104本を読んだ総説は、本文に「実証的な証拠はいまだ欠けている」と書いた
発想を引き出す手法には、たいてい立派な名前が付いている。名前が付くと、確かめられた気がする。ところが、その手法の文献を104本読んだ総説は、本文にまったく別のことを書いていた。
前の単位で、時間の軸に引いた線がどこまで当たるのかを見た。ここでは、線を引く手前にある、発想そのものの扱いに戻る。
この単位が扱うのは一点——「発想を引き出す手法」として広く使われているものに、効果の実証がどれだけあるかである。創造性の測り方は扱わない。やる気の出し方も扱わない。
104本を読んだ総説は、本文にこう書いている
いちばん広く使われている手法から始める。2019年の *Journal of Product Innovation Management* 36(2):124-148 に、体系的な文献レビューが出ている。選定の結果は本文に一文で書かれている——“At the conclusion of this phase, 104 articles remained.”最終的に104本が残った。
そのうえで、著者たちは実証の質についてこう書いている——“There are very few quantitative studies; descriptive and normative studies are more common than explanatory ones.”量的な研究はごくわずかで、記述的な研究と規範的な研究のほうが、説明的な研究より多い。
もっと直接的な一文もある——“Empirical evidence of the impact of design thinking is still lacking”。その手法の影響についての実証的な証拠は、いまだ欠けている。 そして——“Very few studies have employed rigorous empirical methods of investigation…Such studies are long overdue”。厳密な実証の方法を用いた研究はごくわずかであり、そうした研究はとうに必要とされていた。
ここで一つ、位置を確かめておく必要がある。この四つは、要旨ではなく本文の記述である。 要旨のほうには「実証が乏しい」とは書かれていない。要旨だけを読んで「総説がそう言っている」と引くと、原典と食い違う。 そして——104本のうち何本が実証研究だったかという件数は、原典に書かれていない。 あるのは「ごくわずか」という言い方だけである。だからここでも件数は書かない。
提唱者の側の論文も、自分で「エッセイ」だと書いている
批判の側だけを見るのは公平ではないので、推す側の論文を見る。同じ誌の別の号、2015年の *JPIM* 32(6):925-938 である。要旨の書き方が正直である——“This perspective piece advocates addressing this omission by examining ‘design thinking’ as a practice potentially valuable for improving innovation outcomes”。この視点論考は、その欠落に取り組むことを主張する。
締めくくりの一文はこうである——“The essay concludes by advancing a set of propositions and research implications, aiming to demonstrate one particular path that future research might take”。この小論は、一連の命題と研究上の含意を提示して終わる。今後の研究が取りうる一つの道筋を示すことを目指して。
命題であって、結果ではない。 同じ要旨の前段には、その手法が成果を改善しうる具体的な機構は経営学の研究者から大きな注目を受けてこなかった、とも書かれている。推す側の論文が、そこはまだ調べられていない、と書いているのである。
同じ言葉に、二つの系譜がある
なぜこうなるのか。言葉の来歴を整理した論文が、2013年の *Creativity and Innovation Management* 22(2):121-146 にある。そこにはこう書かれている——経営の側の言説には三つの明確な起源があるが、おおむね表面的で通俗的な性格を持ち、デザインの側のものに比べて学術的な裏づけが薄い(“has a more superficial and popular character and is less academically anchored than the designerly one”)。
さらに——“the management design thinking discourse seldom refers to designerly thinking and thereby hinders cumulative knowledge construction”。経営の側の言説は、デザインの側の思考をほとんど参照せず、そのために知識の積み重ねを妨げている。
