劇的に立ち直った工場は、小説の中にあった
一番詰まっている工程を叩けば、あとは全部スラスラ流れる——制約理論はそう教える。ところが、その劇的な改善が起きた工場は、実在の工場ではなく、一冊の小説の中にあった。そして研究のほうは、この理論をまだ確立を試みる段階だと書いている。
前の単位では、生産性を測る一つの数字(OEE)を扱った。ここでは、工場全体の流れを止めている場所——ボトルネックを、どう扱うのかを扱う。
この単位が扱うのは一点——「いちばん詰まっている工程を見つけて叩けば、全体がスラスラ流れて生産性が上がる」という素朴な因果である。先に断っておく。この単位は、ボトルネックを見る考え方を全否定しない。 むしろ、その芯にある「一番遅い工程が全体を決める」という見方は鋭い。値切るのは、そこから飛躍した「叩けば全部が線形に良くなる」「小説のとおりに劇的に変わる」のほうである。個別の設備投資や人員配置の助言はしない。
その処方の出どころは、小説である
まず言葉をほどく。ボトルネック(制約)とは、工場全体が出せる量を、そこ一か所で決めてしまっている工程のことだ。この制約に注目する考え方はTOC(制約理論)と呼ばれ、制約を見つけて活かす5つの集中ステップや、ドラム・バッファ・ロープ(DBR)という進め方をもつ。
これらの手法が世に広まった出どころは、はっきりしている。1984年に出た『The Goal(ザ・ゴール)』——ゴールドラットとコックスによる本だ。ここで大事な事実を一つ置く。『ザ・ゴール』は、教育用のビジネス小説である。 工場長アレックスを主人公にしたフィクションの物語であって、査読された研究でも、実データの報告でもない。工場が劇的に立ち直っていく筋書きは、読者を説得し、考え方を教えるための創作である。書籍としての実在は、2016年の再刊版(Routledge)でも確認できるが、実在するのはあくまで小説だ。
ここに、この棚の一本目の筋がそのまま乗る。手法名が実在し、本家の物語が実在することは、その手法が効くことの証明ではない。 「ザ・ゴールに書いてある」は、「劇的な改善が再現できる」を意味しない。物語のなかで効いたことは、物語のなかで作者がそう書いた、というだけである。
TOCは、まだ「確立した理論」ではない
では、小説の外の研究はどう言っているか。2013年に *International Journal of Production Research* 51(2):542-554 へ出た論文(Naor ら)は、TOCの学術的な位置づけをこう書く。“In this study, we attempted to advance the academic dialogue towards establishing TOC as a formal operations management theory…” TOCを正式な生産管理の理論として確立しようと試みる——つまり、まだ確立していない段階にある、ということだ。同じ論文は、TOCが「良い理論の美徳」(一意性・簡潔さ・一般化のしやすさ・実証的な危うさに耐える強さなど)を満たすかを検討している。満たすと結論したのではなく、その物差しにかけている段階である。
2007年に *Journal of Operations Management* 25(2):387-402 へ出た論文(Watson ら)も、同じ向きだ。TOCはスケジューリングのソフトから経営哲学へ進化した(“…what started out as a scheduling software has evolved into a management philosophy…”)が、その主流化にあたっては——“…it is important to review what has been accomplished and what deficiencies remain so that both the promise and problems impeding greater acceptance can be examined.” 達成されたことと、なお残る欠陥(deficiencies)を点検すべきだ、と。万能解として確立している、とは書いていない。TOCをOM理論として位置づけようとする試み(Gupta & Boyd 2008)や、その哲学と応用を見渡したレビュー(Rahman 1998)も、いずれも確立途上を映している。
「成功例ばかり」は、効果の証明ではない
