広く配ったほうが、新製品の売上は高かった
絞れば当たる、という言い方には、ふしぎな安心感がある。数が減ると、決めた気がするからだ。ところが、この向きを実際に測った研究は、逆の側に立っている。
前の単位で、遠い研究と近い事業に時間をどう配るかを見た。ここから先は、配ったものをどう絞り、どう深めるかの段である。
この単位が扱うのは一点——「絞る」という操作が何を指していて、その向きがどこまで確かめられているかである。何に賭けるべきかは扱わない。資金の集め方も扱わない。
「絞る」と一語で言われているものは、少なくとも三つある
同じ言葉が、まったく別の操作を指している。手がけるテーマの件数を減らすこと。手がける分野の幅を狭めること。1件あたりに回す資源を増やすこと。 この三つは連動しているように見えて、独立に動かせる。件数を半分にしても1件あたりの資源が増えるとは限らないし、分野を狭めずに件数だけ増やすこともできる。
証拠を読むときに厄介なのは、研究が測っているのはたいてい一つめか三つめで、助言が言っているのは二つめだということである。以下で見る数字も、測られているのは件数のほうである。
ドイツの1,495社では、広く配ったほうが新製品の売上が高かった
この問いを正面から測った研究がある。掲載は2014年の *Strategic Management Journal* 35(2):246-268 である。ただし掲載版の本文には到達できなかったので、以下の細かい数値は、掲載前の2011年のワーキングペーパー版(ZEW ディスカッションペーパー 11-073。題名も違う)から採る。どちらを採ったかを先に書いておく。
標本はこう書かれている——データは2009年のマンハイム革新パネルから採られており、これは欧州の共同体革新調査のドイツ部分を構成する。関心のあるいずれかの次元に欠測のある観測が計1,082件あり、最終的なデータは1,495社となった。 つまりドイツの企業1,495社である。国も年も、はっきりしている。
要旨の一文はこうである——資源をより広い範囲の革新案件に配分する方針は、新製品の売上を増やす。とりわけそれが真に新しい、すなわち市場にとって新しいものである場合に。 そして——広さの効果は、1件あたりの資源配分を増やすことの効果を上回るように見える。
「広さ」が何を数えているかも書いてある——我々は調査対象の企業に、2006年から2008年のあいだに進めた革新案件の件数を報告してもらった。回答は企業規模に対して標準化された。 つまり金額ではなく、規模で割った件数である。「予算を薄く広げた企業ほど売れた」という話ではない。
「選別できないと効かない」ではない
ここが取り違えやすい。広く配れるのは選別できる体制がある企業だけだ、という条件づけは、原典には無い。ワーキングペーパー版の一文はこうである——選別的な企業も非選別的な企業も、広さによる有意な正の成果効果を示す。ただし信頼水準と係数の大きさは、選別的な企業のほうが大きい。
どちらでも効いている。選別すると、効きが大きく、確からしくなる。 これは前提条件ではなく調整変数である。前提条件なら「無ければ効かない」、調整変数なら「あると効きが変わる」。訳し違えると、助言の向きが反対になる。
なお、この研究での「選別」は、資源配分の巧拙のことではない。2006年から2008年に進めた案件のうち、途中で打ち切ったものがあるかどうかを訊いただけである。定義はそこまで素朴である。
理論のほうは、環境しだいで向きが変わると言っている
配分の枠組みを扱った理論研究が、2008年の *Management Science* 54(5):907-921 にある。この論文は実証ではなく、著者たち自身が規範的な理論の枠組みと呼んでいる。 そのモデルが出す結論は、単純ではない——環境の複雑さは、均衡を急進的な革新のほうへ動かす。逆に、環境の不安定さは、均衡を漸進的な革新のほうへ動かす。
複雑さと不安定さは、日常語ではどちらも「先が読めない」で片づく。モデルの中では、正反対の向きに効いている。 「不確実だから大きく張れ」も「不確実だから手堅く行け」も、どちらもこのモデルの一部分だけを引いて言える。
テーマの値打ちは、そのテーマだけでは決まらない
もう一つ、絞り込みの前提を崩す研究がある。2007年の *Management Science* 53(9):1452-1466 は、米国の上場医薬品企業について、1994年から2004年のあいだに起きた第III相試験の失敗132件を集め、失敗が公表された前後の株価の動きから、その案件が企業にとってどれだけの値打ちだったかを測っている。
結論の一文はこうである——同じ市場を狙う他の案件が存在すること、および同じ開発資源を必要とする案件が積み上がっていることは、ある開発案件の値打ちを下げる。
