箱を置いても、知恵はひとりでに成果にならない
みんなで集まって話し合えば、現場の知恵が引き出されて職場が良くなる——QCサークルはそう教わる。ところが研究をよく見ると、効いたという話の一部は大衆誌の成功談で、よく記録されているのは、うまくいった話ではなく、続かずに崩れていく話のほうだった。
前の単位では、かんばんで作りすぎのムダをなくすという話を扱った。ここでは、その現場で働く人の知恵をどう活かすのか——小集団の改善活動(QCサークル)を扱う。ここで段がひとつ上がり、流れと仕組みを整える話の上に、人と現場の力を積む段になる。
この単位が扱うのは一点——「QCサークルという箱を置けば、現場の知恵が自動で活きて成果が出る」という因果の断定である。先に断っておく。この棚は「現場に知恵が無い」とは言わない。 読者は改善の対象ではなく主体である。値切るのは、知恵そのものではなく、箱を置けば知恵が勝手に成果へ変わる、という飛躍のほうだ。個別の職場でサークルを作るかどうかの助言はしない。
サークルという道具には、確かな由緒がある
まず言葉をほどく。QCサークルとは、現場の少人数が自主的に集まり、品質や作業のテーマを自分たちで選んで改善していく活動を指す。石川馨と日本科学技術連盟(JUSE)が運営の様式を整え、帳票も進め方も実在する。1980年代には「日本の強さの秘密」として海外へさかんに輸入され、大流行した。
ここに、この棚を貫く一本目の筋がそのまま乗る。運営の様式が実在することと、その活動が成果を出すと証明されていることは、別物である。 帳票があり、手法名があり、本家の進め方が文書として残っている——それは道具の由緒であって、効果の証明ではない。「本家の型がある」を「効果は証明済み」と読み替えるところに、最初のすべりがある。日本発の由緒は、海を渡るとむしろ強まった。「あの国の工場が強いのは、この活動があるからだ」という物語がまず来て、活動の中身より先に、活動そのものが結論を背負わされた。由緒が立派なほど、証明はいらないような気がしてくる——ここが、あとで効いてくる落とし穴である。
「平均では有効」——ただし、成功談が研究に紛れている
では効果は測られていないのか。測られている。1987年に *Personnel Psychology* 40(3):579-592 へ出た論文(Barrick & Alexander)は、QCサークルの効果を扱った研究を集めてレビューし、平均では介入の有効性が示されたと結論した。だから、この単位は「QCは無効だ」とは言わない。単純否定は、この論文に照らして誤りである。
同じ論文が本当に鋭いのは、その先だ。著者らは、効果が過大に見える偏り——成功が出た研究ばかりが目立つ偏り(positive-findings bias)——があるかを調べ、こう述べている。“…the potential for a positive-findings bias was investigated, with no significant positive-findings bias found. It is suggested that this bias may be an artifact resulting from the inclusion of 'popular-press' articles with research-oriented studies.” つまり、成功偏りの正体は、研究に混ざり込んだ大衆誌(popular-press)の成功談にあるというのだ。うまくいった話は雑誌記事になりやすく、その記事が研究の山に紛れると、全体が実際より効いて見える。
成功談は、研究の顔をして流通する。 効いた事例は語られ、書かれ、集められる。効かなかった事例は、たいてい誰も記事にしない。だから「効いた」の証拠だけが積み上がり、「箱を置けば効く」という印象を、証拠の重みに見せかける。Barrick & Alexander が指しているのは、まさにこの積み上がり方のほうである。
よく記録されているのは、成功よりも自壊のほうだ
では、well-documented(よく記録された)事実は何か。皮肉なことに、成功の再現ではなく、衰退のほうである。1991年に *British Journal of Industrial Relations* 29(4):541-568 へ出た論文(Hill)は、13社の事例を調べ、こう報告した。“…circles collapsed as the result of inadequate organizational design which encouraged managerial recalcitrance.” サークルが崩れたのは、組織設計の不備が管理側の抵抗(managerial recalcitrance)を招いたからだ、と。
