特許件数が数えているのは、発明ではなく手続きの回数である
特許件数は、発明の量を測る物差しとして長く使われてきた。ところがその限界を最も率直に書いたのは、批判者ではなく、この指標を最も熱心に使ってきた側である。使われている語は、蜃気楼、である。
前の単位で、止まったものから何が残るのかを見た。残ったもののうち権利という形をとるものがある。ここでは、その形が何を数えるのかを扱う。
この単位が扱うのは一点——特許件数という指標が何を数えていて、それが発明の量とどう違うかである。出願の手続き、費用、期限、権利の範囲の判断、誰に相談すべきかは扱わない。
数えているのは、発明ではなく出願である
まず、公的な統計の定義をそのまま書き写す。日本では、文部科学省の研究所が『科学技術指標』という資料を毎年出している。査読誌ではなく、公的機関が公表している資料である。 その2025年版の特許の節に、出願数の数え方がこう書いてある。
「出願数として各国・地域の特許官庁に、直接なされた特許出願、PCT(Patent Cooperation Treaty)出願によってなされた特許出願の両方をカウントしている。」
事務的な一文だが、ここに核心がある。数えているのは、官庁になされた出願の回数である。 つまり、同じ一つの発明を複数の国に出せば、その国の数だけ件数が増える。 同じ資料には、日本からの全出願数のうち 55.1%(2023年) が日本の官庁への出願だとも書かれている。残りは外国の官庁への出願である。
重複を除く数え方も、同じ資料に定義がある。「パテントファミリーとは優先権によって直接、間接的に結び付けられた2か国以上への特許出願の束である。」 そして、「パテントファミリーをカウントすることで、同じ出願を2度カウントすることを防ぐことが出来る。」
同じ「特許件数」という言葉が、二通りの数え方を指している。 日本の出願数は、この資料によれば2023年で30.0万件。この数字が何件の発明を指すかは、この数え方からは出てこない。
数えられていない三つの層
この指標の限界を最も率直に書いたのは、指標を最も熱心に使ってきた側である。1990年に *Journal of Economic Literature* 28(4) へ出た総説がそれだ。この掲載版に識別子は登録されておらず、以下の逐語は同じ著者の1990年3月の作業論文版から取っている。
有名な一節はこうだ——このデータの砂漠のなかで、特許統計は、素晴らしい豊富さと客観性の蜃気楼として立ち上がってくる。 直後に続くのは利点の列挙で、裏返しは同じ段落の数文あとに来る——しかし現実は、それとはほど遠い。 裏返されているのは、産出の指標が手に入るという夢のほうである。
そして問題が三つ並ぶ——すべての発明が特許になりうるわけではなく、すべての発明が特許にされるわけでもなく、そして特許にされた発明どうしも、その質、すなわちそれに結びつく発明の産出の大きさにおいて、大きく異なっている。
三つの層が抜けている。 ①制度の上で権利になりえない発明。②権利にできるが出願されない発明。③出願されたが中身の大きさがまるで違うもの。特許件数は、この三つを区別せずに手続きの回数だけを数える。
発明のうち、どれだけが出願されているのか
②の層には実測がある。1998年に *Research Policy* 27(2) へ出た研究は、1993年に行われた欧州の大規模な産業企業への調査の604社の有効回答から、業種ごとの出願率を計算した。出願率とは、特許出願がなされた発明の割合である。
製品の発明では平均35.9%、工程の発明では平均24.8%。ばらつきは大きく、製品では繊維の8.1%から医薬の79.2%まで、工程では繊維の8.1%から精密機器の46.8%まで開く。合わせた出願率が50%を超えた業種は、医薬・化学・機械・精密機器の四つだけだった。
平均して、発明の3件に1件ほどしか出願されていない。 しかも業種で桁が違う。件数を業種をまたいで並べたとき、その差の一部は「どれだけ発明したか」ではなく「その業種でどれだけ出願する習わしか」である。
中身の大きさは、平均では代表されない
③の層についても、同じ総説が数字を紹介している。1957年に行われた郵送調査で、1938年・1948年・1952年に登録された特許から2%を無作為に抽出し、その所有者に値打ちを尋ねたものである。
現在使用中と報告され、数値の回答があり、正の利得があったもの——関係する回答の約20%にあたる——について、1件あたりの平均は577,000ドル、しかし中央値はおよそ25,000ドルだった。 当時の通貨の額であり、物価の調整はされていない。
