地図は増えたが、効いたという証明は薄いままである
S&OPで需給は合う、と言われる。成熟度モデルが、あなたはレベル2、目指せレベル4、と診断する。ところが、その段を上ると業績が上がるという因果を、査読で確かめた研究は薄い。実証はまず実務者が作り、学術は後から追いかけている。
前の単位では、まだ起きていない供給のリスクに、どう備えるのかを扱った。ここでは、日々の需要と供給を、どう突き合わせて合わせ込むのかを扱う。
この単位が扱うのは一点——「S&OPで需給は合う」という言い方が、どこまで確かめられているかである。 特定の会議のやり方は扱わない。どのソフトを使うべきかも書かない。
S&OPとは、販売と生産を月ごとにすり合わせる会議である
まず言葉をほどく。S&OP(Sales & Operations Planning、販売と生産の計画のすり合わせ)とは、売る側の見通しと、作る・仕入れる側の都合を、ふつう月に1回、突き合わせる会議のことである。売れる見込みと、作れる・仕入れられる量がずれていないかを、定期的に確かめる。
この会議には、成熟度モデルという物差しがしばしば添えられる。あなたの会社は「レベル2」、目指すべきは「レベル4」、というふうに、段階で診断する道具である。段ごとに、そろえるべき手順や、共有すべき情報や、関わる人の範囲が決められていて、上の段ほど整っているとされる。そして、段を上るほど業績が上がる、という含意で語られる。ここで確かめたいのは、その含意が、査読された研究でどれだけ裏づけられているかである。会議をすること自体を否定する話ではない。確かめたいのは、「段を上れば合う」という約束の、裏づけの厚みだけである。
集めても、「業績への効果」を測った研究は少ない
2012年に *International Journal of Production Economics* 138(1):1-13 へ出た研究は、この主題の文献を体系的に集めて総括した。271本を分類したうえで、要旨が総括したのはこうである——S&OPの業績への効果を推定した研究は、相対的に少ない。 そして、成熟度モデル・測定・業績という概念のあいだに、統一された枠組みが無い。
271本も集まっているのに、「やれば業績が上がる」を推定した研究は、その一部にとどまる。 残りの多くは、やり方の説明や、事例の紹介や、枠組みの提案である。それらは有用でも、効果を測ったものではない。しかも、何を成熟度と呼び、何を業績と呼ぶかが研究ごとに揃っていない。「レベルいくつ」という物差しそのものが、まだ定まっていないのである。物差しが揃っていなければ、「レベルが上がると業績が上がる」という言い方も、研究をまたいで足し合わせることができない。前の単位の評価表と同じで、数えるための枠が定まる前に、数字だけが流通している。(この研究の英語の逐語は取得できていないので、数値や原文は引かず、体系レビューが総括した趣旨までを用いる。)
実証は、まず実務者が作り、学術は後から追いかけた
なぜ、そうなったのか。2021年に *Review of Managerial Science* 16:319-354 へ出た研究が、そこを直接に調べている。学術と実務の両方から292本を体系的にレビューし、要旨はこう書いている——実証の証拠は、まず実務者によって得られ、その後に学術が、近年になって関心を高めながら受け取った。 さらに——理論の基盤は、外部の一般理論の利用が増える傾向にあり、S&OPの内側からの理論づくりは、ようやくその最初の兆しが見えたところである。
順序が逆なのである。ふつう思い浮かべるのは、研究で効果が確かめられ、それが実務へ降りてくる、という流れだろう。S&OPでは、実務が先に道具と数字を作り、学術はそれを後から追いかけている。 成熟度モデルは、その実務側の産物である。順序が逆であること自体は、悪いことではない。現場が先に工夫を積み、あとから研究が確かめるのは、よくある道筋である。問題は、まだ確かめが済んでいない段階の道具が、「確かめられたもの」の顔をして売られることである。成熟度の段は、実務の見取り図としては役に立つ。だが、それを「エビデンスに基づく」と紹介するのは、順序を飛ばしている。
成熟度モデルは、効果の証明ではない
出所を見ると、それがはっきりする。よく引かれる成熟度の枠組みは、2007年に *International Journal of Logistics Management* 18(3):322-346 へ出た研究が示したものだが、この研究は、自ら「探索的(exploratory)」だと題している。 会社への聞き取りから枠組みを組み立てた、最初の見取り図である。2005年に *Journal of Business Forecasting* 24(3) へ出た診断モデルにいたっては、査読誌ではなく実務誌に載ったものである。
