ヒヤリハットを集めても、集めたのはヒヤリハットである
小さな危険を見逃さなければ、大きな事故は起きない——安全の教育はそう教える。ところが、その根拠にされる「1対29対300」という比率は、元になったデータがもう存在せず、確かめようがない。そして、軽い出来事を減らせば重い事故も減る、という肝心の因果も、確かめられていなかった。
前の単位では、現場の知恵を小集団で引き出す活動を扱った。ここでは、その同じ現場で、人が安全に働くことを扱う。
この単位が扱うのは一点——「ヒヤリハット(事故に至らなかったヒヤッとした出来事)を集めて潰せば、重大事故は自動的に減る」という因果である。だがその前に、この棚でいちばん大事な断りを置く。事故を、働く人の不注意や努力不足として描かない。 「注意していれば防げた」という語り口を、この単位は採らない。安全の話は、放っておくとすぐ「気をつけろ」に着地する。だがそこに着地した瞬間、直すべき工程や治具や手順は、視界から消える。現場の人は、直される対象ではなく、直す側である。 労働安全衛生法やその実務のしくみには踏み込まない。事実として何が確かめられているかまでを扱う。
「1対29対300」は、法則ではなく、確かめられない比率だ
安全の教育でくり返し出てくる数字がある。重大事故1件の裏に、軽い事故が29件、ヒヤリハットが300件ある——1対29対300。もう一つ、事故の88%は人の不安全な行動から起きるという88対10対2。どちらも、1931年に出た H.W.ハインリッヒの本『Industrial Accident Prevention』に由来する。この本が1931年に確かに刊行されたことは、同じ年の書評(Stone、*American Journal of Sociology*)と、後の版の書評(Jehring 1951)で確かめられる。
問題は、本があることと、その数字が確かめられることが、別だという点にある。2013年に安全実務の書『On the Practice of Safety』の一章(Manuele)は、この比率の元になった原データのファイルは現存せず、いまとなっては再検証できないと指摘した。つまり1対29対300は、測り直せない数字である。だから、この比率を「自然の法則」のように断定的に引くことはできない。「ハインリッヒが示したとされる比率」と、留保をつけて置くしかない。
二つの神話——「人が主因」と「軽微を減らせば重大も減る」
同じ2013年の章(Manuele)は、安全の実務に根を張った二つの神話を名指しする。“This chapter examines two myths that should be dislodged from the practice of safety: 1. Unsafe acts of workers are the principle causes of occupational accidents. 2. Reducing accident frequency will achieve an equivalent reduction in injury severity.” 一つめ——作業者の不安全な行動が、労働災害の主な原因である。二つめ——事故の件数を減らせば、けがの重さも同じだけ減る。
一つめの神話が、なぜ人を責める語りを生むのか。Manuele はこう書く。“Heinrich emphasized improving the performance of the individual worker, rather than improving the work system established by management.” ハインリッヒは、個々の作業者の改善を強調し、管理側がつくった作業のしくみの改善を軽く見た。 ここに、あとの安全教育がずっと引きずる型がある。事故の原因を人の注意に置けば、直すべきは人の心がけになる。だが心がけは治具にならないし、手順書にならない。 視線を人からしくみ——工程・治具・手順・時間——へ戻すことが、この単位の芯である。
二つめの神話は、まさにこの単位の俗説そのものだ。ヒヤリハットという「軽い出来事」を減らせば、重大事故という「重い出来事」も同じだけ減る——この前提を、Manuele は神話と呼ぶ。重大な災害は、軽い出来事とは別の原因のしくみで起きうる。 だから、小さな危険をいくら潰しても、それが重大事故を減らす保証にはならない。ヒヤリハットを集めること自体が無駄なのではない。「集めれば重大事故が減る」という因果の断定が、確かめられていないのだ。
三角形の「形」は、重大度の区切り方しだいで現れたり消えたりする
では、あの三角形——底辺にヒヤリハット、頂点に重大事故が並ぶ図——はまったくの嘘なのか。ここも単純否定は誤りである。2018年に *Risk Analysis* 38(4):839-852 へ出た研究(Yorio & Moore)は、25,000を超える事業所の安全データを使って、三角形の二つの原則を検証した。“(1) the ratio of lower to higher severity incidents exists in the form of a 'safety-triangle' and (2) similar causes underlie both high and low severity events.”
