「なぜを5回で真因に届く」——だが5回にも、真因が1つという前提にも、根拠はない
なぜを5回繰り返せば真因に届く、と教わる。皮肉なことに、この作法を正面から検討した査読論文は、5 whys がこれほど広く教えられているのは効果の証拠があるからではない、と論じている。5回という回数にも、真因は1つという前提にも、方法論としての裏づけはない。
前の単位では、標準作業が品質を安定させる装置ではなく、ズレを見えるようにする土台であることを扱った。ここでは、それでも出てしまった不良の原因を、なぜなぜ分析でどこまでたどれるのかを扱う。
この単位が扱うのは一点——「なぜを5回繰り返せば真因(しんいん)に届く」というときの「5回」と「1つの真因」に、方法論的な根拠があるのかである。個別の不良の直し方も、設備を替える話も、誰かの責任を問う話もしない。
「なぜを5回で真因に届く」の由緒を追う
なぜなぜ分析とは、起きた不良について「なぜ」を繰り返し、原因の候補を掘っていく手順である。真因(root cause)とは、そこを直せば再発しない、とされる大元の原因を指す。この二つを合わせて、「なぜを5回たどれば、たった1つの真因にたどり着く」という形で流通している。出どころは、本家トヨタの問題解決の作法——大野耐一の『トヨタ生産方式』(1978年)に出てくる「なぜを5回繰り返す」である。
ここで、前の単位から引き継ぐ見方を一言だけ置く。道具の由緒と、効果の証明は、別物である。 「なぜを5回」が本家の由緒を持つことは事実だが、それは「5回たどれば真因に届く」という効果が測られたことを意味しない。由緒は、効果の保証ではない。原典の「5回」も、きっちり5回で真実に当たるという意味ではなく、そのくらい掘れという目安として書かれている。それがいつの間にか、「5回で真因に届く手順」という顔をして流通していく。手法名と本家の帳票が実在するがゆえに、証明済みのように見えてしまうのだ。
「5回」にも「1つの真因」にも、方法論的な根拠はない
この道具を正面から検討した査読論文がある。**2017年に *BMJ Quality & Safety* 誌へ出た、5 whys そのものを論じた論文**である。抄録はこう書き出す——“The ‘5 whys’ technique is one of the most widely taught approaches to root-cause analysis (RCA) in healthcare.”(5 whys は医療の根本原因分析で最も広く教えられている手法の一つである)。そして、それが世界保健機関や各国の医療安全の組織によって推奨されていることを挙げる。
ここが肝心なところだ。広く教えられ、権威ある組織に推奨されていることは、効果が実証されていることとは違う。 この論文が論じるのは、5 whys がこれだけ普及しているのは効果の証拠があるからではない、という点である(効果の不在を述べた箇所の英語逐語は本検証で一次取得できていないため、ここでは書誌参照として事実提示にとどめる)。「5回」という回数にも、「真因は1つ」という前提にも、方法論としての裏づけはない。 5回で止めるのも、1つに絞るのも、道具の作法であって、真因に届いたことの証明ではない。
なぜこれが問題になるのか。研修やチェックシートでは、なぜなぜ分析は「正しくやれば真因が出る手続き」として教えられる。手続きに見えると、出てきた答えも、手続きが保証した正解のように感じられる。だが、同じ不良を別の人がたどれば、別の「真因」に着くことは珍しくない。どこで掘るのをやめ、どの枝を選ぶかは、たどる人の見立てで変わる。手順の形をしているからといって、出口が一つに定まるわけではない。 5回という数字は、その見立てのばらつきを、いかにも客観的な回数のように見せてしまう。
複雑な不良は、真因が1つではない
同じ2017年、同じ誌に、「根本原因分析」という枠組みそのものを論じた論文が出ている。ここが値切りの芯だ。複雑な不良は、たいてい多因子で起きる——いくつもの条件が重なって初めて表に出る。ところが「単一の真因」を探す枠組みは、原因を1つに絞ろうとする。なぜなぜ分析は、因果の連鎖をたどるうちに、末端の1つの原因へ早く収束してしまい、その手前で枝分かれしている上流の要因と、そこにありえた複数の対策を取りこぼす。
