初日から本調子、の前提には、飛ばせない時間が隠れている
段取りを完璧に用意すれば、量産は初日から本調子になる——立ち上げの手引きはそう説く。ところが、手順をどれだけ緻密に書いても、初めのうちは不良が出て歩留りが上がらない。改善は、計画の細かさからではなく、繰り返し作った量から来るからだ。速く立ち上げようとするほど、飛ばせない時間の存在がはっきりする。
前の単位では、熟練の技をどう次の人へ渡すのかを扱った。ここでは、その技を新しい製品や工程で一から動かすとき——量産の立ち上げを、どう速くするのかを扱う。
この単位が扱うのは一点——「垂直立ち上げ(量産開始と同時に一気に計画の生産量と良品率へ到達させる立ち上げ方)は、計画を作り込めば速くなる」という言い方が、学習に要る時間を計画で飛ばせるという前提に立っていることである。立ち上げの努力を否定する話ではない。特定の設備投資や増員をすすめる話でも、道具や仕組みの商品名を挙げる話でもない。ここで問うのは一つ——立ち上げの速さは、計画の緻密さで決まるのかである。
改善は、計画の緻密さではなく、作った量から来る
手がかりの源流は、1936年の一本にある。ライト(T.P. Wright)が *Journal of the Aeronautical Sciences* 3(4):122-128 へ出した論文は、飛行機を作る費用を調べて、ある規則を見つけた——同じものを作り続けると、単位あたりにかかる労力は、累積の生産量が倍になるごとに、一定の割合で下がっていく。 これが学習曲線(作れば作るほど手際が上がり、一つあたりの手間が減っていく関係のこと。経験曲線とも呼ぶ)の源流である。この関係はその後の半世紀で数多くの産業に確かめられ、1979年には Yelle が、学習曲線の歴史と使われ方を包括的に見渡した総説をまとめている。
ここで大事なのは、下がり方の具体的な数字ではなく、何が改善を駆動しているかのほうだ。改善を進めるのは、計画の緻密さでも、手順書の分厚さでもない。繰り返し作った量——実際に手を動かした回数である。まだ一度も作っていないものについて、いくら綿密に計画を立てても、作って初めて分かることは、計画の外にある。だから「段取りを完璧にすれば初日から本調子」という言い方は、改善の駆動因を、量から計画へすり替えている。(下がり方の傾きを示す具体的な数値は、条件によって大きく変わるため、ここでは断定しない。)
計画が悪いと言っているのではない。計画は、作りはじめる前に手戻りを減らす。ただし、計画でできるのは分かっていることを整えておくことであって、まだ分かっていないことを先に済ませておくことではない。この二つは、外から見ると同じ「準備」に見えて、中身がまったくちがう。前者はいくらでも積める。後者は、作らないと一歩も進まない。立ち上げが計画どおりに速くならないのは、たいてい、この後者のぶんが残っているからである。
立ち上げの初めは、工程がまだ「よく分かっていない」期間
これを量産の立ち上げそのもので調べた研究がある。2001年に *International Journal of Production Economics* 70(1):1-19 へ出た論文(Terwiesch・Bohn)は、立ち上げ初期の姿をこう書いている——その期間、新しい生産工程はまだよく分かっておらず、それが低い歩留りと低い生産速度を引き起こす(“During that time, the new production process is still ill understood, which causes low yields and low production rates.”)。
ここが肝心だ。低い歩留りは、準備が足りなかった罰ではなく、工程をまだ理解しきっていない期間の、当然の姿である。 理解は、机の上で先に完成するのではなく、作りながら少しずつ形になる。 だから立ち上げの初めに不良が出ることを、作業者や現場の注意不足として描くのは筋が違う。★321で置いたとおり、現場は改善される対象ではなく、改善する主体である。低い立ち上げ成績を、人の努力の不足に読み替えない。
学習と生産は、取り合いになる
では、理解を早めるために手を打てばよいのか。ここに、もう一つのねじれがある。同じ2001年の研究は、こう指摘する——エンジニアリング試行のような実験は工程の改善を生むが、同時に短期の生産能力を下げる。ここに、実験と生産のあいだのトレードオフが生まれる(“Experiments such as engineering trials lead to process improvements, but they also reduce capacity in the short run. This creates a trade-off between experiments and production.”)。
