「止まらなかった」の教訓は、止まらなかった会社からしか集まらない
BCPを作り、在庫を積み、仕入先を複線化すれば、止まらない網ができる——強靭化の手引きはそう説く。ところが、その“効いた”を確かめようとすると、備えた相手の確率が測れず、起きなかった損失も測れず、証拠の置き場所がどこにもない。
前の単位では、契約を固めても書き切れない余白が残ることを見た。ここでは、その余白の極みにあるもの——いつ来るか分からない途絶に、供給網をどう備えるのかを扱う。これが、この棚の最後の単位である。
この単位が扱うのは一点——「BCP(事業継続計画)と在庫の積み増しで、止まらない網が作れる」という言い方が、“効いたかどうか”を測れない前提の上に立っていることである。災害や地政学の先読みはしない。特定のBCPのサービスや保険や物流会社を名指しで推奨も批判もしない。ここで問うのは一つ——強靭化が「効いた」と、どうやって確かめるのかである。
備える相手は、そもそも確率が測れない
強靭化が備える相手は、めったに起きないが、起きると大きい途絶である。2015年に *Interfaces* 45(5):375-390 へ出た研究(Simchi-Levi ら、自動車の供給網が題材)は、その性質を正面から書いている——企業は、低い確率で高い影響をもたらす多様なリスクにさらされている。こうしたリスクは予測も定量化も難しく、したがって管理も難しい(“low-probability, high-impact risks … These risks are difficult to predict and quantify; therefore, they are difficult to manage.”)。
だからこの研究は、確率を測ることをあきらめる設計に切り替えた——特定の途絶リスクの確率を見積もる必要を、その途絶が自社の操業にどんな影響を与えるかを知ったあとまで、先送りする(“defers the need for a company to estimate the probability … until after it has learned the effect such a disruption will have on its operations.”)。確率が測れないことを前提に組まれた手法である、という点が肝心だ。確率が測れないなら、「積んだから安全になった」という言い方の“どれだけ”も、測れない。
在庫積み増しは、普遍の正解ではない
「止まらないなら在庫を積め」も、条件つきである。2006年に *Management Science* 52(5):639-657 へ出た研究(Tomlin)は、最適な戦略は、仕入先の稼働率と、途絶の性質——頻繁だが短いのか、稀だが長いのか——で決まると示した(“a supplier's percentage uptime and the nature of the disruptions (frequent but short versus rare but long) are key determinants of the optimal strategy.”)。
具体的にはこうである——同じ稼働率でも、途絶が稀で長くなるほど、在庫で備えるより、仕入先を複線化して備えるほうが有利になっていく(“sourcing mitigation is increasingly favored over inventory mitigation as disruptions become less frequent but longer.”)。そして選ばれる戦略は、在庫を持つ/信頼できる一社に絞る/受け身で受け入れる、のどれか一つだとされる。受け身で受け入れる——つまり何もしないのが最適な領域さえある。 「積めば止まらない」は、途絶の性質を一つに決めつけたときにだけ成り立つ。
「効いたか」を測る物差しが、まだ揃っていない
では、強靭化の効果は測れているのか。2012年に *Production and Operations Management* 21(1):1-13 へ出た研究(Sodhi・Son・Tang)は、供給網のリスク管理をまだ萌芽的な領域だと位置づけ、三つの隔たりを指摘する——研究者がこの領域をどう定義するかの隔たり、リスク事象への対応の扱いが薄いという隔たり、そして実証の手法が足りないという方法の隔たり(“three ‘gaps’: a definition gap … a process gap … and a methodology gap …”)である。
