20万件を見て4万件を選んだ、が「4万件を分析した」になった
具体的な数字は、それだけで確からしく聞こえる。4万件、と言われれば、誰かが4万件を読んだのだろうと思う。ところがその数字を辿っていくと、資料ごとに違う数が出てきて、いちばん審査の厳しい場所には、数そのものが無かった。
前の単位で、名前が先に広がった手法に、実証がどれだけあるかを見た。ここで扱うのは、その中でもいちばん具体的な数字を背負っているものである。
この単位が扱うのは一点——「4万件の特許を分析して作られた」という、よく引かれる数字の来歴である。手法の使い方は扱わない。どの技術が優れているかも扱わない。
「矛盾」と呼ばれているのは、二つの要求が同時に立たない状態である
先に言葉の中身を確かめておく。ここでいう矛盾とは、論理の矛盾ではない。一方を良くすると、もう一方が悪くなるという関係のことである。強くすれば重くなる、速くすれば粗くなる、薄くすれば壊れやすくなる——作る場面で毎日起きている、あの手詰まりを指している。
この考え方の売りは、そこで折り合いをつけるのではなく、両方を立てる道を探すという構えにある。そのために、改善したい性質と悪化する性質の組み合わせごとに、使えそうな原理を引く表が用意されている。仕掛けとしては、それだけである。
その原理は、何件の特許から取り出されたのか
ここから数字の話になる。この手法の由来には、ほぼ必ず「4万件の特許を分析して」という一句が付く。 辿ってみた。
この手法を掲げる団体の公開ページ(団体のウェブページであって査読誌ではない。2026年閲覧)——“After studying 200,000 patents, Altshuller concluded that there are about 1,500 technical contradictions that can be resolved relatively easily by applying fundamental principles.”20万件の特許を研究したのち、およそ1,500の技術的矛盾があると結論づけた。
2024年公開の査読前のプレプリント(査読を通っていない版)——“Through a thorough analysis of over 40,000 patents, Altshuller and his collaborators identified repeated patterns of innovation”。4万件を超える特許の徹底的な分析を通じて。 付されている出典は、1999年に出た一般向けの著書であって査読論文ではない。
**2025年の査読誌 *AIEDAM*(Artificial Intelligence for Engineering Design, Analysis and Manufacturing)39:e12——“These principles are based on his analysis of thousands of patents across various industries.”さまざまな産業にわたる数千件の特許の分析にもとづく。** この一文に、研究上の出典は付いていない。
20万件と、4万件と、数千件。同じ由来についての記述である。
一次に近いほうには、二つの数が並んでいる
数字が三通りに割れる理由は、さかのぼると見えてくる。一次に近い記述では、数は二つある——まず20万件ほどの特許の抄録に目を通し、そのうち4万件を、水準の高い発明の代表例として選んだ、という二段構えである。
この記述にたどり着けたのは、出典表示のない一般向けの解説ページだけだった。 原典のどの箇所に基づくのかは示されていない。だからこの二つの数を、確定した値としては採らない。 採らないが、形は見ておく価値がある。前の段が落ちると「4万件を分析した」になり、後ろの段が落ちると「20万件を研究した」になる。 三通りに割れているのは、もともと二段だったものが、引かれるたびに片方ずつ落ちていったからだと見れば説明がつく。
ここを取り違えないでおきたい。これは「一次情報にたどり着けなかった」という話ではない。 数字が書かれた資料には、いくつもたどり着いた。たどり着いたら、引かれている数字と違っていた——そういう話である。
そして、査読誌に出ているこの手法の総説3本は、どれも件数に触れていない。 2016年の *Computers in Industry* 82:119-134 も、2013年の *Technovation* 33(2-3):30-37 も、2016年の *Procedia CIRP* 39:51-56 も、である。いちばん有名な数字は、いちばん審査の厳しい場所には出てこない。
検証の道筋を辿ってこなかった、と総説自身が書いている
では査読誌の総説は何を書いているのか。2016年の *Computers in Industry* 82:119-134 は、被引用の上位100件を対象に整理した論文である。論文の冒頭に置かれた要点の箇条書き(要旨ではない)に、著者たち自身の言葉でこうある——
“TRIZ development has not followed the typical patterns of scientific validation.”この手法の発展は、科学的な検証の典型的な道筋を辿ってこなかった。
