原典が約束したのは、1年ごとの倍化を、10年だけだった
未来の線を引く仕事には、ふしぎな安心感がある。線が引けた紙は、確かめられた気がするからだ。ところが、いちばん有名な線の原典は、10年ぶんの見通しを書いた業界誌の記事だった。
前の単位で、手がけるテーマの数をどう絞るかを見た。ここでは、絞ったものを時間の軸に並べたとき、その線がどこまで確かめられているのかを扱う。
この単位が扱うのは一点——「法則」と呼ばれている見通しの原典に、実際は何が書いてあったかである。どの技術が伸びるかは扱わない。どの方式を選ぶべきかも扱わない。
原典に書いてあるのは、三つだけである
いちばん有名な見通しから始める。出どころは特定できる。**1965年4月19日、業界誌 *Electronics* 38(8) の114〜117ページである。これは業界誌の記事であって、査読の手続きを通った論文ではない。**
そこに書いてあることは、三つに尽きる。
一つめ、何が増えているか——“The complexity for minimum component costs has increased at a rate of roughly a factor of two per year”。最小の部品費用で作れる複雑さが、およそ年に2倍の割合で増えてきた。 増えているのは「性能」でも「速度」でもなく、費用がいちばん安くなる点での部品の数である。
二つめ、どれくらいの期間か——“there is no reason to believe it will not remain nearly constant for at least ten years”。少なくとも10年は、ほぼ一定のままだと考えない理由はない。 「少なくとも10年」であって、永久ではない。
三つめ、具体的な予測——“That means by 1975, the number of components per integrated circuit for minimum cost will be 65 000.”1975年までに、最小費用あたりの部品数は65,000個になる。 期限と数字が入った、10年ぶんの見通しである。
提唱者本人が、10年後に周期を書き換えている
その10年後、同じ人物が学会の予稿で数字を直している。1975年の国際電子デバイス会議の技術予稿集である(学会の予稿であって査読誌ではない)。一文はこうである——“The new slope might approximate a doubling every two years, rather than every year, by the end of the decade.”新しい傾きは、10年代の終わりまでには、1年ごとではなく2年ごとの倍化に近づくかもしれない。
1年ごとが、2年ごとになった。 提唱者自身の手で、10年後に。法則と呼ばれているものは、この時点で一度、書き換えられている。
ついでに二つ、原典に無いものを書いておく。「18か月ごと」は、1965年の記事にも、1975年の改訂にも出てこない。 そして「◯◯の法則」という呼び名を誰が付けたのかも、辿れない。 2015年に *IEEE Spectrum*(雑誌であって査読誌ではない)が調べた記事は、命名の由来は依然として不明瞭だと述べている。よく名前が挙がる人物の回想では、取材のやりとりのなかで“sort of bubbled up in the discussion”、そして“and then it came out in the article and it stuck”とされるが、記事の調査ではその時期の裏づけは見つかっていない。呼び名だけが、出どころを持たないまま定着している。
62の技術で、六つの見通しの立て方を比べた
では、こういう見通しはそもそもどれくらい当たるのか。2013年に *PLoS ONE* 8(2):e52669 へ出た研究が、正面から測っている(査読誌。出版社のページを見たが、訂正・撤回・懸念表明の表示は無い)。
標本はこう書かれている——“Using a new database on the cost and production of 62 different technologies, which is the most expansive of its kind, we test the ability of six different postulated laws to predict future costs.”62の技術について、費用と生産量のデータを集め、六つの見通しの立て方が将来の費用をどれだけ言い当てるかを比べた。