同じ向きは、定量モデルを体系的に見渡した2015年の *European Journal of Operational Research* 247(1):1-15(Fahimnia ら)でも確かめられる。モデルは数多くあるが、「これで途絶に強くなった」を確立した尺度で測るという部分が薄い。2018年の *Production and Operations Management* 27(8):1476-1491(Simchi-Levi・Wang・Wei)は、在庫だけでなく、工程の柔軟性も強靭さを生むことを示していて、在庫積み増し一辺倒を相対化する。打ち手は増えたが、効いたかを測る物差しは、まだ揃っていない。
認証があることは、効果の証明ではない
標準の性格も、ここで一つ分けておきたい。事業継続の規格 ISO 22301 は、前の単位で触れた持続可能な調達の手引きとは違って、要求事項を持ち、第三者の認証がありうる規格である。ただし——認証があることは、要求事項を満たした証明であって、途絶に強かったことの証明ではない。 認証はBCPが「ある」ことを確かめられるが、それが「効く」かどうかは、実際の途絶が来るまで誰にも分からない。SCORのような供給網の標準体系も同じで、標準は“こうするとよい”という処方であって、“こうしたら止まらなかった”という効果の実証ではない。
止まらなかった話は、止まらなかった会社が書いている
ここで、この棚がずっと通ってきた場所に戻る。強靭化のベストプラクティスは、たいてい「あの会社は途絶を切り抜けた。こうしていたからだ」という形で書かれている。切り抜けられなかった会社の打ち手は、そこには入っていない。止まらなかった供給網の話は、止まらなかった会社が書いている。
問題は、その会社の熱意でも工夫でもない。問題は、どの途絶が「標本」になるか、である。 記録に残るのは、報道された途絶と、上場企業が開示した途絶が中心だ。小さな仕入先が静かに一つ消えたことは、たいてい数えられない。だから、生き延びた側の打ち手をいくら並べても、それが原因だったのか、それとも生き延びた会社にたまたま共通していただけなのかは、分けられない。 ——このことは、特定の実証研究の主張としてではなく、この棚全体の見方として言っておく。ちなみに「テスト済みのBCPがあれば早く復旧する」「災害後に何割かの事業者は再開しない」といった数字がよく流れるが、多くは出どころを辿れない実務の言い伝えなので、ここでは引かない。
時間・変化:「止まらなかった」が「止まらない作り方」になる順番
順番はだいたい決まっている。まず、ある会社が途絶を切り抜ける。次に、その会社の打ち手が記録される。次に、切り抜けられなかった会社は記録に残らない。次に、記録された打ち手が「ベストプラクティス」になる。最後に、「これをやれば止まらない」という作り方として流通する。
逆向きには進みにくい。起きなかった損失は測れないので、“効かなかった”側の記録は、最初から作られない。 反実仮想——もし積み増していなかったら、いくら失っていたか——は、観測できない。だから強靭化は、成功例だけがどんどん厚くなり、「効いたかどうか」だけが、いつまでも空欄のまま残る。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、備えたことを、強くなったことと読むことである。BCPを作った、在庫を積んだ、という事実は、途絶に強くなった、という事実とは別である。そして途絶が来ないかぎり、その二つは見分けられない。
標本の偏りを断っておく。ここまでの証拠は、自動車や製造業の供給網と、リスク管理の理論から採られている。途絶を語れるだけの規模と記録を持つ組織に寄っており、記録も残さず消えた小さな取引先は、標本に入っていない。成功した組織のデータだけが残る、という逆向きを、この単位は最後まで排除できない。
助けるのは、「こうすれば止まらない」と書かれた文書を、効いた証拠がついているかで読み直すという一手である。起きなかった損失の比較がついているか、それとも生き延びた事例の紹介だけか。証拠の重さは、そこで変わる。
最初の一歩は10分。手元にある強靭化やBCPの文書、あるいは「こうすれば途絶に強い」という記事を一つ取り出し、挙がっている施策の一つひとつに、効いたことの証拠がついているか、生き残った事例の紹介だけかを、見分けてみる。
この棚は、需要を読み、在庫を持ち、仕入先と組み、網を見えるようにして、統制を効かせ、強さを積む——という順で積み上げてきた。最後にこの単位が見せたのは、いちばん上の段でさえ、いちばん下の段と同じ一点に戻る、ということである。★305で置いた通奏低音は、こうだった——供給の「最適」は、何を費用と数え、何を数えないかの決めの産物である。 強靭化の「効いた」も、結局は同じ形をしている。数えているのは、そろえた在庫の量と、書いたBCPの厚みである。数えていないのは、起きなかった途絶の損失——つまり、この手法がいちばん備えたかったもの、そのものだ。供給は相手のある営みで、切らさず回すとは、数えられるものと数えられないものの境目で、毎日、判断を続けることである。止まらない網を作る方法は、この棚のどこにも書いていない。書いてあったのは、何を数え、何を数えていないかを、自分で見にいく、その一点だけである。
