見えているのは、名乗り出た一角だけである
サプライチェーンは可視化できる、と言われる。実際に見えているのは、たいてい一次の相手までである。その先を描くのは、学術研究でさえ、一つの部品の網を描くだけで集中的な多事例研究になるほどの仕事だった。
前の単位では、仕入れ先を何社に分けて置くのかを扱った。ここでは、その分けた先が実際にどうつながっているのか——網の全体をどこまで見渡せるのかを扱う。ここからは、一つひとつの仕入れ先の話から積み上がって、網の全体を見渡す話になる。
この単位が扱うのは一点——「サプライチェーンは可視化できる」という言い方が、どこまで本当かである。 どの道具を買うべきかは扱わない。特定の可視化のサービスの良し悪しも書かない。
「見える」と言うとき、たいてい見えているのは一次の相手までである
まず言葉をほどく。サプライチェーン(供給網)とは、原料から自分の手元までモノが渡ってくる、仕入れ先の連なりのことである。自分に直接納めてくれる相手を一次の仕入れ先、その相手に納めている相手を二次、さらにその先を三次……と数える。
「可視化できる」と言うとき、たいてい見えているのは一次の相手までである。名前も、納期も、品質も分かる。ところが、その一次の相手が、どこから仕入れているのかになると、とたんに見えなくなる。理由は素朴なところにある。自分が契約を結んでいるのは一次の相手までで、その先の相手には、開示を求める立場にない。 しかも一段さかのぼるごとに、相手の数は枝分かれして増えていく。一次の一社が、その先の何社かから仕入れ、その何社かがさらに別の何社かから仕入れる。上流へ行くほど、数は増え、こちらの手は届かなくなる。見えにくさは、上流ほど強くなる。 これは道具の性能の問題ではなく、契約の届く範囲と、枝分かれの構造から来ている。
見えている範囲だけを線でつなぐと、地図のように見える。だが、それは網の全体ではなく、開示と協力が得られた近い一角である。地図の余白は、そこに何も無いのではなく、まだ描けていないだけである。可視化の道具は、この余白を自動で埋めてくれるように語られる。実際に埋まるのは、相手が名乗り出て、情報を渡してくれた範囲までである。
一つの部品の網を描くだけで、集中的な研究が要る
網の全体を描くのがどれだけ大仕事かは、実際に描いた研究を見ると分かる。2002年に *Journal of Operations Management* 20(5):469-493 へ出た研究は、中央コンソールという一つの部品の完全な供給網を、ある自動車メーカーの3つの製品ラインについて描き出した。網の構造を、形式化・集中・複雑さという三つの次元でとらえている。形式化とは手続きがどれだけ決まっているか、集中とは一部の相手にどれだけ集まっているか、複雑さとは相手の数と関係の絡み具合である。そして要旨は、費用への配慮が、網の構造を形づくる最も大きな力だと書いている。網の形は自然にそうなったのではなく、何を費用と数えるかの決めの積み重ねでそうなっている。
注意してほしいのは、これが一つの部品の網だということである。一台の車には部品が数万ある。その一つを、3社ぶん描くだけで、集中的な多事例の研究になった。2011年に *Journal of Operations Management* 29(3):194-211 へ出た研究も、自動車の供給網を社会ネットワーク分析という手法で実測している。網を描くこと自体が、研究の対象になるほどの仕事なのである。「道具を入れれば全体が見える」という言い方は、研究が実際に払った労力と釣り合わない。
要になる相手が、見える範囲の外にいることがある
もう一つ、見えないことの中身がある。2015年に *Journal of Supply Chain Management* 51(1):52-66 へ出た研究は、網の位置ゆえに重要になる仕入れ先という新しい類型を示した。多くの相手をつなぐ結節点にいる相手は、こちらとの取引の額が大きいとは限らないのに、そこが止まると網の広い範囲へ影響が及ぶ。重要さは、取引の大きさではなく、網のどこに座っているかから来る。そして——その結節点は、多層の網のどこからでも現れうる。
従来の見方は、戦略的に重要な相手を、上位の層から一社ずつ選んで見る。大口の相手を上から順に、一つずつ評価していく。この見方は、上位の層に相手がいることを前提にしている。だから、深い層にいて、多くの相手をつないでいる要の相手を、そもそも視界に入れていない。可視化の失敗とは、たいてい、この深い所の要の相手を見落とすことである。 見えている相手を細かく評価しても、見えていない相手は評価表に載らない。
