「監査した」は、いつのまにか「担保した」になる
仕入先を監査して行動規範への適合を確かめれば、責任ある調達は担保できる——そう言われる。ところが監査を大規模に調べると、違反が少なく報告されるのは、被監査側が監査費用を払っているときだった。
前の単位では、相見積もりという統制が、かえって不正の隠れ場所になりうることを見た。ここでは、その隣にある別の担保——仕入先を監査して、責任ある調達を確かめる、という手つきを扱う。
この単位が扱うのは一点——「監査すれば、責任ある調達は担保できる」という言い方が、実証でどこまで支えられているかである。責任ある調達(人権や環境に配慮した仕入れ)を、第三者の監査や行動規範への適合で「担保した」とする形は広く使われている。特定の企業や監査機関を名指しで批判も推奨もしない。
監査は「担保」ではなく、道具の一つである
いちばん直接の実証は、ある大手スポーツ用品企業の供給網を対象にした2007年の研究である(*ILR Review* 61(1):3-31、Locke・Qin・Brause。特定の企業名はここでは伏せる)。この論文は、その企業の仕入先——51カ国・800を超える工場の労働条件を、1998年から2005年にわたって監査したデータを分析している。監査を積み重ねれば労働条件は担保できる、という期待を、8年ぶんの記録で確かめにいった研究である。
結論は、監査を信じたい側にはきびしい。多大な努力と投資にもかかわらず、監査だけでは限られた成果しか生まなかった(“monitoring alone appears to have produced only limited results.”)。同じ論文は続けてこう書く——監査を、根本の原因に取り組む他の介入と組み合わせたときには、労働条件はかなり改善したように見える(“when monitoring efforts were combined with other interventions focused on tackling some of the root causes … working conditions seem to have improved considerably.”)。監査は、それ単独では担保ではなく、効くときは別の手と組んだときだった。
監査の結果は、誰が来て誰が払うかで動く
もう一つの実証は、監査そのものが歪む条件を測っている。2016年に *Strategic Management Journal* 37(9):1878-1897 へ出た研究(Short・Toffel・Hugill)は、世界のおよそ6,000の仕入先に対する17,000件近い監査を分析した(“nearly 17,000 supplier audits”)。
見つかった規則性はこうである——監査人が以前にもその工場を監査していたとき、監査チームの経験や訓練が乏しいとき、チームが全員男性のとき、そして監査費用を被監査側(監査される仕入先)が払っているとき、報告される違反の件数は少なくなる(“auditors report fewer violations when individual auditors have audited the factory before, when audit teams are less experienced or less trained, when audit teams are all male, and when audits are paid for by the audited supplier.”)。監査を通った、という結果は、現場の状態だけでなく、監査の設計——誰が来て、誰が払うか——にも左右されていた。 どれか一つだけで違反が消えるという話ではない。だが、監査費用を払う相手が違反を報告される相手でもある、という利害の向きは、報告される数字の意味を静かに軽くする。同じ「監査を通った」でも、誰が費用を持ったかで、その一言の重さは変わっていた。
監査に通る形と、現場の実態はずれる
この二つを重ねると、桃の段の色がはっきりする。責任調達の「担保」は、監査に通る形と、現場で実際に起きていることの、あいだの隙間の上に立っている。 監査は「監査に通る形」を作る力を持つ。違反が少なく報告される条件を選べば、書類の上の適合は整う。そして——何を「責任を果たした証拠」と数えるかを決めているのは、監査を発注し、その様式を選んだ側である。 監査報告がそろったことを証拠と数えれば、報告に上がらなかった実態は、証拠の外に残る。前の単位で見た相見積もりと、構図は同じである。あちらは三通の見積書という外形が競争の中身を保証しなかった。こちらは監査報告という外形が、現場の実態を保証しない。統制の外形は、それが数える対象を、外形自身に寄せていく。
「認証が取れる規格」ではない——ISO 20400 という手引き
標準の性格も、ここで一つ押さえておきたい。ISO 20400:2017(持続可能な調達)は、正式には「Sustainable procurement — Guidance」、すなわち手引き(ガイダンス)であって、要求事項を含む認証規格ではない。 「ISO 20400を取得した」「ISO 20400認証で責任調達を担保した」という言い方は、規格の性格と食い違う。社会的責任の手引きである ISO 26000:2010 も同じく、認証を目的としない。要求事項があって認証できる規格と、手引きにとどまる規格とは、性格が違う。
国内でも、下請取引には下請代金支払遅延等防止法があり、2024年11月1日にはフリーランス保護法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)が施行されて、発注時の取引条件の明示などが定められた。欧州では企業に人権・環境の点検を求める指令の整備も進む。ここではこれらの事実の確認までにとどめ、個別の適否や法の解釈は判断しない(別の持ち場と共管である)。責任調達を、規格や監査の外形で「担保した」と読み替えないこと——それがこの単位の芯である。
動いたのは、監査そのものではなく、根本原因への介入だった
では何が現場を動かしたのか。先の2007年の研究が「根本の原因への介入と組み合わせたとき」と書いたその中身を、別の研究が測っている。2017年に *Management Science* 63(3):707-728 へ出た研究(Distelhorst・Hainmueller・Locke)は、同じ供給網で、監査ではなく管理手法(無駄を省く生産方式)が労働条件の改善に結びついていたと報告している。監査の対か非かではなく、生産の中身を変える介入のほうが効いていた、という向きである。