“Its diffusion in scientific literature has taken place much later than development.”学術文献のなかへの広がりは、発展よりずっと後に起きた。
“Claimed powerful support in tackling technical problems conflicts with TRIZ diffusion in industrial settings.”強力な支えになるという主張は、産業の現場での広がり方と食い違う。
まず広がり、あとから学術の場に入った。普通は確かめられてから広がる。ここでは、広がってから確かめ始めている。
組み合わせの表そのものが、査読誌で疑問視されている
件数の話より強い値切りが、道具の中身のほうにある。2021年の *Design Science* 7:e12 は、原理の選び方を正面から調べた論文である(出版社のページを見たが、訂正・撤回の表示は無い)。要旨にこうある——しかしながら、組み合わせの表の信頼性はしばしば疑問視されており、原理を選ぶための堅固で信頼できる手順についての合意には、到底達していない(“the reliability of the Contradiction Matrix is often questioned and an agreement on a solid and reliable procedure for the selection of IPs is far from being reached”)。
同じ要旨には、使う側は最も適した道具を選ぶことに広く困難を経験しており、提供される道具の数の多さを考えると、それは重い制約である、ともある。
表を引けば原理が出る、という部分そのものが、査読誌のなかで宙に浮いている。
事例は集まっている。ただし、集まる場所が決まっている
使った側の記録が無いわけではない。2016年の *Procedia CIRP* 39:51-56 は、この手法の専門誌と専門の会議から、200件を超える事例研究を集めて整理している(会議録のシリーズであって、通常の査読誌とは審査の性格が異なる)。指摘はこうである——着想の提示の仕方に支配的な様式が無いことは、この議論がまだ未成熟で、体系的な実践よりも個人の才覚に委ねられていることを示している。
また2013年の *Technovation* 33(2-3):30-37 は、うまくいった側といかなかった側の両方から調査で直接に情報を集めた点で珍しく、こうした実務上の困難は、この手法の文献からおおむね無視されてきたと書いている。事例が集まる場所は決まっている。投稿されるのは、書ける状態になった案件のほうである。
「成果」は、作る前ではなく、出たあとに定義されている
ここで、この棚がくり返し通ってきた場所に戻る。
この分野の助言は、当たった側からしか書かれていない。 途中で消えたテーマも、答える余裕のなかった組織も、最初から入っていない。だがこの単位が見せているのは、もう一つのほうである。「成果」は、作る前ではなく、出たあとに定義されている。
この手法の由来を、その形で読んでみる。4万件は、特許の全体ではない。 一次に近い記述の形に従えば、20万件を見たあとに「水準が高い」と判断して選び出された側である。選んだのは、発明が出たあとである。 何が良い発明かを決める物差しは、選んでいる人の手の中にあった。その4万件から取り出された原理を、これから作るものに当てはめる——順序が一周している。
同じ形は、この棚のどの問いにも出てきた。新規性も、成功も、良い進め方も、多くは結果が出てから測られている。 しかも訊いているのは、うまくいったかと、良い進め方をしたかを、同じ人に、同じ調査票で、同じ日にである。だから「この手順が成果を生む」という順序は、逆にも読める——うまくいったと思っている人が、良い手順を踏んだと答えている。
この一周は、悪意でも手抜きでもない。 成果が出る前に成果を定義できるなら、研究開発は要らない。問題は、一周していることが引用の途中で見えなくなることのほうである。
時間・変化:数字が圧縮されていく順番
順番はだいたい決まっている。まず二段構えの記述がある——見た件数と、選んだ件数。次に、どちらか片方が落ちて一つの数になる。次に、その数が「分析した」という動詞と結びつく。次に、出どころの資料の性格が落ちる——団体の公開ページなのか、査読前のプレプリントなのか、査読誌なのか。最後に、数だけが残る。
逆向きにはまず動かない。「あれは選んだ件数でした」という訂正が、標語に追いつくことはない。 そして数だけになったあとは、資料ごとに違う値が並んで使われる。20万件と4万件と数千件は、いま同時に流通している。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、数字が具体的であることを、確からしさだと読むことである。「4万件」は「たくさん」より具体的に聞こえる。具体的であることと辿れることは別である。
