「欠品はゼロを目指せ」の天秤は、片方の重さが測れていない
欠品はゼロを目指せ、機会損失を防げ——とよく言われる。皮肉なことに、この号令が乗っている天秤は、片方の皿の重さがそもそも測れていない。切らしたときの費用は、客が黙って店の外へ出ていく分だけ、あなたのレジには残らないからである。
前の単位では、在庫の量をどう決めるのかを扱った。ここでは、その在庫が足りずに切らしたとき——欠品をどう防ぐのかを扱う。ここでも問いは同じ形をとる。何を費用と数えるかで、目指すべき水準が動く。
「欠品率は下げるほど良い」という号令
現場でよく聞くのは、欠品はゼロを目指せ、機会損失を防げという号令である。切らせば売り逃す。だから在庫を厚くして、サービス水準——注文や来店に対して、在庫が間に合った割合(充足率とも呼ぶ)——を上げよ、という理屈だ。
ところが、水準を上げるには安全在庫——需要の揺れに備えて、平均より多めに持っておく分——を積む必要があり、その分だけ在庫維持費が増える。しかも、この費用は水準の最後の数%で跳ね上がる。95%から99%へ上げるだけで、安全在庫は大きく積み増すことになる。つまりこれは天秤である。片方の皿には、積み増した安全在庫の費用。もう片方には、切らしたときの費用(欠品費用)。 問題は、片方の皿の重さが、そもそも測れていないことにある。積み増す費用ははっきり分かる。切らす費用は、分からない。見える費用と見えない費用を秤にかけているのに、答えだけは一つの数字で出てくる。 この単位が扱うのは、その見えないほうの皿である。
サービス水準の目標は、測定でなく慣行で決まる
在庫の教科書は、新聞売り子の問題(ニュースベンダー模型)という古典で、最適な在庫量を出す。売れ残る費用をCo、切らす費用をCuと置くと、最適な充足率はCu ÷ (Cu + Co) で決まる、という式である。式はきれいだ。だが分子のCu——一つ切らしたときにいくら損するか——を、現場でいくらと入れているだろうか。
多くの場合、そこには測った数字ではなく、「うちは95%でいこう」「98%を切らないように」といった、慣行の目標が入る。なぜ95%で、97%ではないのかを、費用から説明できることは少ない。前の年もそうだったから、業界でそう言われているから、切らして叱られたことがあるから——根拠は、たいてい費用の外にある。目標の水準は、測定の結論ではなく、決めから始まっている。 数式は、その決めをあとから受け取って、もっともらしい最適量に変換しているだけである。厳密に見えるのは変換のほうで、入口の数字ではない。
欠品費用は「測るのが難しい」と査読誌が書いている
これは印象論ではない。2006年に *Management Science* 52巻11号へ出た論文が、正面から書いている——“One explanation for the paucity of practical applications is the difficulty of measuring how stockouts affect both current and future demand.”(実務での応用が乏しい理由の一つは、欠品が現在と将来の需要にどう効くかを測るのが難しいことである)。著者らは大規模な現地試験を行い、欠品の悪影響が、その注文の他の品目にも、将来の注文にも及ぶことを確かめた。
つまり、切らした損はその場の売り逃しだけではない。ついで買いも消え、次の来店も減る。その全部を足した額が欠品費用だが、それを測る術が、実務にはほとんどない。 分子が測れないまま、式は回されている。
同じ論文は、切らしたあとの対策の効き目にも、大きなばらつきがあると報告している。たとえば、注文を取り消させず取り置きへ回してもらうための値引きは、著者らが評価した対策の中で最も利益が小さかった。「切らしたら値引きで引き止める」といった手が、いつも効くとはかぎらない——効き目自体が、条件しだいなのである。ここでも問題は、比べる相手(欠品費用)が測れていないことに戻ってくる。
欠品の費用は、店の外へ逃げる
なぜ測りにくいのか。切らしたとき、客の多くは店の外へ出ていくからである。日用品を対象にしたグルーエンとコルステンの世界調査(2002年・2003年)は、小売店頭の欠品率を世界平均で約8%——13個買おうとすれば1個は欠品——と見積もった。そして欠品に出会った客の行動を約72,000人分集めると、こうなった——別の店で買う31%/別の銘柄に替える26%/同じ銘柄の別品を選ぶ19%/購入を先送り15%/買うのをやめる9%。
