安い値札は、値札の外に請求書を残す
まとめて買えば安くなる、という話がある。査読研究はそれを否定していない。ただし同じ研究は、価格の下には検収も不良も切替も置き場も積まれていて、価格を下げても消えない、まとめ買いの契約があっても現場が契約外で買えば安さは漏れる、と書いている。
前の単位では、仕入先と近づくことに最適な点があるという話を扱った。ここでは、その付き合いの中で出ていく費用——調達のコストをどう見るのかを扱う。
この単位が扱うのは一点——「安く仕入れる」というときの「コスト」が、たいてい「価格」にすり替わっていることである。値切りの技術は扱わない。個別の値下げ交渉のやり方も、契約を切る話もしない。
「まとめて買えば安くなる」の、その「安い」は何か
調達の費用を下げる、と言うとき、まっさきに出てくるのが二つの手だ。集中購買——ばらばらに買っていたものを一本にまとめる。そして相見積もり——同じものを複数の相手に見積もらせ、安いところから買う。どちらも、狙っているのは値札の数字である。まとめれば単価が下がり、競わせれば安いところが見つかる——理屈は分かりやすく、実際に価格は動く。ただし、動いたのが価格だけなのか、コストなのかは、別に確かめないと分からない。
ここで、値札の下を見る道具の話をしておく。1995年に *International Journal of Physical Distribution & Logistics Management* 25(8):4-23 へ出た論文は、その道具を一言で定義している——“Total cost of ownership is a methodology and philosophy which looks beyond the price of a purchase to include many other purchase-related costs.” 総保有コスト(英語の頭文字をとってTCOとも呼ぶ)とは、買うときの価格の先を見て、その購入にまつわる多くの他の費用を含める、方法であり考え方である。
価格の下には、値札に載らない費用がいくつも積まれている。運ぶ費用、届いたものを検める手間、不良を手直しする費用、置いておく場所、使う相手を切り替えるときの手間。これらは、値札を下げても消えない。むしろ、安いところに替えたせいで増えることもある。 相見積もりでいちばん安い相手に乗り換えたとき、値札は確かに下がる。だが、その相手のやり方に慣れる時間、書式や規格を合わせ直す手間、初回に紛れ込む不良を見つける手間は、乗り換えた側が負う。値札で得た分を、切り替えの費用が食う——ということが、珍しくない。この単位が扱うのは、その差額のほうである。
TCOは「安いところ探し」ではなく「選び方・見方」の枠
同じ論文は、この道具が実務でどう使われているかも見ている。11社の事例を調べ、それぞれのTCOの使われ方を、大きく二つに分けた——“The total cost of ownership models used by the case study firms … are then further classified by their primary usage: supplier selection or supplier evaluation.” 仕入先を選ぶためか、仕入先を評価するためか。つまりTCOは、いちばん安い値札を探すための道具ではなく、どの相手とどう付き合うかを、価格の先まで見て決めるための枠である。この使い方は後の研究にも引き継がれ、1999年には、TCOを用いて仕入先を実際に選ぶ手順を示した研究も現れた。いずれも、最安値を当てる計算としてではなく、価格の先まで見て相手を選ぶ枠として、TCOを扱っている。
ただし、この見方には障壁がある。論文は、TCOの手法に伴う「障壁と便益」を論じている。価格は値札に書いてあるが、価格の下の費用は、たいてい書かれていない。 集める手間がかかり、集めきれないこともある。手直しに何時間かかったか、置き場がどれだけふさがったかは、誰かが記録していなければ、後から取り出せない。だから「総コストで見る」は、言うほど簡単ではない。 そして、集めにくい費用は、たいてい「無いこと」にされる。数えられなかったものは、勘定から落ちる。ここが、この棚を貫く問いにそのまま乗る。何を費用として数え、何を数えないか——その決めが、「安くなった」という結論の手前にある。数式や表の見た目の厳密さは、その決めを隠してしまう。
集中購買には、集中購買の隠れた費用がある
では、まとめて買えば少なくとも価格は下がるのか。価格については、下がりうる。公共部門の枠組み契約を調べた実証は、まとめて買う仕組みが価格ベースで一定の節減をもたらしうることを報告している(報じられた幅はおよそ8〜37%だが、これは市場価格との比較による価格の節減であり、遵守や調整の費用を含まない点に注意がいる。範囲も公共部門の枠組み契約に限られ、そのまま一般化はできない)。