TOCについては、うまくいった話がよく出回る。だが、ここで一段引いておきたい。効果の報告は、自己申告の成功例に偏りやすい。 うまくいった現場は事例を語り、講演をし、記事にする。うまくいかなかった現場は、たいてい何も公表しない。 すると、世に出回るのは成功例ばかりになり、それが「TOCは効く」という印象を、証拠の重みに見せかける。
これは、この棚が繰り返し指してきた形そのものだ——効いた話には語り手がいて、効かなかった話には語り手がいない。 成功例がいくつ並んでも、失敗例が公表されないかぎり、その山は「効いた割合」を示さない。分子(うまくいった件数)だけが集まり、分母(試したぜんぶの件数)は誰も数えていない。分母のない割合は、割合ではない。 ここでは、成功事例を数えて効果を語る道は採らない。件数の多さは、効果の証明にはならない。
制約は動く——だから「叩けば全部速くなる」は誤り
では、TOCの芯はどこが正しく、どこが飛躍なのか。正しいのはこうだ。非ボトルネックの工程をいくら速くしても、全体が出せる量は増えない。 これは前の単位(331)で見た局所最適の罠と、ちょうど裏表である。忙しく動く設備を増やしても、詰まりが別の場所にあるなら、増えるのは仕掛品だけだ。ここまでは、TOC自身の鋭い洞察である。
飛躍が始まるのは、その先だ。制約は、一つに固定されていない。 ある工程の詰まりを解けば、次にいちばん遅い別の工程が、新しい制約になる。制約は現場のなかを移動する。だから「一番遅い工程を一度叩けば、あとは全部スラスラ流れる」という素朴な線形の理解は、成り立たない。叩いた先で、詰まりは形を変えて別の場所に現れる。しかも、制約がどこにあるかは、作るものが変われば動くし、注文の入り方が変われば動く。今日のボトルネックが、来週も同じ場所にあるとはかぎらない。流れをよくする作業に、終わりの一撃は無い。 それは、続けていく手入れであって、一度きりの手術ではない。 そして——制約探しを、人探しにしない。 いちばん詰まる場所は、たいてい特定の人ではなく、段取り・順番・道具の側にある。詰まっている工程にいる人を「制約」と名指しすることは、この単位のいちばん避けたい着地だ。
時間・変化:1984年から2013年まで
順に置く。1984年、教育用のビジネス小説『ザ・ゴール』が出て、5集中ステップとDBRが物語仕立てで広まる(Goldratt & Cox・小説)。1998年、TOCの哲学と応用を見渡すレビューが現れる(Rahman)。2007年、TOCがソフトから経営哲学へ進化したと整理しつつ、残る欠陥を点検すべきだと述べる論文が出る(Watson ら)。2013年、TOCを正式なOM理論として確立しようと試み、良い理論の物差しにかける論文が出る(Naor ら)。
29年で確からしくなったのは、「叩けば流れる」という劇的な処方ではなく、その処方の出どころが小説であること、そしてTOCがなお確立途上であること、のほうである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、物語の説得力を、実証の強さと取り違えることである。よくできた物語は、頭に残る。工場が立ち直る筋書きは、気持ちよく、覚えやすい。だからこそ、それが小説だという一点を、忘れやすい。
標本の偏りも断っておく。出回っているTOCの話は、うまくいったと語りたい現場から採られたものに偏っている。うまくいかなかった現場、途中でやめた現場は、そもそも語りの標本に入っていない。 だから「TOCで劇的に良くなった」という話の多さを、効く確率と読み替えない。
助けになるのは、自分が回している工程のうち、いちばん待ちが生まれる場所を一つ選び、その詰まりが「人」なのか「段取り・順番・道具」なのかを書き分けてみるという一手である。人の欄に何も書くなという話ではない。段取りや道具の欄にいくつ書けるかを見る。そこが埋まるほど、叩くべき相手が人ではないと分かる。
最初の一歩は10分。自分の作業や工程の流れを一つ思い出し、紙に順番に書く。次に、いちばん待ちが生まれる場所(前が終わるのを待つ、道具の空きを待つ、といった場所)を一つ丸で囲み、その下に「この詰まりを、段取り・順番・道具で言い直すと」と書いて、思いつくだけ挙げる。同僚を制約として名指ししない。自分の工程の一つの詰まりを、人以外の言葉で言い直せるかを見るだけである。
次の単位は 333「熟練の技を伝えるには?」——ここから、現場で積み上げてきた技を、どう次へ渡すのかを、この土台の上に積み上げる。