標本の偏りを断っておく。ここまでの証拠は、被引用の上位100件の文献、専門誌と専門の会議から集めた200件超の事例、そして使った人への調査から採られている。この手法に関心のある人が集まる場所に大きく寄っており、日本の開発現場を対象にした査読研究はごく少ない。そして——成功した組織のデータだけが残る、という逆向きを排除できない。 うまくいかなかった導入は事例集に載らない。
助けるのは、自分が当たり前に使っている数字を1つ選んで、出どころを実際に辿ってみるという一手である。辿れなくてよい。何段さかのぼれたかを数えるだけで、その数字の重さは変わる。
最初の一歩は10分。今日「常識だ」と思って使った数字を1つ選び、辿れるところまで辿って段数を数える。
外れたとき、戻るのは、どこか一つの段である
この棚は、順序のある絞り込みとして置かれていた。何を手がけるかを見きわめ、関門を作り、体制と資源を配り、絞り込んで深める。
絞り込みの形をしているから、絞った先が外れると全部やり直しに見える。 実際にはそうならない。戻るのは、どこか一つの段である。
何を手がけるかの見きわめが違っていたのなら、いちばん前に戻る。続けるか止めるかの決め方だったのなら、二つめの段に戻る。人と時間の配り方だったのなら、三つめに戻る。絞り方そのものだったのなら、この段の中で戻る。
どの段に戻るかを決めるのに要るのは、粘り強さではない。外れ方の中身を見ることだけである。 その材料は、外れたその場にしか無い。あとから思い出して書いたものは、たいてい滑らかになっている——成果が出たあとに、成果の定義が付け直されるのと、同じ理由で。
- この手法を掲げる団体の公開ページ(団体のウェブページ。査読誌ではない。2026年閲覧)は、20万件の特許を研究したのち、およそ1,500の技術的矛盾があると結論づけた、と書く
- 2024年公開の査読前のプレプリントは、4万件を超える特許の徹底的な分析を通じて繰り返し現れる型が特定された、と書いている。この一文に付された出典は1999年の一般向けの著書であって、査読論文ではない
- 2025年に査読誌 Artificial Intelligence for Engineering Design, Analysis and Manufacturing 39:e12 へ出た論文は、これらの原理はさまざまな産業にわたる数千件の特許の分析にもとづく、と書いている。研究上の出典は付いていない
- 査読誌に出ている総説3本、すなわち2016年の Computers in Industry 82:119-134、2013年の Technovation 33(2-3):30-37、2016年の Procedia CIRP 39:51-56 は、いずれも件数に触れていない(Procedia CIRP は会議録のシリーズで、通常の査読誌とは審査の性格が異なる)
- 被引用の上位100件を対象にした2016年の総説は、論文冒頭の要点(要旨ではない)に、この手法の発展は科学的な検証の典型的な道筋を辿ってこなかった、学術文献のなかへの広がりは発展よりずっと後に起きた、強力な支えになるという主張は産業の現場での広がり方と食い違う、と書いている
- 2021年の Design Science 7:e12 は、組み合わせの表の信頼性はしばしば疑問視されており、原理を選ぶための堅固で信頼できる手順についての合意には到底達していない、使う側は最も適した道具を選ぶことに広く困難を経験している、と要旨に書いている。出版社ページに訂正・撤回の表示は無い
- 2016年の Procedia CIRP 39:51-56 は、この手法の専門誌と専門の会議から200件を超える事例研究を集め、着想の提示の仕方に支配的な様式が無いことは、この議論がまだ未成熟で体系的な実践よりも個人の才覚に委ねられていることを示す、と書いている
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| この手法は、4万件の特許を分析して抽出されたものである | 由来として書かれている数は、資料ごとに違う。手法を掲げている団体の公開ページは20万件と書き、2024年の査読前のプレプリントは4万件を超える分析と書き、2025年の査読誌の論文は数千件と書いている。査読誌の総説3本は件数に触れていない。一次に近い形は二段構えで、20万件ほどの抄録に目を通し、そのうち4万件を水準の高い発明の代表例として選んだ、というものである。前の段が落ちると4万件、後ろの段が落ちると20万件になる |
| 40の原理と組み合わせの表は、実証されている | 2021年の Design Science 7:e12 は、組み合わせの表の信頼性はしばしば疑問視されており、原理を選ぶための堅固で信頼できる手順についての合意には到底達していない、と要旨に書いている。使う側は最も適した道具を選ぶことに広く困難を経験しているとも書かれている。表を引けば原理が出るという部分そのものが、査読誌のなかで宙に浮いている |
| 広く使われているのだから、効果は確かめられているはずだ | 被引用の上位100件を整理した2016年の総説は、論文冒頭の要点に、この手法の発展は科学的な検証の典型的な道筋を辿ってこなかった、学術文献のなかへの広がりは発展よりずっと後に起きた、と書いている。普通は確かめられてから広がるが、ここでは広がってから確かめ始めている。同じ要点には、強力な支えになるという主張は産業の現場での広がり方と食い違う、ともある |
