「段取りは10分未満にできる」——だがその手法は、2000年まで正面から検証されていなかった
段取りは10分未満に縮められる、と教わる。皮肉なことに、この手法を検討した2000年の査読論文は冒頭で、この方法論に対する批判的評価はこれまで行われてこなかった、と述べている。広く教えられていることは、吟味されていることではない。一桁分という数字は、目標のスローガンであって普遍的な保証ではなかった。
前の単位では、ムダを消せば強くなるという道具の効き方が、文脈と入れ方に依存することを扱った。ここでは、そのムダのうち段取りの時間を、劇的に縮められるとされる本家の手法——SMEDを、同じやり方で確かめる。
この単位が扱うのは一点——「段取りは10分未満にできる」という看板が、どこまで、どんな条件で成り立つのかである。個別の治具の作り方も、どの設備を入れるべきかも、投資してよいかどうかの助言もしない。
「段取りは10分未満にできる」の由緒を追う
段取り(替え)とは、別の品種を作るために、型・治具・設定を切り替える作業のことである。この切り替えは、二つに分けられる——内段取り(機械を止めないとできない準備)と外段取り(機械を動かしたまま、先にやっておける準備)。SMEDとは、この段取りを一桁分(英語の「single-minute」=9分以下)に縮めることを掲げる考え方で、内段取りをできるだけ外段取りへ移すことを中心に据える。出どころは新郷重夫が体系化した手法で、英訳は1985年に出版された。
ここでも、前の単位から引き継ぐ見方を一言だけ置く。道具の由緒と、効果の証明は、別物である。 「一桁分」という看板は、達成できたら立派だという目標のスローガンであって、どんな段取りでもそこまで縮むという保証ではない。本家の由緒があることと、その数字が普遍的に届くことは、別の話である。
この手法には、長いあいだ批判的な検討がなかった
まず、権威そのものを点検する。SMEDは長く「改善の定番」として教えられてきたが、**2000年に *International Journal of Production Research* 誌へ出た論文**が、驚くべきことを冒頭で述べる——“To date, no known critical evaluation of the methodology has been undertaken.”(今日まで、この方法論に対する既知の批判的評価は行われてこなかった)。
つまり、これほど広く使われながら、手法そのものを正面から検討した査読研究が、2000年の時点で見当たらなかった。 広く教えられていることと、吟味されていることは、別である——前の二つの単位と、まったく同じ構図がここにも出る。定番であることは、確かめられていることを意味しない。むしろ、あまりに定番になった道具ほど、誰もが効くと思い込んでいるぶん、正面から確かめる人が現れにくい。看板が立派で、事例が並んでいると、検証はもう済んだことのように見えてしまうのだ。
「内から外への移し替え最優先」は、常に最良の道ではない
その2000年の論文が踏み込んだのは、SMEDの中心にある作法——内段取りを外段取りへ移すことを最優先する——が、常に最良の改善経路とはかぎらない、という点である。論文はこう書く——“…the ‘SMED’ methodology … need not always represent an effective improvement route.”(SMEDの方法論は、常に有効な改善経路を表すとはかぎらない)。
そして、この作法が見落としがちな別の道を挙げる——“The paper argues that the ‘SMED’ methodology does not sufficiently promote some important improvement options, particularly those that seek to reduce the duration of existing changeover tasks or eliminate them altogether.”(SMEDの方法論は、いくつかの重要な改善の選択肢——とりわけ、いまある段取り作業の所要時間そのものを縮めるか、あるいは作業自体をなくしてしまう道——を、十分には促さない)。移し替えは有効な一手だが、それだけを最優先にすると、「その作業自体を短くする」「その作業を無くす」という、もっと効く道が視界から外れることがある。
効果は事例の集積で、削減率はばらつく