結果は、しばしば言われるほど一方的ではない。原典の一文はこうである——“Wright's law produces the best forecasts, but Moore's law is not far behind.”もっとも良い予測を出すのは時間ではなく積み上がった生産量を軸に置く側だが、時間を軸に置く側も、大きく引き離されてはいない。
さらに、なぜ差が小さいのかも書いてある——“A combination of an exponential decrease in cost and an exponential increase in production would make Moore's law and Wright's law indistinguishable”、そしてこの2つの当てはまりはほぼ同じである(“the performance of these two laws is nearly the same”)。費用が時間とともに指数的に下がり、生産量が時間とともに指数的に増えていれば、二つは見分けがつかなくなる。 どちらが正しいかという問いは、この場面では立たない。
予測はできる。ただし誤差は、時間とともに広がる
同じ研究が、当たり具合の壊れ方も書いている——“Our results show that technological progress is forecastable, with the square root of the logarithmic error growing linearly with the forecasting horizon at a typical rate of 2.5% per year.”技術の進歩は予測可能である。ただし、対数誤差の平方根が、予測の期間に比例して、典型的には年率2.5%で大きくなっていく。
予測できる、と、いつまで予測できる、は別のことである。 3年先と15年先は、同じ線の上にあっても、同じ確からしさではない。
この形をさらに詰めた研究が、2016年の *Research Policy* 45(3):647-665 にある。53の技術の履歴データを使い、費用の低下を、ばらつきを持った歩みとして書き直したものである。要旨の言い方はこうである——多くの技術で異なる速さで費用が指数的に下がることが最近になってはっきりしてきた。誤差の分布を時間の関数として近似的に閉じた形で導き、過去にさかのぼった試しによって、多くの異なる技術と異なる期間の予測誤差が、同じ普遍的な分布の上に重なることを示した。 ここで得られるのは1本の線ではなく、幅の見積もりである。(この逐語は掲載誌と同じ題のプレプリント版から採った。プレプリントは査読前の版である。)
ロードマップという枠組み自体は、効果を測ったものではない
線の引き方から、道具の話へ移る。技術ロードマップという枠組みを整理した論文が、2004年の *Technological Forecasting and Social Change* 71(1-2):5-26 にある。約40のロードマップを調べ、16の大きな型に分類した、という研究である。
要旨の書き方に注意したい。この技術は乱れた環境を生き延びる助けになりうる、と提案されている(“It is proposed that…”)——提案されている、である。 要旨に効果の測定は出てこない。枠組みの整理であって、導入したらどうなったかを測った研究ではない。
同じ要旨には、こうも書かれている——ロードマップは形式の上では見かけほど単純ではなく、その作成にはかなりの難しさが伴う。 図としては一枚に収まるが、一枚に収まることと、中身が確かめられていることは別である。
時間・変化:見通しが「法則」になるまで
順番はこうである。1965年、業界誌の記事に、10年ぶんの見通しが載る。対象は最小費用あたりの部品数、周期は1年、期限は少なくとも10年。1975年、本人が周期を2年へ書き直す。そのあいだのどこかで、呼び名が付く——誰が付けたかは辿れない。その後、周期は「18か月」という、原典にも改訂にも無い値で語られるようになる。2013年、62の技術で比べた研究が、時間を軸に置く見通しも生産量を軸に置く見通しも当たり具合はほぼ同じで、誤差は年率2.5%で広がると報告する。2016年、53の技術で誤差の分布そのものが記述される。
落ちていったものも決まっている。期限が落ち、対象が落ち、周期が置き換わり、最後に「法則」という語だけが残った。 逆向きにはまず動かない。「あれは10年ぶんの見通しでした」という訂正が、標語に追いつくことはない。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、線を引いた紙を、確かめられた未来として扱うことである。線は、引いた時点の見通しであって、当たり具合はその外側にある。しかも当たり具合は、期間が延びるほど落ちる。 3年先の線と15年先の線を、同じ太さで描いてはいけない。
