センサーは、数える手間を肩代わりする。何を数えるかは、肩代わりしない
センサーとAIを入れれば、工場は勝手に賢くなる——スマート工場の触れ込みはそう言う。ところが、その「スマート工場」が何を指すのかは、査読の研究でさえ合意できていない。飛躍を約束する数字の多くは、それを売っている側が作っている。センサーは数える手間を肩代わりするが、何を数えるかまでは、肩代わりしない。
前の単位では、原価を設計の段階で作り込むという考えを扱った。ここでは、その工場そのものを、センサーとデータで賢くし続けるという触れ込み——スマート工場を扱う。そして、これがこの棚の最後の単位である。
この単位が扱うのは一点——「スマート工場(IoTセンサー・AI・デジタルツインで設備と工程をつなぎ、データで自律的に最適化する工場)にすれば、工場は勝手に進化する」という言い方が、何を数えるかの決めまで、機械が引き受けてくれると思っていることである。特定の機器やソフトや、それを売る会社をすすめる話でも、けなす話でもない。DXにいくら投じよという話もしない。データで人を評価して締める使い方は、この棚がずっと値切ってきた逆機能の側で、ここでも書かない。ここで問うのは一つ——センサーは、いったい何を肩代わりしてくれるのかである。
「スマート工場」には、合意された定義が無い
まず、言葉そのものがはっきりしない。2020年に *International Journal of Production Economics* 226:107617 へ出た総説(Culot・Nassimbeni・Orzes・Sartor)は、この分野の研究者がまず向き合わねばならないこととして、こう書いている——いま Industry 4.0 に取り組む多くの研究者は、合意された定義の不在に直面せねばならず、それが理論の構築と研究の比較可能性に深刻な限界をもたらしている(“The many scholars approaching Industry 4.0 today need to confront the lack of an agreed-upon definition, posing serious limitations to theory building and research comparability.”)。
しかも、スマート・マニュファクチャリング、デジタル変革、第四次産業革命といった似た言葉が同義語のように使われ、その現象の範囲と特徴をめぐる混乱を強めている、とも述べる。つまり、「スマート工場にすれば進化する」と言うときの「スマート工場」が何を指すのか自体が、決まっていない。 分野の全体像を見渡した総説(2018年、Xu ら)も現れているが、そこでも用語と範囲は広がり続けていて、中核の定義が一つに揃うところまでは来ていない。到達点があるかのように書くこと自体が、まだ危うい。名前がはっきりしないものへ向かって進化する、という文は、向かう先を指さないまま「進め」と言っているに近い。
その「ROI○%」は、たいてい売り手が作った数字
それでも、導入を勧める資料には、景気のいい数字が並ぶ。投資対効果が何割改善、生産性がこれだけ向上——こうした数字は、どこから来ているのか。同じ2020年の総説は、レビューの手続きを説明する中で、正直にこう書いている——学術文献のレビューを、最も影響力のある非学術の情報源、すなわち行政やコンサル企業を選んで補った(“The review of academic publications has been complemented by a selection of the most influential non-academic sources, including governmental bodies and consulting companies.”)。
ここが肝心だ。この分野では、影響力のある数字の多くが、査読された対照実証ではなく、行政の資料や、それを売っているコンサル企業の資料から来ている。売り手が作った数字は、売るために作られている。それが間違いだと決めつける必要はないが、中立の事実として引くわけにはいかない。 だからこの単位では、流通している「ROI何%」という具体的な数値を、そのまま持ってこない。数字を出さないのは、確かめられた数字が、まだ薄いからである。実際、査読された研究でさえ、この分野の効果を「期待される貢献(expected contribution)」という言い方で検討している(2018年、Dalenogare ら)。飛躍は、まず期待として語られ、確立した対照実証としては、まだ薄い。
成熟度モデルは、小さな作り手の現実から切れている