では、SMEDの効果はどう報告されているのか。**2019年に *The International Journal of Advanced Manufacturing Technology* 誌へ出た、SMEDの文献を網羅した体系的レビューは、130本の研究を精査した。そこから見えるのは、SMEDの効果報告が主に個別の事例研究の集積**であり、報告された削減率は現場ごとに大きくばらついている、という姿である。ある現場で大きく縮んだことは、別の現場で同じだけ縮むことを保証しない。
だから、「10分未満にできる」という看板は、達成できた事例が存在することの証明にはなっても、あなたの段取りがそこまで縮むことの保証にはならない。 縮み方は、段取りの中身、設備、品種の切り替えの多さ、そしてどの改善の道を選べるかに依存する。事例の削減率をそのまま自分の目標に据えると、届かなかったときに、道具ではなく自分のやり方を責めることになりかねない。事例集で語られるのは、たいてい大きく縮んだ現場である。あまり縮まなかった現場は、事例にならない——ここでも、前の単位で見た「うまくいった側だけが報告に残る」構図が、削減率の見え方をゆがめている。
由緒と効果を、分けて持つ
ここまでを一つにまとめる。①SMEDは新郷の由緒を持つが、手法そのものの批判的検討は2000年まで無かった。②内から外への移し替え最優先は、常に最良の経路ではなく、作業時間の短縮や作業の廃止という道を十分に促さない。③効果は事例の集積で、削減率は現場ごとにばらつき、一桁分は普遍的な保証ではない。 だから、SMEDは「段取りを一桁分にする魔法」ではなく、段取りを見直すときの一つの角度として持つのがよい。
同じ2000年の論文は、いまある製造の仕組みそのものに手を入れる(設計を変える)ときにこそ、この種の改善の余地が開く、とも述べている(“Opportunities for improvements of this type particularly arise when design changes to the existing manufacturing system are contemplated.”)。これは「設備を買え」という助言ではない。移し替えだけでなく、その作業を短くできないか、そもそも要らなくできないか、という問いも同時に持て、ということである。 2001年には同じ著者たちが、SMEDを読み替えて位置づけ直す論文も出している。
時間・変化:1985年から2019年まで
順に置く。1985年、SMEDの体系が英訳で広く知られるようになる。ただしそれは、効果の証明ではなく、手法の提示であった。2000年、その手法に対する批判的評価が「まだ無い」と明言され、内から外への移し替え最優先が常に最良ではないと論じられる。2007年、批判的評価と事例研究を合わせた検討が現れる。2019年、130本を精査した体系的レビューが、効果報告が事例の集積で削減率がばらつく姿を映す。
34年で確からしくなったのは、段取りが必ず一桁分になる、という約束のほうではない。 確からしくなったのは、移し替えが唯一の道ではなく、削減率は現場に依存する、という条件のほうである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、「一桁分」という数字の引きつける力である。10分未満という具体的な数字は、目標として分かりやすい。分かりやすいから、それが「できるはず」の基準に化けて、届かないと現場のせいにされる。数字が具体的であるほど、その手前にある「どんな段取りの話か」という条件が、見えなくなる。
標本の偏りも断っておく。ここまでの一次証拠は、SMEDの事例を持つ現場や、それを検討した論文から採られている。あなたの段取りが、同じように縮むとはかぎらない。 それでも、「移し替えだけが道ではない」「削減率は現場に依存する」という構造は、手法の側の性質なので、現場を越えて出る。
助けになるのは、自分の段取りを1つ選び、その手順を、機械を止めてやっていること(内段取り)と、動かしたまま先にできること(外段取り)に分けて書き出してみるという一手である。移すためだけではない。書き出すと、「移せる作業」だけでなく、「そもそも短くできる作業」「無くせる作業」も一緒に見えてくる。
最初の一歩は10分。最近やった段取りを1つ思い出し、その手順を順番に書き、各手順の横に「機械を止めないとできない(内)」か「止めなくてもできる(外)」かを書く。そのうえで、内と分類した手順のうち一つでも、外に移せそうか/短くできそうか/無くせそうかを一言添える。 縮める前に、道が一つではないことに気づくのが、今日の収穫である。
次の単位は 325「設備を止めないためには?」——品質と標準の土台を終え、ここからは流れと仕組みの段に入り、設備が止まらないように保つという、次の積み木を載せる。