標本の偏りを断っておく。ここまでの数字は、62の技術と53の技術という、費用と生産量の記録が長く残っている技術から採られている。記録が残るのは、その技術が長く作られ続けたからである。 途中で作られなくなった技術は、この62にも53にも入りにくい。そして——成功した組織のデータだけが残る、という逆向きを排除できない。 消えた製品系列も、閉じた研究所も、記録の側にはほとんど残らない。
助けるのは、線ではなく、線が言われた日付と媒体を書き留めておくという一手である。予測の中身は覚えていられるが、いつ誰がどこで言ったかは、たいてい半年で消える。残っていれば、あとから当たり外れを自分で確かめられる。
最初の一歩は5分。自分の分野で「3年後にはこうなる」と言われていることを1つ書き、その予測がいつ、どの媒体で言われたかを添えておく。
次の単位は 303「研究者の創造性を引き出すには?」——線を引く手前にある、発想そのものの扱いに、どれだけの実証があるのかという段へ進む。
- 1965年4月19日の業界誌 Electronics 38(8):114-117 の記事は、増えている対象を最小の部品費用で作れる複雑さと書き、周期をおよそ1年で2倍、期間を少なくとも10年としている。これは業界誌の記事であって査読の手続きを通った論文ではない
- 同じ記事の具体的な予測は、1975年までに最小費用あたりの部品数が65,000個になる、というものだった。期限と数字が入った10年ぶんの見通しである
- 提唱者本人が1975年の国際電子デバイス会議の技術予稿集で、新しい傾きは10年代の終わりまでには1年ごとではなく2年ごとの倍化に近づくかもしれない、と書いている。学会の予稿であって査読誌ではない
- 今日よく言われる「18か月ごと」は、1965年の記事にも1975年の改訂にも出てこない。呼び名を誰が付けたかも辿れず、2015年の IEEE Spectrum(雑誌であって査読誌ではない)の記事は、命名の由来は依然として不明瞭だと述べている
- 2013年の PLoS ONE 8(2):e52669 は、62の技術の費用と生産量のデータベースで六つの見通しの立て方を比べ、積み上がった生産量を軸に置く見通しが最良の予測を出すが、時間を軸に置く見通しも大きく引き離されてはいない、二つの当てはまりはほぼ同じである、と報告している
- 同じ研究は、技術の進歩は予測可能だが、対数誤差の平方根が予測の期間に比例して典型的には年率2.5%で大きくなる、と書いている。2016年の Research Policy 45(3):647-665 は53の技術で誤差の分布そのものを記述している
- 技術ロードマップの枠組みを整理した2004年の Technological Forecasting and Social Change 71(1-2):5-26 は、約40のロードマップを調べて16の大きな型に分類したもので、要旨は、乱れた環境を生き延びる助けになりうると提案する形になっており、効果の測定は出てこない
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| ムーアの法則は、18か月ごとに性能が倍になるという法則である | 1965年の業界誌の記事が書いたのは、最小の部品費用で作れる複雑さがおよそ1年で2倍の割合で増えてきた、少なくとも10年はほぼ一定のままだと考えない理由はない、という10年ぶんの見通しである。増えている対象は性能や速度ではなく、費用がいちばん安くなる点での部品の数だった。しかも提唱者自身が1975年に、新しい傾きは1年ごとではなく2年ごとの倍化に近づくかもしれない、と書き換えている。18か月という値は、原典にも改訂にも無い |
| 技術の進歩は予測できないので、長期のロードマップに意味はない | 62の技術を比べた2013年の研究は、技術の進歩は予測可能である、と明言している。問題は当たるかどうかではなく、当たり具合が期間とともに落ちることのほうである。同じ研究は、対数誤差の平方根が予測の期間に比例して典型的には年率2.5%で大きくなると報告している。3年先の線と15年先の線を、同じ太さで描いてはいけない、という話である |
| 技術ロードマップという手法には、導入すると成果が上がるという裏づけがある | 枠組みを整理した2004年の論文は、約40のロードマップを調べて16の大きな型に分類したもので、要旨の書き方は、乱れた環境を生き延びる助けになりうると提案されている、という形である。効果の測定は要旨に出てこない。同じ要旨は、ロードマップは形式の上では見かけほど単純ではなく、その作成にはかなりの難しさが伴う、とも書いている |