矛盾を折り合いで済ませずに、両方を立てよ——構えとしては、これ以上ないほど正しい。皮肉なのは、その構えを掲げてきた体系自身が、自分についての矛盾を折り合いで済ませてきたことである。効果は主張されているが、確かめられた道筋は無いと総説自身が書いている。由来の件数は三通りに割れたまま、誰も突き合わせずに並んで使われている。そしていちばん有名な4万件は、たぶん誰かが「これは水準が高い」と判断して選んだあとの数である。良い発明とは何かを、発明が出たあとで決める。その手つきだけは、この棚のどこにでもあった。
Q1. この手法の由来として書かれている数は、資料ごとに違う。手法を掲げている団体の公開ページは ____ 件、2024年の査読前のプレプリントは ____ 件を超える分析、2025年の査読誌の論文は ____ 件と書いている。そして査読誌の総説3本は、件数に ____ 。穴埋め
Q2. 一次に近い記述の形として、本文が示しているものはどれか。選択
Q3. 被引用の上位100件を対象にした2016年の総説について、本文が指摘していることはどれか。選択
Q4. 「成果」は作る前ではなく出たあとに定義されている、という話を、本文はこの手法の由来のどこに見ているか。選択
Q5. 本文『時間・変化:数字が圧縮されていく順番』で示された順番を並べよ。(ア)その数が「分析した」という動詞と結びつく(イ)二段構えの記述がある——見た件数と、選んだ件数(ウ)数だけが残る(エ)出どころの資料の性格が落ちる(オ)どちらか片方が落ちて、一つの数になる並べ替え
今日、自分が話や文章のなかで当たり前のように使った数字を1つ選ぶ。仕事の数字でも、世間で言われている割合でもよい。選んだら、その数字を書き、出どころを辿れるところまで辿る。1段めは、自分がその数字をどこで見たか。2段めは、そこが引いていた先。3段めは、さらにその先。辿れなくなったところで止め、何段さかのぼれたかを数字で書く。最後に、いちばん奥で行き着いた資料の種類を一言で書く——査読誌、公的統計、企業や団体の公開資料、記事、辿れず、のどれかでよい。数字が間違っていたかどうかは判定しない。誰かに確かめたりもしない。組織に属していない場合や一人で作っている場合も、この課題はそのまま成立する——自分が関心のある分野でよく見る数字を1つ選べばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Chechurin L., Borgianni Y. (2016) 'Understanding TRIZ through the review of top cited publications', Computers in Industry 82:119-134 — colab.ws
- Ilevbare I.M., Probert D., Phaal R. (2013) 'A review of TRIZ, and its benefits and challenges in practice', Technovation 33(2-3):30-37 — colab.ws
- Spreafico C., Russo D. (2016) 'TRIZ Industrial Case Studies: A Critical Survey', Procedia CIRP 39:51-56(会議録。通常の査読誌とは審査の性格が異なる) — aisberg.unibg.it
- Borgianni Y., Fiorineschi L., Frillici F.S., Rotini F. (2021) 'The process for individuating TRIZ Inventive Principles: deterministic, stochastic or domain-oriented?', Design Science 7:e12 — www.cambridge.org
- Mohammadi A., Zeng Y. (2025) 'Enhancing TRIZ through environment-based design methodology supported by a large language model', Artificial Intelligence for Engineering Design, Analysis and Manufacturing 39:e12 — api.crossref.org
- Jiang S., Luo J. (2024) 'AutoTRIZ: Artificial Ideation with TRIZ and Large Language Models', arXiv:2403.13002(プレプリント。査読前の版。2026年閲覧) — arxiv.org
- Altshuller Institute for TRIZ Studies 公開ページ(団体のウェブページ。査読誌ではない。2026年閲覧)/記述の根拠として挙げられているのは Altshuller G.S. (1999) The Innovation Algorithm, Technical Innovation Center 等の一般向けの著書 — www.aitriz.org