- 2015年に Interfaces 45(5):375-390 へ出た研究(Simchi-Levi ら、自動車の供給網)は、強靭化が備える低頻度・高影響の途絶は『difficult to predict and quantify(予測も定量化も難しい)』とし、特定の途絶リスクの確率を見積もる必要を、その影響を知ったあとまで先送りする設計に切り替えた
- 確率が測れないことを前提に組まれた手法である以上、『積んだから安全になった』という言い方の“どれだけ”も測れない。起きなかった途絶の損失という反実仮想は観測できない
- 2006年に Management Science 52(5):639-657 へ出た研究(Tomlin)は、最適な戦略が仕入先の稼働率と途絶の性質(頻繁だが短い/稀だが長い)で決まり、稀で長い途絶ほど在庫より複線化が有利になると示した。選ばれる戦略には『在庫を持つ/信頼できる一社に絞る/受け身で受け入れる』があり、何もしないのが最適な領域さえある
- 2012年に Production and Operations Management 21(1):1-13 へ出た研究(Sodhi・Son・Tang)は、供給網のリスク管理を萌芽的な領域とし、定義・対応・実証手法の三つの隔たり(definition gap/process gap/methodology gap)を指摘した
- 2015年の European Journal of Operational Research 247(1):1-15(Fahimnia ら)はモデルは多いが効果を確立した尺度で測る部分が薄いと確かめ、2018年の POM 27(8):1476-1491(Simchi-Levi・Wang・Wei)は在庫だけでなく工程の柔軟性も強靭さを生むと示して在庫一辺倒を相対化する
- ISO 22301 は要求事項を持ち第三者認証がありうる規格だが、認証は要求事項を満たした証明であって途絶に強かったことの証明ではない。SCORのような標準も処方であって効果の実証ではない
- 強靭化のベストプラクティスは途絶を切り抜けた会社の記録から書かれ、記録に残るのは報道された途絶と上場企業の開示が中心である。生き延びた側の打ち手が原因か、たまたま共通していただけかは分けられない——これは特定の実証の主張ではなく棚全体の見方であり、出どころを辿れない実務の言い伝えの数字は引かない
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| BCPを作り、在庫を積み増し、複線化すれば、途絶しても止まらない網が作れる | 2015年の Interfaces 45(5):375-390 の研究(Simchi-Levi ら)は、強靭化が備える低頻度・高影響の途絶は『difficult to predict and quantify』であり、だからこそ確率の見積もりを影響を知ったあとまで先送りする設計に切り替えた。確率が測れないなら、『積んだから安全になった』の“どれだけ”も測れない。起きなかった損失という反実仮想は観測できない |
| 止まらないためには、とにかく在庫を積み増せばよい | 2006年の Management Science 52(5):639-657 の研究(Tomlin)は、最適な戦略が仕入先の稼働率と途絶の性質(頻繁だが短い/稀だが長い)で変わると示した。稀で長い途絶ほど在庫より複線化が有利になり、選ばれる戦略には『受け身で受け入れる(何もしない)』さえ含まれる。『積めば止まらない』は途絶の性質を一つに決めつけたときだけ成り立つ |
| 生き残った企業の強靭化のやり方を真似れば、自分の網も止まらなくなる | 強靭化のベストプラクティスは、途絶を切り抜けた会社の記録から書かれる。記録に残るのは報道された途絶と上場企業が開示した途絶が中心で、静かに消えた小さな仕入先は数えられない。生き延びた側の打ち手が原因だったのか、生き延びた会社にたまたま共通していただけかは分けられない。これは特定の研究の主張ではなく、この棚全体の見方である |
| ISO 22301の認証を取れば、途絶に強いことが証明される | ISO 22301 は要求事項を持ち第三者認証がありうる規格だが、認証は要求事項を満たした証明であって、途絶に強かったことの証明ではない。BCPが『ある』ことは確かめられても、『効く』かは実際の途絶が来るまで分からない。SCORのような標準も、“こうするとよい”という処方であって効果の実証ではない |