問題は、その価格表の節減が、そのまま手元に残るとはかぎらないことだ。集約された契約があっても、現場は使わないことがある。ここで一つ、言葉をほどく。マーベリック購買とは、まとめて安く買える契約がちゃんとあるのに、現場がその契約の外で勝手に買ってしまう行動を指す。2009年に *Journal of Business Ethics* 85(2):245-261 へ出た研究は、この契約外購買がなぜ起きるのかを、非遵守のふるまいとして探っている。契約外で買われれば、契約上の「安さ」は、実現した安さにならない。
なぜ現場は契約の外で買うのか。急いでいる、契約の相手の品が現場に合わない、手続きが面倒、いつもの相手のほうが早い——理由は現場の都合であって、たいてい悪意ではない。むしろ、契約を守るより契約の外で買うほうが、その日の仕事は早く片づく、という状況が現場には珍しくない。まとめて安く買う仕組みは、上のほうで設計され、現場の細かい都合を全部は拾えない。拾えなかったぶんが、契約外の買い物として漏れていく。集約は「価格表の節減」を約束するが、「実現した節減」を約束しない。 そのあいだに漏れるものを、この単位は隠れた費用と呼ぶ。まとめること自体にも、まとめる手間、まとめを保つ手間、現場に守らせる手間がかかる——それも価格表には載らない。
「価格が下がった」と「コストが下がった」は別
ここまでを一つにまとめると、こうなる。価格は、集約や相見積もりで下がりうる。しかし——①価格は総コストの一部にすぎず、価格の下の費用(検収・不良・切替・置き場・調整)で相殺されうる。②集約それ自体に、契約外購買という漏れの費用がある。 ゆえに、「まとめて買えばコストが下がる」は、コストという言葉を価格に狭めたときにだけ成り立つ、粗い断定である。
そして、価格だけを見て相手を選ぶと、前の二つの単位で見た関係の費用——選び直しの手間や、近さの作り直し——が、別のところで増える。良い相手を選ぶ表の重みづけ(309)も、近さに最適な点があること(310)も、突き詰めれば「何を費用や価値として数えるか」の話だった。この単位は、その数え方を、値札の一枚下まで広げているだけである。安い値札は、しばしば、値札の外に請求書を残す。 大事なのは、値切ることそのものを否定することではない。価格が下がったことを、コストが下がったことと言い切る前に、下の請求書が来ていないかを見ておく、というだけである。
時間・変化:1993年から2011年まで
順に置く。1993年、総保有コストの構成要素と、その実装の障壁を整理する論文が出る。1995年、11社の事例をもとに、TCOが価格の先を見る方法であり、仕入先の選定と評価に使われていることが報告される。2009年、まとめ買いの契約があっても現場が契約外で買う行動——マーベリック購買——が、非遵守のふるまいとして研究される。2011年、集中購買の価格の節減が公共部門の枠組み契約で実測される一方、その節減が現場の非遵守で漏れる形も整理される。
18年で確からしくなったのは、価格を下げる手そのものではなく、下げた価格がどこで漏れ、どこに別の費用として現れるか、のほうである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、値札の数字を、コストの数字だと思ってしまうことである。値札は、コストのうち、いちばん見えやすい一項目にすぎない。見えやすいから、そこだけが下がると、全部が下がった気がする。
標本の偏りも断っておく。ここまでの証拠は、TCOの事例を持つ企業や、公共部門の枠組み契約から採られたものが多い。一人で仕入れも支払いも回している小さな現場では、価格の下の費用は「自分の手間」という形で出ていることが多く、それは請求書に載らないぶん、いっそう数えにくい。 大きな組織なら別の部署が負う費用を、小さな現場では同じ人が全部かぶる。だから「安く買えた」と感じた同じ人が、そのあとの手直しや置き場のやりくりも引き受けていて、価格の下の費用が、本人の一日の中に溶けて見えなくなる。数えにくいものを数えられる形にすることが、この単位の助けの中心にある。
助けになるのは、一つの買い物について、価格の下にどんな費用が積まれたかを、自分の記録から書き出してみるという一手である。金額を正確に出す必要はない。何があったかを並べるだけで、価格の外に費用があることは見える。
最初の一歩は10分。最近の自分の仕入れや買い物を一つ選び、支払った価格を上に書き、その下に、届いてから今日までにかかった費用や手間(送料・検品・手直し・置き場所・切り替えなど)を、思い出せるだけ書き出す。総額を出さなくてよい。価格の下に、いくつ項目が並ぶかを見るだけである。 項目がゼロなら、それはそれで一つの発見だ。多くの場合は、書き始めると思ったより並ぶ。