平均が中央値の20倍を超えている。 分布がごく少数の大きいものに引っ張られている。しかも「正の利得があった」と答えられたのは、関係する回答の約20%にすぎない。件数を足し上げる操作は、この分布を平らにならすことに等しい。
特許の制度が無かったところでは、発明の向きが違った
指標そのものを外から検証した研究もある。2005年に *American Economic Review* 95(4) へ出た研究は、1851年のロンドンの万国博覧会と1876年のフィラデルフィアの博覧会に出品された約15,000件の発明を集めたデータを作った。1851年は12か国、1876年は10か国が対象である。
要旨の結論はこうだ——特許法を持たない国の発明者は、特許があまり重要でない少数の業種に集中していたのに対し、特許法を持つ国の発明は、はるかに多様であるように見える。
特許法の有無で変わっていたのは、発明の量ではなく、発明が集まる分野の広がりのほうだった。 ここでもどの国が優れていたという読み方はできない。 制度が違えば、記録に残る発明の分布が違う、というだけだ。
数え方を選ぶと、数字が変わる
では、どう数えればよいのか。2013年に *Research Policy* 42(3) へ出た研究は、ある国の発明者が出したすべての優先権出願を、どの官庁に出されたかにかかわらず数える指標を提案する。理由も書かれている——この方法は、選択的な条約経由の件数や三極の家族の件数よりも多くの発明を覆う一方で、単一の国だけに基づく指標が持つ自国寄りの偏りを抑える。
数え方は一つではなく、どれを選ぶかで数字が動く。比べる前に、同じ数え方でそろっているかを見る、という話である。
もう一本、直接に検証した研究がある。2019年に *The Japanese Economic Review* 70(3) へ出た研究は、ある製造業の分野の1976年から1998年までの発明を直接に測った物差しを用意し、特許件数と突き合わせた。結論は三つ——特許は、当てずっぽうよりはよく発明を「予測」する。 実際に発明したという条件のもとでは、大企業のほうが専業の新興企業や小さい企業より多く特許を取る。 制度改正は、特許と発明の関係を一定でなくするように見える。 締めの一文はこうだ——研究者は、異なる種類の企業の特許を比べるときや、年をまたいで比べるときに、注意を払うべきである。
時間・変化:1990年から2025年まで、何が足されてきたか
順番はこうである。1990年、三つの層が抜けていることが総説に書かれる。1998年、欧州の604社の調査が、出願されるのは製品で平均35.9%・工程で平均24.8%だと測る。2005年、19世紀の二つの博覧会の約15,000件の発明が、制度で変わるのは量ではなく分野の広がりだと示す。2013年、優先権出願を数える指標が提案される。2019年、直接の物差しと突き合わせた研究が、企業の種類と年をまたぐ比較に注意を促す。2025年、日本の公的資料が二通りの数え方の定義を並べて公表する。
35年かけて足されてきたのは、数え方についての但し書きである。 使われ方のほうは変わっていない。残ったのは「特許件数」という一語と、それを並べた棒グラフだけである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、代理指標を、それが代理しているものと取り違えることである。特許件数は発明の量の代わりに使われてきたが、代わりになる範囲は、制度・業種・企業の規模・年によって変わる。 使えない指標だという話ではない。使える範囲が但し書きつきであるという話だ。
標本の偏りを断っておく。ここまでの証拠は、欧州の大規模な産業企業、19世紀の博覧会に出品できた発明者、製造業の一分野から採られたものが大半で、規模は604社・約15,000件の発明・一分野の1976年から1998年までである。出願する余力のない発明者、記録に残らなかった発明は入っていない。 日本の発明の出願率を測った査読研究は、ごく少ない。 そして——成功した組織のデータだけが残る、という逆向きを排除できない。 権利を維持できなくなった発明、取り下げられた出願、会社ごと消えた発明は追跡から抜け、統計に載り続けているのは、いま続いている側である。
助けるのは、件数を見たときに、その数字が何を数えたものかの定義を1行だけ書き写すという一手である。定義はたいてい脚注にある。書き写せば、比べてよいかどうかがその場で分かる。
最初の一歩は5分。自分の分野の言葉で公開されている特許の情報を1回だけ検索し、直近1年に公開された件数を記録する。あわせてその件数が何を数えているかの定義を1行だけ書き写す。
次の単位は 296「外部の技術を取り込むには?」——自分の外側にあるものを、どこまで持ってこられるのかへ進む。