なぜ深い層に要の相手ができるのか。一つには、部品や素材の共通化がある。別々の完成品が、たどっていくと深い層で同じ一社に行き着くことがある。上のほうでは何社にも分けて発注しているつもりでも、下のほうで一点に集まっていれば、そこが止まれば全部が止まる。分けて置いたはずの調達が、見えない層で一つに合流していることは、その層を描いてみるまで分からない。前の単位で扱った「分散」が効いているかどうかも、結局は網を見渡せるかどうかにかかっている。見えていない合流点は、地図の上では存在しないのと同じで、備えようがない。
「見えている割合」の数字は、見えていない証拠である
可視化を売る側は、しばしば数字を添える。一次の先まで見えている企業はごく一部にとどまる、という趣旨の調査結果である。この数字は、確かに実態を映している。ただし——それは「可視化できていない」ことの証拠であって、「道具を入れれば見える」ことの証拠ではない。 同じ数字が、売り手の資料の中では「だから買え」に反転する。
これらの調査の多くは、可視化の道具を売る側の自社調査で、査読を経ていない。だからここでは割合の数字を断定して引かない。見えていないという事実を、道具を買う理由へ反転させる——この読み替えが、数字の使われ方の核である。見えるようにすることと、危険が減ることの関係も、単純ではない。2014年に *Decision Sciences* 45(4):753-789 へ出た計算機による研究は、供給網の構造と可視性とリスクの広がり方の関係を調べ、可視性が上がることが、そのままリスクの低下に直結するわけではないことを示している。2013年に *Systems Engineering* 16(2):235-249 へ出た総説も、供給網をネットワークとして分析する研究を体系的にまとめている。見えることと、危険が減ることは、別の話である。 見えたつもりで安心することのほうが、危ないこともある。見えているのは、こちらに情報を渡してくれた相手だけで、渡してくれない相手・気づいていない相手は、そもそも数に入っていない。
時間・変化:2002年から2020年まで
順に並べる。2002年、一つの部品の完全な網を3社ぶん描く研究が出る。網を描くこと自体が、集中的な研究の対象だった。2011年、自動車の網を社会ネットワーク分析で実測する研究が出る。網の構造そのものを測る道具立てが整う。2015年、網の位置ゆえに重要になる結節点の相手という類型が示される。要の相手は、多層の網のどこからでも現れうる。2020年、大きな途絶をきっかけに、実務の側の記事(*Harvard Business Review* オンライン、査読誌ではない)が、多くの現場は自社の網の深い層を把握していなかったと認める。
18年で確からしくなったのは、「見える」という言葉の範囲のほうである。 見えているのは近い一角で、途絶はしばしば、その外で起きる。可視化の道具は増えたが、余白がどこから始まるかは、道具の性能とは別のところで決まっている。付け加わったのは、可視化の技術ではなく、見えていないという自覚のほうだった。網を描く研究は、一貫して「描くのは大仕事だ」と報告し続けている。売り文句のほうは、その大仕事を一枚の画面に収まるものとして語り続けている。この二つの隔たりは、18年で縮まっていない。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、地図があること自体を、見えている証拠と取り違えることである。地図に描かれているのは、開示と協力が得られた範囲だけである。描かれていない余白は、危険が無い場所ではなく、まだ描けていない場所である。きれいな俯瞰図ほど、全部が見えているように錯覚させる。
標本の偏りを断っておく。可視化されるのは、名前を明かしてくれた相手・協力してくれた相手のほうである。 明かさない相手、こちらが存在に気づいてすらいない相手は、最初から地図に入っていない。そして——止まらなかった網の話は、止まらなかった側から語られやすい。 深い層で起きた途絶は、報道や開示に残ったものだけが標本になり、記録に残らなかった途絶は数から抜ける。
助けるのは、見えない所を「白いまま」と正直に描くという一手である。埋めようとしなくてよい。どこから白くなるかが分かることが、地図の精度である。 白い場所を白いと知っている地図は、全部が黒く塗られた地図より正確である。見えていないと知っていれば、そこに手を打つ余地が残る。見えているつもりでいると、その余地ごと消える。
最初の一歩は10分。今日、自分が扱っている品目を1つ選び、それがどこから来たかを、手元の書類だけでたどれるところまで段を数える。相手に問い合わせず、いま手元にある表示だけで数える。たどれなくなった所に「ここで白くなる」と書く。