次の単位は 312「調達先を分散するには?」——一社にまとめるか、複数に分けるか、その選び方が本当にリスクを下げるのかを、ここに積み上げる。
- 1995年に International Journal of Physical Distribution & Logistics Management 25(8):4-23 へ出た論文は、総保有コスト(TCO)を「購入の価格の先を見て、購入にまつわる多くの他の費用を含める方法であり思想」と定義した。価格の下には運ぶ費用・検める手間・不良の手直し・置き場・切替の手間が積まれ、値札を下げても消えない
- 同論文は11社の事例を調べ、TCOの使われ方を「仕入先の選定」か「仕入先の評価」かに分類した。TCOはいちばん安い値札を探す道具ではなく、価格の先まで見て相手とどう付き合うかを決める枠であり、その導入には障壁(下の費用は書かれておらず集めにくい)がある
- 集中購買は価格を下げうる。公共部門の枠組み契約を調べた実証では、まとめ買いが市場価格比でおよそ8〜37%の価格の節減をもたらしうると報告された。ただしこれは価格ベースの節減で遵守・調整の費用を含まず、対象も公共部門の枠組み契約に限られ一般化はできない
- 2009年に Journal of Business Ethics 85(2):245-261 へ出た研究は、有効な集約契約があるのに現場が契約外で買う行動(マーベリック購買)を非遵守のふるまいとして探った。契約外で買われれば、契約上の安さは実現した安さにならない。集約は価格表の節減を約束するが、実現した節減は約束しない
- 調達コストが下がると言えるのは、コストという言葉を価格に狭めたときだけである。①価格は総コストの一部にすぎず、検収・不良・切替・置き場・調整の費用で相殺されうる、②集約それ自体に契約外購買という漏れの費用がある——この二つが、価格の節減と実現した節減を隔てる
- 価格だけを見て相手を選ぶと、前の単位で見た関係の費用(選び直しの手間、近さの作り直し)が別のところで増える。安い値札は、しばしば値札の外に請求書を残す。何を費用として数え、何を数えないかの決めが、安くなったという結論の手前にある
- 1993年のTCOの構成要素と実装の障壁、1995年のTCOの定義と使われ方、2009年のマーベリック購買、2011年の公共部門の集約の価格節減と非遵守の漏れ——18年で確からしくなったのは、価格を下げる手そのものではなく、下げた価格がどこで漏れどこに別の費用として現れるかである
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 集中購買や相見積もりでまとめて買えば、調達のコストは下がる | 1995年の論文が定義するTCO(総保有コスト)は、価格の先を見て購入にまつわる多くの他の費用を含める方法・思想である。集中購買は価格を下げうるが、価格の下の費用(検収・不良・切替・置き場・調整)で相殺されうるうえ、集約それ自体に契約外購買という漏れの費用がある。下がるのは価格であって、コストとはかぎらない |
| まとめ買いの契約さえ結べば、約束された安さがそのまま手元に残る | 2009年の研究が探ったマーベリック購買——有効な集約契約があるのに現場が契約外で買う非遵守の行動——により、契約上の安さは実現した安さにならないことがある。集約は価格表の節減を約束するが、実現した節減を約束しない。公共部門の枠組み契約で報告された8〜37%も、市場価格比の価格の節減であって遵守・調整の費用を含まない |
| TCOとは、いちばん安いところを見つけるための計算だ | 1995年の論文は、11社の事例でTCOが仕入先の選定と評価に使われていることを示した。TCOは最安値の探索ではなく、価格の先まで見て相手とどう付き合うかを決める枠である。しかも下の費用は値札に書かれておらず集めにくいため、総コストで見ること自体に障壁がある |
皮肉なのは、いちばん見えやすい数字が、いちばん力を持つことである。値札は一目で分かる。だから、そこが下がると、下がった気持ちも一目で来る。価格の下に積まれた費用は、あとから、別の日に、別の名前で請求される——手直しの時間、置き場のふさがり、切り替えの面倒。まとめて安く買った、という話がいちばん気持ちよく語られるのは、たいてい、下の請求書がまだ届いていないうちである。
Q1. 1995年の論文によれば、総保有コスト(TCO)とは、購入の【 ① 】の先を見て、購入にまつわる多くの他の【 ② 】を含める方法であり思想である。11社の事例では、TCOは最安値探しではなく、仕入先の【 ③ 】と評価に使われていた。穴埋め