つまり、学ぶために試すことと、いま作ることは、同じ時間と設備を取り合う。 試せば改善は進むが、その分だけ今日の生産は減る。しかもこの研究は、早い時期の学習のほうが、遅い時期の学習より価値が高いとも述べている。立ち上げの遅さの一部は、削るべきムダではなく、あとで効いてくる必要な学習の費用である。実験を「ムダ」と見て潰すと、短期の生産は守れても、長期の学習を失う。
速く作るほど、欠陥が増える
それでも「とにかく速く」を選ぶと、別の代償が出る。同じ研究は、生産速度と歩留り・品質のあいだのトレードオフも調べ、速い生産速度は、より多くの欠陥につながることを示した。速さを無条件の善とすれば、不良が増える。速さと品質のどちらを先に置くかは、条件しだいである。
そして、この研究がもう一つ釘を刺すのは、学習の原因の取り違えだ。改善が「経験(作った量)から来る」のか「実験(意図的な試し)から来る」のかを取り違えると、打つ手がずれて、かえって遠回りになる。立ち上げのやり方を、そっくり複製して素早く横展開する戦略(2004年の *IEEE Transactions on Engineering Management* 51(1):70-84、Terwiesch・Xu が扱った「コピー・イグザクトリー」=寸分たがわず写す立ち上げ方)も、複製の速さを取るほど、その場での学習を犠牲にするという取り合いから逃れられない。データ記憶装置の産業で量産移転と立ち上げを追った2001年の事例研究(*R&D Management* 31(4):435-451、Terwiesch・Bohn・Chea)も、計画どおりには速くならない立ち上げの現実を描いている。半導体の製造を調べた研究(1998年、Hatch・Mowery)も、歩留りの改善が、作りながら覚える学習と、意図して工程を良くするためのエンジニアリング努力の配分の、両方から来ることを示していて、経験と実験のどちらか一方だけでは説明がつかないことを裏づけている。
時間・変化:立ち上げの速さの見方は1936年から2004年までどう動いたか
順に置く。1936年、単位あたりの労力が累積生産量とともに下がるという学習曲線が、飛行機作りの分析として示される。改善の駆動因が「作った量」であることの土台が置かれる。2001年、量産の立ち上げ初期が「まだよく分かっていない工程」の期間であり、低い歩留りが構造的に生じること、学習と生産・速さと品質が取り合いになることが実証される。2004年、立ち上げを寸分たがわず複製する戦略ですら、複製の速さと学習が取り合いになることが整理される。
七十年ほどで確からしくなったのは、立ち上げを速くする万能の段取りではなく、速さのどこに学習という飛ばせない時間が挟まっているか、のほうである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、初めの低い歩留りを、準備不足の証拠だと読むことである。そう読むと、対策は「もっと計画を作り込む」に向かう。だが、まだ作っていない工程について分かることには限りがある。計画で埋められない空白は、作りながらでないと埋まらない。
標本の偏りも断っておく。ここまでの証拠は、飛行機・半導体・データ記憶装置といった、同じものを大量に作り続ける産業から採られている。一点ものを作る現場や、毎回ちがうものを少しずつ作る現場では、「累積生産量が倍になる」こと自体が起きにくく、学習曲線はそのままの形では当てはまらない。それでも、初めての工程は作りながら分かっていく、という芯は残る。
助けになるのは、立ち上げの遅さを、必要な学習の時間と、削れるムダとに、分けて見るという一手である。全部を準備不足のせいにせず、どこが「作らないと分からなかった」ぶんなのかを、あとから記録で見分ける。この見分けができると、次の立ち上げで「計画を厚くすれば防げたこと」と「何度か作らないと分からなかったこと」を取り違えずにすむ。前者は準備に回し、後者は初期の低い成績を織り込んでおく——そうすれば、低い歩留りが出たときに、それを人のせいにも準備不足のせいにもせず、当然の学習期間として扱える。次の単位で扱う原価の作り込みも、設計で一度に決まるのではなく、こうして作りながら動いていく。
最初の一歩は10分。自分が最近立ち上げた新しい作業や工程を一つ思い出し、始めた初日と、少し慣れたころとで、うまくいかなかったことがどう変わったかを書き出す。そのうえで、それぞれの改善が「回数を重ねたから」なのか「意図して試したから」なのかを、思い出せる範囲で分けて印を付ける。分けられないものは「どちらとも言えない」で構わない。数えたいのは、正解の数ではなく、計画では飛ばせなかった時間がどこにあったかである。
