詰めても、契約には必ず余白が残る。発注はその余白で回っている
契約書を精緻に固めれば、発注は確実に回りトラブルも防げる——研修はそう教える。ところが実際の取引を調べると、もめごとの多くは契約を持ち出さずに片づき、緻密な契約は抽斗の中で眠っていた。
前の単位では、監査が責任ある調達の担保にはならないことを見た。ここでは、担保のもう一つの形——契約書を固めれば発注は確実に回る、という前提を扱う。
この単位が扱うのは一点——「契約を固めれば回る」という言い方が、完備契約(あらゆる将来の事態を書き切った契約)という、原理的に作れない前提に立っていることである。契約(取引の条件を取り決めた約束)の細かい書き方は指南しない。法律の解釈にも踏み込まない——事実の確認までにとどめる。
実務は、しばしば契約ではなく関係で回っている
古典的な実証が一つある。1963年に *American Sociological Review* 28(1):55-67 へ出た研究(Macaulay)は、事業者が実際にどう取引しているかを調べて、こう報告した——事業者は交換関係を完全には計画しないことが多く、関係を調整したり紛争を解決したりするのに、法的な制裁をめったに使わない(“businessmen often fail to plan exchange relationships completely, and seldom use legal sanctions to adjust these relationships or to settle disputes.”)。
紛争の処理も同じだった——紛争はしばしば、契約や、ありうる・現にある法的制裁を持ち出すことなく解決される。法的な権利を口にしたり、訴えると脅したりすることには、ためらいがある(“Disputes are frequently settled without reference to the contract or potential or actual legal sanctions. There is a hesitancy to speak of legal rights or to threaten to sue in these negotiations.”)。事業者はしばしば、短い手紙の中の「相手の一言」や、握手や、「ふつうの誠実さと良識」に頼るほうを選ぶ、とも書かれている。固めた契約は、抽斗の中で使われないまま、取引のほうは動いていく。
「抜け漏れのない契約」は、原理的に作れない
なぜ契約は使われずに済むのか。理論の側から見ると、そもそもあらゆる将来の事態を書き切った契約——完備契約——は作れないからである。1988年に *Econometrica* 56(4):755-785 へ出た研究(Hart & Moore)は、将来の事態を完全には書き切れないという前提のもとで、契約の再交渉を扱った不完備契約論の中核の論文である(この論文の英語の逐語はここでは引かない。趣旨の紹介にとどめる)。その起点となった1986年の *Journal of Political Economy* 94(4):691-719 の研究(Grossman & Hart)は、書き切れない部分が残るからこそ、誰が決める権利を持つか——所有——が意味を持つ、という所有権の理論を示した。
言い換えれば、契約はどこまで詰めても不完備であり、書き切れなかった部分は必ず残る。 そして残った部分は、あとで話し合う——再交渉する——ほかない。「抜け漏れのない契約」を目標に置くのは、原理的に届かない点を目標に置くことである。 これは★305で断った通奏低音と同じ形をしている——固めた契約は、書き切れた条項の数は見せるが、書き切れなかった不確実性は数えない。 見た目の緻密さが、書けなかったものの存在を隠す。条項を一つ足すたびに、確実になった気がする。だが増えているのは、想定できた事態の目録であって、想定できなかった事態のほうは、目録が厚くなるほど、かえって見えなくなる。
関係的契約という、書かれない約束
では、書き切れない部分は何が支えているのか。2002年に *The Quarterly Journal of Economics* 117(1):39-84 へ出た研究(Baker・Gibbons・Murphy)は、それを関係的契約と呼ぶ——将来の関係の価値によって支えられる、非公式の合意である(“Relational contracts—informal agreements sustained by the value of future relationships—are prevalent within and between firms.”)。これは企業の内でも、企業の間でも、広く見られる。書かれてはいないが、「次もある」という見通しが、今回の履行を支えている。 論文は、統合するかしないか(自社でやるか外に出すか)という判断さえ、当事者の関係に仕える道具でありうると述べている(“the integration decision can be an instrument in the service of the parties' relationship.”)。ここで気をつけたいのは、関係的契約が「情に頼る」話ではないことである。次もあるという見通しには、次を失う損失という重しがついている。だから相手は、書面がなくても約束を守る——契約の外で、将来がその履行を担保している。
固めるか、任せるか、の二択ではない
ここで一つ、単純化を止めておきたい。「契約で固める」対「関係に任せる」という対立は、きれいすぎる。2002年に *Strategic Management Journal* 23(8):707-725 へ出た研究(Poppo & Zenger)は、形式的な契約と関係的な統治が代わり(どちらかを選ぶもの)なのか、補い合うものなのかを正面から調べ、多くの場面で両者は補い合うという結果を報告している。契約を厚くする組織ほど関係的な統治も厚い、という向きである。だから「固めれば回る」の反対は「契約は要らない」ではない。 契約は関係の代わりではなく、関係と一緒に働く。
法は、確実さではなく、最低限の枠を定めている