事故を「系(システム)としての失敗」として見る立場からは——2004年に同じ誌へ出た、臨床の出来事を系への窓として分析する論文が代表的だが——真因を1つ突き止めれば直る、という見方そのものが、系の理解を妨げると指摘されてきた。同じ不良でも、材料のばらつき、道具の摩耗、手順の書き方、その日の段取り、いくつもの条件が同時に効いていることは珍しくない。そこから1つだけを「真因」と名指しすると、残りは「原因ではないもの」として視界から外れる。「大元は1つ」という発想は、道具の都合であって、不良の性質ではない。 5回で1つに絞れたのは、真実がそこにあったからではなく、絞るように作られた道具だからかもしれない。
RCAの効果そのものも、実証は乏しい
では、真因をたどるこの一連のやり方(RCA)を回すと、不良や事故は実際に減るのか。2008年に医療安全の専門誌へ出た、RCAの効果を文献から問うレビューは、効果を裏づける実証がとぼしいと整理している。さらに2017年には、RCAが「沼の水を抜く」のではなく「蚊を叩く」ような個別の対症に流れがちだ、という批判も同じ誌に出ている。分析の出口が「担当者へ注意喚起する」「手順書に一行足す」といった、その場の手当てに寄りやすい、という指摘である。上流の枝——たとえば手順の書き方そのものや、道具の状態——は、手をつけるのに手間がかかるぶん、選ばれにくい。
つまり、道具は広く使われているのに、「これを回せば不良が減る」を支える証拠は、思うほど積み上がっていない。 ここでも、前の単位と同じ構図が出る。うまくいった事例は語られやすく、効かなかった回は記録に残りにくい。効果があるかどうかは、事例の多さではなく、効かなかった回まで数えて初めて言える。念のため断っておくと、これは「なぜなぜ分析は無駄だ」という話ではない。掘ること自体は、原因の見当をつけるのに役立つ。問題は、掘り当てた1つを「真因=直せば再発しない大元」と呼んで、確かめる前に手を止めてしまうことのほうにある。
由緒と効果を、分けて持つ
ここまでを一つにまとめる。①「なぜを5回」はトヨタ式の由緒を持つが、5回で真因に届くという効果は測られていない。②複雑な不良は多因子で、単一の真因を探す枠組みは上流を取りこぼす。③RCAを回すと不良が減る、という効果の実証も乏しい。 だから、なぜなぜ分析は「真因を1つ突き止める道具」ではなく、原因の候補を出す道具として持つのがよい。出た候補は仮説であって、証明ではない。
この持ち方をすると、次の一歩が変わる。1つの真因で止めずに、掘る途中で枝分かれした複数の候補を残しておく。候補を1つに絞った瞬間に、他の候補にありえた対策は、検討されないまま消える。どれが効くかは、直してみて、不良が減るかどうかで確かめるしかない。 なぜを何回たどったかではなく、どの候補を確かめたかが、効いたかどうかを分ける。掘る根気ではなく、確かめる手数のほうが、不良の減り方を決める。
時間・変化:1978年から2017年まで
順に置く。1978年、本家の作法として「なぜを5回」が原典に現れる。ただしそれは効果の証明ではなく、問題を掘る作法であった。2008年、RCAの効果を裏づける実証がとぼしいと文献レビューが整理する。2017年、5 whys そのものと「根本原因分析」という枠組みの両方が、査読誌で正面から検討される——広く教えられていることは効果の証拠ではない、複雑な失敗に単一の真因はなじまない、と。
39年で確からしくなったのは、真因に届く回数のほうではない。 確からしくなったのは、「5回」も「1つの真因」も道具の作法であって、効果の証明ではない、という切り分けのほうである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、きれいに1つの真因にたどり着いた気持ちよさである。連鎖が1本にまとまると、原因が分かった気がする。だが、まとまったのは説明であって、確かめられたのは、まだ何もない。
標本の偏りも断っておく。ここまでの一次証拠は、主に医療という別分野で、同じ道具がどう働いたかを調べたものである。あなたの現場の不良が、同じようにふるまうとはかぎらない。 それでも、「1つの原因に早く収束してしまう」という癖は、道具の側の性質なので、分野を越えて出る。
助けになるのは、過去の不良を1件選び、なぜを掘る途中で枝分かれした候補を、1つに絞らずに全部書き出してみるという一手である。真因を当てるためではない。1つに絞ると何が消えるかを、目に見える形にするためだ。書き出してみると、たいてい、途中の段でいくつも横道が生まれていて、そのどれもがそれらしい。1本にまとめたときに何を捨てていたのかが、そこで初めて見える。
