「7つのムダを消せば強くなる」——だが別分野で測ると、コストと満足には負の関連が出た
7つのムダを消せば現場は強くなる、と教わる。皮肉なことに、この道具を別分野でまとめて測った体系的レビューは、患者満足や健康の成果に有意な関連はなく、財務コストと働き手の満足には、むしろ負の関連があったと報告した。ムダを消せば良くなる、は無条件の因果ではなかった。
前の単位では、不良の原因をなぜなぜ分析でどこまでたどれるのかを扱った。ここでは、現場を強くするとされる別の本家の道具——7つのムダを消すこと——を、同じやり方で確かめる。
この単位が扱うのは一点——「ムダを消せば現場は強くなる」「リーンを導入すれば良くなる」という因果が、どこまで、どんな条件で成り立つのかである。個別のムダの消し方も、特定の改善手法の売り込みも、外注や設備の話もしない。
「7つのムダを消せば強くなる」の由緒を追う
7つのムダとは、本家トヨタが整理した、現場で価値を生まない7種類の動き——作りすぎ・手待ち・運搬・加工そのもの・在庫・動作・不良(手直し)——を指す。これらを見つけて減らす考え方が、しばしばリーンという名で呼ばれる。出どころは大野耐一の『トヨタ生産方式』(1978年)で、そこで7つのムダは、現場を見る目のための分類として置かれた。
ここでも、前の単位から引き継ぐ見方を一言だけ置く。道具の由緒と、効果の証明は、別物である。 7つのムダという分類が本家の由緒を持つことは事実だが、それは「消せば強くなる」という効果が、条件を問わず成り立つと測られたことを意味しない。チェックリストが実在することと、そのチェックリストを回せば生産性が上がることは、別の話である。
もう一つ、最初にほどいておく。7つのムダは、もともと現場を見るための分類だった。何が価値を生んでいて、何がそうでないかを、七つの型で見分けやすくする——そういう「目」の道具である。それがいつしか、「この七つを見つけて消せば、それだけ現場は強くなる」という処方として流通するようになった。見る目と、効く処方は、違う。分類は、どこを見るかを教えてくれるが、そこを消したら良くなる、とまでは保証しない。この単位が確かめるのは、その処方の側である。
別分野で測ると、効果は無条件ではなかった
この道具を、別分野(医療)でまとめて測った研究がある。**2016年に *International Journal for Quality in Health Care* 誌へ出た、リーン導入の効果を問う体系的レビュー**である。方法の質の審査を通った22本を精査し、結論をこう書いている——リーン導入は、“(i) no statistically significant association with patient satisfaction and health outcomes; (ii) a negative association with financial costs and worker satisfaction and (iii) potential, yet inconsistent, benefits on process outcomes like patient flow and safety.”(患者満足や健康の成果とは統計的に有意な関連がなく、財務コストと働き手の満足とは負の関連があり、患者の流れや安全といった工程の成果には、可能性はあるが一貫しない便益がある)。
そして踏み込む——“the evidence to date simply does not support this claim.”(これまでの証拠は、その主張を単純に支えてはいない)。ここでいう「その主張」とは、リーン導入が質の改善につながるという信念である。効かない場面があるだけではない。財務コストや働き手の満足には、むしろ負の関連が出ている。 「ムダを消せば良くなる」は、無条件の因果ではなかった。
報告は、うまくいった現場に偏る
では、世の中にあふれる「リーンで良くなった」という導入事例は、何を数えているのか。**2010年に *BMJ Quality & Safety* 誌へ出た、同じ分野のレビュー**が、ここを突く。33本を精査したこの研究は、はっきり書いている——“All articles report positive results.”(すべての論文が肯定的な結果を報告している)。
うまくいかなかった導入は、そもそも事例として語られない。だから事例の数をいくら集めても、それは効いた側だけを数えていることになる。同じレビューは、効果が道具そのものではなく文脈と仕組みの相互作用で決まると整理し、多くの事例は技術的な適用にとどまり組織的な射程は限られる(“limited organisational reach”)とも書く。「チェックリストを回せば生産性が上がる」を支えているのは、効いた現場だけが残った報告の山である。