ここが読者配慮の要である。サークルが続かない原因は、作業者の知恵や意欲の不足ではない。 活動を支える設計——集まる時間があるか、提案に決める権限が付いているか、出した案の行き先があるか——その設計の側に原因がある。現場を責めても、崩れたものは戻らない。
同じ像は、繰り返し観察されてきた。1984年の *Omega* 12(5):475-484(Dale & Hayward)は、英国製造業でサークルがどう失敗したかを実地に調べ、続く同年の *Omega* 12(6):557-568(Hayward & Dale)は、その失敗をさらに詳しく解剖した。そして1986年の *Omega* 14(1):23-33(Frazer & Dale)は、その失敗像が数年後も再現していることを追跡している。同じ結論が、別の標本で、別の年に、また出てくる——これは、たまたまの失敗ではなく、活動の仕組みに埋め込まれた崩れ方だということだ。査読誌ではないが、1985年の *Harvard Business Review* 63(1)(Lawler & Mohrman)も、サークルが最初の熱のあと、中間管理職やスタッフの抵抗、予算の削減、参加者の幻滅を経て衰えていくのを、流行が去ったあとの定番の観察として書いている。成功の再現は語られるほど記録されず、衰退のほうが、よく記録されている。 順番が逆に見えるが、これは偶然ではない。うまくいった話には語り手がいて、崩れた話には語り手がいない。 だから記録として残りやすいのは、本当は崩れ方のほうなのに、目に触れやすいのは成功のほうになる。
製造業の成功談は、他の現場へ横滑りしない
さらに、分野をまたぐと効果はいっそう心もとない。2018年に *PLOS ONE* へ出たスコーピングレビュー(Rohrbasser ら)は、医療の現場でのQCサークルを調べ、効果は研究の間でも研究の中でもばらつきが大きく、ガイドラインの遵守を測った無作為化試験4本では効果が見られなかったと報告した。厨房や調剤、小さな工房に「工場で効いたやり方」を持ち込めば同じ成果が出る、とは言えない。由緒ある型ほど、どこでも効く証明のように見えてしまう——そこにも一本目の筋が効いている。
時間・変化:1984年から2018年まで
順に置く。1984年、英国製造業でサークルの失敗が実地に調べられる(Dale & Hayward)。1985年、衰退の段階が実務誌で定番の観察として描かれる(Lawler & Mohrman・査読誌ではない)。1987年、効果のレビューが「平均では有効」と結論しつつ、成功偏りの温床が大衆誌の混入にあることを名指しする(Barrick & Alexander)。1991年、13社の実証が、崩壊の原因を組織設計の不備と管理側の抵抗に帰す(Hill)。2018年、医療分野のレビューが、効果のばらつきと遵守試験での無効を報告する(Rohrbasser ら)。
34年で確からしくなったのは、「箱を置けば効く」ではなく、効いた話がどう集まりやすく、続かない活動がどう崩れるか、のほうである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、成功談を効果の証拠と数えてしまうことである。うまくいった話は目に入りやすく、心に残りやすい。だから、いくつかの成功例を見ただけで、「箱さえ置けば」という気持ちになる。効かなかった時間は、たいてい誰にも記録されていない。
標本の偏りも断っておく。ここまでの証拠は、大企業や公的機関、そして医療現場から採られたものが多い。一人で全部を回している作り手には、集まる相手も、提案の行き先も、そもそも別の形をしている。 「みんなで集まって話し合えば改善が回る」という降り方は、集まる相手がいないところでは、そのままでは成り立たない。一人なら、サークルの代わりに、自分の改善の記録が同じ役目を負う。
箱の有無を問う前に、自分の手元で確かめられることがある。助けになるのは、自分がこれまでに出した改善の案を、その後どうなったかまで自分の記録から並べてみるという一手である。案の良し悪しではなく、出した案に行き先(決める人・試す場・打ち切りの記録)が付いていたかを見る。付いていなかった案が多ければ、足りないのは知恵ではなく、活動を支える設計のほうだと分かる。
最初の一歩は10分。自分がこれまでに出した改善の提案や工夫を、思い出せるだけ3つほど書き出し、それぞれに「その後どうなったか(採られた/消えた/今も宙に浮いている)」を一言添える。同僚をサークルの観察対象にはしない。自分の手元の記録だけで、案の行き先がどれだけ残っていたかを数える。
次の単位は 330「安全な現場を作るには?」——同じ現場で、人が安全に働くことをどう数え、その数字がどこまで確かなのかを、ここに積み上げる。
