見積書が三通そろっていても、競争していたとは限らない
見積書を三社から取れば、競争が働いて価格は下がり、不正も防げる——調達の教科書はそう教える。ところが入札を計量経済で調べると、その三通のうち二通が、そもそも競争するために出されていなかった。
前の単位では、需要と供給を一つの計画に突き合わせる会議の型を扱った。ここでは、その計画を実際の発注に落とすとき、金額と相手をめぐって不正がどこに隠れるのかを扱う。ここで段がひとつ上がり、網を見えるようにして整える話の上に、統制と、途絶に耐える強さを積む段になる。
この単位が扱うのは一点——不正を防ぐために入れた「相見積もり」という統制そのものが、不正の隠れ場所になりうることである。相見積もり(複数の会社から見積りを取ること)は、価格を競争で下げ、身内びいきを防ぐ手として、どの内部統制の手引きにも載っている。個別の取引先を疑う話はしない。交渉のしかたも扱わない。
相見積もりが「清潔」に見えるのは、外形が整うからである
三社から見積りを取る。いちばん安い一社に出す。記録が残る。手続きとしては非の打ちどころがない。監査に通る形が、これでできあがる。 統制の狙いは、一社の言い値で決まるのを防ぎ、選定の理由をあとから第三者に説明できるようにすることにある。
問題は、その「外形が整っている」ことと「実際に競争が起きた」ことが、別だという点にある。三通の見積書は、三社が独立に値を付けた証拠にはならない。三通そろえること自体を、当事者が引き受けてくれる場合があるからだ。 そして統制を検品する側は、たいてい紙の上しか見られない。そろっているか、安いほうに出したか、記録があるか——確かめられるのはそこまでで、三社が本当に競い合ったのかは、紙の外にある。
談合は、輪番ではなく「偽の高値」で回る
1993年に *Journal of Political Economy* 101(3):518-538 へ出た研究(Porter & Zona)は、州の高速道路工事の入札を対象に、談合が起きていたかどうかを計量経済で調べた(“This paper examines bidding in auctions for state highway construction contracts, in order to determine whether bid rigging occurred.”)。
見つかった形は、素朴な予想とは違った。談合は輪番——今回はA社、次はB社、と持ち回る形——ではなかった。 論文の一文はこうである(“Collusion did not take the form of a bid rotation scheme. Instead, several ring members bid on most jobs. One was a serious bidder, and the others submitted phony higher bids.”)——輪の仲間の多くがほとんどの案件に入札し、そのうち一社が本気の入札を、残りは「偽の高い入札」を出していた。
つまり、負けるための入札が出されている。三通そろった見積書のうち二通は、最初から取る気のない値で、本命を安く見せるために置かれていた。相見積もりという統制が要求する「複数の見積り」を、談合はそのまま供給していた。
本命でない入札は、費用と無関係に散らばる
同じ論文は、偽の入札を見分ける筋道も示している。競争している会社の入札額とその順位は、工事の費用を測る指標と結びついていた。 距離が延びれば、資材が要れば、額はそれに応じて動く。ところが——談合の輪の「高いほうの入札」は、その順位が費用の指標と無関係で、輪の中のいちばん安い入札とも違う散らばり方をしていた(“the rank distribution of higher cartel bids was unrelated to similar cost measures and differed from that of the low cartel bid.”)。
費用で説明のつかない値が並ぶ。偽の高値は、本命を安く見せるという役目だけを負っているので、実際の費用に縛られない。 見分ける手がかりは、金額の高さそのものではなく、金額が費用の理由で説明できるかどうかにあった。安いから正しい、高いから怪しい、という話ではない。高い見積りにも、遠い現場や特殊な資材という理由がある。逆に、そろって安い三通が、費用ではなく取り決めで安く見えている場合もある。問うべきは値そのものではなく、値と費用のつながりのほうである。
「競争入札だから清潔」が成り立たない規模