別の店で買う31%と、買うのをやめる9%——合わせて4割の需要は、その店の外へ出ていく。 この調査の見積もりでは、欠品の費用はメーカーで意図した売上の約35%、小売で約40%に達し、失った売上そのものより、はるかに大きいとされる。目の前で売り逃した一つの陰に、替えを選ばず去った客と、次に来なくなる客が隠れているからだ。売り逃しだけを数えると、この陰の部分がまるごと抜け落ちる。
だから自分のデータでは、欠品費用が小さく見える
ここに、測れなさの正体がある。店の外へ出ていった需要は、その店のレジ(POS)に記録されない。 記録に残るのは、店内で別の品に替えてくれた分だけだ。だから自分の販売データを見るかぎり、欠品の費用は実際より小さく見える。 測れる部分だけを数えれば、欠品は「たいしたことない」ことになってしまう。
しかも、測れなさはもう一段深い。そもそも在庫記録が現物と食い違っていることが多い。2008年に *Management Science* 54巻4号へ出た研究は、店頭の在庫記録の不正確さを実証した。記録上はまだ在庫があることになっているのに、棚には無い——このとき、欠品は「率」としても正しく数えられない。逃げた需要が費用として測れないだけでなく、切らしたという事実そのものが、記録から漏れることがある。
ただし、天秤を逆に振ってもいけない。同じ2006年の論文は、欠品の長期の影響を無視すると、在庫の意思決定は最適でなくなるとも書いている。「切らしてもいい」でもない。 言えるのは一つ——欠品費用は測りにくく、その測りにくさが「下げるほど良い」という単純な命題を成り立たせないということである。下げる価値がどれだけあるかは、測れていない費用しだいで変わる。
ここで、この棚の見方がまた顔を出す。「最適なサービス水準」も、何を費用に数えたかの産物である。 逃げた需要を費用に数えれば、目標は上がる。数えなければ、下がる。同じ現場でも、何を数えるかを決めた瞬間に、目指すべき水準が動く。 数式は水準を計算しているように見えて、実は、入口で数えると決めた費用を、そのまま映しているだけである。
時間・変化:欠品率は測れるようになり、欠品費用は測れないまま
順番はこうである。2002年、世界調査が欠品率を約8%と見積もり、客の行動の内訳を出した。2003年、同じ調査が学術誌にも載る。2006年、現地試験が欠品の長期の影響を測り、その測定の難しさが実務適用を阻んでいると書く。2008年には、そもそも在庫記録自体が不正確で、真の欠品を正しく数えられないという研究も出た。20年で、欠品の「率」は測れるようになった。欠品の「費用」は、いまも測りにくいままである。 測れる率だけが独り歩きし、目標の数字が慣行で決まり続ける。技術が進んで棚の在庫がより細かく見えるようになっても、見えるのはあくまで「切れているかどうか」であって、「切れたことでいくら失ったか」ではない。 測る道具が増えるほど、測れているものと測れていないものの差は、かえってはっきりする。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、測れる費用だけで天秤を組むことである。安全在庫の費用は見えるので、つい「増やしすぎ」に見える。切らす費用は見えないので、つい「たいしたことない」に見える。見えやすさの差が、そのまま判断を片側へ傾ける。
範囲を断っておく。ここまでの数字は、主に日用品の小売店頭を対象にした世界調査のものである。 受注生産、BtoBの部材、サービスの予約では、切らしたときに客がどうするかも、費用の逃げ方も違う。8%も、31%も、あなたの現場の数字ではない。
助けるのは、切らしたときに客がどこへ行くかを、一度書き出してみるという一手である。別の店へ行くのか、待ってくれるのか、あきらめるのか。逃げる先が分かれば、欠品費用のうち自分のデータに映らない部分の見当がつく。待ってくれる相手が多い品なら、多少切らしても費用は小さい。去ってしまう品なら、同じ欠品率でも費用は重い。同じ「欠品率」でも、品目によって痛みはまるで違う——この違いは、率だけを見ていると消えてしまう。目標を一律に「全品98%」と置くこと自体が、測れていない費用の差を無視している。