- 段取り(替え)は別の品種を作るために型・治具・設定を切り替える作業で、機械を止めないとできない内段取りと、動かしたまま先にできる外段取りに分かれる。SMEDは段取りを一桁分(9分以下)に縮めることを掲げ、内段取りを外段取りへ移すことを中心に据える。出どころは新郷重夫の手法で英訳は1985年。一桁分は目標のスローガンであって普遍的な保証ではない
- 2000年に International Journal of Production Research 誌へ出た論文は冒頭で「この方法論に対する既知の批判的評価はこれまで行われてこなかった」と述べた。SMEDは広く教えられながら、手法そのものを正面から検討した査読研究が2000年の時点で見当たらなかった。定番であることは確かめられていることを意味しない。道具の由緒と効果の証明は別物である
- 同じ2000年の論文は、内段取りを外段取りへ移すことを最優先する作法が常に有効な改善経路を表すとはかぎらないと論じた。SMEDはいまある段取り作業の所要時間そのものを縮めるか作業自体をなくす道を十分に促さない。移し替えだけを最優先にすると、その作業を短くする・無くすというもっと効く道が視界から外れる
- 2019年に The International Journal of Advanced Manufacturing Technology 誌へ出たSMEDの体系的レビューは130本を精査し、効果報告が主に個別の事例研究の集積であり報告された削減率は現場ごとに大きくばらつく姿を映す。10分未満という看板は達成できた事例が存在する証明にはなっても、自分の段取りがそこまで縮む保証にはならない
- 縮み方は段取りの中身・設備・品種の切り替えの多さ・どの改善の道を選べるかに依存する。事例の削減率をそのまま自分の目標に据えると、届かなかったとき道具ではなく自分のやり方を責めることになりかねない。SMEDは段取りを一桁分にする魔法ではなく、段取りを見直すときの一つの角度として持つのがよい
- 同じ2000年の論文は、いまある製造の仕組みそのものに手を入れる(設計を変える)ときにこそこの種の改善の余地が開くとも述べる。これは設備を買えという助言ではなく、移し替えだけでなくその作業を短くできないか・そもそも要らなくできないかという問いも同時に持てということである。2001年には同じ著者たちがSMEDを読み替えて位置づけ直す論文も出している
- 1985年にSMEDの体系が英訳で広く知られ、2000年に批判的評価が無いことが明言され移し替え最優先が常に最良でないと論じられ、2007年に批判的評価と事例研究の検討が現れ、2019年に130本の体系的レビューが削減率のばらつきを映す。34年で確からしくなったのは段取りが必ず一桁分になる約束ではなく、移し替えが唯一の道ではなく削減率は現場に依存するという条件である
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| SMEDをやれば、どんな段取りも一桁分(10分未満)に縮められる | 一桁分は達成できたら立派だという目標のスローガンであって、どんな段取りでもそこまで縮むという保証ではない。2019年に130本を精査した体系的レビューが映すとおり、SMEDの効果報告は主に個別の事例研究の集積で、報告された削減率は現場ごとに大きくばらつく。ある現場で大きく縮んだことは、別の現場で同じだけ縮むことを保証しない |
| 段取りを縮めるには、まず内段取りを外段取りへ移すのが常に最良の道だ | 2000年に International Journal of Production Research 誌へ出た論文は、SMEDの方法論が常に有効な改善経路を表すとはかぎらないと論じ、いまある段取り作業の所要時間そのものを縮めるか作業自体をなくす道を十分に促さないと指摘した。移し替えだけを最優先にすると、その作業を短くする・無くすという、もっと効く道が視界から外れることがある |
| SMEDは本家が掲げ事例も多いのだから、手法として十分に確かめられている | 同じ2000年の論文は冒頭で、この方法論に対する既知の批判的評価はこれまで行われてこなかったと述べている。これほど広く使われながら、手法そのものを正面から検討した査読研究が2000年の時点で見当たらなかった。定番であることは、確かめられていることを意味しない |
皮肉なのは、「一桁分」という切りのいい数字ほど、由緒の正しさを保証しているように見えることである。本家が掲げ、事例が並ぶ。だが、その数字がどこまで届くかを長いあいだ誰も正面から確かめなかった、というのが、査読の側の結論だった。10分未満は、できたら見事な目標である。目標が看板になり、看板が基準になり、基準が届かないと、たいてい道具ではなく、間に合わなかった人のほうが責められる。縮まなかったのは、腕ではなく、道が一つしか見えていなかっただけかもしれない。
