近づくほど良い、という線も途中で折れる
仕入先と近づけば共に強くなる、という話がある。実証はそれを否定していない。ただし同じ実証に、社会関係資本は多すぎても成果を損なう、近すぎると買い手の客観性が下がり仕入先の機会主義が増える、と書いてある。
前の単位では、仕入先を選ぶときに評価の表がどこまで選んでくれるのかを扱った。ここでは、選んだ相手と距離を縮めること——「共に強くなる」と言われる関係の話を扱う。
この単位が扱うのは一点——協働(相手と一緒に取り組むこと)を深めることと、成果の関係は、直線ではないことである。どの相手と組むべきかは扱わない。取引を打ち切るかどうかの助言もしない。
通説は「近づくほど、共に強くなる」
供給の話には、明るい側の物語がある。長く付き合い、情報を交わし、信頼を積めば、買い手と仕入先の双方が得をする——という筋書きだ。ある査読誌はこの筋書きを、そのまま言葉にしている——“The literature on supply chain management (SCM) has consistently promoted the ‘bright side’ of collaborative buyer–supplier relationships (BSRs).” 供給連鎖の分野は、買い手と仕入先の協働の「明るい側」を、一貫して推してきた。
明るい側には実証もある。1996年に *Strategic Management Journal* 17(4):271-291 へ出た研究は、ある産業で、密に結ばれた仕入先の網が競争上の優位の源になりうることを報告した。ここで一つ、言葉をほどいておく。社会関係資本とは、関係の中に貯まっていく信頼や結びつきという、目に見えない資源のことである。近い関係は、この資源を厚くする。
ここまでなら、話は「近づくほど良い」で終わる。 ところが、同じ資源を測って成果と突き合わせると、線は途中で折れる。
近すぎる関係は、成果を下げる
2011年に *Journal of Operations Management* 29(6):561-576 へ出た研究が、その折れ返りを正面から報告している。中心の一文はこうだ——“There is an inverted curvilinear relationship between social capital and performance: Either too little or too much social capital can hurt performance.” 社会関係資本と成果のあいだには、逆U字の関係がある。少なすぎても、多すぎても、成果を損なう。
「多すぎる」とは何が起きることか。論文はその中身を書いている——“…if taken to an extreme it can reduce the buyer’s ability to be objective and make effective decisions as well as increase the supplier’s opportunistic behavior.” 極端まで行くと、買い手が客観的でいる力と、有効な判断をする力が下がり、同時に、仕入先の機会主義的なふるまいが増える。 ここでいう機会主義とは、相手の隙や気のゆるみにつけ込む行動を指す。皮肉なことに、それは関係が悪いから起きるのではない。近すぎて、互いに気を許すから起きる。
上がる理由と下がる理由が、同じところにあることに注目したい。近さは、情報を早く行き来させ、こまかい調整を省き、いざというときに融通を利かせる。その同じ近さが、進んで積み重なると、確かめる手間を省かせ、疑う目を鈍らせ、断りにくさを生む。厚くなった資源は、あるところまでは潤滑油として働き、そこを越えると、判断を曇らせる緩衝材に変わる。 逆U字の頂点は、この二つの働きが入れ替わる場所である。
念のため、この研究は明るい側を否定していない。結果は両方を示した——“The results show the presence of both the bright side, confirming the existing literature, and the dark side, extending the literature.” 明るい側は既存の文献のとおりに確かめられ、暗い側はそこに付け加えられた。 協働は効く。ただし、程度による。「近づけば必ず強くなる」でも「近づくと危ない」でもなく、近さには効く範囲がある、というのが、この一本が言っていることである。
「すべての相手と深く」は、そもそも無理がある