線を1本引くだけで、会議はおだやかになる。先が見えていることになるからだ。もっとも有名な線の原典は、1965年の業界誌の記事で、10年ぶんの見通しとしてきちんと期限が書いてあった。落ちたのは、その期限のほうである。皮肉なのは、いま流通している「18か月ごと」という周期が、原典にも、本人の改訂にも、どこにも見当たらないことだ。誰が名前を付けたのかも辿れない。出どころの無い周期と、出どころの無い名前が、半世紀ぶん先まで引かれた線の根拠になっている。線は、引いた人の見通しである。紙が丈夫なだけだ。
Q1. 1965年の業界誌の記事が書いたのは、最小の部品費用で作れる複雑さがおよそ ____ で2倍の割合で増えてきた、少なくとも ____ 年はほぼ一定のままだと考えない理由はない、ということだった。具体的な予測は、____ 年までに最小費用あたりの部品数が ____ 個になる、である。穴埋め
Q2. 提唱者本人は1975年の学会予稿で、新しい傾きは10年代の終わりまでには1年ごとではなく ____ ごとの倍化に近づくかもしれない、と書き換えている。今日よく言われる ____ か月ごと、という周期は、原典にも改訂にも出てこない。穴埋め
Q3. 「技術ロードマップを描くには?」という問いについて、62の技術で六つの見通しの立て方を比べた2013年の研究は、時間を軸に置く見通しと、積み上がった生産量を軸に置く見通しの当たり具合を、どう報告したか。一問一答
Q4. 同じ研究が報告している、予測の誤差の広がり方を答えよ。一問一答
Q5. 本文『時間・変化:見通しが「法則」になるまで』で示された順番を並べよ。(ア)62の技術で比べた研究が、当たり具合はほぼ同じで誤差は年率2.5%で広がると報告する(イ)業界誌の記事に、10年ぶんの見通しが載る(ウ)周期が、原典にも改訂にも無い値で語られるようになる(エ)本人が周期を2年へ書き直す(オ)呼び名が付く。誰が付けたかは辿れない並べ替え
紙かメモアプリを開く。自分の分野で「3年後にはこうなる」「そのうち置き換わる」と言われていることを1つ選び、1行で書く。次に、その予測を自分がどこで見たか聞いたかを書き添える——日付(または年月)と、媒体(記事、資料、講演、雑談、社内の文書など、種類だけでよい)である。誰が言ったかを個人名で書く必要はなく、書かないほうがよい。最後に、その予測に期限が入っていたかどうかを一言で書く。入っていなければ、入っていなかった、と書く。当たるか外れるかの予想はしない。良し悪しの評価もしない。組織に属していない場合や一人で作っている場合も、この課題はそのまま成立する——自分が関心を持っている分野で見かけた予測を1つ選べばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Nagy B., Farmer J.D., Bui Q.M., Trancik J.E. (2013) 'Statistical Basis for Predicting Technological Progress', PLoS ONE 8(2):e52669 — journals.plos.org
- Farmer J.D., Lafond F. (2016) 'How predictable is technological progress?', Research Policy 45(3):647-665 — arxiv.org
- Moore G.E. (1965) 'Cramming more components onto integrated circuits', Electronics 38(8), 1965年4月19日, pp.114-117(業界誌。査読誌ではない) — www.cs.utexas.edu
- Moore G.E. (1975) 'Progress in digital integrated electronics', Technical Digest, International Electron Devices Meeting (IEDM), IEEE, 1975, pp.11-13(学会予稿。査読誌ではない) — www.lithoguru.com
- Phaal R., Farrukh C.J.P., Probert D.R. (2004) 'Technology roadmapping—A planning framework for evolution and revolution', Technological Forecasting and Social Change 71(1-2):5-26 — api.crossref.org
- Courtland R. (2015) 'The Murky Origins of Moore's Law', IEEE Spectrum, 2015年4月28日(雑誌。査読誌ではない。2026年閲覧) — spectrum.ieee.org