速さは効いている。効き目が動くのは、成功の測り方を動かしたときだ
速くすれば勝てる、という話がある。統合研究はそれを否定していない——速さは成功と結びついている、と書いてある。ただし同じ一文の後半に、その関係は方法上の設計判断と研究の文脈しだいで、弱まるか、消えることさえある、と書かれている。
前の単位で、外の技術を取り込むことの効き目が、開けば開くほど良いという形ではないことを見た。ここでは、取り込んだあとに手を動かす速さそのものが、何を意味しているのかを扱う。ここから先の四つは、体制と資源をどう配るかの話になる。
この単位が扱うのは一点——「成功」という語の中身と、それを誰が答えたのかである。 どの開発手法が優れているかは扱わない。速く作るための段取りの助言もしない。
統合研究は「速いほど良い」を否定していない
値切る側に不利な事実から置く。2013年に *Journal of Product Innovation Management* 30(3):465-486 へ出たメタ分析——先行する実証研究の結果を数量的にまとめ直したもの——は、要旨の冒頭で、この主題ではすでに5本のメタ分析が発表されていると述べ、自分たちは成功をもっと細かい水準で見ると宣言する。そして結論の一文はこうである。おおむね、新製品開発の速さは、成功の結果を改善することと結びついている。
ここで止めれば、結論は俗説と同じである。ところが同じ一文には後半がある。——それらの関係は、いくつもの方法上の設計判断と、研究の文脈しだいで、弱まるか、消えることさえある。 原文の言い方は “may diminish or even disappear” である。
この単位の値切りはここから始まる。速いか遅いかではない。何を成功と呼び、誰がそれを答えたか、である。
一つの「成功」の下に、少なくとも三つの層がある
同じ要旨は、成功をどう分けたかをそのまま列挙している。全体としてまとめて測ったもの。工程の側——開発の費用が下がったか、市場へ出す時期をうまく差配できたか。製品の側——技術的な性能、競争上の優位。そして外側の結果——顧客から見た成功と、財務上の成功である。
同じ「成功」という一語の下に、少なくとも三つの層がある。開発の費用が下がることと、財務上の成功は、同じ語で呼ばれるが同じものではない。 統合研究が「関係は弱まるか消えることさえある」と書いたのは、こういう事情を含んでいる。
1002件の案件を調べた研究は、アジャイルの効果を肯定している
2015年に *International Journal of Project Management* 33(5):1040-1051 へ出た研究は、要旨でまずこう断っている。今日まで、アジャイルの手法が案件の成功の見込みを高めうるという主張を支える、大規模な実証研究はごく少ない。 そのうえで、複数の業種と複数の国にまたがる1002件の案件のデータを使い、組織におけるアジャイルの利用が、案件の成功の二つの側面——効率と、組織の目標に照らした関係者全体の満足——に及ぼす効果を検定した。
結論はこうである。アジャイルの手法は、案件の成功の両方の側面に正の効果を持つ。 さらに、目標や構想の質が、この効果をわずかに調整する変数として有意だった、と書かれている。
だから「アジャイルは効かない」という値切りは、この証拠の前では成立しない。この単位はそれをやらない。
では、その1002件の「成功」は、誰の口から出た値なのか
論文本文の方法の記述には到達できなかった。だから断定はしない。書けるのは二つである。
一つめ。要旨にある成功の二つの側面は、効率と、組織の目標に照らした関係者全体の満足である。 後者は、誰かがそう感じたかどうかを含む言い方をしている。
二つめ。この論文を紹介した、英国の案件管理の職能団体が発行する要約記事——査読誌ではない。学術誌の論文を短くまとめて会員に配る種類の文書である——には、こう書かれている。情報は著者らによってオンラインの質問票で集められ、Project Management Institute の会員と、いくつかの LinkedIn のグループの参加者が、回答を求められた。 そして——質問された人々は、自分が関わった案件のうち、より成功したものを1件と、あまり成功しなかったものを1件、記述するよう求められた。