三つの問いに対する答えは、こうだった。“The answer to all three questions was yes with the triangle form being dependent upon how severity was delineated.” 三角形の形は現れる——ただし、重大度をどう区切るかしだいで、である。どこで「軽い」と「重い」の線を引くかを変えると、三角形は現れたり、崩れたりする。つまり三角形は、現場に自然にある形ではなく、数える人が重大度の線をどこに引いたかの産物である。ここで、この棚の二本目の筋が顔を出す——工場の数字は、現場が何を、どう数えたとおりにしか正しくない。
報告様式があることと、集めれば減ることは、別
ヒヤリハット報告の用紙も、危険予知の活動も、実在する。様式があり、書き方があり、集める箱がある。だがここでも一本目の筋が効く——様式が実在することは、集めれば事故が減ることの証明ではない。 報告のしくみがあることと、そのしくみが重大事故を減らすことは、別々に確かめなければならない。
そして、集めた数字の使い方には落とし穴がある。ヒヤリハットの件数を、人やシフトの評価や懲戒に使うと、力は逆に働く。報告すると自分が責められるなら、人は報告しなくなる。 すると数字は下がるが、下がったのは危険ではなく、報告のほうである。数字を締めつけの道具にすると、その数字はもう危険を測らなくなる。 これは報告制度の誤用であって、この単位が値切る対象そのものだ。監視で人を締める使い方を、安全の道具に持ち込まない。
時間・変化:1931年から2018年まで
順に置く。1931年、ハインリッヒの本が刊行され、1対29対300と88対10対2という比率が世に出る(刊行は同年の書評で確認できる)。2003年、安全実務の書の章が、この比率の原データが検証できないこと、比率が版ごとに説明なく書き換わってきたことを整理する(Manuele、先行章)。2013年、同じ著者が、比率にまつわる二つの神話——人が主因・軽微を減らせば重大も減る——を正面から名指しする(Manuele)。2018年、25,000超の事業所データが、三角形の形は重大度の区切り方しだいだと示す(Yorio & Moore)。
87年で確からしくなったのは、「集めれば減る」という因果ではなく、その数字がどこから来て、どう数えると形が変わるか、のほうである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、事故の原因を、いちばん最後にそこにいた人に置いてしまうことである。倒れた人、手を挟んだ人、滑った人——最後に触れた人は目に見える。工程の段取りや、治具の欠け、無理な時間割りは、目に見えない。見えるほうに原因を置くと、見えないほうが直らない。
標本の偏りも断っておく。ここまでの証拠の多くは、記録がよく残る大きな事業所から採られている。一人で作って一人で検品する現場では、ヒヤリハットを「報告する相手」がそもそも自分しかいない。 報告のしくみは、報告を受ける側がいて初めて回る。一人なら、報告の代わりに、自分のヒヤリの記録が同じ役目を負う——ただし、それを自分への叱責にしないことが条件だ。
助けになるのは、自分がヒヤッとした場面を一つ、その原因を「自分の注意」と「工程・治具・手順・時間」の両方の欄に書き分けてみるという一手である。人の欄に何も書くなという話ではない。しくみの欄にいくつ書けるかを見る。しくみの欄が埋まるほど、直せる手がかりが増える。
最初の一歩は10分。最近、自分が危なかった・ヒヤッとした場面を一つ思い出し、紙を二段に分ける。上の段に「自分の注意で説明すると」、下の段に「工程・治具・手順・時間で説明すると」と書き、それぞれ思いつくだけ書き出す。将来の事故を予測しない。同僚の行動も観察しない。自分の一場面について、下の段にいくつ項目が並ぶかを数えるだけである。
次の単位は 331「生産性を上げるには?」——同じ現場で、働きぶりをどんな数字で測り、その数字がどこまで確かなのかを、ここに積み上げる。
- 1対29対300(重大1・軽微29・ヒヤリハット300)と88対10対2(不安全行動88%)はH.W.ハインリッヒの1931年の本に由来する。刊行は同年の書評(Stone, American Journal of Sociology)と後版の書評(Jehring 1951)で確認できるが、元になった原データのファイルは現存せず再検証できない(Manuele 2013)。自然の法則として断定的に引けない