同じ名前の下に、参照し合わない二つの流れがある。 片方の厚みが、もう片方の裏づけとして数えられてしまう構造が、ここにある。
実証がまったく無いわけではない。あるのは小さいものである
「実証が乏しい」は「ゼロ」ではない。あるものを見ておく。
2013年の *JPIM* 30(S1):19-33 は、14件の事例を集めている。対象はこの手法に不慣れな、専門分野の異なる人が混ざった製品開発のチームである。発散の段階と収束の段階に分けて、方法の使われ方を追った研究で、結論の一つは、チームは方法を組み合わせ、振り返りの多い進め方から少ない進め方へ移るように導かれたときに、この手法をうまく適用できる、というものだった。14件である。しかも不慣れなチームである。
もう一本、2018年の *Journal of Management* 44(6):2274-2306 は、組織の文化との関係を扱った文献レビューである(出版社のページを見たが、訂正・撤回・懸念表明の表示は無い)。そこにはこう書かれている——この手法はもともと、組織の文化に染み込ませたときに最もよく働く進め方として提示されたのに、初期の研究の大半は、経営上の問題を解くために使える個々の道具と方法を特定することに向けられていた。 そして、組織の水準の事柄との関係が調べられるようになったのは最近のことである、と。
道具として測られ、文化として提唱されている。 測っている対象と、主張されている対象が、最初からずれている。
「20%ルールの成果」を数値で示した資料に、たどり着けなかった
発想を引き出す仕掛けとして、もう一つよく引かれるものがある。就業時間の2割を自分が良いと思うことに充ててよい、という取り決めである。「これで何割の製品が生まれた」という言い方が広く回っている。その数値の一次情報を探した。
一次情報はある。2004年4月29日に米国証券取引委員会へ提出された株式公開の届出書に、創業者たちの書簡として収められている。発行主体は Google Inc.(当時)である。ここで名前を出すのは、その資料の発行主体だからであって、その会社を進んだ例として挙げるためではない。 書かれているのはこうである——“We encourage our employees, in addition to their regular projects, to spend 20% of their time working on what they think will most benefit Google.”そして続けて、二つの製品がその時間のなかで試作されたと製品名が挙がる。同じ年の年次の書簡には、一週間に実質1日という言い換えと、三つの製品名が挙がる。
数値は、そこには無い。 割合も、件数も、金額も、書かれていない。
探した先を書いておく。2026年8月に見たときに、次の5か所である。①米国証券取引委員会の公開データベースにある2004年の届出書の原本——製品名2つ、数値なし。②発行主体の投資家向けページに置かれた同じ書簡——同じ。③同じページの2004年の年次書簡——製品名3つ、数値なし。④一般の検索で「製品の何割がこの時間から生まれた」という言い方の出どころを辿る——発行主体の公開文書には行き着かない。⑤査読誌——この取り決めそのものの効果を測った研究には行き着かなかった。近いものとして、2018年の *Organization Science* 29(6):1056-1073 が、米国のクラウドファンディングの場に投稿された165,410件の企画を使って、時間の余裕と発案の関係を測っている。ただしこれはこの取り決めを測ったものではないし、その論文自身が時間の余裕が増えたときの効果は曖昧である(“The effect of an increase in slack time on innovative outcomes is ambiguous”)と書いている。
存在しない、とは書かない。一次情報にたどり着けなかった、と書く。 公開ページは書き換えられるので、見た時点を添えておく必要がある。
時間・変化:言葉が広がる速さと、証拠が積まれる速さ
順番はこうである。2013年、言葉の来歴が整理され、経営の側の言説は学術的な裏づけが薄く、デザインの側をほとんど参照していないと指摘される。2015年、推す側の論文が出るが、著者自身が視点論考であり命題の提示だと書いている。2018年、組織の文化との関係のレビューが、測られてきたのは道具のほうだと整理する。2019年、104本を読んだ総説が、本文で実証的な証拠はいまだ欠けていると書く。
言葉のほうは、この間ずっと広がり続けている。広がる速さと、確かめられる速さは、連動していない。 そして確かめられていないことは、たいてい要旨ではなく本文に書かれている。本文は、引用の途中で落ちる。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、手法の名前が、効果の裏づけごと引き継がれると思うことである。名前は移る。裏づけは移らない。総説が本文で「いまだ欠けている」と書いていても、その一文は要旨に無いので、引用の連鎖には乗らない。