つまり案件の値打ちは、その案件の中身だけでは決まらない。 隣に何が並んでいるかで変わる。1件ずつ点数を付けて上位から残す、という絞り方は、この相互作用を最初から見ていない。
実際の絞り込みは、証拠だけで行われていない
では現場では何が起きているか。2011年の *Journal of Product Innovation Management* 28(5):641-661 が、米国2社・欧州2社の計4社を対象に、1,750ページの社内文書、75回の半構造化面接、13回の会議観察をもとにした質的な研究を行っている。効果を測った研究ではない。4社である。
そこで示された像はこうである——有効な組み合わせ決定は、担当者が用いる三種類の決定過程、すなわち証拠にもとづくもの、力関係にもとづくもの、意見にもとづくものの相互作用の結果である。
証拠にもとづく決定は、三つのうちの一つである。 残りの二つが悪だという話ではない。絞り込みの手続きを整えたときに動いているのは、その一つだけではないということである。
そもそも「研究開発費」に何を入れるかが決まっていない
絞り込みの議論は、たいてい研究開発費という数字の上で行われる。その数字の定義を見ておく。国際的な基準は、経済協力開発機構が2015年に出した *Frascati Manual 2015* である(国際機関の手引きであって査読誌ではない)。本体の版は取得できなかったので、米国の公的機関がこの手引きを原文で引用している資料から引く。
定義はこうである——研究および実験的開発とは、知識の蓄積——人類、文化、社会についての知識を含む——を増やし、利用可能な知識の新しい応用を考案するために行われる、創造的で体系的な仕事から成る。 そして5つの基準が置かれている——新規であること、創造的であること、不確実であること、体系的であること、移転可能かつ/または再現可能であること。 さらに——5つの基準はすべて、少なくとも原則として、研究開発活動が行われるたびに満たされなければならない。
この定義がどれだけ効くか。日本の公的資料で見える。文部科学省の科学技術・学術政策研究所が出している『科学技術指標2025』(公的資料であって査読誌ではない。2026年閲覧)は、同じ表の中で、2023年の日本の研究開発費を、20.4兆円と22.0兆円の2通りで並べている。前者には日本(OECD推計)と付いていて、注記にはこうある——日本(OECD推計)は1995年までOECD基準に合うように、当該国の値をOECD事務局が調整。大学部門については、研究開発費のうち人件費を研究換算にした総研究開発費である。
同じ国の、同じ年の、同じ名前の数字が、誰の定義で数えるかによって1.6兆円ずれる。 同じページの注記には、研究開発費は人文・社会科学を含むとも書いてある。何を研究開発と呼ぶかは、最初から決まってはいない。
時間・変化:定義が落ちて、標語が残る
順番はだいたい決まっている。まず定義つきの測定がある——ドイツ1,495社、2006年から2008年の案件件数、規模で標準化。次に、それが係数になる。次に、係数が「広く配ったほうが売上が高い」という文になる。次に、その文が「集中は間違いだ」という標語になる。最後に、国も、年も、何を数えたかも落ちる。
逆向きにはまず動かない。標語から定義が戻ってくることは、ほとんど起きない。 そして標語になったあとは、向きが反対の標語とも共存する。「選択と集中」と「広く張る」は、どちらも現場で同時に言われている。同時に言えるのは、どちらも中身が空だからである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、件数を減らすことと、分野を狭めることと、1件あたりを厚くすることを、一つの決定として扱うことである。三つは別々に動く。まとめて動かすと、どれが効いたのか後から分けられない。
標本の偏りを断っておく。ここまでの証拠は、ドイツの企業1,495社、米国の上場医薬品企業の第III相失敗132件、米欧の4社から採られている。米国と欧州の、しかも調査票に答える余裕のある組織に大きく寄っている。日本の研究開発を対象にした査読研究はごく少ない。そして——成功した組織のデータだけが残る、という逆向きを排除できない。 途中で消えたテーマも、答える余裕のなかった会社も、最初から入っていない。
助けるのは、手元のテーマの件数を、良し悪しの判断を挟まずにただ数えてみるという一手である。数える前に「これは数に入れていいのか」と考え始めると、たいてい数字は小さくなる。先に数えて、あとで考えるほうが、記録としては正確である。
最初の一歩は5分。いま抱えているテーマの件数を数える。それだけでよい。