BCPを作れ、在庫を積め、複線化せよ——手引きとしては、どれも正しい。皮肉なのは、その正しさを確かめる途絶が来ないことを、いちばん願っているのに、来なければ効いたかどうかも永遠に分からない、という一点である。止まらなかった会社は、自分の打ち手を教訓として書く。止まった会社は、書く前に消えていることがある。だから強靭化の本棚は、生き延びた声だけで埋まっていく。あなたの積んだ在庫が効いたかどうかは、たぶん一生わからない。わかるとしたら、それは効かなかった日——つまり、この本棚がいちばん書きたがらない日のほうである。
Q1. 2015年の Interfaces の研究(Simchi-Levi ら)が、強靭化が備える途絶について述べ、どんな設計に切り替えたか。正しいものはどれか。選択
Q2. 2006年の Tomlin の研究によれば、在庫積み増しが普遍の正解ではないのはなぜか。選ばれうる三つの戦略に触れて説明せよ。一問一答
Q3. 本文『時間・変化:「止まらなかった」が「止まらない作り方」になる順番』を並べよ。(ア)記録された打ち手が「ベストプラクティス」になる(イ)ある会社が途絶を切り抜ける(ウ)「これをやれば止まらない」という作り方として流通する(エ)切り抜けられなかった会社は記録に残らない(オ)その会社の打ち手が記録される並べ替え
Q4. 強靭化のベストプラクティスは途絶を切り抜けた会社の記録から書かれる。記録に残るのは【 ① 】された途絶と、【 ② 】企業が開示した途絶が中心で、静かに消えた小さな仕入先は【 ③ 】。だから生き延びた側の打ち手が原因だったのか、たまたま共通していただけかは【 ④ 】。穴埋め
Q5. この棚を締めるにあたり、本文が★305の通奏低音(供給の最適は、何を費用と数え、何を数えないかの決めの産物)に強靭化を重ねて述べていることはどれか。選択
自分が持っている強靭化やBCP(事業継続計画)に関する文書、あるいは『こうすれば途絶に強い』という記事を一つ取り出す(社内の方針、業界誌の記事、手引きなど、どれでもよい)。紙かメモに、そこで挙げられている施策——在庫を積む、仕入先を複線化する、BCPを作る、など——を一つずつ書き出す。次に、その施策の一つひとつに、(1)効いたことの証拠(起きなかった損失の比較や、対照の置かれた検証)がついているか、(2)生き残った事例の紹介だけか、(3)どちらとも言えないか、を書かれている範囲で見分けて印を付ける。最後に、(2)『事例紹介だけ』がいくつあったかを数える。仕入先や取引先に問い合わせたり、途絶を試したりはしない——自分の手元の文書の上だけで完結させる。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Simchi-Levi D., Schmidt W., Wei Y. ほか (2015) 'Identifying Risks and Mitigating Disruptions in the Automotive Supply Chain', Interfaces 45(5):375-390 — doi.org
- Tomlin B. (2006) 'On the Value of Mitigation and Contingency Strategies for Managing Supply Chain Disruption Risks', Management Science 52(5):639-657 — doi.org
- Sodhi M.S., Son B.-G., Tang C.S. (2012) 'Researchers' Perspectives on Supply Chain Risk Management', Production and Operations Management 21(1):1-13 — doi.org
- Fahimnia B., Tang C.S., Davarzani H., Sarkis J. (2015) 'Quantitative models for managing supply chain risk: A review', European Journal of Operational Research 247(1):1-15 — doi.org
- Simchi-Levi D., Wang H., Wei Y. (2018) 'Increasing Supply Chain Robustness through Process Flexibility and Inventory', Production and Operations Management 27(8):1476-1491 — doi.org
- ISO 22301:2019 'Security and resilience — Business continuity management systems — Requirements', International Organization for Standardization — www.iso.org