これは一つの州の話にとどまらない。2022年に *Journal of Political Economy* 130(5):1364-1411 へ出た研究(Kawai & Nakabayashi)は、日本の国が発注した建設工事のほとんどを覆うデータを使った——約42,000件の入札、落札額の合計はおよそ400億ドル(“about 42,000 auctions whose award amount sums to about $40 billion”)。手法は、最初の入札が全社そろって秘密の予定価格に届かず、再入札になった場面に着目するものだった。
そこで見えてきた規模はこうである——競争的な挙動とは一致しない業者を1,000社以上特定し、その業者たちが落札したのは約15,000件、標本の案件数のおよそ37%にのぼった(“about 15,000 projects, or about 37% of the total number of projects in our sample.”)。これは日本の公共建設という文脈の数字であって、そのまま民間の相見積もりに広げてよい値ではない。だが——「競争入札の形をとっているから清潔だ」という前提は、少なくとも自明ではない。
統制が増えるほど、不正は「統制に通る形」に整えられる
ここで一段引いて見ておきたいことがある。統制は、それを逃れる側に「通る形」を教えてしまう。 1996年に出た書籍『腐敗防止統制が政府を機能不全にする』(Anechiarico & Jacobs、University of Chicago Press。査読誌ではない)は、腐敗を防ぐための統制を積み増していくと、かえって手続きが重くなり本来の仕事が滞る——統制の逆機能——を主題にしている。相見積もりも同じ構図に乗る。要求されるのが「三通の見積書」なら、談合が最も安く供給できるのは、まさに三通の見積書である。
談合の検知を総説した2008年の書籍章(Harrington『反トラスト経済学ハンドブック』所収)や、入札データから競争と談合を判別しようとした2003年の *Review of Economics and Statistics* 85(4):971-989(Bajari & Ye)は、いずれも同じ前提に立っている——談合は、競争入札という制度の外側で起きるのではなく、その内側で、制度が要求する書類をそろえながら起きる。 相見積もりを取れば談合を招く構造がありうることは、2012年の OECD の入札談合対策の指針も、政策文書として認めている。
通奏低音でいえば、これは桃の段の色である。 統制の「監査に通る形」と、実際に競争が起きたかどうかは、別々に動く。そして——何を「不正が防げた証拠」と数えるかを決めているのは、統制を設計した側である。 三通の見積書がそろったことを証拠と数えれば、偽の高値は証拠の中に紛れる。
時間・変化:統制と、それを逃れる形が、交互に上がっていく
順番はだいたい決まっている。まず、身内びいきや言い値を防ぐために相見積もりが統制として入る。次に、それを逃れたい側が、統制が要求する形——複数の見積り——を、そのまま満たす方法を見つける。偽の高値がそれである。次に、偽が見抜かれると、統制の側が予定価格を秘密にする、再入札の記録を残すといった手を足す。すると逃れる側も、その手に合わせて振る舞いを整える。
逆向きには進みにくい。「三通そろっていたのに競争していなかった」という発見が、「三通取れば安心」という手続きの信頼に追いつくのは遅い。 そして統制が一段増えるたびに、外形はより整い、監査はより通りやすくなる。整った外形は、競争があった証拠にはならないまま、証拠のような顔をして残る。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、手続きを踏んだことを、結果が出たことと読むことである。相見積もりを取った、という事実は、競争が起きた、という事実とは別である。外形が整うほど、その二つは見分けにくくなる。
標本の偏りを断っておく。ここまでの証拠は、アメリカの州の公共工事と、日本の国の建設発注という、記録がよく残る公共調達から採られている。談合が立件され、データとして残った案件に大きく寄っており、記録に残らなかった民間の小さな取引は、そもそも標本に入っていない。だから「37%」という数字を、自分の身のまわりの発注にそのまま当てないこと。数字が示すのは、割合そのものではなく、競争入札の外形が競争の中身を保証しない、という向きのほうである。
助けるのは、金額の高い・安いではなく、金額が費用の理由で説明できるかを見るという一手である。説明のつかない差が、いくつあるか。それを数えるだけで、見積書の読み方は変わる。