導入を促すもう一つの道具が、成熟度モデル(いまどの段階にいて、次にどの段階へ上がればよいかを、レベルで示す物差し)である。だが、2018年に *Journal of Manufacturing Systems* 49:194-214 へ出た批判的な総説(Mittal・Khan・Romero・Wuest)は、その物差しが、小さな作り手の実態に合っていないと指摘する——いまある多くの成熟度モデルの標準的な開始レベル『level 1』(基礎レベル)は、多くの中小企業の実際のデジタル化とスマート製造の成熟の水準から切り離されているように見える(“…the current standard starting ‘level 1’ (base level) of most maturity models appears to be disconnected from the real digitization and smart manufacturing maturity level of many SMEs.”)。
そのうえで、多くの現場はその手前の level 0 にいて、そこから level 1 へ移るだけでも、考え方の転換を含む相当な労力が要る(“…requires significant effort including a mind-set change.”)と述べる。一人で製造も検品もする工房主や、小ロットの立ち上げを担う人に、「まずレベル1から」と言う枠は、そもそも足元に合っていないことがある。導入の負荷や、その前提になる資本・人材・データの土台を、レベルの図は見えなくしてしまう。
由緒はあるが、由緒は証明ではない
もちろん、この構想に由緒が無いわけではない。Industry 4.0 は、ドイツの国家的な戦略の一環として提唱され、2013年には、その実行を勧める報告書もまとめられている。構想も、戦略の文書も、実在する。だが——ここで、この棚が最初の単位から16回くり返してきた見方に、もう一度戻る。道具の由緒と、効果の証明は、別物である。 国家戦略として掲げられ、立派な報告書があること。それは、構想が実在することの証明ではあっても、「導入すれば工場が進化する」ことの実証ではない。 これらの戦略文書や構想は、査読された効果の検証ではない。★321で、標準作業についてまったく同じことを言った。由緒があることと、効果が測られたことは、確かめ方がちがう——スマート工場でも、そこは動かない。
時間・変化:スマート工場の見方は2011年から2020年までどう動いたか
順に置く。2011年ごろ、Industry 4.0 が国家的な戦略として掲げられ、続いて2013年にその実行を勧める報告書が出る。構想と戦略の文書が、まず立つ。2018年、その旗のもとで作られた成熟度モデルの多くが、小さな作り手の実態から切れていることが、批判的な総説で示される。2020年、そもそも Industry 4.0 に合意された定義が無く、証拠源に行政やコンサル企業の非学術資料が混じることが、総説で明らかにされる。
十年ほどで確からしくなったのは、工場を進化させる仕組みそのものではなく、その進化を語る言葉と数字が、どこから来ているか、のほうである。
数える者が変われば、数字が変わる——この棚を締める
ここで、この棚がずっと通ってきた場所に、最後に戻る。★321で、この棚は二つの通奏低音を置いた。一つは、いま何度も戻った——道具の由緒と、効果の証明は別物である。そしてもう一つが、この最後の単位が正面から回収するものだ——工場の数字は、現場が数えたとおりにしか正しくない。
この棚が扱ってきた数字を思い出してほしい。設備の総合効率(OEE、331)も、不良率も、ヒヤリハットの件数(330)も、どこからどこまでを一件と数えるか、何を止まったと見なすか、その定義と数え方を、現場が決めている。 数える者が変われば、同じ工場の同じ一日でも、数字は変わる。ここにスマート工場のセンサーが入ると、何が起きるか。センサーは、その「数える」という手間を、自動で肩代わりしてくれる。 だが——「何を、どこからどこまで、どう数えるか」という決めそのものは、肩代わりしてくれない。 その決めは、機械の中に埋め込まれて、ただ見えにくくなるだけである。むしろ、決めが自動化されて固定されると、それが誰かの決めであったことすら、忘れられていく。センサーを入れれば数字が客観的に正しくなる、のではない。誰かが決めた数え方が、より速く、より大量に、より疑われずに、出てくるようになるだけである。
妨げるものの筆頭は、自動で出てきた数字を、人の手を離れた客観的な事実だと思うことである。数字が機械から出てくると、そこに決めが入っていたことが見えなくなる。標本の偏りも最後に断っておく。ここまでの証拠は、Industry 4.0 を語れるだけの規模と資本を持つ組織や、それを論じる研究から採られていて、導入する体力の無い小さな現場が「進化できなかった」記録は、そもそも残らない。助けになるのは、自分の工場から出てくる数字を一つ選び、その定義を——センサーがあってもなくても——自分の言葉で書き出してみるという一手である。何を一件と数え、何を数えていないか。そこに、機械が肩代わりできない決めが、まだ残っている。