この記述が正しいなら、成功と不成功の線を引いたのも、どの案件を挙げるかを選んだのも、その案件に関わっていた本人である。 これは効果の有無を否定しない。ただ、その効果が何の上に載っているかを変える。
「成功」という語そのものが、この分野で調べられている
「成功」の定義が動く、という話は思いつきではない。2009年に *Project Management Journal* 40(4):6-19 へ出た論文は、1986年から2004年までに二つの案件管理の学術誌に載った、案件の成功についての論文を集めて数え上げている。その二誌のうち一つは、いま見た1002件の研究が載った誌である。数え上げの対象には、成功の基準、成功の要因、標本の特徴、データの集め方と分析の手法が含まれる。要旨の一文はこうである。結果は、案件の成功についての研究が、認識論的および方法論的な立場を除いて、多様さによって特徴づけられることを示している。
この分野は、成功の基準そのものを研究の対象にしてきた。 「速さは成功に効く」という一文に、どの基準で測ったのかと訊くのは、外からの言いがかりではなく、内側で20年近く続いてきた問いのほうである。
速める場所を分けると、話が変わる
速さを一枚岩で扱わない研究もある。2013年に *Journal of Product Innovation Management* 30(4):626-641 へ出た研究は、1社の内部にある399件の新製品開発案件を客観的なデータで調べた。要旨は、先行研究の大半が工程を一枚岩と見る立場を取ってきたと指摘したうえで、工程を三つの段——構想が固まりきらない前段、開発、市場への投入——に分けて、所要時間の主効果と交互作用を検定している。
結果はこうである。少なくともこの1社においては、新製品の成果は、工程の三つの段がすべて一貫して速められた場合にのみ上がる。
「どこかを速めた」では足りない、という報告である。 1社の中の話であり、そのまま他へ当てはめられるものではない。ただし、速さを一つの数字にまとめると、この違いは見えなくなる。
1995年の72件——速さを目標にして報いることは、速さを上げていない
1995年に *Administrative Science Quarterly* 40(1):84-110 へ出た研究は、二つの模型を比べている。工程を圧縮する模型——手順はよく分かっているものとして段階を詰める——と、経験に頼る模型——工程は不確かだとして即興と実時間の経験と柔軟さに頼る——である。検定に使われたのは、欧州・アジア・米国の計算機産業の企業から集めた72件の製品開発案件である。
要旨は三つを書いている。設計の反復・広い試験・頻繁な節目・強い権限を持つ責任者・複数の職能をまたぐ集団という経験のやり方は、開発を速めた。供給者の関与・計算機による設計・段階の重ね合わせという圧縮のやり方は、成熟した業界の区分でだけ速さを説明した。そして——日程の達成に向けて計画を立て、報いることは、進み方を速めるやり方としては効いていない。
速くせよという号令と、実際に速くなることは、1995年の時点で別々に測られている。
2001年の合意文書には、効果の主張が書かれていない
出どころも見ておく。2001年に公開された合意文書がある。これは査読論文ではない。効果の証拠でもない。17人が集まって作った、価値の宣言である。
書かれているのは四つの対である。工程や道具よりも、個人と対話を。網羅的な文書よりも、動く成果物を。契約の交渉よりも、使う側との協働を。計画に従うことよりも、変化への対応を。 そして結びの一文——すなわち、右側にあるものにも価値はあるが、我々は左側にあるものにより高い価値を置く。
この文書のどこにも、成果が何%上がるとは書かれていない。 書いてあるのは、何をより重んじるかである。効果の数字はこの文書ではなく、あとから来た研究の側にある。 そしてその研究の側が、測り方しだいで関係が消えることさえある、と書いている。
時間・変化:1995年から2015年まで、何が測られてきたか
順番に並べる。1995年、計算機産業の72件で、経験に頼るやり方が速さと結びつき、日程の達成に報いることは結びつかないと報告される。2001年、価値の宣言が公開される。効果の記述は無い。2013年、5本の先行するメタ分析のあとに、6本目の統合研究が出て、速さと成功の関係は方法上の設計判断と文脈しだいで弱まるか消えることさえある、と書く。同じ2013年、1社の399件を三つの段に分けた研究が、三つとも一貫して速めた場合にのみ成果が上がると報告する。2015年、1002件の研究が、アジャイルの効果を肯定する。