もう一つ、忘れられがちな話がある。同じ1998年に *California Management Review* 40(2):57-77 へ出た論考は、仕入先を一律に扱うのではなく、距離を置いた淡い付き合いと、深く組むパートナーの付き合いを、相手によって使い分けるべきだと説いた。全部の相手と深い関係を結ぶのは、時間の面でも注意の面でも、そもそも割に合わない。 深い協働は資源を食う。だから、どこを深くするかは選ばざるをえない。
同じ年に *Academy of Management Review* 23(4):660-679 へ出た論考は、企業のあいだの協働が優位を生む理屈を「関係にもとづく見方」として整理し、明るい側の理論的な支えになった。理論の支えも、明るい側の実証も、そろっている。 それでも、逆U字は消えない。理論が「協働は優位を生みうる」と言うことと、「深めるほど成果が上がる」と言うことは、別である。
ここで、効き方の言い方をもう一段そろえておく。協働が効くかどうかは、やるかやらないかの問題ではなく、程度と条件の問題である。同じ深さの協働が、ある相手・ある時期には潤滑油として働き、別の相手・別の時期には判断を鈍らせる緩衝材になる。だから「協働は良い/悪い」という二択で答えられる問いではない。答えは、いつも「どの相手と、どの深さまで、どんな条件のもとで」に折り返される。逆U字が教えるのは向きだけで、頂点がどこにあるかは、相手の数でも、付き合いの長さでも決まらない。「共に強くなる」を、深さの一本調子で読むと、この折り返しが見えなくなる。
その「共に強くなった」の数字は、誰が集めたのか
ここで、この段を貫く注意を一つ置く。協働の効果を測った数字の多くは、関係の良し悪しも、成果の良し悪しも、同じ担当者が同じ調査票にまとめて答える形で集められている。2011年に *Journal of Operations Management* 29(3):163-180 へ出た研究のように、協働と成果の結びつきを丁寧に測った実証もあるが、関係が良いと感じている人ほど成果も良いと答えやすいという向きは、この種の測り方から抜きにくい。同じ人が、同じ日に、同じ紙の上で、うまく組めているかと、成果は出ているかに答える。その二つに相関が出るのは、ある意味で当然である。「共に強くなった」という数字が、協働を勧める側——たとえば関係づくりを支援する調査や資料——の集計から出ているとき、その数字は、勧めたい向きに少し傾いていないかを見ておくとよい。 ここでも、何を成果として数え、誰が数えたかが、結論の手前で効いている。
系列の成功譚を、そのまま持ち帰らない
明るい側の実証は、特定の産業——たとえば自動車——の、特定の時期の網から採られたものが多い。ある産業で密な網が優位を生んだことは、別の産業・別の規模で同じことが起きる保証にはならない。組む相手の数、こちらとあちらの力の差、業界の商習慣、切り替えのしやすさ——こうした条件は、本人の努力とは別の次元で、どこまで近づけるかを決めている。一人で仕入れを回している小さな現場が、大きな取引先とどれだけ深く組めるかは、熱意ではなく、この力関係の側で先に決まっていることが多い。近い関係が資源を厚くするのは確かだが、その資源には、厚くしすぎると効きが落ちる範囲があり、しかもその範囲は、自分の側だけでは動かせない条件に囲まれている。 実務側の言説も、近い関係が生む慢心や囲い込み、なあなあの見過ごしに、早くから注意を促していた。近さそのものは、良いことでも悪いことでもない。効く範囲にいるかどうか、である。
時間・変化:1996年から2011年まで
順に置く。1996年、密な仕入先の網が競争優位の源になりうる、という実証が出る。明るい側である。1998年、企業間協働が優位を生む理屈が「関係にもとづく見方」として整理され、同じ年、距離を置く付き合いと深く組む付き合いを使い分けよ、という論考が出る。2011年、社会関係資本と成果の逆U字が報告される。少なすぎても多すぎても成果を損なう、と。同じ年、協働と成果の結びつきを測る実証も出る。
15年で付け加わったのは、「協働は効く」の上書きではなく、「効きには最適な近さがあり、それを越えると下がる」という但し書きである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、逆U字の登り坂だけを見て、下り坂を忘れることである。「近づくほど良い」は、頂点までの話でしかない。頂点がどこにあるかは、相手や状況で動く。そして、頂点を越えたことは、たいてい越えてから分かる。
標本の偏りも断っておく。明るい側の実証は、特定の産業と時期の網から採られたものが多く、逆U字の研究も、質問票に答える組織から集められている。一人で仕入れを回している小さな現場が、大きな取引先とどこまで近づけるかは、そもそも本人の力とは別の、力関係の側で決まっていることが多い。