最初の一歩は5分。最近「切らした」品目を1つ思い出し、そのとき目の前の相手がどうしたか(別の物にした・待った・帰った・分からない)を1行で書く。 そして、そのふるまいが自分の売上記録に残っているか、残っていないかを一言添える。 記録に残らない反応があると気づくことが、今日の収穫である。この一行は、目標の水準を1%動かす計算よりも、たいてい多くを教えてくれる。どの品なら切らしても待ってもらえるのか、どの品なら黙って去られるのか——その見分けが、率だけを見ていたときには見えていなかったものである。
- 欠品を防ぐには在庫を厚くしてサービス水準(注文や来店に対して在庫が間に合った割合=充足率)を上げるが、上げるには安全在庫(需要の揺れに備えて平均より多めに持つ分)を積み在庫維持費が増える。これは天秤で、片方は積み増した安全在庫の費用、もう片方は切らしたときの欠品費用。問題は後者の皿の重さがそもそも測れていないことにある
- 新聞売り子の問題(ニュースベンダー模型)は、売れ残る費用Coと切らす費用Cuから最適な充足率をCu÷(Cu+Co)で出す。だが分子のCu=一つ切らしたときいくら損するかを現場で測った数字で入れることは少なく、うちは95%、98%を切らないといった慣行の目標が入る。目標の水準は測定の結論ではなく決めから始まっている
- 2006年にManagement Science 52巻11号へ出た論文は、実務での応用が乏しい理由の一つは欠品が現在と将来の需要にどう効くかを測るのが難しいことだと書いた。大規模な現地試験で、欠品の悪影響がその注文の他の品目にも将来の注文にも及ぶことを確かめている。切らした損はその場の売り逃しだけでなく、それを測る術が実務にはほとんどない
- 日用品を対象にしたグルーエンとコルステンの世界調査(2002年・2003年)は、小売店頭の欠品率を世界平均で約8%(13個に1個)と見積もった。約72,000人分の欠品時の行動は、別の店で買う31%・別の銘柄に替える26%・同じ銘柄の別品19%・先送り15%・買うのをやめる9%で、別の店で買う31%とやめる9%を合わせた約4割の需要はその店の外へ出ていく
- 同じ世界調査の見積もりでは、欠品の費用はメーカーで意図した売上の約35%、小売で約40%に達し、失った売上そのものよりはるかに大きいとされる。店の外へ出ていった需要はその店のレジ(POS)に記録されないため、自分の販売データを見るかぎり欠品の費用は実際より小さく見える。測れる部分だけを数えれば欠品はたいしたことないことになってしまう
- 天秤を逆に振ってもいけない。2006年の同じ論文は、欠品の長期の影響を無視すると在庫の意思決定は最適でなくなるとも書いている。切らしてもいいでもない。言えるのは、欠品費用は測りにくく、その測りにくさが下げるほど良いという単純な命題を成り立たせないということ。下げる価値がどれだけあるかは測れていない費用しだいで変わる
- 20年で欠品の率は測れるようになり、欠品の費用はいまも測りにくいまま。妨げるものは測れる費用だけで天秤を組むことで、安全在庫の費用は見えるので増やしすぎに見え、切らす費用は見えないのでたいしたことないに見える。数字は主に日用品の小売店頭の世界調査のもので、受注生産やBtoBやサービスの予約では客のふるまいも費用の逃げ方も違い、8%も31%も自分の現場の数字ではない
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 欠品率は下げれば下げるほど良い。サービス水準は高いほど正しい | 水準を上げるには安全在庫を積み在庫維持費が増えるので、これは切らしたときの欠品費用との天秤である。ところが2006年にManagement Science 52巻11号へ出た論文は、欠品が現在と将来の需要にどう効くかを測るのが難しいと明言している。日用品の世界調査では欠品に出会った客のうち別の店で買う31%とやめる9%を合わせた約4割が店の外へ出て、その需要はレジに記録されない。だから自分のデータでは欠品費用が小さく見える。下げる価値がどれだけあるかは、測れていない費用しだいで変わる |
| 欠品費用が測れないなら、いっそ欠品は気にしなくてよい | 天秤を逆に振ってもいけない。同じ2006年の論文は、欠品の長期の影響を無視すると在庫の意思決定は最適でなくなるとも書いている。切らした損はその場の売り逃しだけでなく、その注文の他の品も将来の来店も巻き込む。言えるのは、欠品費用は測りにくく、その測りにくさが下げるほど良いという単純命題を成り立たせないということで、切らしてもいいという反対の極には振れない |