- 『ザ・ゴール』(Goldratt & Cox 1984、書籍としての実在は2016年Routledge再刊版でも確認)は工場長アレックスを主人公にした教育用のビジネス小説(フィクション)で、査読研究でも実データ報告でもない。工場が劇的に立ち直る物語は説得のための創作であり、再現可能な実験結果ではない。5集中ステップ・DBR(ドラム・バッファ・ロープ)はこの物語仕立ての教材に由来する(通奏低音①:由緒と効果の証明は別物)
- Naor ら 2013(IJPR 51(2):542-554)は、TOCを正式な生産管理の理論として確立しようと試みる段階だと位置づけ、良い理論の美徳(一意性・簡潔さ・一般化のしやすさ・実証的な危うさに耐える強さなど)の物差しにかけた。結論として確立したのではなく、TOCの理論・実証基盤はなお確立済みではない
- Watson ら 2007(JOM 25(2):387-402)は、TOCがスケジューリングのソフトから経営哲学へ進化したとしつつ、主流化にあたり達成と残る欠陥(deficiencies)を点検すべきだと明言した。万能解として確立しているとは述べていない
- Gupta & Boyd 2008(IJOPM 28(10):991-1012)はTOCをOM理論として位置づけようとする試み、Rahman 1998(IJOPM 18(4):336-355)はTOCの哲学と応用を見渡すレビューで、いずれもTOCが確立途上であることを映している
- TOCの効果報告は自己申告の成功例に偏りやすく、うまくいかなかった現場は何も公表しないため、世に出回るのは成功例ばかりになる(出版バイアス)。成功例がいくつ並んでも失敗例が公表されないかぎり効いた割合は分からない。これは棚の分析的スタンスで、特定の成功事例レビューに帰属させず、件数・数値は引かない
- 非ボトルネックの工程を速くしても全体が出せる量は増えない(TOC自身の鋭い洞察・331の局所最適の罠と裏表)。だが制約は一つに固定されず、詰まりを解けば次にいちばん遅い別の工程が新しい制約になる。制約は移動するため、一番遅い工程を一度叩けば全部スラスラ流れるという素朴な線形の理解は成り立たない
- 値切るのは『叩けば全部が線形に良くなる』の単純因果と、小説由来の劇的改善の一般化である。この単位はボトルネックを見る考え方を全否定しない。制約探しを人探しにしない——いちばん詰まる場所はたいてい特定の人ではなく段取り・順番・道具の側にあり、詰まる工程にいる人を制約と名指ししない
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| いちばん詰まっている工程(ボトルネック)を見つけて叩けば、全体がスラスラ流れて生産性が上がる。TOCの5つの集中ステップで劇的に改善する | Naor ら 2013・Watson ら 2007 は、TOCの理論・実証的地位がなお確立途上だと示した。制約は一つに固定されず、詰まりを解けば次の工程が新しい制約になって移動する。非ボトルネックを速くしても全体は増えない(TOC自身の洞察)。だから一番遅い工程を一度叩けば全部速くなる、という素朴な線形の因果は成り立たない。ボトルネックを見る考え方そのものは否定しない |
| 『ザ・ゴール』に書いてあるとおりにやれば、工場は劇的に立ち直る | Goldratt & Cox 1984 の『ザ・ゴール』は教育用のビジネス小説(フィクション)で、査読研究でも実データ報告でもない。工場が劇的に立ち直る物語は読者を説得し考え方を教えるための創作であり、再現可能な実験結果ではない。5集中ステップやDBRという手法名が実在することは、その手法が効くことの証明ではない |
| TOCの成功事例がたくさん報告されているのだから、効果は実証済みだ | 効果の報告は自己申告の成功例に偏りやすく、うまくいかなかった現場は何も公表しない。だから世に出回るのは成功例ばかりになり、それが効くという印象を証拠の重みに見せかける。成功例がいくつ並んでも、失敗例が公表されないかぎり効いた割合は分からない。件数の多さは効果の証明にはならない |
皮肉なのは、この分野でいちばん多くの工場を立て直した名手が、実在しないことである。工場長アレックスは、小説の主人公だ。彼の工場が数か月で見違えるように流れだすのは、作者がそう書いたからで、それ以上の理由は要らない。物語は、いちばん覚えやすい形で教える——だから広まる。そして広まるほど、それが小説だったという一行が、抜け落ちていく。制約を一つ叩けば全部流れる、という気持ちのよい筋書きだけが残り、詰まりが次の工程へ移っていくという続きは、たいてい語られない。続きには、劇的な場面が無いからである。
Q1. TOCの5つの集中ステップやDBRが世に広まった出どころである『ザ・ゴール』は、どんな種類の本か。そのことが、この単位の値切りにどう関わるかも書け。一問一答