リーンは、約束を果たしたのか
この問いを正面から立てた研究もある。**2012年に *Social Science & Medicine* 誌へ出た論文は、その題名からして「リーンは果たされていない約束か」と問い、導入の掛け声と実際の成果の距離を検討した。2015年に *Health Policy* 誌へ出た網羅的なレビュー**も、医療リーンの効果は混在していて、一様ではないと整理している。
ここまでを並べると、絵が見えてくる。リーンは効かない、というのではない。効くかどうかが、現場の文脈と、どう入れたかに強く依存する、ということだ。同じ道具でも、入れ方と場所しだいで、良い方にも、コストや満足の負の方にも振れる。「導入すれば良くなる」は、その依存を消した言い方である。
「作りすぎのムダ」を消すことは、別のリスクに振り替わる
もう一つ、7つのムダには構造的な注意がいる。筆頭に置かれる作りすぎのムダを減らすとは、要るぶんだけ作る、手元に余計を持たない、ということだ。これは平常時にはムダの削減に見える。だが——手元の余裕を削るほど、需要が揺れたり供給が乱れたりしたときに、欠品や停止に対して脆くなる。 ムダが消えたのではなく、平常時の余分が、非常時のもろさに振り替わっただけ、ということが起こる。
引っ張って作る仕組み(後工程が必要なぶんだけ引く)についても、その理解は実務でしばしば単純化されている——2004年に *Manufacturing & Service Operations Management* 誌へ出た論文が、この点を学術的に整理している。引いて作れば在庫のムダは減るが、そのぶん、上流が少しでも遅れると下流がすぐ止まる。余裕がないとは、吸収する余白がないということでもある。余裕を消すことと、強くすることは、同じではない。 どこまで削ると、どんな揺れに弱くなるのか——この振り替わりの話は、後の単位(328)で、引いて作る仕組みそのものとして詳しく扱う。ここでは、削減が万能ではないこと、そして「消したムダ」の一部は「手放した備え」でもありうることだけを置いておく。
時間・変化:1978年から2016年まで
順に置く。1978年、7つのムダが、現場を見る目のための分類として原典に現れる。効果の証明ではなく、見立ての道具であった。2010年、別分野のレビューが、リーンの効果報告はすべて肯定的で、成功例に偏っていることを示す。2012年から2015年、リーンの約束と実際の距離、効果の混在が検討される。2016年、体系的レビューが、患者満足・健康の成果に有意な関連はなく、財務コストと働き手の満足には負の関連があると報告する。
38年で確からしくなったのは、ムダを消せば強くなる、という因果のほうではない。 確からしくなったのは、効くかどうかが文脈と入れ方に依存し、削減が副作用も持ちうる、という条件のほうである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、「ムダ」という言葉の気持ちよさである。ムダと名がつくと、消すのが当然に思える。だが、あるものを「ムダ」と呼ぶかどうかは、何を価値と数えるかの決めしだいだ。平常時の余裕は、非常時には備えになる。何をムダと数えるかを決めた時点で、結論の半分は決まっている。
標本の偏りも断っておく。ここまでの一次証拠は、主に医療という別分野のものである。あなたの現場のムダ取りが、同じようにふるまうとはかぎらない。 それでも、「効果は文脈に依存する」「削減は別のもろさに振り替わりうる」という構造は、道具の側の性質なので、分野を越えて出る。
助けになるのは、自分が最近「ムダだ」として消した(あるいは消そうとした)ものを1つ選び、それが非常時や繁忙期に何の役に立っていたかを書き出してみるという一手である。消すのをやめるためではない。消すことで何を手放したかを、目に見える形にするためだ。多くのムダは、消して正解だろう。だが中には、平常時には遊んで見えて、揺れた日にだけ効く余白が混じっている。両方を「ムダ」の一語でくくっているうちは、その区別はつかない。
最初の一歩は10分。最近、自分が「これはムダだ」と感じて減らしたもの(余分な在庫、待ち時間、二度手間など)を1つ書き出し、その下に「これが役に立っていた場面はあったか」を1〜2行で書く。役に立っていた場面がゼロなら、それは消してよいムダだったという発見だ。 何か書けたなら、それは削減と引き換えに手放したものである。