次の単位は 302「技術ロードマップを描くには?」——数えたものを時間の軸に並べたとき、その線はどこまで確かめられているのか、という段へ進む。
- 配分の広さと成果を測った研究の標本は、ドイツの企業1,495社である。2009年のマンハイム革新パネル(欧州の共同体革新調査のドイツ部分)で、関心のあるいずれかの次元に欠測のある観測1,082件を除いた残りが1,495社にあたる
- その研究の要旨は、資源をより広い範囲の革新案件に配分する方針は新製品の売上を増やす、とりわけそれが市場にとって新しいものである場合に、と述べている。広さの効果は、1件あたりの資源配分を増やすことの効果を上回るように見える、とも書かれている。細かい数値は掲載版ではなく、掲載前の2011年のワーキングペーパー版から採ったものである
- この研究の「広さ」は金額ではない。2006年から2008年のあいだに進めた革新案件の件数を、企業規模に対して標準化した値である
- 選別は前提条件ではなく調整変数である。原典は、選別的な企業も非選別的な企業も広さによる有意な正の成果効果を示すが、信頼水準と係数の大きさは選別的な企業のほうが大きい、と書いている。ここでいう選別とは、2006年から2008年に進めた案件のうち途中で打ち切ったものがあるかどうかを訊いたものである
- 配分の枠組みを扱った2008年の Management Science 54(5) の研究は、著者たち自身が規範的な理論の枠組みと呼ぶモデルであって実証ではない。そのモデルでは、環境の複雑さは均衡を急進的な革新のほうへ動かし、逆に環境の不安定さは均衡を漸進的な革新のほうへ動かす
- 2007年の Management Science 53(9) は、米国の上場医薬品企業について1994年から2004年のあいだに起きた第III相試験の失敗132件を集め、同じ市場を狙う他の案件があることと、同じ開発資源を必要とする案件が積み上がっていることが、ある開発案件の値打ちを下げると報告している
- OECD Frascati Manual 2015 は研究開発を、知識の蓄積を増やし利用可能な知識の新しい応用を考案するために行われる創造的で体系的な仕事と定義し、新規・創造的・不確実・体系的・移転可能かつ/または再現可能の5基準をすべて満たすことを求めている。日本では NISTEP 科学技術指標2025 が、2023年の研究開発費を20.4兆円と22.0兆円の2通りで並べている
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 選択と集中。テーマを絞れば成果が上がる | ドイツの企業1,495社を対象にした研究では、向きが逆だった。資源をより広い範囲の革新案件に配分する方針は新製品の売上を増やし、とりわけそれが市場にとって新しいものである場合にそうなる、と報告されている。しかも広さの効果は、1件あたりの資源配分を増やすことの効果を上回るように見える、とされている。ここでいう広さは金額ではなく、2006年から2008年に進めた案件の件数を企業規模で標準化した値である |
| 広く配れるのは、途中で打ち切れる体制がある組織だけだ | 原典はそう書いていない。選別的な企業も非選別的な企業も、広さによる有意な正の成果効果を示す、とある。違うのは信頼水準と係数の大きさで、選別的な企業のほうが大きい。これは前提条件ではなく調整変数である。前提条件なら無ければ効かないが、調整変数はあると効きが変わるだけである。訳し違えると助言の向きが反対になる |
| 研究開発費という数字は、どこでも同じものを数えている | 日本では、NISTEP 科学技術指標2025 が2023年の研究開発費を20.4兆円と22.0兆円の2通りで並べている。差は1.6兆円で、同じ国の同じ年の数字である。国際的な基準である OECD Frascati Manual 2015 は、新規・創造的・不確実・体系的・移転可能かつ/または再現可能の5つを、少なくとも原則として活動のたびにすべて満たすことを求めているが、その当てはめ方が変われば同じ活動が数に入ったり入らなかったりする |
絞り込みという言葉のいいところは、やっていることが減るのに、決めた量は増えて見えるところである。件数を半分にした、と言えば、半分の決断をしたように聞こえる。実際に測られていたのは、件数を企業規模で割った値と、新製品の売上の関係だけで、しかもその向きは反対だった。もっと皮肉なのは、その数字が乗っている土台のほうである。研究開発費という数字は、日本の公的資料の同じ表の中で、同じ年について1.6兆円ぶん食い違っている。どこまで絞るかを議論する前に、何を数えているかが決まっていない。決まっていないものは、いくらでも絞れる。