20年で変わったのは、速さが効くかどうかの答えではなく、成功をどこまで細かく分けて測るようになったかのほうである。分け方が細かくなるほど、「速いほど良い」という一文の適用範囲は狭くなっていった。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、自分の持ち場で使われている「成功」の定義を確かめないまま、速さの議論に入ることである。開発費が下がることを成功と呼ぶ場所と、財務上の結果を成功と呼ぶ場所では、同じ速さが違う値に化ける。
標本の偏りを断っておく。ここまでの証拠は、米国・欧州・アジアの、製造業と計算機産業と、質問票に回答する余裕のある組織から採られたものが大半で、規模は72件・399件・1002件である。日本の研究開発を対象にした査読研究はごく少ない。 効果は短い期間で測られたものが多い。そして——成功した組織のデータだけが残る、という逆向きを排除できない。 途中で止まった案件、社内で消えたテーマ、答える余裕のないまま調査から抜けた組織は、たいてい最初から標本に入っていない。
助けになるのは、成功の定義を動かす前に、自分の時間の内訳を見るという一手である。速さの議論はたいてい「手が遅い」という話として始まるが、記録を取ると、進んでいない時間の多くは、手ではなく待ちのほうにある。待ちは能力ではなく、配置と順番の問題である。
最初の一歩は10分。今日の作業を30分ごとに区切って、手を動かしていた時間と、何かを待っていた時間を分けて書き留める。中身は書かない。誰のせいかも書かない。
次の単位は 298「要素技術を積み上げるには?」——手慣れていることを強みと呼ぶとき、その呼び名にどれだけの裏づけがあるのかという話へ進む。
- 開発の速さについての統合研究(2013年、Journal of Product Innovation Management 30(3):465-486)の要旨は、おおむね新製品開発の速さは成功の結果を改善することと結びついていると述べたうえで、同じ一文の後半で、その関係は方法上の設計判断と研究の文脈しだいで弱まるか消えることさえある(may diminish or even disappear)と書いている
- 同じ要旨は成功を四つの水準に分けている——全体としてまとめて測ったもの、工程の側(開発費が下がったか・市場へ出す時期をうまく差配できたか)、製品の側(技術的な性能・競争上の優位)、外側の結果(顧客から見た成功・財務上の成功)。同じ一語の下に少なくとも三つの層がある
- 複数の業種・複数の国にまたがる1002件の案件を調べた2015年の研究(International Journal of Project Management 33(5):1040-1051)の結論は、アジャイルの手法は案件の成功の両方の側面(効率と、組織の目標に照らした関係者全体の満足)に正の効果を持つ、である。値切りの筋は効果の有無ではない
- その1002件の成功が誰の判断かについて、論文本文の方法記述には到達できなかった。査読誌ではない職能団体の要約記事には、オンラインの質問票で Project Management Institute の会員と LinkedIn のグループの参加者が回答を求められたこと、質問された人々が自分の関わった案件からより成功したもの1件とあまり成功しなかったもの1件を記述するよう求められたことが書かれている
- 1986年から2004年までに二つの案件管理の学術誌に載った成功についての論文を数え上げた2009年の研究(Project Management Journal 40(4):6-19)は、案件の成功についての研究が、認識論的および方法論的な立場を除いて多様さによって特徴づけられると要旨に書いた。成功の基準そのものが20年近く研究の対象になっている
- 1社の399件を客観データで調べた2013年の研究(Journal of Product Innovation Management 30(4):626-641)は、少なくともこの1社では、成果は工程の三つの段(構想が固まりきらない前段・開発・市場への投入)がすべて一貫して速められた場合にのみ上がると報告した。どこかを速めた、では足りない