Q2. 「マーベリック購買」とは何か。それがあると、集約契約の何が起きるのかも含めて1〜2文で説明せよ。一問一答
Q3. 公共部門の枠組み契約で報告された「およそ8〜37%」の節減について、正しい説明はどれか。選択
Q4. 「調達コストが下がる」と言えるのは、どんなときだけか。この単位が挙げた二つの理由とともに書け。一問一答
Q5. この単位で扱った出来事を、年の早い順に並べよ。(ア)有効な集約契約があるのに現場が契約外で買う行動が研究される(イ)総保有コストの構成要素と実装の障壁が整理される(ウ)TCOが価格の先を見る方法であり選定と評価に使われることが11社の事例で示される並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、最近の自分の仕入れや買い物を一つ選び、いちばん上に、支払った価格を書く。その下に、そのものが届いてから今日までにかかった費用や手間を、思い出せるだけ書き出す(送料・検品や検収の手間・不良の手直し・置いておく場所・使う相手や道具を切り替える手間など)。金額を正確に出さなくてよい。総額も出さなくてよい。相手に問い合わせたり、値下げを交渉したりしない。あくまで自分の記録と記憶から、価格の下に並ぶ項目を数えるだけである。最後に、価格の下に並んだ項目の数を1つの数字で書き添える。いま組織に属していない場合や一人で全部を回している場合は、その手間の多くが自分の時間として出ていることに気づけば、それが価格の下の費用である。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Ellram L.M. (1995) 'Total cost of ownership: An analysis approach for purchasing', International Journal of Physical Distribution & Logistics Management 25(8):4-23, doi:10.1108/09600039510099928 — doi.org
- Ellram L.M. (1993) 'Total Cost of Ownership: Elements and Implementation', International Journal of Purchasing and Materials Management 29(3):2-11, doi:10.1111/j.1745-493X.1993.tb00013.x — doi.org
- Karjalainen K., Kemppainen K., van Raaij E.M. (2009) 'Non-Compliant Work Behaviour in Purchasing: An Exploration of Reasons Behind Maverick Buying', Journal of Business Ethics 85(2):245-261, doi:10.1007/s10551-008-9768-2 — doi.org
- Karjalainen K., van Raaij E.M. (2011) 'An empirical test of contributing factors to different forms of maverick buying', Journal of Purchasing and Supply Management 17(3):185-197, doi:10.1016/j.pursup.2011.05.001 — doi.org
- Karjalainen K. (2011) 'Estimating the cost effects of purchasing centralization—Empirical evidence from framework agreements in the public sector', Journal of Purchasing and Supply Management 17(2):87-97, doi:10.1016/j.pursup.2010.09.001 — doi.org
- Degraeve Z., Roodhooft F. (1999) 'Effectively Selecting Suppliers Using Total Cost of Ownership', Journal of Supply Chain Management 35(4):5-10, doi:10.1111/j.1745-493x.1999.tb00050.x — doi.org