次の単位は 335「原価を作り込むには?」——設計の段階で目標の原価を決めれば、狙ったコストに本当に収まるのかを、ここに積み上げる。
- 1936年に Journal of the Aeronautical Sciences 3(4):122-128 へ出た Wright の論文は、単位あたりの労力が累積生産量の倍加ごとに一定率で下がる学習曲線(経験曲線)を示した。改善を駆動するのは計画の緻密さや手順書の厚さではなく、繰り返し実際に作った量である。下がり方の具体的な数値は条件で変わるため断定しない
- 2001年に International Journal of Production Economics 70(1):1-19 へ出た Terwiesch と Bohn の研究は、立ち上げ初期は新しい工程がまだ『ill understood(よく分かっていない)』ため低い歩留りと低い生産速度が構造的に生じると示した。低い歩留りは準備不足の罰ではなく、理解が作りながら形成される期間の当然の姿である
- 同じ研究は、エンジニアリング試行のような実験が改善を生む一方で短期の生産能力を下げると示し、実験と生産のあいだのトレードオフを描いた。早い時期の学習ほど価値が高く、立ち上げの遅さの一部は削るべきムダではなく必要な学習コストである
- 同じ研究は生産速度と歩留り・品質のトレードオフも調べ、速い生産速度がより多くの欠陥につながることを示した。速さを無条件の善とすると不良が増え、速さと品質のどちらを先に置くかは条件しだいである
- 同じ研究は、改善が経験(作った量)から来るのか実験(意図した試し)から来るのかの取り違えが、最適でない打ち手と結果を招くと指摘した。2004年の IEEE Transactions on Engineering Management 51(1):70-84(Terwiesch・Xu)のコピー・イグザクトリー戦略も、複製の速さと学習の取り合いから逃れられない
- 妨げるものの筆頭は、初めの低い歩留りを準備不足の証拠と読み、対策を『もっと計画を作り込む』へ向けてしまうことである。まだ作っていない工程について分かることには限りがあり、計画で埋められない空白は作りながらでないと埋まらない
- 1936年に学習曲線、2001年に立ち上げ初期の低歩留りと諸トレードオフ、2004年に複製戦略と学習の取り合いが整理された。七十年ほどで確からしくなったのは、立ち上げを速くする万能の段取りではなく、速さのどこに学習という飛ばせない時間が挟まっているかである
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 垂直立ち上げ(量産開始と同時に一気に計画の生産量・良品率へ到達させる立ち上げ方)は、事前に手順を作り込みチェックリストで漏れをなくせば、計画どおり速く達成できる | 1936年の Wright の学習曲線が示すように、改善は累積生産量とともに進む——駆動するのは繰り返し作った量である。2001年の Terwiesch と Bohn の研究は、立ち上げ初期は新しい工程がまだ『ill understood(よく分かっていない)』ため低い歩留りと低い生産速度が構造的に生じると示した。理解は作りながら形成されるので、手順を作り込めば初日から本調子、とはならない |
| 立ち上げが遅いのも、初期に不良が出るのも、準備が足りなかった証拠だ | 2001年の研究は、初期の低い歩留りを、新しい工程の当然の性質(まだよく分かっていない期間)として描く。しかも意図的な実験(エンジニアリング試行)は改善を生むが短期の生産能力を下げるため、立ち上げの遅さの一部は削るべきムダではなく必要な学習コストである。低い立ち上げ成績を、現場の努力不足に帰さない |
| とにかく速く立ち上げれば、それだけ早く一人前の工場になる | 2001年の研究は、生産速度と歩留り・品質のあいだのトレードオフも調べ、速い生産速度がより多くの欠陥につながることを示した。速さを無条件の善とすると不良が増える。速さと品質のどちらを優先するかは条件しだいで、学習の原因(経験によるのか実験によるのか)を取り違えると、かえって遠回りになる |
皮肉なのは、いちばん速く立ち上げたい人ほど、計画に時間をかけたくなることである。計画は机の上で完結し、進んでいる手ごたえもある。ところが、その計画がいちばん埋めたい空白——作ってみて初めて分かる部分——だけは、机の上では絶対に埋まらない。学習は、繰り返した回数のぶんしか進まない。だから、初日から本調子の立ち上げを約束する手引きがいちばん確かに約束できるのは、たぶん、その手引きを作るのにかかった時間のほうである。