最初の一歩は10分。手元にある見積書を一組取り出し、各社の金額の差が、作業量や資材といった費用の理由で説明できるかを、項目ごとに確かめてみる。
次の単位は 318「調達で社会的責任を果たすには?」——不正を防ぐ統制の上に、責任という別の「担保」を、監査でどこまで積めるのかを扱う。
- 1993年に Journal of Political Economy 101(3):518-538 へ出た研究(Porter & Zona)は、州の高速道路工事の入札で、談合が輪番ではなく、一社が本命の入札を、残りが本命を安く見せるための「偽の高い入札」を出す形で回っていたと報告した
- 同じ1993年の研究は、競争している会社の入札額と順位は工事の費用の指標と結びついていたのに対し、談合の輪の「高いほうの入札」は順位が費用の指標と無関係で、輪の最安の入札とも違う散らばり方をしていたと示した。見分ける手がかりは金額の高さではなく、金額が費用で説明できるかにある
- 2022年に Journal of Political Economy 130(5):1364-1411 へ出た研究(Kawai & Nakabayashi)は、日本の国が発注した建設工事のほとんどを覆う約42,000件の入札(落札額の合計およそ400億ドル)を、最初の入札が全社そろって秘密の予定価格に届かず再入札になった場面に着目して分析した
- 同じ2022年の研究は、競争的な挙動と一致しない業者を1,000社以上特定し、その業者たちが約15,000件、標本の案件数のおよそ37%を落札していたと推定した。これは日本の公共建設という文脈の数字で、民間の相見積もりにそのまま広げてよい値ではない
- 相見積もりという統制は「複数の見積り」を要求するが、談合はその複数の見積りをそのまま供給できる。要求される外形(三通の見積書)を、不正がそのまま満たしてしまう
- 1996年の書籍『腐敗防止統制が政府を機能不全にする』(Anechiarico & Jacobs、University of Chicago Press・査読誌ではない)は、腐敗防止の統制を積み増すとかえって手続きが重くなり本来の仕事が滞る「統制の逆機能」を主題にした。相見積もりも同じ構図に乗る
- 談合検知を総説した2008年の書籍章(Harrington)、入札データで競争と談合を判別した2003年の Review of Economics and Statistics 85(4):971-989(Bajari & Ye)、2012年の OECD の入札談合対策の指針は、いずれも談合が競争入札制度の内側で書類をそろえながら起きるという前提に立つ
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 相見積もり(複数社から見積りを取ること)を取れば、価格が競争で下がり、不正も防げる | 1993年の Journal of Political Economy 101(3):518-538 の研究(Porter & Zona)は、州の高速道路工事の入札で、談合が輪番ではなく、一社が本命の入札を、残りが本命を安く見せるための「偽の高い入札」を出す形で回っていたと報告した。相見積もりが要求する「複数の見積り」は、談合がそのまま供給できる。手続きの外形が整うことは、競争が起きたことを意味しない |
| 競争入札の形をとっているのだから、その調達は清潔だといえる | 2022年の Journal of Political Economy 130(5):1364-1411 の研究(Kawai & Nakabayashi)は、日本の国が発注した建設工事のほとんどを覆う約42,000件(落札額の合計およそ400億ドル)を分析し、競争的な挙動と一致しない業者を1,000社以上特定した。その業者は約15,000件、標本のおよそ37%を落札していた。競争入札の形は、競争が起きた保証にはならない。これは公共建設という文脈の数字である |
| 統制(内部チェックや承認手続き)を増やせば増やすほど、不正は減る | 1996年の書籍『腐敗防止統制が政府を機能不全にする』(Anechiarico & Jacobs、University of Chicago Press・査読誌ではない)は、腐敗防止の統制を積み増すとかえって手続きが重くなり本来の仕事が滞る「統制の逆機能」を主題にした。統制は、それを逃れる側に「通る形」を教えてしまう。要求されるのが三通の見積書なら、談合が最も安く供給できるのも、まさに三通の見積書である |