次の単位は 324「段取り時間を縮めるには?」——ムダを見る目を持ったうえで、今度は段取りを短くする本家の手法が、どこまで一般化できるのかを、同じやり方で確かめる。
- 7つのムダとは本家トヨタが整理した価値を生まない7種類の動き(作りすぎ・手待ち・運搬・加工そのもの・在庫・動作・不良)で、見つけて減らす考え方がリーンと呼ばれる。出どころは大野耐一の1978年の著作で、そこでは現場を見る目のための分類だった。分類が由緒を持つことと、消せば強くなるという効果が条件を問わず成り立つことは別である
- 2016年に International Journal for Quality in Health Care 誌へ出たリーン導入効果の体系的レビューは、方法の質の審査を通った22本を精査し、患者満足や健康の成果とは統計的に有意な関連がなく、財務コストと働き手の満足とは負の関連があり、工程の成果には一貫しない便益しかないと報告した。これまでの証拠はリーンが質の改善につながるという主張を単純に支えていない
- 2010年に BMJ Quality & Safety 誌へ出たレビューは33本を精査し、すべての論文が肯定的な結果を報告していると書いた。うまくいかなかった導入は事例として語られないため、事例の数を集めても効いた側だけを数えることになる。効果は道具そのものではなく文脈と仕組みの相互作用で決まり、多くは技術的な適用にとどまり組織的な射程は限られる
- 2012年に Social Science & Medicine 誌へ出た論文はリーンが果たされていない約束かと問い、2015年に Health Policy 誌へ出た網羅的レビューは医療リーンの効果が混在していると整理した。リーンは効かないのではなく、効くかどうかが現場の文脈とどう入れたかに強く依存する。導入すれば良くなるは、その依存を消した言い方である
- 7つのムダの筆頭の作りすぎのムダを減らして手元の余裕を削るほど、需要や供給が揺れたときに欠品や停止に対して脆くなる。ムダが消えたのではなく、平常時の余分が非常時のもろさに振り替わっただけということが起こる。引いて作る仕組みの理解も実務でしばしば単純化されていると2004年の整理が指摘する。余裕を消すことと強くすることは同じではない
- あるものをムダと呼ぶかどうかは、何を価値と数えるかの決めしだいである。平常時の余裕は非常時には備えになる。何をムダと数えるかを決めた時点で結論の半分は決まっている。この振り替わりの詳しい扱いは、引いて作る仕組みとして後の単位(328)に送る
- 1978年に見立ての道具としての7つのムダ、2010年に成功例に偏る効果報告、2012年から2015年にリーンの約束と効果の混在、2016年にコスト・満足への負の関連。38年で確からしくなったのはムダを消せば強くなるという因果ではなく、効くかどうかが文脈と入れ方に依存し削減が副作用も持ちうるという条件のほうである
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 7つのムダを消してリーンを導入すれば、現場は無条件に強くなる | 2016年に International Journal for Quality in Health Care 誌へ出た体系的レビューは、方法の質の審査を通った22本を精査し、リーン導入が患者満足や健康の成果と統計的に有意な関連がなく、財務コストと働き手の満足とは負の関連があり、工程の成果には一貫しない便益しかないと報告した。これまでの証拠は、リーンが質の改善につながるという主張を単純に支えてはいない |
| リーンで良くなったという導入事例が山ほどあるのだから効くはずだ | 2010年に BMJ Quality & Safety 誌へ出たレビューは33本を精査し、すべての論文が肯定的な結果を報告していると書いた。うまくいかなかった導入は事例として語られないため、事例の数を集めても効いた側だけを数えていることになる。効果は道具そのものではなく文脈と仕組みの相互作用で決まり、多くは技術的な適用にとどまり組織的な射程は限られる |
| 作りすぎのムダを消して手元の余分を削れば、それだけ現場は締まって強くなる | 作りすぎのムダを減らして手元の余裕を削るほど、需要が揺れたり供給が乱れたりしたときに欠品や停止に対して脆くなる。ムダが消えたのではなく、平常時の余分が非常時のもろさに振り替わっただけ、ということが起こる。余裕を消すことと強くすることは同じではない |
皮肉なのは、「ムダを消す」という言葉ほど、反対しにくいものはないことである。誰もムダを擁護したくない。だから、あるものを一度「ムダ」と名づけてしまえば、消すべきかどうかの議論は、もう半分終わっている。だが平常時の余分は、揺れた日の備えでもある。いちばん効率のいい現場が、いちばん揺れに弱いことがあるのは、消すべきムダと、消したら困る余裕を、同じ「ムダ」という一語で呼んでしまったからかもしれない。