標本の偏りを断っておく。ここまでの証拠は、104本の文献、14件の不慣れなチームの事例、米国のクラウドファンディングの場の165,410件から採られている。米国と欧州の、しかも記録が公開されている場に大きく寄っている。日本の開発現場を対象にした査読研究はごく少ない。そして——成功した組織のデータだけが残る、という逆向きを排除できない。 うまくいかなかった導入は事例集に載らず、事例として書かれるのは、書ける状態になった組織のほうである。
助けるのは、手法の評価ではなく、自分が作ったものが実際に使われている場面を1つだけ見ておくという一手である。手法の良し悪しは、たいてい導入した側の記憶で語られる。使われている場面のほうは、その日にしか見られない。
最初の一歩は5分。今日、自分が作ったもの、あるいは自分が使っているものが実際に使われている場面を1つ選び、気づいたことを1行だけ書く。人については書かない。
次の単位は 304「矛盾を発明で解くには?」——名前だけが先に広がった手法の、いちばん具体的な数字を背負っているものへ進む。
- 2019年の Journal of Product Innovation Management 36(2):124-148 の体系的レビューは、最終的に104本の文献を対象にした。本文には、量的な研究はごくわずかで記述的・規範的な研究のほうが説明的な研究より多い、と書かれている
- 同じ総説の本文には、その手法の影響についての実証的な証拠はいまだ欠けている、厳密な実証の方法を用いた研究はごくわずかでそうした研究はとうに必要とされていた、とも書かれている。これらは要旨ではなく本文の記述であり、104本のうち何本が実証研究かという件数は原典に書かれていない
- 推す側の2015年の JPIM 32(6):925-938 は、著者自身が視点論考と呼び、一連の命題と研究上の含意を提示して終わる小論だと要旨に書いている。効果を測った研究ではない。同じ誌の別の号である
- 2013年の Creativity and Innovation Management 22(2):121-146 は、経営の側の言説には三つの明確な起源があるが、おおむね表面的で通俗的な性格を持ち、デザインの側のものに比べて学術的な裏づけが薄い、経営の側の言説はデザインの側の思考をほとんど参照せず知識の積み重ねを妨げている、と指摘している
- 実証がゼロではない。2013年の JPIM 30(S1):19-33 は14件の事例を集めており、対象はこの手法に不慣れな、専門分野の異なる人が混ざった製品開発のチームだった。2018年の Journal of Management 44(6):2274-2306 は、もともと組織の文化に染み込ませる進め方として提示されたのに、初期の研究の大半は個々の道具と方法の特定に向けられていた、と整理している
- 就業時間の2割を自分が良いと思うことに充ててよいという取り決めの一次情報は、2004年4月29日に米国証券取引委員会へ提出された株式公開の届出書に収められた創業者たちの書簡である。書かれているのは取り決めの一文と製品名2つで、同じ年の年次書簡には一週間に実質1日という言い換えと製品名3つがある。割合も件数も金額も無い
- その成果を数値で示した資料を、2026年8月に見た時点で5か所探したが、たどり着けなかった。査読誌では、時間の余裕と発案の関係を測った2018年の Organization Science 29(6):1056-1073 が米国のクラウドファンディングの場の165,410件を対象にしているが、この取り決めを測ったものではなく、著者自身が時間の余裕が増えたときの効果は曖昧だと書いている
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| デザイン思考を導入すれば創造性が上がる、というのは研究で確かめられている | 104本を対象にした2019年の総説は、本文に、その手法の影響についての実証的な証拠はいまだ欠けている、厳密な実証の方法を用いた研究はごくわずかである、と書いている。しかもこの記述は要旨には無く本文にある。要旨だけを読んで引くと原典と食い違う。ただし総説は104本のうち何本が実証研究かという件数を書いていないので、件数は言えない |
| 推す側にもきちんとした論文があるのだから、効果は測られているはずだ | 同じ誌の別の号に出た2015年の論文は、著者自身が視点論考と呼び、一連の命題と研究上の含意を提示して終わる小論だと要旨に書いている。要旨の前段には、その手法が成果を改善しうる具体的な機構は経営学の研究者から大きな注目を受けてこなかった、ともある。推す側の論文が、そこはまだ調べられていない、と書いている |
| 就業時間の2割を自由に使う取り決めから、製品の何割かが生まれた | 2026年8月に見た時点で、その割合を示す発行主体の公開資料にはたどり着けなかった。一次情報である2004年の株式公開の届出書に収められた創業者たちの書簡にあるのは、取り決めの一文と製品名2つだけで、同じ年の年次書簡にも一週間に実質1日という言い換えと製品名3つしかない。割合も件数も金額も書かれていない。存在しないとは言えないが、たどり着けなかった、とは書ける |