- Manuele 2013(On the Practice of Safety 第10章)の第2神話:事故の件数を減らせば、けがの重さも同じだけ減るという前提は神話である。重大な災害は軽い出来事とは別の原因のしくみで起きうるため、ヒヤリハットを潰すことが重大事故を減らす保証にはならない。値切るのは集めること自体ではなく、集めれば減るという因果の断定
- Manuele 2013の第1神話:作業者の不安全な行動が労働災害の主因という見方。ハインリッヒは個々の作業者の改善を強調し、管理側がつくった作業のしくみの改善を軽く見た。事故の原因を人の注意に置くと直すのは心がけになるが、心がけは治具にも手順書にもならない。視線を工程・治具・手順・時間へ戻す
- Yorio & Moore 2018(Risk Analysis 38(4):839-852、25,000超の事業所の安全データ):安全三角形の形は現れるが、重大度をどう区切るかしだいで現れたり崩れたりする。三角形は現場に自然にある形ではなく、数える人が重大度の線をどこに引いたかの産物である。単純否定も誤り
- ヒヤリハット報告の用紙や危険予知の活動が実在することは、集めれば事故が減ることの証明ではない(通奏低音①)。報告のしくみがあることと、そのしくみが重大事故を減らすことは、別々に確かめる必要がある
- ヒヤリハットの件数を人やシフトの評価や懲戒に使うと、報告すると責められるため報告が減り、下がるのは危険ではなく報告のほうになる。数字を締めつけの道具にすると、その数字はもう危険を測らなくなる。これは報告制度の誤用で、この単位が値切る対象である
- 事故を働く人の不注意や努力不足として描かない(読者=主体)。原因をいちばん最後にそこにいた人に置くと、工程の段取り・治具の欠け・無理な時間割りといった見えない原因が直らない。数字(件数・重大度分類)は現場が何をどう数えるかの産物で、336での回収に接続する
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 重大事故1件の裏にヒヤリハットが300件あるのだから、ヒヤリハットを集めて潰せば重大事故は自動的に減る | Manuele 2013 は、1対29対300の元になった原データが現存せず再検証できないこと、そして事故の件数を減らせば重大度も同じだけ減るという前提(第2神話)が確かめられていないことを指摘する。重大な災害は軽い出来事とは別の原因のしくみで起きうるため、ヒヤリハットを潰すことが重大事故を減らす保証にはならない。集めること自体ではなく、集めれば減るという因果の断定が値切りの対象である |
| 事故のほとんどは、作業者の不注意や不安全な行動から起きる。だから気をつけさせれば防げる | Manuele 2013 の第1神話がこれである。ハインリッヒは個々の作業者の改善を強調し、管理側がつくった作業のしくみの改善を軽く見た。事故の原因を人の注意に置くと直すべきは心がけになるが、心がけは治具にも手順書にもならない。視線を工程・治具・手順・時間というしくみへ戻すと、直せる手がかりが見えてくる。事故を働く人の努力不足として描かない |
| 安全ピラミッド(三角形)は、どの現場にも当てはまる普遍の法則だ | Yorio & Moore 2018 は、25,000を超える事業所のデータで、三角形の形は現れるものの、重大度をどう区切るかしだいで現れたり崩れたりすることを示した。三角形は現場に自然にある形ではなく、数える人が重大度の線をどこに引いたかの産物である。単純に法則として引くことも、逆に完全な嘘だと切り捨てることも、どちらも正しくない |
皮肉なのは、いちばん熱心に集められる数字が、いちばん人を責めやすい形をしていることである。ヒヤリハットの件数は数えやすい。誰が何回ヒヤッとしたかも、数えようと思えば数えられる。だから、その数字はいつのまにか、危険を測る道具から、人を測る道具に変わる。件数が下がれば、現場は安全になった気になる。下がったのが危険なのか、それとも、報告するのをやめた人の口数なのかは、その数字の外にある。最後にそこにいた人を責めるのは、いつでも簡単だ。倒れた治具や、無理な時間割りは、ヒヤッとしてくれないから、報告にも上がってこない。