Q1. 1936年の Wright の学習曲線によれば、単位あたりの労力は何とともに下がるか。そして、それは立ち上げの速さについて何を意味するかを1〜2文で書け。一問一答
Q2. 2001年の Terwiesch と Bohn の研究によれば、立ち上げ初期は新しい工程がまだ【 ① 】(よく分かっていない)ため、低い【 ② 】と低い生産速度が生じる。これは準備不足の罰ではなく、理解が【 ③ 】ながら形になる期間の当然の姿である。穴埋め
Q3. 2001年の研究がいう「実験と生産のトレードオフ」の説明として正しいものはどれか。選択
Q4. 2001年の研究が示した、生産速度と品質の関係として正しいものはどれか。選択
Q5. この単位で扱った出来事を、年の早い順に並べよ。(ア)立ち上げを寸分たがわず複製する戦略ですら複製の速さと学習が取り合いになることが整理される(イ)単位あたりの労力が累積生産量とともに下がる学習曲線が飛行機作りの分析として示される(ウ)立ち上げ初期が「まだよく分かっていない工程」の期間であり、諸トレードオフがあることが実証される並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分が最近立ち上げた新しい作業や工程を一つ思い出し、始めた初日と、少し慣れたころとで、うまくいかなかったことがどう変わったかを書き出す。続いて、その一つひとつの改善について、(1)同じことを回数を重ねたから良くなった、(2)意図して何かを試したから良くなった、(3)どちらとも言えない、のどれかを、思い出せる範囲で分けて印を付ける。最後に、(1)回数によるものがいくつあったかを数える。同僚や部下の立ち上げを観察したり評価したりはしない——あくまで自分が手を動かした立ち上げの記憶と記録から書く。いま一人で全部を回している場合は、自分が最初に作った一つと、何個か作ったあとの一つを思い出して比べればよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Wright T.P. (1936) 'Factors Affecting the Cost of Airplanes', Journal of the Aeronautical Sciences 3(4):122-128, doi:10.2514/8.155 — doi.org
- Terwiesch C., Bohn R.E. (2001) 'Learning and process improvement during production ramp-up', International Journal of Production Economics 70(1):1-19, doi:10.1016/S0925-5273(00)00045-1 — doi.org
- Terwiesch C., Xu Y. (2004) 'The Copy-Exactly Ramp-Up Strategy: Trading-Off Learning With Process Change', IEEE Transactions on Engineering Management 51(1):70-84, doi:10.1109/TEM.2003.822465 — doi.org
- Terwiesch C., Bohn R.E., Chea K.S. (2001) 'International product transfer and production ramp-up: a case study from the data storage industry', R&D Management 31(4):435-451, doi:10.1111/1467-9310.00230 — doi.org
- Yelle L.E. (1979) 'The Learning Curve: Historical Review and Comprehensive Survey', Decision Sciences 10(2):302-328, doi:10.1111/j.1540-5915.1979.tb00026.x — doi.org
- Hatch N.W., Mowery D.C. (1998) 'Process Innovation and Learning by Doing in Semiconductor Manufacturing', Management Science 44(11):1461-1477, doi:10.1287/mnsc.44.11.1461 — doi.org