契約をめぐっては、当事者の取り決めとは別に、法が最低限の枠を置いている。国内では、下請取引について下請代金支払遅延等防止法(下請法)が公正化のための規定を置いている。また、2024年11月1日にはフリーランス保護法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)が施行され、発注時の取引条件の明示(書面等)などが定められた。ここではこれらの事実の確認までにとどめ、個別の取引が該当するかどうかや、法の解釈は判断しない(別の持ち場と共管である)。押さえておきたいのは、これらが定めるのは最低限の枠であって、発注が確実に回ることそのものを保証する仕組みではない、という点である。仕入先は「相手」であって管理の対象ではない——書面を固めることを、買い叩きや一方的な打ち切りの道具にしない。
時間・変化:「契約を固める」と「発注が回る」が、別々に動く
順番はだいたい決まっている。まず、トラブルを避けたくて契約を一段厚くする。次に、厚くした契約は「これで確実だ」という安心の外形を作る。次に、実際にトラブルが起きると、たいていは契約を持ち出さずに、話し合いで処理される(Macaulay の見た通りである)。次に、書き切れなかった部分が残っていたことが、その場でわかる。それでもなお——次のトラブルに備えて、また契約を一段厚くする。
逆向きには進みにくい。「詰めても不完備は残る」という理屈が、「固めれば安心」という手ごたえに追いつくのは遅い。 契約は厚くなり続け、確実さの外形は増していく。厚みは、書けたものの量であって、書けなかったもののなさではない。 発注が回っているのは、多くの場合、契約の厚みではなく、その裏で続いている関係のほうである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、契約を厚くしたことを、確実になったことと読むことである。条項を足した、という事実は、発注が回る、という事実とは別である。外形(緻密さ)が増すほど、その二つは見分けにくくなる。
標本の偏りを断っておく。ここまでの証拠は、主にアメリカの事業者への調査と、契約理論から採られている。1963年の調査は半世紀以上前のもので、業種も地域も限られる。契約や取引を語れる立場にある事業者に寄っており、力関係の弱い側や、そもそも書面を交わせない取引は、標本に入りにくい。だから「関係で回る」を、書面を軽んじてよい理由にしないこと——関係で回るように見えるのは、切られたら困らない側の視点かもしれない。 弱い立場ほど、書面という最低限の枠が効く。
助けるのは、自分の契約や発注書を、書けた条項の数ではなく、実際のトラブルがどう処理されたかで読み直すという一手である。条項で処理したのか、話し合いで処理したのか。その比率が、契約の厚みより多くを教える。 話し合いで片づいた回数は、契約が薄い証拠ではなく、関係が働いている証拠かもしれない。
最初の一歩は10分。手元の契約書か発注書を一通取り出し、そこにある「もしこうなったら」という条項をいくつか数え、次に、実際に起きた変更やトラブルを、条項で処理したものと話し合いで処理したものに分けて数えてみる。
次の単位は 320「止まらない供給網を作るには?」——ここまで積んできた在庫・仕入先・可視化・統制の上に、途絶に耐える強さを積む話。そして、この棚を締める単位である。
- 1963年に American Sociological Review 28(1):55-67 へ出た研究(Macaulay)は、事業者が交換関係を完全には計画しないことが多く、関係の調整や紛争の解決に法的制裁をめったに使わないと報告した(businessmen often fail to plan exchange relationships completely, and seldom use legal sanctions)
- 同じ1963年の研究は、紛争がしばしば契約や法的制裁を持ち出さずに解決され、法的権利を口にしたり訴えると脅したりすることにためらいがあると報告した。事業者はしばしば相手の一言や握手、ふつうの誠実さに頼るほうを選ぶ
- 1988年に Econometrica 56(4):755-785 へ出た研究(Hart & Moore)は、将来の事態を完全には書き切れない前提で契約の再交渉を扱った不完備契約論の中核論文である(本文では英語の逐語を引かず、趣旨の紹介にとどめる)。1986年の Journal of Political Economy 94(4):691-719(Grossman & Hart)はその起点で、書き切れない部分が残るからこそ所有(決める権利)が意味を持つと示した
- 契約はどこまで詰めても不完備で、書き切れなかった部分は必ず残り、そこは再交渉で処理するほかない。『抜け漏れのない契約』を目標に置くのは、原理的に届かない点を目標に置くことである
- 2002年に The Quarterly Journal of Economics 117(1):39-84 へ出た研究(Baker・Gibbons・Murphy)は、将来の関係の価値によって支えられる非公式の合意=関係的契約が、企業の内でも間でも広く見られると示した(Relational contracts—informal agreements sustained by the value of future relationships—are prevalent within and between firms)
- 2002年に Strategic Management Journal 23(8):707-725 へ出た研究(Poppo & Zenger)は、形式的な契約と関係的な統治が代わり(二者択一)ではなく、多くの場面で補い合うと報告した。『固めれば回る』の反対は『契約は要らない』ではない
- 国内では下請代金支払遅延等防止法(下請法)が下請取引の公正化の規定を置き、2024年11月1日にフリーランス保護法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)が施行され取引条件の明示などが定められた。これらは最低限の枠であって、発注が確実に回ることを保証する仕組みではない(事実の確認までで法解釈はしない)