- 日本の公的資料『科学技術指標2025』(公的機関の資料であり査読誌ではない、2026年閲覧)の特許の節は、出願数を「出願数として各国・地域の特許官庁に、直接なされた特許出願、PCT(Patent Cooperation Treaty)出願によってなされた特許出願の両方をカウントしている。」と定義する。同じ発明を複数の国に出せばその数だけ件数が増える
- 同じ資料は重複を除く数え方も定義する。「パテントファミリーとは優先権によって直接、間接的に結び付けられた2か国以上への特許出願の束である。」「パテントファミリーをカウントすることで、同じ出願を2度カウントすることを防ぐことが出来る。」日本では2023年の出願数は30.0万件、うち55.1%が日本の官庁への出願
- 1990年に Journal of Economic Literature 28(4):1661-1707 へ出た総説は「このデータの砂漠のなかで、特許統計は、素晴らしい豊富さと客観性の蜃気楼として立ち上がってくる」「しかし現実は、それとはほど遠い」と書き、すべての発明が特許になりうるわけではなく、すべてが特許にされるわけでもなく、特許にされた発明どうしも質が大きく異なる、と三つの層を並べた。掲載版に識別子は無く、逐語は作業論文版から取っている
- 1998年に Research Policy 27(2):127-141 へ出た研究(1993年の欧州の大規模な産業企業への調査、有効回答604社)は、特許出願がなされた発明の割合を製品で平均35.9%、工程で平均24.8%と算出した。製品では繊維の8.1%から医薬の79.2%まで、工程では繊維の8.1%から精密機器の46.8%まで開き、合計で50%を超えたのは四業種だけである
- 同じ総説が紹介する1957年の郵送調査(1938年・1948年・1952年に登録された特許から2%を無作為抽出)では、正の利得があったと答えられたもの——関係する回答の約20%——について、1件あたりの平均は577,000ドル、中央値はおよそ25,000ドル。平均が中央値の20倍以上で、当時の通貨の額であり物価の調整はされていない
- 2005年に American Economic Review 95(4):1214-1236 へ出た研究(1851年と1876年の二つの博覧会に出品された約15,000件の発明、12か国と10か国)は、特許法を持たない国の発明者が特許のあまり重要でない少数の業種に集中し、特許法を持つ国の発明ははるかに多様に見えると報告した。変わっていたのは量ではなく分野の広がりである
- 2019年に The Japanese Economic Review 70(3):308-330 へ出た研究は、ある製造業の分野の1976年から1998年までの発明を直接に測った物差しと特許件数を突き合わせ、特許は当てずっぽうよりよく発明を予測するが、実際に発明したという条件では大企業のほうが専業の新興企業や小さい企業より多く特許を取り、制度改正が両者の関係を一定でなくすると報告した
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 特許件数を見れば、どれだけ発明が生まれたかが分かる | 公的資料の定義によれば、出願数として数えているのは「各国・地域の特許官庁に、直接なされた特許出願、PCT出願によってなされた特許出願の両方」であって、発明そのものではない。同じ発明を複数の国に出せばその数だけ件数が増える。日本では2023年の出願数30.0万件のうち55.1%が日本の官庁への出願で、残りは外国の官庁への出願である。重複を除いて数えるパテントファミリーという別の数え方も、同じ資料に定義がある |
| 特許にならなかったものは、たいした発明ではなかったということだ | 1998年の Research Policy 27(2) の研究(1993年の欧州の大規模な産業企業への調査、有効回答604社)では、特許出願がなされた発明の割合は製品で平均35.9%、工程で平均24.8%だった。平均して3件に1件ほどしか出願されていない。業種で桁が違い、製品では繊維の8.1%から医薬の79.2%まで開く。差の一部は、どれだけ発明したかではなく、その業種でどれだけ出願する習わしかである |
| 件数を足し上げれば、全体の大きさが分かる | 1990年の総説が紹介する1957年の郵送調査では、正の利得があったと答えられた特許——関係する回答の約20%——について、1件あたりの平均は577,000ドル、中央値はおよそ25,000ドルだった。平均が中央値の20倍以上離れ、分布はごく少数の大きいものに引っ張られている。2019年の研究も、企業の種類と年をまたぐ比較に注意を促す |