最初の一歩は10分。自分がふだん見ている工場の数字(不良率、稼働率、件数など、何でもよい)を一つ選び、その数字が「何を、どこからどこまで、どう数えたもの」なのかを、自分の言葉で書き出す。センサーやシステムが出している数字なら、その数え方の決めを、誰が、いつ決めたのかまで辿れるかを見てみる。工場を進化させ続ける方法は、この棚のどこにも書いていない。書いてあったのは——その数字を、誰が、何を、どう数えたのかを、自分で見にいく、その一点だけである。
- 2020年に International Journal of Production Economics 226:107617 へ出た Culot らの総説は、Industry 4.0 に『the lack of an agreed-upon definition(合意された定義の不在)』があり、smart manufacturing・デジタル変革・第四次産業革命が同義語のように混用され混乱していると示した。到達点そのものが定義依存である
- 同じ総説は、レビューの証拠源を『最も影響力のある非学術の情報源、すなわち行政やコンサル企業(governmental bodies and consulting companies)』で補ったと明記した。流通するROIの数字の多くは売り手やコンサルの資料に由来し、査読された対照実証は薄いため、具体的な数値を中立の事実として引かない
- 2018年に Journal of Manufacturing Systems 49:194-214 へ出た Mittal らの批判的総説は、多くの成熟度モデルの開始レベル(level 1)が多くの中小の作り手の実態から切れており、多くの現場はその手前の level 0 にいて、level 1 へ移るだけでも考え方の転換を含む相当な労力が要ると指摘した
- Industry 4.0 はドイツの国家戦略の一環として提唱され、2013年に実行を勧める報告書もまとめられた。構想と戦略の文書は実在するが、それは構想が実在する証明であって、導入すれば工場が進化することの実証ではない。★321と同じく、道具の由緒と効果の証明は別物である
- 2011年ごろに構想と戦略文書、2018年に成熟度モデルの現実からの乖離、2020年に定義の不在と証拠源へのコンサル混在が重なった。十年ほどで確からしくなったのは、工場を進化させる仕組みそのものではなく、その進化を語る言葉と数字がどこから来ているかである
- この棚の通奏低音②を回収する——工場の数字は現場が数えたとおりにしか正しくない。OEE(331)も不良率もヒヤリハット件数(330)も、何を一件と数え何を止まったと見なすかの定義と数え方を現場が決めており、数える者が変われば同じ一日でも数字が変わる
- スマート工場のセンサーは『数える』手間を自動で肩代わりするが、『何をどう数えるか』の決めそのものは肩代わりしない。決めは機械に埋め込まれて見えにくくなるだけで、自動で出た数字を人の手を離れた客観的事実と思うことが、妨げるものの筆頭である
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| スマート工場(IoTセンサー・AI・デジタルツインで設備と工程をつなぎ、データで自律的に最適化する工場)にすれば、工場は勝手に進化し続ける | 2020年の Culot らの総説は、Industry 4.0 に『the lack of an agreed-upon definition(合意された定義の不在)』があり、smart manufacturing・デジタル変革・第四次産業革命が同義語のように混用され混乱していると示した。到達点そのものが定義依存であるうえ、センサーが自動化するのは『数える』ことであって、『何をどう数えるか』の決めは現場に残る |
| スマート工場の投資対効果は、ROIが何%改善という数字で示されている | 2020年の Culot らの総説は、レビューの証拠源に『governmental bodies and consulting companies(行政やコンサル企業)』の非学術資料が混じると明記した。流通するROIの数字の多くは、それを売っている側が作った資料に由来し、査読された対照的な実証は薄い。売り手が作った数字を、中立の事実として引かない |
| 成熟度モデルのレベル1から順に上がっていけば、どんな作り手でも進化できる | 2018年の Mittal らの批判的総説は、多くの成熟度モデルの開始レベル(level 1)が、多くの中小の作り手の実態から切れていると指摘した。多くの現場はその手前の level 0 におり、level 1 へ移るだけでも考え方の転換を含む相当な労力が要る。レベルの枠は小さな作り手の現実に合っていない |
皮肉なのは、いちばん賢く見える工場ほど、いちばん静かに、誰かの決めを固定してしまうことである。センサーが数字を吐き出しはじめると、その数字が、何を一件と数え、何を数えなかったかは、もう誰も聞かなくなる。機械から出てきたのだから正しいのだろう、と。だがセンサーが肩代わりしたのは、数える手間だけだ。何を数えるかを決めたのは、いまも昔も人である。この棚は、良い工場の作り方を、とうとう一つも教えなかった。教えたのは、工場の数字を見るときに、たった一つ問い続けること——それは、誰が、何を、どう数えたのか。工場が進化するとしたら、たぶん、その問いを手放さなかったぶんだけである。