欠品はゼロを目指せ、という号令は、片方の皿の重さを知らないまま秤を読んでいる。切らした客がどこへ消えたかは、あなたのレジには書かれない。そして書かれない費用ほど、軽く見える。土台の段は、こうして測れない費用を、測れないと承知のうえで秤に載せることを教える。次の単位は 308「過剰在庫をなくすには?」——切らさないための備えが今度は余ったとき、それを悪と呼ぶ前に何を数えるのかへ進む。
Q1. 「欠品率は下げるほど良い」という命題が単純には成り立たない、と本文が言う中心の理由はどれか。選択
Q2. 新聞売り子の問題では、売れ残る費用をCo、切らす費用をCuと置くと、最適な充足率は ____ で決まる。だが分子の ____ を測った数字で入れることは少なく、慣行の目標が入る。穴埋め
Q3. 「自分の販売データを見るかぎり、欠品の費用は実際より小さく見える」のはなぜか。世界調査の数字を挙げて説明しなさい。一問一答
Q4. 日用品を対象にしたグルーエンとコルステンの世界調査は、小売店頭の欠品率を世界平均で約 ____ %と見積もり、欠品に出会った客のうち別の店で買う人を ____ %とした。穴埋め
Q5. 2006年のManagement Scienceの論文が、欠品について同時に述べているもう一方の注意はどれか。選択
紙かメモアプリを開く。最近「切らした」品目を1つ思い出し、そのとき目の前の相手(客・依頼元・自分自身)がどうしたかを1行で書く——別の物にした、待った、帰った、分からない、のいずれか。次に、そのふるまいが自分の売上記録や販売データに残っているか、残っていないかを一言添える。相手を追いかけて聞く必要はない。思い出せる範囲でよい。手元の記憶と記録だけで完結させる。受注や予約を扱う場合、店頭がない場合も、切らして相手が離れた場面を同じ形で書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Anderson E.T., Fitzsimons G.J., Simester D. (2006) ‘Measuring and Mitigating the Costs of Stockouts’, Management Science 52(11):1751-1763 — doi.org
- Corsten D., Gruen T. (2003) ‘Desperately seeking shelf availability: an examination of the extent, the causes, and the efforts to address retail out-of-stocks’, International Journal of Retail & Distribution Management 31(12):605-617 — doi.org
- Gruen T.W., Corsten D., Bharadwaj S. (2002) Retail Out-of-Stocks: A Worldwide Examination of Extent, Causes, and Consumer Responses, Grocery Manufacturers of America(業界報告) — search.worldcat.org
- DeHoratius N., Raman A. (2008) ‘Inventory Record Inaccuracy: An Empirical Analysis’, Management Science 54(4):627-641 — doi.org
- Fisher M., Raman A., McClelland A.S. (2000) ‘Rocket Science Retailing Is Almost Here — Are You Ready?’, Harvard Business Review 78(4)(実務誌) — store.hbr.org
- Nahmias S. (2009) Production and Operations Analysis, 6th ed., McGraw-Hill(教科書) — search.worldcat.org