- 石川馨・日本科学技術連盟(JUSE)由来のQCサークルの運営様式(帳票・進め方)が実在することは、活動が成果を出す証明ではない(通奏低音①:道具の由緒と効果の証明は別物)。1980年代に日本の強さの秘密として海外へ輸入され大流行した
- Barrick & Alexander 1987(Personnel Psychology 40(3):579-592)はQCサークル効果の研究をレビューし平均では有効と結論した。ただし成功偏り(positive-findings bias)の温床は、大衆誌(popular-press)の成功談が研究志向の研究に混入していることにあると指摘した。だから単純に無効とは言えない
- Hill 1991(British Journal of Industrial Relations 29(4):541-568)は13社の実証で、サークルが崩壊したのは組織設計の不備が管理側の抵抗(managerial recalcitrance)を招いたためだと示した。続かない原因は作業者の知恵や意欲の不足ではなく、時間・権限・提案の行き先という設計の側にある
- Dale & Hayward 1984(Omega 12(5):475-484)とFrazer & Dale 1986(Omega 14(1):23-33)は英国製造業でサークルの失敗と衰退を追跡し、衰退が繰り返し観察される像であることを示した。Lawler & Mohrman 1985(HBR・査読誌ではない)も衰退段階を流行後の定番の観察として記述した
- Rohrbasser ら 2018(PLOS ONE・スコーピングレビュー)は医療現場のQCサークルの効果が研究間・研究内でばらつきが大きく、ガイドライン遵守を測った無作為化試験4本では効果がなかったと報告した。製造業の成功談は厨房・調剤・工房へそのまま横滑りしない
- 値切るのは「サークルという箱を置けば現場の知恵が自動で活きて成果が出る」という因果の断定である。現場に知恵が無いという話ではなく、読者は改善の対象ではなく主体である。飛躍しているのは箱と成果のあいだの部分だけである
- よく記録された事実は成功の再現ではなく自壊・衰退のほうで、それを招くのは活動を支える設計(集まる時間・決める権限・提案の行き先)の不足である。成功談は語られ集められ、効かなかった時間は記録されないため、証拠が実際より効いて見える
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| QCサークル(小集団の改善活動)を回せば、現場の知恵が引き出されて自動的に成果が出る | Barrick & Alexander 1987 は平均では有効と結論したが、効果が過大に見える偏りの温床は大衆誌の成功談が研究に混入していることだと指摘した。Hill 1991 の13社の実証では、よく記録されているのはむしろ崩壊で、その原因は組織設計の不備と管理側の抵抗であって、作業者の知恵や意欲の不足ではない。箱を置けば成果が出るという因果は成り立たない |
| 日本の工場で効いたやり方だから、厨房でも調剤でも小さな工房でも同じように効く | Rohrbasser ら 2018 の医療現場のレビューでは、効果は研究間・研究内でばらつきが大きく、ガイドライン遵守を測った無作為化試験4本では効果がなかった。運営様式が実在すること(道具の由緒)は、どの分野でも効くことの証明ではない。製造業の成功談を他分野へそのまま横滑りさせられない |
| サークルが続かないのは、現場のやる気や改善のネタが尽きるからだ | Hill 1991・Dale & Hayward 1984・Frazer & Dale 1986 が繰り返し示したのは、衰退の原因が集まる時間の不足・決める権限の欠如・提案の行き先のなさという設計の側にあることである。現場を責めても崩れたものは戻らない。足りないのは知恵ではなく、活動を支える設計である |
皮肉なのは、いちばん熱心に語られる成功談が、いちばん証拠になりにくいことである。うまくいったサークルの話は、記事になり、研修で配られ、事例集にまとまる。続かずに消えたサークルは、誰も書き残さない。だから「箱を置けば知恵が活きる」という気持ちだけが、きれいに積み上がっていく。現場に知恵は、ちゃんとある。足りないのはたいてい、その知恵に行き先を用意する側の設計のほうで、そこは、椅子を丸く並べただけでは埋まらない。
Q1. Barrick & Alexander 1987 は、QCサークルの効果について「平均では有効」と結論しながら、効果が過大に見える偏り(positive-findings bias)の正体は何にあると指摘したか。一問一答
Q2. Hill 1991 の13社の実証によれば、QCサークルが崩壊した本当の原因はどれか。選択