Q1. 2000年に International Journal of Production Research 誌へ出たSMEDの検討論文が、冒頭で述べたこととして正しいものはどれか。選択
Q2. 2000年の論文は、内段取りを外段取りへ移すことを ____ する作法が常に有効な改善経路とはかぎらないと論じ、いまある段取り作業の所要時間そのものを ____ か、あるいは作業自体を ____ 道を十分に促さないと指摘した。穴埋め
Q3. 2019年の体系的レビュー(130本を精査)が映したSMEDの効果報告の姿を述べ、そこから「10分未満にできる」という看板が何を保証し、何を保証しないのかを書け。一問一答
Q4. この単位が扱った出来事を、年の早い順に並べよ。(ア)手法への批判的評価が「まだ無い」と明言され、移し替え最優先が常に最良でないと論じられる(イ)SMEDの体系が英訳で広く知られるようになる(ウ)130本を精査した体系的レビューが削減率のばらつきを映す並べ替え
Q5. この単位は、SMEDをどのように持つのがよいと述べたか。選択
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、最近自分がやった段取り(品種や設定の切り替え)を1つ思い出し、その手順を順番に書き下ろす。各手順の横に、「機械や作業を止めないとできない(内)」か「止めなくても先にできる(外)」かを書く。そのうえで、内と分類した手順のうち一つ以上について、外に移せそうか/その作業自体を短くできそうか/そもそも無くせそうか、を一言ずつ添える。移すことにこだわらず、三つの道を並べて考える。誰かに段取りを見せてもらったり、他人の作業を評価したりしない。自分の段取りと記憶だけで完結させる。一人で全部を回している場合も、そのまま同じ形で書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- McIntosh R.I., Culley S.J., Mileham A.R., Owen G.W. (2000) ‘A critical evaluation of Shingo’s SMED (Single Minute Exchange of Die) methodology’, International Journal of Production Research 38(11):2377-2395 — doi.org
- da Silva I.B., Godinho Filho M. (2019) ‘Single-minute exchange of die (SMED): a state-of-the-art literature review’, The International Journal of Advanced Manufacturing Technology 102:4289-4307 — doi.org
- McIntosh R.I., Culley S.J., Mileham A.R., Owen G.W. (2001) ‘Changeover improvement: Reinterpreting Shingo’s SMED methodology’, IEEE Transactions on Engineering Management 48(1):98-102 — scholar.google.com
- Sugai M., McIntosh R.I., Novaski O. (2007) ‘Metodologia de Shigeo Shingo (SMED): análise crítica e estudo de caso’, Gestão & Produção 14(2):323-335 — scholar.google.com
- Shingo S. (1985) ‘A Revolution in Manufacturing: The SMED System’ (trans. A.P. Dillon), Productivity Press — search.worldcat.org
- 大野耐一『トヨタ生産方式』(1978, ダイヤモンド社)/英訳 Ohno T. (1988) ‘Toyota Production System: Beyond Large-Scale Production’, Productivity Press — search.worldcat.org