- 欧州・アジア・米国の計算機産業の72件の案件を調べた1995年の研究(Administrative Science Quarterly 40(1):84-110)は、圧縮の戦略が速さを説明するのは成熟した業界の区分でのみであること、そして日程の達成に向けて計画し報いることは進み方を速めるやり方として効いていないことを報告した
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| アジャイルにすれば速くなり、速ければ成功する | 効果そのものは否定されていない。複数の業種と国にまたがる1002件の案件を調べた2015年の研究は、アジャイルの手法が案件の成功の両方の側面に正の効果を持つと結論している。ただし2013年のメタ分析は、速さと成功の関係が、いくつもの方法上の設計判断と研究の文脈しだいで弱まるか消えることさえある、と要旨に自ら書いている。動くのは効果の有無ではなく、何を成功と呼ぶかである |
| 「成功」はどの研究でも同じものを指している | 2013年のメタ分析の要旨は、成功を全体・工程の側・製品の側・外側の結果に分けて扱っている。開発の費用が下がることと、財務上の成功は、同じ語で呼ばれるが同じものではない。1986年から2004年の論文を数え上げた2009年の研究も、案件の成功についての研究は多様さによって特徴づけられると書いている |
| とにかく全体を速くせよと号令をかければ、開発は速くなる | 1995年に計算機産業の72件を調べた研究は、日程の達成に向けて計画し報いることは進み方を速めるやり方として効いていないと報告している。また1社の399件を調べた2013年の研究では、成果が上がったのは工程の三つの段がすべて一貫して速められた場合だけだった。速さは一つの数字ではなく、どこを速めたかの問題である |
皮肉なのは、この分野がずいぶん前から正直だったことのほうである。統合研究は、関係が消えることさえあると自分で書いた。1002件の研究は、大規模な実証はごく少ないと自分で断ったうえで結論を出した。2001年の宣言は、効果を一度も約束していない。外へ出た瞬間に落ちたのは、そのどれでもなく、但し書きだけだった。残ったのは「速いほうが良い」という一句である。それが自分の持ち場で正しいかどうかは、誰が成功の線を引いているかを見れば、たいてい先に分かる。
Q1. 2013年のメタ分析の要旨は、おおむね新製品開発の速さは成功の結果を改善することと結びついていると述べたうえで、それらの関係は、いくつもの【 ① 】上の設計判断と研究の【 ② 】しだいで、弱まるか【 ③ 】ことさえある、と書いている。穴埋め
Q2. アジャイルの効果を調べた2015年の研究は、複数の業種と複数の国にまたがる【 ① 】件の案件を用い、成功の二つの側面——効率と、組織の目標に照らした関係者全体の【 ② 】——を検定した。結論は、アジャイルの手法は両方の側面に【 ③ 】の効果を持つ、である。穴埋め
Q3. 1社の内部にある【 ① 】件の新製品開発案件を客観データで調べた2013年の研究は、少なくともこの1社では、成果は工程の三つの段がすべて【 ② 】して速められた場合にのみ上がる、と報告した。三つの段とは、構想が固まりきらない前段、開発、そして【 ③ 】である。穴埋め
Q4. 1995年に計算機産業の72件の案件を調べた研究は、「日程の達成に向けて計画し、報いること」について何と報告したか。1文で書け。一問一答
Q5. 1002件の研究における「成功」の測り方について、本文が書いていることとして正しいものはどれか。選択
紙かメモアプリに、今日の日付と、作業した時間帯を書く。その時間帯を30分ごとに区切り、区切りごとに二つの欄を作る。左は『手を動かしていた時間』、右は『何かを待っていた時間』。分単位のおおよそでよい。待ちの中身は書かない。誰を待っていたかも書かない。作業の中身も書かない。速く終わらせようとしなくてよいし、記録のために作業の順番を変えなくてよい。今日すでに起きた時間を、あとから二つに分けて書くだけである。いま組織に属していない場合や、一人で作っている場合は、いま自分が続けている制作や調べものを1つ選んで、同じ形で記録すれば成立する。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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