助けになるのは、いま自分が持っている付き合いを、近さの度合いで仕分けしてみるという一手である。良い・悪いで分けるのではない。近い・ほどほど・遠い、という距離で分ける。距離は、成果よりも自分で見やすい。成果は相手や市場の都合が混ざるが、いまどれくらいの距離にいるかは、こちらの記録の中にある。
最初の一歩は10分。自分の手元の記録だけを見て、付き合いのある相手を「近い」「ほどほど」「遠い」の三語で仕分けし、それぞれの数を数える。相手には連絡しない。採点もしない。いまの距離の分布を、自分に向けて出すだけである。
次の単位は 311「調達コストを下げるには?」——その付き合いの中で出ていく費用を、価格だけで測ってよいのかを、ここに積み上げる。
- 2011年に Journal of Operations Management 29(6):561-576 へ出た研究は「社会関係資本と成果のあいだには逆U字の関係がある。少なすぎても多すぎても成果を損なう」と報告した。社会関係資本とは、関係の中に貯まる信頼や結びつきという目に見えない資源を指す
- 同研究は、関係が極端まで行くと「買い手が客観的でいる力と有効な判断をする力が下がり、仕入先の機会主義的なふるまいが増える」と書いている。害は関係が悪いから起きるのではなく、近すぎて互いに気を許すから起きる
- 同研究は明るい側を否定していない。結果は「明るい側は既存の文献のとおり確かめられ、暗い側はそこに付け加えられた」と両方を示した。協働は効くが、程度による、という報告である
- 1996年に Strategic Management Journal 17(4):271-291 へ出た研究は、ある産業(自動車)で密な仕入先の網が競争優位の源になりうると報告した。明るい側の一次の実証だが、特定の産業・時期の網から採られたもので、別の産業・規模への一般化は保証されない
- 1998年の California Management Review 40(2):57-77 の論考は、距離を置いた淡い付き合いと深く組むパートナーの付き合いを相手によって使い分けるべきだと説いた。全部の相手と深い関係を結ぶのは資源の面で割に合わず、どこを深くするかは選ばざるをえない
- 1998年の Academy of Management Review 23(4):660-679 の論考は、企業間の協働が優位を生む理屈を「関係にもとづく見方」として整理し、明るい側の理論的な支えとなった。ただし理論が協働は優位を生みうると言うことと、深めるほど成果が上がると言うことは別である
- 協働の効果を測る数字の多くは、関係の良し悪しも成果の良し悪しも同じ担当者が同じ調査票にまとめて答える形で集められる。関係が良いと感じる人ほど成果も良いと答えやすい向きは抜きにくく、勧める側の集計から出た数字は勧めたい向きに傾きうる
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 仕入先と深く協働すればするほど、双方が強くなる | 2011年の Journal of Operations Management 29(6) の研究は、社会関係資本と成果のあいだに逆U字があり、少なすぎても多すぎても成果を損なうと報告した。極端まで近づくと、買い手の客観性と有効な判断の力が下がり、仕入先の機会主義が増える。近づくほど良いのは頂点までの話で、頂点を越えると下がる |
| 協働の暗い側は、関係が悪い相手とのあいだで起きる | 同研究によれば、暗い側は関係が悪いから起きるのではない。近すぎて互いに気を許すことで、買い手が客観的でいられなくなり、仕入先の機会主義的なふるまいが増える。害は不仲ではなく過剰な近さから来る |
| 系列やパートナーシップの成功譚は、どの業種でもそのまま当てはまる | 明るい側の実証は、1996年の自動車産業のように特定の産業・時期の網から採られたものが多い。密な網が優位を生んだことは、別の産業・別の規模で同じことが起きる保証にはならない。近い関係が資源を厚くするのは確かだが、その資源には厚くしすぎると効きが落ちる範囲がある |
皮肉なのは、暗い側が生まれる場所である。長く付き合い、気心が知れ、細かいことを言わなくなる——それはたいてい、良い関係だと呼ばれる状態のことだ。逆U字の右の下り坂に入っているとき、当人たちは、いちばん仲が良い。だから折れ返りは、関係が悪化して分かるのではなく、うまくいっていると感じているまさにそのときに、気づかれないまま起きている。近づくほど良い、という助言のいちばんの弱点は、どこまで近づいたら折れるかを、当人がいちばん見えなくなることである。