次の単位は 314「供給の滞りに早く気づくには?」——見渡した網の上に、変化にどれだけ早く気づけるのかを重ねる話。
- 2002年に Journal of Operations Management 20(5):469-493 へ出た研究(Choi & Hong)は、中央コンソールという一つの部品の完全な供給網を、ある自動車メーカーの3つの製品ラインについて描き出した。網を形式化・集中・複雑さの三次元でとらえ、費用への配慮が構造を形づくる最も大きな力だと報告した。一つの部品の網を描くだけで、集中的な多事例研究を要した
- 2015年に Journal of Supply Chain Management 51(1):52-66 へ出た研究(Yan ら)は、網の位置ゆえに重要になる結節点の仕入れ先という新しい類型を示した。それは取引額の大きさではなく網での位置から重要になり、多層の供給網のどこからでも現れうる。従来の戦略的仕入れ先は上位の層の相手を一社ずつ見ており、この位置ゆえの重要さを取りこぼす
- 2011年に Journal of Operations Management 29(3):194-211 へ出た研究(Kim ら)は、自動車の供給網を社会ネットワーク分析の手法で実測し、網の構造そのものを調べた。網を描き測ること自体が研究の対象になるほどの仕事である
- 2014年に Decision Sciences 45(4):753-789 へ出た計算機による研究(Basole & Bellamy)は、供給網の構造・可視性・リスクの広がり方の関係を分析し、可視性が上がることがそのままリスクの低下に直結するわけではないことを示した
- 2013年に Systems Engineering 16(2):235-249 へ出た総説(Bellamy & Basole)は、供給網をネットワークとして分析する研究を体系的にまとめた。見えることと危険が減ることは別の話である
- 業界の調査では、一次の仕入れ先より先の層まで見えていると答えた割合はごく一部にとどまると報告されることが多い。これらは道具を売る側の自社調査であり査読を経ていない。この割合の小ささは「可視化できていない」ことの証拠であって、「道具を入れれば見える」ことの証拠ではない
- 2020年に Harvard Business Review(オンライン、査読誌ではない)へ出た記事(Choi ら)は、大きな途絶をきっかけに、多くの現場が自社の網の深い層を把握していなかったと認めた文脈を示す。可視化されるのは開示と協力が得られた近い一角までで、途絶はしばしばその外で起きる
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| サプライチェーンは、道具を入れれば全体を可視化できる | 2002年の Journal of Operations Management 20(5) の研究では、一つの部品の完全な網を3つの製品ラインについて描くだけで、集中的な多事例研究を要した。学術的にすら網の全体を描くのは大仕事で、標準的な地図はたいてい一次の相手で止まる。可視化が届く範囲を、道具の性能の問題と取り違えない |
| 重要な仕入れ先は、上位の層にいる大口の相手である | 2015年の Journal of Supply Chain Management 51(1) の研究は、網の位置ゆえに重要になる結節点の仕入れ先が、多層の供給網のどこからでも現れうると示した。重要さは取引額ではなく網での位置から来る。上位の相手を一社ずつ評価する見方では、深い層にいる要の相手を取りこぼす |
| 「一次の先まで見えている企業は◯割」という調査は、可視化が進んでいる証拠だ | その割合が小さいことは、可視化できていないことの証拠である。これらの数字の多くは、可視化の道具を売る側の自社調査で、査読を経ていない。売り手の資料の中では、見えていない割合が「だから買え」に反転する。見えていない割合を、道具を買う理由へすり替えない |
皮肉なのは、いちばん自信たっぷりに『全体が見える』と語られる場面ほど、見えているのが近い一角だということである。地図をきれいに描けば描くほど、余白は目立たなくなり、余白が無いように見えてくる。学術研究が一部品の網を描くのに集中的な多事例研究を費やしたその同じ網を、道具の売り文句は一枚の画面に収める。収まっているのは、名乗り出てくれた相手だけである。そして網が止まるのは、たいてい、その画面の外側からである。