Q2. Naor ら 2013 と Watson ら 2007 が、TOCの学術的な位置づけについて示したこととして正しいものはどれか。選択
Q3. 「TOCの成功事例がたくさん報告されているのだから効果は実証済みだ」と言えないのはなぜか。本文の説明に沿って書け。一問一答
Q4. 「一番遅い工程を一度叩けば、あとは全部スラスラ流れる」が成り立たないのはなぜか。TOC自身の正しい洞察と、そこからの飛躍を分けて書け。一問一答
Q5. 本文『時間・変化:1984年から2013年まで』で並べた出来事を、年の早い順に並べよ。(ア)ソフトから経営哲学へ進化したとしつつ残る欠陥を点検すべきと述べる論文が出る(イ)教育用のビジネス小説ザ・ゴールが出て5集中ステップとDBRが広まる(ウ)正式なOM理論として確立しようと試み良い理論の物差しにかける論文が出る(エ)TOCの哲学と応用を見渡すレビューが現れる並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分がふだん回している作業や工程の流れを一つ思い出し、順番に書き出す(仕事でも、料理でも、身のまわりの手順でもよい)。書けたら、そのなかで一番『待ち』が生まれる場所——前の工程が終わるのを待つ、道具の空きを待つ、材料が届くのを待つ、といった場所——を一つだけ丸で囲む。その下に『この詰まりを、段取り・順番・道具で言い直すと』と書き、思いつくものを挙げる。人の欄を空にしろという話ではないが、最後に、段取り・順番・道具の側にいくつ言い直せたかを数字で書く。同僚や自分以外の誰かを『制約』として名指しして観察したり評価したりしない。将来の生産量を予測もしない。あくまで自分の工程の一つの詰まりを、人以外の言葉で言い直せるかを見るだけである。一人で複数の工程を回している場合も、自分の手順のなかの一番の待ちで行う。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Naor M., Bernardes E.S., Coman A. (2013) 'Theory of constraints: is it a theory and a good one?', International Journal of Production Research 51(2):542-554, doi:10.1080/00207543.2011.654137 — doi.org
- Watson K.J., Blackstone J.H., Gardiner S.C. (2007) 'The evolution of a management philosophy: The theory of constraints', Journal of Operations Management 25(2):387-402, doi:10.1016/j.jom.2006.04.004 — doi.org
- Gupta M.C., Boyd L.H. (2008) 'Theory of constraints: a theory for operations management', International Journal of Operations & Production Management 28(10):991-1012, doi:10.1108/01443570810903122 — doi.org
- Rahman S. (1998) 'Theory of constraints: A review of the philosophy and its applications', International Journal of Operations & Production Management 18(4):336-355, doi:10.1108/01443579810199720 — doi.org
- Goldratt E.M., Cox J. (1984) The Goal: A Process of Ongoing Improvement, North River Press(教育用のビジネス小説・原典) — archive.org
- Goldratt E.M., Cox J. (2016) The Goal: A Process of Ongoing Improvement, Routledge(再刊版), doi:10.4324/9781315270456 — doi.org