最初の一歩は10分。自分の作業で最近起きた不良を1件思い出し、「なぜ」を3〜4回たどって書く。ただし、各段で「他にも考えられる原因」を1つずつ横に書き足す。最後に、1本の線ではなく、枝分かれした図になっていることを確かめる。 真因を1つ選ばない。候補が何個残ったかだけ数える。
次の単位は 323「ムダを削ぎ落とすには?」——不良の候補を掘る目を持ったうえで、今度は「ムダを消せば強くなる」という別の本家の道具を、同じやり方で確かめる。
- なぜなぜ分析は、起きた不良についてなぜを繰り返し原因の候補を掘る手順で、真因(root cause)はそこを直せば再発しないとされる大元の原因を指す。出どころは大野耐一の1978年の著作にある「なぜを5回繰り返す」だが、由緒を持つことと、5回たどれば真因に届くという効果が測られたことは別である。道具の由緒と、効果の証明は別物である
- 2017年に BMJ Quality & Safety 誌へ出た5 whys を論じた論文は、抄録で「5 whys は医療の根本原因分析で最も広く教えられている手法の一つである」と記し、世界保健機関などの推奨を挙げる。だが広く教えられ推奨されていることは効果が実証されていることとは違い、5回という回数にも真因は1つという前提にも方法論的な裏づけはない
- 複雑な不良はたいてい多因子で起きる。同じ2017年に同誌へ出た根本原因分析の枠組みを論じた論文が芯で、単一の真因を探す枠組みは原因を1つに絞ろうとする。なぜなぜ分析は末端の1つへ早く収束し、手前で枝分かれした上流の要因とありえた複数の対策を取りこぼす。大元は1つという発想は道具の都合であって不良の性質ではない
- 事故を系としての失敗として見る立場(2004年に同誌へ出た臨床の出来事を系への窓として分析する論文が代表)からは、真因を1つ突き止めれば直るという見方そのものが系の理解を妨げると指摘されてきた。真因という単一の大元を前提にすること自体が、複数の対策余地を見えなくする
- RCAを回すと不良や事故が減るのか。2008年に医療安全の専門誌へ出たレビューはRCAの効果を裏づける実証がとぼしいと整理し、2017年には個別の対症に流れがちだという批判も出た。道具は広く使われているのに、回せば減るを支える証拠は積み上がっておらず、うまくいった事例は語られやすく効かなかった回は記録に残りにくい
- なぜなぜ分析は真因を1つ突き止める道具ではなく、原因の候補を出す道具として持つのがよい。出た候補は仮説であって証明ではない。1つの真因で止めず、掘る途中で枝分かれした複数の候補を残し、どれが効くかは直してみて不良が減るかで確かめる。なぜを何回たどったかではなく、どの候補を確かめたかが効いたかどうかを分ける
- 1978年に本家の作法として「なぜを5回」が原典に現れ、2008年にRCAの効果実証の乏しさがレビューで整理され、2017年に5 whys そのものと根本原因分析の枠組みが査読誌で正面から検討された。39年で確からしくなったのは真因に届く回数ではなく、5回も1つの真因も道具の作法であって効果の証明ではないという切り分けである
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| なぜを5回繰り返せば、不良のたった1つの真因にたどり着く | 2017年に BMJ Quality & Safety 誌へ出た論文は、5 whys が医療の根本原因分析で最も広く教えられている手法の一つであり、世界保健機関や各国の医療安全の組織に推奨されていることを挙げたうえで、それが普及しているのは効果の証拠があるからではないと論じている。5回という回数にも、真因は1つという前提にも、方法論としての裏づけはない |
| 真因を1つ突き止めて直せば、その不良は再発しなくなる | 複雑な不良はたいてい多因子で、いくつもの条件が重なって表に出る。同じ2017年の別論文が論じるとおり、単一の真因を探す枠組みは原因を1つに絞ろうとし、なぜなぜ分析は末端の1つへ早く収束して、手前で枝分かれした上流の要因と複数の対策を取りこぼす。大元は1つという発想は道具の都合であって、不良の性質ではない |
| 根本原因分析(RCA)は広く使われているのだから、回せば不良は減るはずだ | 2008年に医療安全の専門誌へ出たレビューは、RCAの効果を裏づける実証がとぼしいと整理している。2017年には、RCAが個別の対症に流れがちだという批判も出ている。道具は広く使われているのに、これを回せば不良が減るを支える証拠は思うほど積み上がっていない |