Q1. 「供給網の全体を見渡すには?」について、2002年の Journal of Operations Management 20(5) の研究は、【 ① 】という一つの部品の完全な供給網を、ある自動車メーカーの【 ② 】つの製品ラインについて描き、網の構造を形式化・集中・複雑さの三次元でとらえたうえで、【 ③ 】への配慮が構造を形づくる最も大きな力だと報告した。穴埋め
Q2. 2015年の Journal of Supply Chain Management 51(1) が示した「結節点の仕入れ先」は、何ゆえに重要になり、網のどこに現れるとされたか。1文で書け。一問一答
Q3. 「一次の先まで見えている企業はごく一部」という業界調査の数字について、本文の扱い方として正しいものはどれか。選択
Q4. この単位で扱った四つの出来事を、発表・公表の年の早い順に並べよ。(ア)網の位置ゆえに重要になる結節点の相手という類型が示される(イ)一つの部品の完全な網を3ラインで描く研究が出る(ウ)実務側の記事が、多くの現場は網の深い層を把握していなかったと認める(エ)自動車の網を社会ネットワーク分析で実測する研究が出る並べ替え
Q5. 本文は、可視化された地図の「余白」を、どんな場所として描いているか。1文で書け。一問一答
紙かメモアプリに今日の日付を書く。自分が扱っている品目を1つ選ぶ。手元にある納品書・パッケージの表示・メール・仕様書だけを見て、その品目が『どこから来たか』を、一次の仕入れ先、そのまた仕入れ先……と、たどれるところまで段を数える。相手に問い合わせない。いま手元にある表示だけで数える。たどれた段数を数字で書き、たどれなくなった所に『ここで白くなる』と1行書き添える。組織に属していない場合や、一人で作っている場合は、使っている材料や道具の出どころを、同じように手元の表示だけでさかのぼれば成立する。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Choi T.Y., Hong Y. (2002) 'Unveiling the structure of supply networks: case studies in Honda, Acura, and DaimlerChrysler', Journal of Operations Management 20(5):469-493, doi:10.1016/S0272-6963(02)00025-6 — doi.org
- Yan T., Choi T.Y., Kim Y., Yang Y. (2015) 'A Theory of the Nexus Supplier: A Critical Supplier From A Network Perspective', Journal of Supply Chain Management 51(1):52-66, doi:10.1111/jscm.12070 — doi.org
- Kim Y., Choi T.Y., Yan T., Dooley K. (2011) 'Structural investigation of supply networks: A social network analysis approach', Journal of Operations Management 29(3):194-211, doi:10.1016/j.jom.2010.11.001 — doi.org
- Basole R.C., Bellamy M.A. (2014) 'Supply Network Structure, Visibility, and Risk Diffusion: A Computational Approach', Decision Sciences 45(4):753-789, doi:10.1111/deci.12099 — doi.org
- Bellamy M.A., Basole R.C. (2013) 'Network analysis of supply chain systems: A systematic review and future research', Systems Engineering 16(2):235-249, doi:10.1002/sys.21238 — doi.org
- Choi T.Y., Rogers D., Vakil B. (2020) 'Coronavirus Is a Wake-Up Call for Supply Chain Management', Harvard Business Review(オンライン、2020年3月、査読誌ではない) — hbr.org