・外注先——に印を付ける。相手に値引きを求めたり、取引条件を変えたりはしない。あくまで自分の手元の記録から、圧の向かった先を数えるだけである。
次の単位は 336「工場を進化させ続けるには?」——センサーとデータで工場が勝手に賢くなるという触れ込みが、何を数え、何を数えていないのかを、ここに積み上げて、この棚を締める。
- 1993年に Management Accounting Research 4(1):33-47 へ出た Kato の論文は、原価企画を『先進的な日本企業からの教訓(lessons from leading Japanese companies)』として描いた。これは優良事例の運用の記述であって、やれば狙った原価に必ず収まることを対照実験で示したものではない。由緒があることは効果の証明とは別である
- 原価企画とは、企画・設計の段階で目標原価を先に決め、その枠に収まるよう設計そのものを作り込むやり方である。多くの費用は設計が決まった時点でおおよそ決まるため上流で決めるという理屈だが、手法が実在することと確実に効くことは確かめ方がちがう
- 2004年に Accounting, Organizations and Society 29(1):1-26 へ出た Cooper と Slagmulder の研究は、原価管理を買い手と下請の組織間の関係の文脈で捉えた。原価の作り込みは社内で完結せず、目標原価に届かないぶんの一部は下請やサプライヤへのコスト圧として伝わりうる
- 1991年に Journal of Management Accounting Research 3:16-34 へ出た Monden と Hamada の研究は、日本の自動車企業で原価企画が改善原価(kaizen costing)と組で運用され、量産後も継続的な原価低減の圧を課すことを描いた。設計で決めて終わりではなく、恒常的なコストダウンの要求が続く
- 原価企画が手法として厳密に定まった技法なのかを問う作業論文(2011年、Askarany、SSRN の査読前)や、組織間のコスト協働を扱った書籍(1999年、Cooper・Slagmulder、査読誌ではない)もある。広く使われていることと、手法として厳密に定まっていることは別である
- 妨げるものの筆頭は、先進企業がやっているという由緒を効果の保証だと読むことである。優良事例の記述は運用は教えてくれるが同じ結果になることは保証せず、選ばれて描かれたのはたいていうまくいった側だけである
- 1991年に継続圧、1993年に優良事例の教訓、2004年に組織間へのコスト圧、2011年に手法の厳密さへの問いが重なった。二十年で確からしくなったのは、原価を確実に作り込む万能のやり方ではなく、その作り込みの圧がどこまで伸びどこへ向かうかである
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 原価企画(企画・設計段階で目標原価を決め、そこに収まるよう設計を作り込む手法)を回せば、狙った原価を確実に作り込める | 1993年の Kato の論文は、原価企画を『先進的な日本企業からの教訓(lessons from leading Japanese companies)』として描いた。これは優良事例の記述であって、やれば狙った原価に必ず収まることを対照実験で示したものではない。手法が実在し由緒があることは、確実に作り込める証明とは別である |
| コストの作り込みは、社内の設計を工夫すれば社内で完結する | 2004年の Cooper と Slagmulder の研究は、原価管理が買い手と下請のあいだの組織間の関係の文脈で機能すると示した。目標原価に収める圧力は社内の設計者だけでなく、下請やサプライヤへも伝わりうる。設計の工夫だけでコストが下がるという美談は、圧力が向かう先を見えなくする |
| 原価は設計段階で一度決めれば、あとは安泰である | 1991年の Monden と Hamada の研究は、原価企画が改善原価(kaizen costing、量産に入ってからも続けるコスト低減)と組で運用され、量産後も継続的な原価低減の圧を課すと報告した。設計で決めて終わりではなく、恒常的なコストダウンの要求が続く |
皮肉なのは、いちばん上流で決めたはずのコストが、いちばん下流まで転がっていくことである。設計の会議室で目標の数字が決まると、決めた側には作り込めた手ごたえが残る。だが、その数字に届かないぶんは消えてなくならない。設計の工夫で吸収しきれなければ、材料へ、下請へ、そして小さな現場では自分の工数へと、行き先を変えて残る。原価は作り込めた、という話がいちばん気持ちよく語られるのは、たいてい、その圧がどこへ流れ着いたかを、誰も数えていないときである。
Q1. 1993年の Kato の論文のタイトルは、原価企画を先進的な日本企業からの【 ① 】(lessons)として描く。これは【 ② 】事例の運用の記述であって、やれば狙った原価に必ず収まることを【 ③ 】で示したものではない。穴埋め
Q2. 2004年の Cooper と Slagmulder の研究は、原価管理を買い手と下請の【 ① 】の関係の文脈で捉えた。原価の作り込みは一つの会社の中で閉じず、会社と会社の【 ② 】を越えて働き、目標原価に届かないぶんの一部は【 ③ 】へのコスト圧として伝わりうる。穴埋め
Q3. 1991年の Monden と Hamada の研究が、原価企画について示したことはどれか。選択
Q4. 「原価企画という手法が実在すること」と「狙った原価に収まること」は、なぜ別の話なのか。この棚の通奏低音に触れて書け。一問一答
Q5. この単位で扱った出来事を、年の早い順に並べよ。(ア)原価管理が買い手と下請の組織間の関係で機能しコスト圧が社内で完結しないことが整理される(イ)原価企画が改善原価と組で量産後も継続圧を課すことが日本の自動車企業の事例として描かれる(ウ)原価企画が先進的な日本企業からの教訓として優良事例の運用の記述にまとめられる並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分が最近出した見積りや、コストを詰めた仕事を一つ選び、目標や予算に収めるために何を削ったり動かしたりしたかを書き出す。続いて、その削ったぶんの一つひとつが、最終的にどこへ行ったか——(1)設計や作り方の工夫で吸収した、(2)材料や仕様を落とした、(3)自分の手間や時間で吸収した、(4)外注先や仕入先の負担に向かった、(5)どちらとも言えない——に印を付ける。最後に、(3)自分の時間と(4)外注先に向かったものが合わせていくつあったかを数える。相手に値引きを求めたり、取引の条件を変えたりはしない——あくまで自分の手元の見積りと記憶から、圧の向かった先を数えるだけである。いま一人で全部を回している場合は、削ったぶんが自分の工数として返ってきていないかを見ればよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Kato Y.(加登豊)(1993) 'Target costing support systems: lessons from leading Japanese companies', Management Accounting Research 4(1):33-47, doi:10.1006/mare.1993.1002 — doi.org
- Cooper R.(Robin Cooper), Slagmulder R. (2004) 'Interorganizational cost management and relational context', Accounting, Organizations and Society 29(1):1-26, doi:10.1016/S0361-3682(03)00020-5 — doi.org
- Monden Y.(門田安弘), Hamada K. (1991) 'Target Costing and Kaizen Costing in Japanese Automobile Companies', Journal of Management Accounting Research 3:16-34, doi:10.2308/jmar-9701273024 — doi.org
- Cooper R., Slagmulder R. (1999) 『Supply Chain Development for the Lean Enterprise: Interorganizational Cost Management』, Productivity Press(章 'Lean Buyer-Supplier Relations' doi:10.1201/9780203737873-5) — doi.org
- Askarany D. (2011) 'Interaction between Target Costing and Activity-Based Costing: Is Target Costing a True Costing Technique?', SSRN Working Paper 1888824 — papers.ssrn.com
- CAM-I(Consortium for Advanced Management-International)による原価管理・target costing の実務体系(1990年代に体系化) — www.cam-i.org