探索的な見取り図や、実務誌の診断モデルは、「段を上ると業績が上がる」ことの証明ではない。 それらは、現場の知恵をまとめた地図であって、因果を確かめた実験ではない。2018年に *International Journal of Physical Distribution & Logistics Management* 48(1):19-46 へ出た研究は、S&OPの設計が文脈に依存することを指摘し、2014年に *International Journal of Production Economics* 154:243-262 へ出た研究は、S&OPを組織のなかの調整の仕組みとして整理している。汎用の処方箋として「これをやれば合う」と言える段階には、まだ無い。
合意された数字は、数えなかった費用を隠す
そして、この棚の最初の単位から通っている話が、ここでも効く。S&OPは数式ではなく会議体だが、合意される計画も、目的に入れた費用だけを合わせている。 会議の卓に載るのは、売上や在庫のような、数えやすい数字である。
卓に載りにくいものもある。切らしたときに客が離れる費用、急な切り替えにかかる費用、無理を通した相手との関係が傷む費用——これらは、金額に直しにくく、たいてい会議の数字に入っていない。数えやすい費用だけを卓に載せて突き合わせれば、計画はきれいに合う。だが、その一致は、数えたものの範囲での一致にすぎない。合意された需給計画がきれいに「合った」ように見えるのは、数えなかった費用を、最初から勘定に入れていないからかもしれない。 見た目の一致は、費用の取りこぼしと区別がつかない。しかも、数えなかった費用は消えるわけではない。会議のあと、切らした現場や、無理を通された相手のところで、遅れて現れる。合意の卓の上では合っていても、卓の外では帳尻が残っている。
時間・変化:2005年から2021年まで
順に並べる。2005年、実務誌に、成熟度の診断モデルが載る。2007年、聞き取りから組み立てた成熟度の枠組みが、自ら探索的と題して出る。2012年、271本を集めた体系レビューが、業績への効果を推定した研究は少なく、統一された枠組みが無いと総括する。2014年、S&OPを調整の仕組みとして整理する研究が出る。2018年、設計が文脈に依存することが指摘される。2021年、実証がまず実務者によって作られ、学術は近年ようやく追いかけていることが示される。
16年で確からしくなったのは、「合う」という結果ではなく、「まだ確かめられていない」という手前の事実のほうである。 会議のやり方の地図は増えたのに、やれば業績が上がるという因果は、いまも薄い。増えたのは、成熟度の段の数と、診断の細かさと、レベルを上げるための手順である。減っていないのは、その手順を踏むと業績が上がる、という主張と、それを確かめた研究とのあいだの隔たりである。この棚で何度も出てきた形が、最後の橙の単位でも同じように出る——道具の側は先へ進み、確かめられたことの側は、そのうしろに残っている。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、成熟度の段が上がったことを、需給が合ったことと取り違えることである。段を上る手順は、実務の知恵としては価値がある。だが、段の高さは、効果の証明ではない。物差しそのものが、まだ揃っていない。
標本の偏りを断っておく。成功したS&OPの話は、うまくいった実務者が書きやすい。 うまくいかなかった導入、途中でやめた会議は、事例集にも論文にも残りにくい。実証がまず実務者側から来たということは、残っているのが、続けられた側の記録に寄っているということでもある。誰が数えたか——それは、続けられた会社の側である。
助けるのは、合意した計画の裏で「数えられていない費用」を書き出してみるという一手である。合わせるのをやめる必要はない。会議をなくす話でもない。何を数えて合わせ、何を数えずに合わせたのかを、分けて見るだけでよい。数えていない費用の欄が長いほど、その計画の「合った」は、割り引いて読む。逆に、数えていない費用まで卓に載せたうえで、それでも合うなら、その一致は少しだけ確かである。大事なのは、一致の見た目ではなく、一致が何を含み、何を含まなかったかである。
最初の一歩は10分。直近の、需給に関する会議のメモか計画表を1つ選び、そこで数えられている費用と、切らす・切り替える・無理を通すといった数えられていない費用を、それぞれ書き出して数える。
次の単位は 317「調達の不正を防ぐには?」——需給を合わせる話の上に、その調達が正しく行われているかを、どう確かめるのかを重ねる話。