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 契約書を精緻に固め、発注・検収・支払の条項を詰めれば、取引は確実に回る | 1963年の American Sociological Review 28(1):55-67 の研究(Macaulay)は、事業者が交換関係を完全には計画せず、紛争を契約や法的制裁に照らさずに解決することが多いと報告した。契約理論の側でも、あらゆる将来を書き切った完備契約は原理的に作れない(Hart & Moore 1988、Grossman & Hart 1986)。書き切れない部分は必ず残り、そこは再交渉と関係が支える |
| だから契約は当てにならず、結局は関係がすべてで、書面は要らない | 2002年の Strategic Management Journal 23(8):707-725 の研究(Poppo & Zenger)は、形式的な契約と関係的な統治が代わりではなく、多くの場面で補い合うと報告した。2002年の QJE 117(1):39-84(Baker・Gibbons・Murphy)も、関係的契約が企業の内外に遍在すると示す。契約は関係の代わりではなく、関係と一緒に働く。力関係の弱い側ほど、書面という最低限の枠が効く |
| 契約さえ固めれば、発注が回るかどうかは法が確実に保証してくれる | 国内では下請代金支払遅延等防止法(下請法)が下請取引の公正化の規定を置き、2024年11月1日にはフリーランス保護法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)が施行され、発注時の取引条件の明示などが定められた。ただしこれらが定めるのは最低限の枠であって、発注が確実に回ることそのものを保証する仕組みではない。ここでは事実の確認までで、法解釈や個別の適否は判断しない |
契約を固めよ——助言としては、正しい。書面は、力関係の弱い側ほど効く最低限の枠であり、軽んじてよいものではない。皮肉なのは、その助言をいちばん忠実に守った緻密な契約が、いちばん出番のないまま抽斗で眠ることのほうだ。もめごとが起きれば、たいていは紙ではなく電話で片づく。詰めた条項の数は、確実さの量ではなく、書けたものの量でしかない。発注が今日も回っているのは、たぶん、契約の厚みではなく、次もあるという、どこにも書いていない一行のほうである。
Q1. 1963年の Macaulay の研究が、事業者の取引について報告した中心的な発見を、紛争処理に触れて説明せよ。一問一答
Q2. 本文が「抜け漏れのない契約は原理的に作れない」と述べる根拠として正しいものはどれか。選択
Q3. 2002年の QJE の研究(Baker・Gibbons・Murphy)は、【 ① 】を、将来の関係の【 ② 】によって支えられる非公式の合意と定義し、それが企業の内でも間でも【 ③ 】見られると示した。穴埋め
Q4. 本文『時間・変化:「契約を固める」と「発注が回る」が、別々に動く』の順番を並べよ。(ア)実際にトラブルが起きると、たいてい契約を持ち出さずに話し合いで処理される(イ)トラブルを避けたくて契約を一段厚くする(ウ)書き切れなかった部分が残っていたことが、その場でわかる(エ)厚くした契約が「これで確実だ」という安心の外形を作る(オ)次のトラブルに備えて、また契約を一段厚くする並べ替え
Q5. 「固めれば回る」の反対は「契約は要らない」ではない、と本文が述べる根拠として正しいものはどれか。選択
自分が結んだ契約書か発注書を一通取り出す(過去のものでよい。無ければ、取引の条件を書いたメールや注文書でよい)。紙かメモに、そこに書かれている『もしこうなったら』という条項——納期が遅れたら、数量が違ったら、支払が遅れたら、など——をいくつか書き出し、その数を数える。次に、その取引で実際に起きた変更やトラブルを、自分の記憶と手元の記録の範囲で思い出し、一つずつ『契約の条項を根拠に処理した』『話し合い(関係)で処理した』のどちらかに分けて印を付け、それぞれの件数を書く。取引相手に問い合わせたり、相手の出方を試したりはしない——自分の手元の書面と記録の上だけで完結させる。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Macaulay S. (1963) 'Non-Contractual Relations in Business: A Preliminary Study', American Sociological Review 28(1):55-67 — doi.org
- Hart O., Moore J. (1988) 'Incomplete Contracts and Renegotiation', Econometrica 56(4):755-785 — doi.org
- Grossman S.J., Hart O.D. (1986) 'The Costs and Benefits of Ownership: A Theory of Vertical and Lateral Integration', Journal of Political Economy 94(4):691-719 — doi.org
- Baker G., Gibbons R., Murphy K.J. (2002) 'Relational Contracts and the Theory of the Firm', The Quarterly Journal of Economics 117(1):39-84 — doi.org
- Poppo L., Zenger T. (2002) 'Do formal contracts and relational governance function as substitutes or complements?', Strategic Management Journal 23(8):707-725 — doi.org
- フリーランス保護法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)2024年11月1日施行/政府広報オンライン(2024年) — www.gov-online.go.jp
- 下請代金支払遅延等防止法(下請法・1956年〈昭和31年〉制定)/公正取引委員会 — www.jftc.go.jp