皮肉なのは、「なぜ」を5回もたどる根気のある人ほど、たどり着いた1つの真因を手放したくなくなることである。掘る労力は、答えの正しさとは関係がない。本家が5回と言ったのは、そこで真実が待っているからではなく、そのあたりで人はたいてい掘るのをやめるからかもしれない。1本にまとまった連鎖は、分かりやすい。分かりやすさは、確かめたことの、代わりにはならない。
Q1. 2017年に BMJ Quality & Safety 誌へ出た論文は、5 whys が医療の根本原因分析で最も広く ____ 手法の一つだと記した。だが広く教えられ推奨されていることは、効果が ____ されていることとは違い、「5回」にも「真因は1つ」にも方法論的な ____ はない。穴埋め
Q2. 複雑な不良に対して「単一の真因を探す枠組み」がなぜ問題になるのか、なぜなぜ分析が何を取りこぼすのかを含めて説明せよ。一問一答
Q3. 根本原因分析(RCA)の効果について、この単位が挙げた実証側の整理として正しいものはどれか。選択
Q4. この単位は、なぜなぜ分析を「真因を1つ突き止める道具」ではなく何として持つのがよいと述べたか。出た候補の性格と、効いたかどうかの確かめ方も書け。一問一答
Q5. この単位が扱った出来事を、年の早い順に並べよ。(ア)RCAの効果を裏づける実証がとぼしいと文献レビューが整理する(イ)本家の作法として「なぜを5回」が原典に現れる(ウ)5 whys そのものと根本原因分析の枠組みが査読誌で正面から検討される並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分の作業で最近起きた不良を1件思い出し、いちばん上に短く書く。そこから「なぜ」を3〜4回たどって下へ書き下ろす。ただし各段で、その横に「他にも考えられる原因」を1つずつ書き足す。最後に、全体が1本の線ではなく枝分かれした図になっていることを確かめ、真因を1つ選ばずに、残った候補の数を1つの数字で書き添える。誰かに原因を問いただしたり、同僚の作業を観察したりしない。自分の作業と記憶だけで完結させる。一人で全部を回している場合も、そのまま同じ形で書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Card A.J. (2017) ‘The problem with ‘5 whys’’, BMJ Quality & Safety 26(8):671-677 — doi.org
- Peerally M.F., Carr S., Waring J., Dixon-Woods M. (2017) ‘The problem with root cause analysis’, BMJ Quality & Safety 26(5):417-422 — doi.org
- Percarpio K.B., Watts B.V., Weeks W.B. (2008) ‘The effectiveness of root cause analysis: what does the literature tell us?’, Joint Commission Journal on Quality and Patient Safety 34(7):391-398 — scholar.google.com
- Trbovich P., Shojania K.G. (2017) ‘Root-cause analysis: swatting at mosquitoes versus draining the swamp’, BMJ Quality & Safety 26(5):350-353 — scholar.google.com
- Vincent C. (2004) ‘Analysis of clinical incidents: a window on the system’, BMJ Quality & Safety 13(suppl2):ii52-ii57 — scholar.google.com
- 大野耐一『トヨタ生産方式』(1978, ダイヤモンド社)/英訳 Ohno T. (1988) ‘Toyota Production System: Beyond Large-Scale Production’, Productivity Press — search.worldcat.org