手法の名前は、よくできている。短くて、覚えやすくて、口に出すと前向きに聞こえる。104本を読んだ総説が本文に書いた「実証的な証拠はいまだ欠けている」という一文には、そういう取り柄が何もない。長くて、後ろ向きで、しかも要旨に載っていない。どちらが遠くまで運ばれるかは、最初から決まっている。いちばん皮肉なのは、この手法がもともと、使う人をよく見てから作れと言っていたことである。その教えに従って、この手法自身が使われている現場を見に行った研究は、いまのところ、ごくわずかだ。
Q1. 2019年の体系的レビューは、最終的に ____ 本の文献を対象にした。その本文には、量的な研究は ____ で、記述的な研究と規範的な研究のほうが説明的な研究より多い、と書かれている。ただし、そのうち何本が実証研究かという ____ は原典に書かれていない。穴埋め
Q2. 「研究者の創造性を引き出すには?」という問いについて、2019年の総説の「実証的な証拠はいまだ欠けている」という記述は、論文のどこに書かれているか。そして、そこを間違えるとどうなるか。一問一答
Q3. 推す側の2015年の論文について、要旨に書かれていることはどれか。選択
Q4. 就業時間の2割を自由に使う取り決めについて、2004年の株式公開の届出書に収められた創業者たちの書簡に書かれているものはどれか。選択
Q5. 2026年8月に見た時点で数値の一次情報を探した5か所のうち、査読誌について本文が書いていることはどれか。選択
今日のうちに5分だけ時間を取る。自分が作ったもの、あるいは自分がふだん使っている道具や仕組みを1つ選び、それが実際に使われている場面を1つだけ見る。自分が使っている場面でよい。見たら、気づいたことを1行だけ書く。書くのは、ものの側に起きたことに限る——どこで手が止まったか、どの手順が飛ばされたか、どこが使われていなかったか、といったことである。人について書かない。誰が使っていたか、うまいか下手か、熱心かどうかは書かない。他の人に感想を聞いたり、使い方を尋ねたりもしない。良い改善案を思いついても、今日は書かない。1行だけにする。組織に属していない場合や一人で作っている場合も、この課題はそのまま成立する——自分が作った記録や道具を、自分が使っている場面を1つ選べばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Liedtka J. (2015) 'Perspective: Linking Design Thinking with Innovation Outcomes through Cognitive Bias Reduction', Journal of Product Innovation Management 32(6):925-938 — www.semanticscholar.org
- Johansson-Sköldberg U., Woodilla J., Çetinkaya M. (2013) 'Design Thinking: Past, Present and Possible Futures', Creativity and Innovation Management 22(2):121-146 — api.crossref.org
- Seidel V.P., Fixson S.K. (2013) 'Adopting Design Thinking in Novice Multidisciplinary Teams: The Application and Limits of Design Methods and Reflexive Practices', Journal of Product Innovation Management 30(S1):19-33 — api.crossref.org
- Elsbach K.D., Stigliani I. (2018) 'Design Thinking and Organizational Culture: A Review and Framework for Future Research', Journal of Management 44(6):2274-2306 — journals.sagepub.com
- Page L., Brin S. (2004) 'Letter from the Founders: An Owner's Manual for Google's Shareholders', Google Inc. Form S-1(米国証券取引委員会へ2004年4月29日提出)/同社 2004年 年次創業者書簡(企業の開示文書。査読誌ではない。2026年閲覧) — www.sec.gov
- Agrawal A., Catalini C., Goldfarb A., Luo H. (2018) 'Slack Time and Innovation', Organization Science 29(6):1056-1073 — api.crossref.org