Q1. 2016年に International Journal for Quality in Health Care 誌へ出た体系的レビューは、リーン導入が患者満足や健康の成果と統計的に有意な ____ がなく、財務コストと働き手の満足とは ____ の関連があり、これまでの証拠はリーンが質の改善につながる主張を単純には ____ と報告した。穴埋め
Q2. 7つのムダのうち筆頭の ____ のムダを減らして手元の余裕を削るほど、需要や供給が揺れたときに欠品や停止に対して ____ なる。ムダが消えたのではなく、平常時の余分が非常時の ____ に振り替わっただけ、ということが起こる。穴埋め
Q3. 「リーンで良くなった」という導入事例の山について、この単位が2010年のレビューを引いて述べたことはどれか。選択
Q4. この単位は、あるものを「ムダ」と呼ぶかどうかは何しだいだと述べたか。平常時の余裕を例に、なぜ「何をムダと数えるかを決めた時点で結論の半分は決まっている」と言えるのかを書け。一問一答
Q5. この単位が扱った出来事を、年の早い順に並べよ。(ア)別分野のレビューが効果報告はすべて肯定的だと示す(イ)7つのムダが現場を見る分類として原典に現れる(ウ)体系的レビューがコスト・満足への負の関連を報告する並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、最近自分が「これはムダだ」と感じて減らした、または減らそうとしたものを1つ書き出す(余分な在庫、待ち時間、二度手間、確認の重複など)。その下に、「それが非常時や繁忙期、あるいは何かが狂ったときに、役に立っていた場面はあったか」を1〜2行で書く。役に立っていた場面がゼロなら、それは消してよいムダだったという発見として書き添える。何か書けたなら、削減と引き換えに手放したものとして書き添える。誰かに確認したり、他人の作業を評価したりしない。自分の作業と記憶だけで完結させる。一人で全部を回している場合も、そのまま同じ形で書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Moraros J., Lemstra M., Nwankwo C. (2016) ‘Lean interventions in healthcare: do they actually work? A systematic literature review’, International Journal for Quality in Health Care 28(2):150-165 — doi.org
- Mazzocato P., Savage C., Brommels M., Aronsson H., Thor J. (2010) ‘Lean thinking in healthcare: a realist review of the literature’, BMJ Quality & Safety 19(5):376-382 — doi.org
- Radnor Z.J., Holweg M., Waring J. (2012) ‘Lean in healthcare: The unfilled promise?’, Social Science & Medicine 74(3):364-371 — scholar.google.com
- D’Andreamatteo A., Ianni L., Lega F., Sargiacomo M. (2015) ‘Lean in healthcare: A comprehensive review’, Health Policy 119(9):1197-1209 — scholar.google.com
- Hopp W.J., Spearman M.L. (2004) ‘To Pull or Not to Pull: What Is the Question?’, Manufacturing & Service Operations Management 6(2):133-148 — doi.org
- 大野耐一『トヨタ生産方式』(1978, ダイヤモンド社)/英訳 Ohno T. (1988) ‘Toyota Production System: Beyond Large-Scale Production’, Productivity Press — search.worldcat.org