監査(適合を確かめるやり方)と、能力を育てるやり方を対比した2009年の研究(*Politics & Society* 37(3):319-351、Locke・Amengual・Mangla)も、適合を迫るだけのモデルの限界を指摘している。さらに、監査という仕組みそのものの権力性を論じた2015年の研究(*Review of International Studies* 41(5):905-924、LeBaron・Lister)は、倫理監査が一つの制度として、実態の改善よりも「監査に通ったこと」の証明装置になりうると論じた。三つの研究は、監査を否定しているのではない。監査は、現場を見にいく数少ない手立ての一つである。指しているのはもっと限定した一点で——監査という手続きは、それ自体では担保にならず、根本の原因に触る介入と組んだときに、はじめて現場が動いた、ということである。担保という言葉は、監査が本来できることより、少し重い。
時間・変化:「監査した」が「担保した」に変わっていく順番
順番はだいたい決まっている。まず、現場を良くする道具の一つとして監査が入る。次に、監査の件数や適合率が報告できる数字になる。次に、その数字が「責任を果たした」という言葉と結びつく。次に、監査の設計——誰が来て、誰が払うか——という前提が落ちる。最後に、「監査した」が「担保した」として流通する。
逆向きには進みにくい。「監査だけでは限られた成果しか出なかった」という発見が、「監査すれば安心」という手続きの信頼に追いつくのは遅い。 そのあいだにも、規格の名前や監査の証明は、要求事項のある認証と、手引きにとどまるものの区別を失って、同じ「担保」の顔をして並ぶ。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、監査を発注したことを、責任を果たしたことと読むことである。監査した、という事実は、現場が良くなった、という事実とは別である。外形が整うほど、その二つは見分けにくくなる。
標本の偏りを断っておく。ここまでの証拠は、輸出向けの製造業の供給網という、監査がよく行われ、データが残る領域から採られている。監査が実施され、記録が残った工場に寄っており、監査そのものが入らない小さな取引先は、標本に入っていない。だから数字を、自分の身のまわりの仕入れにそのまま当てないこと。
助けるのは、「担保した」と書いてある文書を、誰が確かめ、誰が費用を払ったかで読み直すという一手である。認証なのか手引きなのか、要求事項があるのかガイダンスか。第三者が確かめたのか、自分で申告したのか。証明の重さは、そこで変わる。 責任ある調達は、相手のある営みでもある——★305で断ったとおり、こちらの都合で相手を切り、監査で締め上げれば済む、という話ではない。監査は現場を見にいくための入口であって、通ったことをもって幕を引くための出口ではない。
最初の一歩は10分。手元にある「責任」や「持続可能」を謳う調達関連の文書を一つ取り出し、それが要求事項のある認証か、手引きへの準拠か、自己申告かを、書かれている範囲で見分けてみる。
次の単位は 319「契約と発注を確実に回すには?」——責任という担保の上に、契約と発注そのものをどう確実に回すのか、その「固めれば回る」という前提を積んで問い直す。
- 2007年に ILR Review 61(1):3-31 へ出た研究(Locke・Qin・Brause)は、ある大手スポーツ用品企業の51カ国・800を超える工場の監査データを1998〜2005年にわたり分析し、『monitoring alone appears to have produced only limited results(監査だけでは限られた成果しか生まなかった)』と報告した
- 同じ2007年の研究は、監査を根本の原因に取り組む他の介入と組み合わせたときには労働条件がかなり改善したように見えた、と続けている。監査は単独では担保ではなく、効くときは別の手と組んだときだった
- 2016年に Strategic Management Journal 37(9):1878-1897 へ出た研究(Short・Toffel・Hugill)は、世界のおよそ6,000の仕入先に対する17,000件近い監査を分析した
- 同じ2016年の研究は、監査人が以前その工場を監査していたとき、チームの経験や訓練が乏しいとき、全員男性のとき、監査費用を被監査側が払っているときに、報告される違反の件数が少なくなると示した。監査の結果は監査の設計(誰が来て・誰が払うか)に左右される
- ISO 20400:2017(持続可能な調達)は正式には『Sustainable procurement — Guidance』=手引きであって、要求事項を含む認証規格ではない。社会的責任の手引きである ISO 26000:2010 も認証を目的としない。国内では下請法があり、フリーランス保護法が2024年11月1日に施行された(事実の確認までで、法解釈はしない)
- 2017年に Management Science 63(3):707-728 へ出た研究(Distelhorst・Hainmueller・Locke)は、同じ供給網で、監査ではなく無駄を省く生産方式(管理手法)が労働条件の改善に結びついていたと報告した。現場を動かしたのは監査そのものより根本原因への介入だった
- 2009年の Politics & Society 37(3):319-351(Locke・Amengual・Mangla)は適合を迫るだけのモデルの限界を、2015年の Review of International Studies 41(5):905-924(LeBaron・Lister)は倫理監査が実態の改善より『監査に通ったこと』の証明装置になりうることを論じた
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 仕入先を監査して行動規範への適合を確かめれば、責任ある調達は担保できる | 2007年の ILR Review 61(1):3-31 の研究(Locke・Qin・Brause、ある大手スポーツ用品企業の51カ国・800超の工場、1998〜2005年)は『monitoring alone appears to have produced only limited results』と報告した。監査は単独では担保ではなく、根本原因への介入と組み合わせたときに労働条件が改善したように見えた |