相見積もりを取れ——助言としては、正しい。皮肉なのは、その助言がいちばん忠実に守られる場所に、いちばん整った談合があることのほうだ。三社から見積りを取れと言われれば、輪の三社が、それぞれ役どころを分けて応じてくれる。本命が一通、当て馬が二通。書類は完璧にそろい、監査は静かに通る。競争の証拠として残るのは、競争しないと決めた三社が、競争しているように見せるために出した紙束である。
Q1. 1993年の Journal of Political Economy の研究(Porter & Zona)によれば、州の高速道路工事の入札で、談合は【 ① 】(持ち回り)ではなく、一社が【 ② 】の入札を、残りが本命を安く見せるための【 ③ 】を出す形で回っていた。穴埋め
Q2. 同じ1993年の研究で、偽の高い入札を本命の入札と見分ける手がかりは、金額の高さではなく何だと述べられているか。一問一答
Q3. 2022年の Journal of Political Economy の研究(Kawai & Nakabayashi)が、日本の国発注の建設約42,000件について報告した内容として正しいものはどれか。選択
Q4. 1996年の書籍『腐敗防止統制が政府を機能不全にする』(Anechiarico & Jacobs)が示す「統制の逆機能」を、本文は相見積もりにどう当てはめているか。選択
Q5. 本文『時間・変化:統制と、それを逃れる形が、交互に上がっていく』で示された順番を並べよ。(ア)偽が見抜かれ、統制が予定価格を秘密にする・再入札の記録を残すなどの手を足す(イ)身内びいきや言い値を防ぐために相見積もりが統制として入る(ウ)逃れる側が、その手に合わせて振る舞いを整える(エ)逃れたい側が、要求される複数の見積りをそのまま満たす偽の高値を見つける並べ替え
自分がこれまでに受け取った、あるいは自分で集めた見積書を、複数社分ひと組取り出す(過去のものでよい。無ければ、同じ品目について自分が調べた複数の価格の記録でよい)。紙かメモに、各社の合計金額と、内訳の項目をいくつか書き写す。次に、社ごとの金額の差を一つずつ見て、その差が作業量・数量・資材・距離といった費用の理由で説明できるかを、項目ごとに『説明できる/説明できない』で印を付ける。最後に、説明できない差がいくつあったかを数字で書く。取引先に問い合わせたり、相手を疑って確かめたりはしない——あくまで自分の手元にある紙の上だけで完結させる。誰かを告発する課題ではなく、金額が費用で説明できるかという読み方を一度なぞる課題である。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Porter R.H., Zona J.D. (1993) 'Detection of Bid Rigging in Procurement Auctions', Journal of Political Economy 101(3):518-538 — doi.org
- Kawai K., Nakabayashi J. (2022) 'Detecting Large-Scale Collusion in Procurement Auctions', Journal of Political Economy 130(5):1364-1411 — doi.org
- Bajari P., Ye L. (2003) 'Deciding Between Competition and Collusion', Review of Economics and Statistics 85(4):971-989 — doi.org
- Harrington J.E. Jr. (2008) 'Detecting Cartels', in Buccirossi P. (ed.) Handbook of Antitrust Economics, MIT Press(書籍章・査読誌ではない) — www.competitionpolicyinternational.com
- Anechiarico F., Jacobs J.B. (1996) The Pursuit of Absolute Integrity: How Corruption Control Makes Government Ineffective, University of Chicago Press(書籍・査読誌ではない) — press.uchicago.edu
- OECD (2012) Recommendation of the Council on Fighting Bid Rigging in Public Procurement(OECD/LEGAL/0396・政策文書、査読誌ではない) — legalinstruments.oecd.org