- 2012年に International Journal of Production Economics 138(1):1-13 へ出た研究(Thomé ら)は、この主題の文献271本を体系的にレビューし、S&OPの業績への効果を推定した研究は相対的に少なく、成熟度モデル・測定・業績という概念のあいだに統一された枠組みが無いと総括した(英語の逐語は取得できていないため、数値や原文は引かず趣旨までを用いる)
- 2021年に Review of Managerial Science 16:319-354 へ出た研究(Kreuter ら)は、学術と実務の両方から292本をレビューし、実証の証拠はまず実務者によって得られその後に学術が近年関心を高めながら受け取ったこと、S&OPの内側からの理論づくりはようやく最初の兆しが見えたところであることを報告した
- よく引かれる成熟度の枠組みは、2007年に International Journal of Logistics Management 18(3):322-346 へ出た研究(Grimson & Pyke)が自ら『探索的』と題して会社への聞き取りから組み立てたものである。探索的な見取り図は、段を上ると業績が上がることの証明ではない
- 成熟度の診断モデルの一つは、2005年に Journal of Business Forecasting 24(3) へ出たもので、査読誌ではなく実務誌に載った(Lapide)。実務側の道具であり、効果の実証ではない
- 2018年に International Journal of Physical Distribution & Logistics Management 48(1):19-46 へ出た研究(Kristensen & Jonsson)はS&OPの設計が文脈に依存することを、2014年に International Journal of Production Economics 154:243-262 へ出た研究(Tuomikangas & Kaipia)はS&OPを組織のなかの調整の仕組みとして整理した。汎用の処方箋として『これをやれば合う』と言える段階には無い
- S&OPは数式ではなく会議体だが、合意される計画も目的に入れた費用だけを合わせている。切らしたときに客が離れる費用・急な切り替えの費用・関係が傷む費用は金額に直しにくく、会議の数字に入りにくい。見た目の一致は、費用の取りこぼしと区別がつかない
- 実証がまず実務者側から来たということは、残っている記録が続けられた側に寄っているということでもある。うまくいかなかった導入・途中でやめた会議は事例集にも論文にも残りにくい。誰が数えたかは、続けられた会社の側である
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| S&OPを毎月やって成熟度の段を上げれば、需給は合う | 2012年の International Journal of Production Economics 138(1) の体系レビューは、271本を集めても業績への効果を推定した研究は相対的に少なく、成熟度・測定・業績に統一された枠組みが無いと総括した。段の高さは効果の証明ではなく、物差しそのものがまだ揃っていない |
| 成熟度モデルは、研究で効果が確かめられて実務へ降りてきた道具だ | 2021年の Review of Managerial Science の研究は、実証がまず実務者によって得られ、学術は近年ようやく追いかけたと報告した。よく引かれる枠組みは2007年の探索的研究、診断モデルは2005年の実務誌が出所である。順序は、実務が先で学術が後である |
| S&OPで需給計画がきれいに合えば、うまく合わせ込めた証拠だ | 合意される計画も、目的に入れた費用だけを合わせている。切らす費用・切り替える費用・関係が傷む費用は金額に直しにくく、会議の数字に入りにくい。見た目の一致は、数えなかった費用を最初から勘定に入れていないことと区別がつかない |
皮肉なのは、需給を「合わせる」道具でありながら、いちばん合っていないのが、道具についての言葉と、確かめられたことのほうだ、という点である。成熟度の段は年々整い、レベルの数は増え、診断の物差しは細かくなった。ところが、その段を上ると業績が上がるという肝心の因果は、271本を集めても薄いままである。会議は毎月きれいに数字を合わせる。合わせられているのは、たぶん、数えることにした数字だけである。数えなかった費用は、合意のいちばん外側で、静かに帳尻を待っている。
Q1. 「需給を合わせ込むには?」について、2012年の International Journal of Production Economics 138(1) の体系レビューは、271本を集めたうえで、S&OPの業績への効果と、成熟度・測定・業績の枠組みについて、それぞれ何と総括したか。1文で書け。一問一答