Q1. 2020年の Culot らの総説が、Industry 4.0 について示したことはどれか。選択
Q2. スマート工場の「ROI○%」という数字を、本文がそのまま引かない理由として、2020年の総説が証拠源について明かしたことと合うのはどれか。選択
Q3. 2018年の Mittal らの批判的総説によれば、多くの成熟度モデルの開始レベル【 ① 】は、多くの中小の作り手の実態から【 ② 】いる。多くの現場はその手前の【 ③ 】におり、そこを越えるだけでも考え方の【 ④ 】を含む相当な労力が要る。穴埋め
Q4. この棚を締める通奏低音「工場の数字は、現場が数えたとおりにしか正しくない」について、スマート工場のセンサーは何を肩代わりし、何を肩代わりしないのかを説明せよ。一問一答
Q5. この単位で扱った出来事を、年の早い順に並べよ。(ア)合意された定義が無く証拠源に行政やコンサル企業の非学術資料が混じることが総説で明らかにされる(イ)Industry 4.0 が国家戦略として掲げられ実行を勧める報告書が出る(ウ)成熟度モデルの多くが小さな作り手の実態から切れていることが批判的総説で示される並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分がふだん見ている工場や作業の数字(不良率、稼働率、ヒヤリハットや不具合の件数、段取りの時間など、何でもよい)を一つ選ぶ。その数字について、(1)何を一件、あるいは一回と数えているか、(2)どこからどこまでを数え、何を数えていないか、(3)その数え方の決めを、誰が、いつ決めたか(分かる範囲で)、を自分の言葉で書き出す。もしその数字をセンサーやシステムが自動で出しているなら、その数え方の決めが辿れるか、誰が決めたかまで遡れるかも書き添える。同僚や部下の作業ぶりを観察したり評価したりはしない——あくまで自分が見ている数字の定義を、自分の言葉で書き出すだけである。いま一人で全部を回している場合は、自分がその数字をどう数えているかを書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Culot G., Nassimbeni G., Orzes G., Sartor M. (2020) 'Behind the definition of Industry 4.0: Analysis and open questions', International Journal of Production Economics 226:107617, doi:10.1016/j.ijpe.2020.107617 — doi.org
- Mittal S., Khan M.A., Romero D., Wuest T. (2018) 'A critical review of smart manufacturing & Industry 4.0 maturity models: Implications for small and medium-sized enterprises (SMEs)', Journal of Manufacturing Systems 49:194-214, doi:10.1016/j.jmsy.2018.10.005 — doi.org
- acatech(ドイツ工学アカデミー)(2013) 『Recommendations for implementing the strategic initiative INDUSTRIE 4.0』(Industry 4.0 ワーキンググループ最終報告) — www.acatech.de
- ドイツ連邦教育研究省(BMBF)ハイテク戦略における国家的取り組み Industrie 4.0(2011年ごろ提唱) — www.bmbf.de
- Xu L.D., Xu E.L., Li L. (2018) 'Industry 4.0: state of the art and future trends', International Journal of Production Research 56(8):2941-2962, doi:10.1080/00207543.2018.1444806 — doi.org
- Dalenogare L.S., Benitez G.B., Ayala N.F., Frank A.G. (2018) 'The expected contribution of Industry 4.0 technologies for industrial performance', International Journal of Production Economics 204:383-394, doi:10.1016/j.ijpe.2018.08.019 — doi.org