皮肉なのは、この指標がなぜこれほど使われるのかのほうである。特許には番号が振られ、日付が入り、分類が付き、機械で読める形で世界中の官庁に積み上がっている。これほど扱いやすいデータはめったにない。だから使われる。使われるうちに、扱いやすさが正確さと取り違えられていく。蜃気楼を責めても仕方がない。蜃気楼の困ったところは、そこに水が無いことではなく、まわりに他に見るものが無いことのほうである。
Q1. 「発明を権利にするには?」という問いを数え方の側から見る。日本の公的資料が定義している出願数の数え方を説明し、同じ発明を3か国に出したときに何件と数えられるかを答えよ。あわせて、重複を除く数え方の名称と、その定義を述べよ。一問一答
Q2. 1990年の総説が並べた、特許件数から抜け落ちる三つの層を挙げよ。一問一答
Q3. 1998年の Research Policy 27(2) の研究(1993年の欧州の大規模な産業企業への調査、有効回答604社)が算出した、特許出願がなされた発明の割合として正しいものはどれか。選択
Q4. 1990年の総説が紹介する1957年の郵送調査について、正しく述べているものはどれか。選択
Q5. 2005年の American Economic Review 95(4) の研究(1851年と1876年の二つの博覧会、約15,000件の発明)の結論として正しいものはどれか。選択
紙かメモアプリに今日の日付を書く。次に、自分の分野でよく使う言葉を1語だけ選び、公開されている特許の検索サービスで1回だけ検索する。得られた結果のうち、直近1年に公開されたものの件数を数字で書き写す。続いて、そのサービスがその件数を何と呼び、何を数えていると説明しているかを、説明のページから1行だけ書き写す。出願するかどうか、権利になるかどうかの判断はしない。自分の考えている発明を検索の対象にしない。件数と定義を書き写すだけの作業である。組織に属していない場合や一人で作っている場合も、関心のある分野の言葉を1語選べば同じ形で成立する。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Griliches Z. (1990) 'Patent Statistics as Economic Indicators: A Survey', Journal of Economic Literature 28(4):1661-1707(逐語は NBER Working Paper No. 3301, March 1990 より) — www.nber.org
- Arundel A., Kabla I. (1998) 'What percentage of innovations are patented? empirical estimates for European firms', Research Policy 27(2):127-141, doi:10.1016/S0048-7333(98)00033-X — doi.org
- Moser P. (2005) 'How Do Patent Laws Influence Innovation? Evidence from Nineteenth-Century World’s Fairs', American Economic Review 95(4):1214-1236, doi:10.1257/0002828054825501 — doi.org
- de Rassenfosse G., Dernis H., Guellec D., Picci L., van Pottelsberghe de la Potterie B. (2013) 'The worldwide count of priority patents: A new indicator of inventive activity', Research Policy 42(3):720-737, doi:10.1016/j.respol.2012.11.002 — doi.org
- Igami M., Subrahmanyam J. (2019) 'Patent Statistics as an Innovation Indicator? Evidence from the Hard Disk Drive Industry', The Japanese Economic Review 70(3):308-330, doi:10.1111/jere.12234 — doi.org
- 文部科学省 科学技術・学術政策研究所『科学技術指標2025』(調査資料-349)第4章 4.2 特許/4.2.2 パテントファミリー(2026年閲覧) — www.nistep.go.jp