Q2. 2021年の Review of Managerial Science の研究(292本をレビュー)によれば、S&OPの実証の証拠は、まず【 ① 】によって得られ、その後に【 ② 】が近年になって受け取った。内側からの理論づくりは、ようやく最初の【 ③ 】が見えたところである。穴埋め
Q3. よく引かれるS&OPの成熟度モデルの出所について、本文の説明として正しいものはどれか。選択
Q4. この単位で扱った四つの出来事を年の早い順に並べたとき、正しいものはどれか。(ア)271本を集めた体系レビューが、効果の推定は少なく統一枠組みが無いと総括する(イ)実務誌に成熟度の診断モデルが載る(ウ)実証がまず実務者に得られ学術は近年追いかけたと示される(エ)聞き取りから組み立てた成熟度の枠組みが、自ら探索的と題して出る選択
Q5. 本文は、S&OPの需給計画が「きれいに合った」ように見えるとき、その一致が何と区別がつかないと述べているか。1文で書け。一問一答
紙かメモアプリに今日の日付を書く。直近の、需要と供給に関する会議のメモ、または需給の計画表を1つ選ぶ(自分が作ったものでも、受け取ったものでもよい)。まず、そこで実際に数字として『数えられている費用』(売上の見込み、在庫、仕入れ額など)を書き出して数える。次に、その計画で触れられていない、または金額になっていない『数えられていない費用』(切らして客が離れる、急な切り替えにかかる、無理を通した相手との関係が傷む、など)を、思いつくかぎり書き出して数える。金額は付けなくてよい。会議のやり方の良し悪しは判定しない。会議のメモが無い場合は、自分が最近立てた仕入れや発注の段取りを1つ思い出し、同じ二つの欄に書き分ければ成立する。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Thomé A.M.T., Scavarda L.F., Fernandez N.S., Scavarda A.J. (2012) 'Sales and operations planning: A research synthesis', International Journal of Production Economics 138(1):1-13, doi:10.1016/j.ijpe.2011.11.027 — doi.org
- Kreuter T., Scavarda L.F., Thomé A.M.T., Hellingrath B., Seeling M.X. (2021) 'Empirical and theoretical perspectives in sales and operations planning', Review of Managerial Science 16:319-354, doi:10.1007/s11846-021-00455-y — doi.org
- Grimson J.A., Pyke D.F. (2007) 'Sales and operations planning: an exploratory study and framework', International Journal of Logistics Management 18(3):322-346, doi:10.1108/09574090710835093 — doi.org
- Lapide L. (2005) 'Sales and Operations Planning Part III: A Diagnostic Model', Journal of Business Forecasting 24(3)(実務誌・査読誌ではない) — www.semanticscholar.org
- Kristensen J., Jonsson P. (2018) 'Context-based sales and operations planning (S&OP) research: A literature review and future agenda', International Journal of Physical Distribution & Logistics Management 48(1):19-46, doi:10.1108/IJPDLM-11-2017-0352 — doi.org
- Tuomikangas N., Kaipia R. (2014) 'A coordination framework for sales and operations planning (S&OP): Synthesis from the literature', International Journal of Production Economics 154:243-262, doi:10.1016/j.ijpe.2014.04.026 — doi.org