Q3. 2018年の Rohrbasser らの【 ① 】現場のスコーピングレビューでは、QCサークルの効果は研究の間でも中でも【 ② 】が大きく、ガイドラインの【 ③ 】を測った無作為化試験4本では効果が見られなかった。穴埋め
Q4. この単位が値切っているのは、QCサークルの何についての、どんな断定か。「現場に知恵が無い」と混同しないように答えよ。一問一答
Q5. 本文『時間・変化:1984年から2018年まで』で並べた出来事を、年の早い順に並べよ。(ア)13社の実証が崩壊の原因を組織設計の不備と管理側の抵抗に帰す(イ)英国製造業でサークルの失敗が実地に調べられる(ウ)効果は平均では有効だが成功偏りの温床は大衆誌の混入と名指しされる(エ)医療分野で効果のばらつきと遵守試験での無効が報告される並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分がこれまでに出した改善の提案や工夫を、思い出せるだけ3つほど書き出す(仕事でも、家事でも、道具の使い方でもよい)。それぞれの案の横に、その後どうなったかを一言だけ添える(採られた/消えた/今も宙に浮いている、のどれか)。最後に、行き先(決めた人・試した場・打ち切りの記録のどれか)が残っていた案の数を、1つの数字で書く。同僚や部下をサークルの観察対象にしない。誰かに提案を聞いて回ったり、会議を開いたりもしない。あくまで自分の記憶と手元の記録だけで、自分が出した案の行き先がどれだけ残っていたかを数えるだけである。いま一人で全部を回している場合は、案の行き先を決めるのも自分なので、決めた記録が残っているかをそのまま見ればよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Barrick M.R., Alexander R.A. (1987) 'A Review of Quality Circle Efficacy and the Existence of Positive-Findings Bias', Personnel Psychology 40(3):579-592, doi:10.1111/j.1744-6570.1987.tb00616.x — doi.org
- Hill S. (1991) 'Why Quality Circles Failed but Total Quality Management Might Succeed', British Journal of Industrial Relations 29(4):541-568, doi:10.1111/j.1467-8543.1991.tb00371.x — doi.org
- Dale B.G., Hayward S.G. (1984) 'Quality circle failures in UK manufacturing companies—A study', Omega 12(5):475-484, doi:10.1016/0305-0483(84)90047-1 — doi.org
- Hayward S.G., Dale B.G. (1984) 'Quality circle failures in UK manufacturing companies—A study: Part II', Omega 12(6):557-568, doi:10.1016/0305-0483(84)90058-6 — doi.org
- Frazer V.C.M., Dale B.G. (1986) 'UK quality circle failures—The latest picture', Omega 14(1):23-33, doi:10.1016/0305-0483(86)90005-8 — doi.org
- Lawler E.E. III, Mohrman S.A. (1985) 'Quality Circles After the Fad', Harvard Business Review 63(1):65-71(実務誌・査読誌ではない) — hbr.org
- Rohrbasser A., Harris J., Mickan S., Tal K., Wong G. (2018) 'Quality circles for quality improvement in primary health care: Their origins, spread, effectiveness and lacunae—A scoping review', PLOS ONE 13:e0202616, doi:10.1371/journal.pone.0202616 — doi.org