Q1. 2011年の Journal of Operations Management 29(6) の研究が、社会関係資本と成果の関係について報告したこととして正しいものはどれか。選択
Q2. 同研究によれば、関係が極端まで行くと、買い手が【 ① 】でいる力と有効な判断をする力が下がり、同時に仕入先の【 ② 】的なふるまいが増える。この害は関係が悪いから起きるのではなく、近すぎて互いに【 ③ 】から起きる。穴埋め
Q3. この単位が「協働の全否定ではない」と言えるのはなぜか。2011年の研究が結果として示した二つの側を挙げて説明せよ。一問一答
Q4. 1998年の論考が説いた「使い分け」とは何か。なぜ全部の相手と深く組めないのかも含めて1〜2文で書け。一問一答
Q5. この単位で扱った出来事を、年の早い順に並べよ。同じ年のものは本文で述べた順とする。(ア)社会関係資本と成果の逆U字が報告される(イ)密な仕入先の網が競争優位の源になりうる、という実証が出る(ウ)距離を置く付き合いと深く組む付き合いの使い分けが説かれる並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、いま自分が仕入れや取引で付き合っている相手を、自分の手元の記録(発注の履歴・やり取りの控え・記憶)だけを見ながら書き出す。書き出したら、その一つひとつを「近い」「ほどほど」「遠い」の三語のどれか一つで仕分けし、三語それぞれの数を数える。良い・悪いで分けるのではなく、距離だけで分ける。相手には連絡しない。相手を採点したり、良し悪しを尋ねたりしない。最後に、いちばん近い相手との付き合いについて、近さの利点と、近さが生みうる気のゆるみを、一つずつ言葉にして添える。いま組織に属していない場合や一人で全部を回している場合も、自分がよく買っている相手を同じ三語で仕分ければ成立する。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Villena V.H., Revilla E., Choi T.Y. (2011) 'The dark side of buyer–supplier relationships: A social capital perspective', Journal of Operations Management 29(6):561-576, doi:10.1016/j.jom.2010.09.001 — doi.org
- Dyer J.H. (1996) 'Specialized supplier networks as a source of competitive advantage: Evidence from the auto industry', Strategic Management Journal 17(4):271-291, doi:10.1002/(SICI)1097-0266(199604)17:4<271::AID-SMJ807>3.0.CO;2-Y — doi.org
- Dyer J.H., Singh H. (1998) 'The Relational View: Cooperative Strategy and Sources of Interorganizational Competitive Advantage', Academy of Management Review 23(4):660-679, doi:10.5465/amr.1998.1255632 — doi.org
- Dyer J.H., Cho D.S., Chu W. (1998) 'Strategic Supplier Segmentation: The Next Best Practice in Supply Chain Management', California Management Review 40(2):57-77, doi:10.2307/41165933 — doi.org
- Cao M., Zhang Q. (2011) 'Supply chain collaboration: Impact on collaborative advantage and firm performance', Journal of Operations Management 29(3):163-180, doi:10.1016/j.jom.2010.12.008 — doi.org
- Anderson E., Jap S.D. (2005) 'The Dark Side of Close Relationships', MIT Sloan Management Review 46(3):75-82(実務誌・査読を経た論文ではない) — sloanreview.mit.edu