Q1. 「開発テーマを絞り込むには?」という問いについて、配分の広さと新製品売上の関係を測った研究は、どこの国の何社を標本にしていたか。また、その研究がいう「広さ」は何を数えた値か。一問一答
Q2. この研究における「選別」の扱いとして、原典の記述に合うものはどれか。選択
Q3. 配分の枠組みを扱った2008年の Management Science 54(5) の研究について、本文が指摘していることはどれか。選択
Q4. 日本の2023年の研究開発費について、本文が挙げている事実はどれか。選択
Q5. 本文『時間・変化:定義が落ちて、標語が残る』で示された順番を並べよ。(ア)係数が「広く配ったほうが売上が高い」という文になる(イ)国も年も何を数えたかも落ちる(ウ)定義つきの測定がある(エ)その文が「集中は間違いだ」という標語になる(オ)測定が係数になる並べ替え
紙かメモアプリを開く。いま自分が抱えているテーマや案件を、思いつくまま書き出して件数を数える。大きさはそろえなくてよい。書き終えたら、そのうち直近1か月で1度も手を触れていないものに印を付け、その件数も数える。数えるだけで、止めるかどうかは決めない。誰かに相談もしない。順位も付けない。良し悪しの判断を挟むと数が小さくなるので、先に数えて、考えるのはあとにする。最後に、全体の件数と、1度も触っていない件数の2つの数字を並べて書く。組織に属していない場合や一人で作っている場合も、この課題はそのまま成立する——いま自分が続けている制作や調べものを同じように書き出して数えればよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Klingebiel R., Rammer C. (2014) 'Resource allocation strategy for innovation portfolio management', Strategic Management Journal 35(2):246-268 / 同・掲載前のワーキングペーパー版 ZEW Discussion Paper 11-073 (2011) 'Resource allocation flexibility for innovation performance: The effects of breadth, uncertainty, and selectiveness' — www.zew.de
- Chao R.O., Kavadias S. (2008) 'A Theoretical Framework for Managing the New Product Development Portfolio: When and How to Use Strategic Buckets', Management Science 54(5):907-921 — api.crossref.org
- Girotra K., Terwiesch C., Ulrich K.T. (2007) 'Valuing R&D Projects in a Portfolio: Evidence from the Pharmaceutical Industry', Management Science 53(9):1452-1466 — faculty.wharton.upenn.edu
- Kester L., Griffin A., Hultink E.J., Lauche K. (2011) 'Exploring Portfolio Decision-Making Processes', Journal of Product Innovation Management 28(5):641-661 — api.crossref.org
- OECD (2015) Frascati Manual 2015: Guidelines for Collecting and Reporting Data on Research and Experimental Development, OECD Publishing(NSF/NCSES, Definitions of Research and Development: An Annotated Compilation of Official Sources 経由、2026年閲覧) — ncses.nsf.gov
- 文部科学省 科学技術・学術政策研究所(NISTEP)『科学技術指標2025』NISTEP RESEARCH MATERIAL No.349 第1章 研究開発費の節(2025年公表、2026年閲覧) — www.nistep.go.jp