Q1. 安全の教育で出てくる「1対29対300」や「88対10対2」は、1931年のハインリッヒの本に由来する。だが2013年のManueleは、その比率の元になった【 ① 】が現存せず【 ② 】できないと指摘した。だからこの比率は自然の【 ③ 】として断定的には引けない。穴埋め
Q2. Manuele 2013 が名指しした「二つの神話」の組み合わせとして正しいものはどれか。選択
Q3. Yorio & Moore 2018 は、25,000超の事業所データから、安全三角形の「形」は何しだいで現れたり消えたりすると結論したか。それがこの棚の二本目の筋にどうつながるかも書け。一問一答
Q4. ヒヤリハットの件数を人やシフトの評価や懲戒に使うと、なぜ数字が「危険を測らなくなる」のか。本文の説明に沿って書け。一問一答
Q5. 本文『時間・変化:1931年から2018年まで』で並べた出来事を、年の早い順に並べよ。(ア)二つの神話が正面から名指しされる(イ)三角形の形は重大度の区切り方しだいだと25,000超の事業所データが示す(ウ)ハインリッヒの本が刊行され比率が世に出る(エ)比率の原データが検証できないこと・版ごとに書き換わってきたことが整理される並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、最近、自分が危なかった・ヒヤッとした場面を一つだけ思い出して書く(仕事でも、家事でも、道具を使ったときでもよい)。紙を上下に二段に分け、上の段に『自分の注意で説明すると』、下の段に『工程・治具・手順・時間で説明すると』と見出しを書く。それぞれに、思いつく原因を書けるだけ書き出す。上の段を空にしろという話ではない。最後に、下の段(しくみ側)に並んだ項目の数を、1つの数字で書く。将来の事故を予測しない。誰かの不注意を責めたり、同僚の行動を観察したりしない。あくまで自分の一場面について、自分の記憶だけで、しくみ側にいくつ原因を書けるかを数えるだけである。いま一人で作業している場合も、ヒヤリの相手は自分だけなので、そのまま自分の一場面で行う。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Manuele F.A. (2013) 'Reviewing Heinrich: Dislodging Two Myths from the Practice of Safety', in On the Practice of Safety, 4th ed., Wiley, ch.10, doi:10.1002/9781118574683.ch10(書籍章・査読誌ではない) — doi.org
- Yorio P.L., Moore S.M. (2018) 'Examining Factors that Influence the Existence of Heinrich's Safety Triangle Using Site-Specific H&S Data from More than 25,000 Establishments', Risk Analysis 38(4):839-852, doi:10.1111/risa.12869 — doi.org
- Manuele F.A. (2003) 'Heinrich Revisited: Truisms or Myths', in On the Practice of Safety, 3rd ed., Wiley, ch.7, doi:10.1002/0471721697.ch7(書籍章・査読誌ではない) — doi.org
- Heinrich H.W. (1931) Industrial Accident Prevention: A Scientific Approach, 1st ed., McGraw-Hill(書籍・原典。原データ現存せず再検証不能) — archive.org
- Stone C.L. (1931) 'Review: Industrial Accident Prevention. H. W. Heinrich', American Journal of Sociology, doi:10.1086/630904 — doi.org
- Jehring J.J. (1951) 'Book Review: Industrial Accident Prevention: A Scientific Approach', doi:10.1177/001979395100400416 — doi.org