| 監査を通ったのだから、その工場には問題が無い | 2016年の Strategic Management Journal 37(9):1878-1897 の研究(Short・Toffel・Hugill、17,000件近い監査)は、監査人が以前にその工場を監査していたとき、チームの経験や訓練が乏しいとき、全員男性のとき、そして監査費用を被監査側が払っているときに、報告される違反が少なくなると示した。監査の結果は監査の設計にも左右される |
| ISO 20400を取得・認証すれば、責任ある調達を担保したことになる | ISO 20400:2017 は正式には『Sustainable procurement — Guidance』、すなわち手引き(ガイダンス)であって、要求事項を含む認証規格ではない。社会的責任の手引きである ISO 26000:2010 も認証を目的としない。『ISO 20400準拠=責任調達の担保』という読み替えは、規格の性格と食い違う。ここでは性格の事実確認までにとどめ、法の解釈はしない |
監査して、規格に準拠して、責任を担保する——手続きとしては、申し分ない。皮肉なのは、その担保がいちばん整って見える場所ほど、報告される違反が少なくなる条件——同じ監査人、未熟なチーム、そして監査される側が払う費用——がそろっていることのほうだ。手引きは認証の顔をして並び、監査の紙は現場の顔をして残る。担保という言葉だけが、監査に本来できることより、いつも少し重い。
Q1. 2007年の ILR Review の研究(ある大手スポーツ用品企業の51カ国・800超の工場、1998〜2005年)が、監査について報告した内容として正しいものはどれか。選択
Q2. 2016年の Strategic Management Journal の研究(17,000件近い監査)によれば、報告される違反が少なくなるのは、監査人が以前にもその工場を監査していたとき、チームの経験や訓練が【 ① 】とき、チームが【 ② 】のとき、そして監査費用を【 ③ 】が払っているときである。穴埋め
Q3. ISO 20400:2017 が「認証規格ではない」と本文が述べる根拠を、正式表題に触れて説明せよ。一問一答
Q4. 「現場を動かしたのは監査そのものではなかった」という本文の論点を支える2017年の研究(Management Science、Distelhorst ら)の内容はどれか。選択
Q5. 本文『時間・変化:「監査した」が「担保した」に変わっていく順番』で示された順番を並べよ。(ア)その数字が「責任を果たした」という言葉と結びつく(イ)現場を良くする道具の一つとして監査が入る(ウ)「監査した」が「担保した」として流通する(エ)監査の件数や適合率が報告できる数字になる(オ)誰が来て誰が払うかという前提が落ちる並べ替え
自分が受け取った、あるいは自分で使っている調達関連の文書のうち、『責任ある調達』『持続可能』『倫理』『行動規範』といった言葉を含むものを一つ取り出す(サプライヤー行動規範、取引先へのチェックリスト、規格準拠を謳う証明書、自社の調達方針など、過去のものでよい)。紙かメモに、その文書が何を根拠に『担保した』『準拠した』と述べているかを書き写す。次に、その根拠が、(1)要求事項があって第三者が認証したものか、(2)手引き(ガイダンス)への準拠か、(3)自己申告か、を書かれている範囲で見分けて印を付ける。あわせて、誰がその適合を確かめ、誰が費用を払ったかが書かれているかどうかも確かめる。取引先に問い合わせたり、相手を評価したりはしない——自分の手元の文書の上だけで完結させる。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Locke R.M., Qin F., Brause A. (2007) 'Does Monitoring Improve Labor Standards? Lessons from Nike', ILR Review 61(1):3-31 — doi.org
- Short J.L., Toffel M.W., Hugill A.R. (2016) 'Monitoring global supply chains', Strategic Management Journal 37(9):1878-1897 — doi.org
- Locke R.M., Amengual M., Mangla A. (2009) 'Virtue out of Necessity? Compliance, Commitment, and the Improvement of Labor Conditions in Global Supply Chains', Politics & Society 37(3):319-351 — doi.org
- Distelhorst G., Hainmueller J., Locke R.M. (2017) 'Does Lean Improve Labor Standards? Management and Social Performance in the Nike Supply Chain', Management Science 63(3):707-728 — doi.org
- LeBaron G., Lister J. (2015) 'Benchmarking global supply chains: the power of the ethical audit regime', Review of International Studies 41(5):905-924 — doi.org
- ISO 20400:2017 'Sustainable procurement — Guidance', International Organization for Standardization — www.iso.org
- ISO 26000:2010 'Guidance on social responsibility', International Organization for Standardization — www.iso.org