学べていたのは、自分の成功と、他人の失敗からだった
失敗から学べ、とよく言われる。ところが個人の実測を見ると、学びが大きく出るのは自分の成功と、他人の失敗のほうである。自分の失敗だけが、そこから外れている。
前の単位で、続けるか止めるかを決める関門の話をした。関門は止める判断を集める仕組みだが、止めたあとに何が残るかまでは決めてくれない。ここでは、止まったもののほうから何を持ち帰れるのかを扱う。
この単位が扱うのは一点——「失敗から学ぶ」という一句が、誰の失敗を指しているかで符号が変わることである。制度の設計は扱わない。人の評価の話にもしない。
「失敗から学ぶ」の符号は、四つに分かれる
まず、いちばん効く実測から入る。2013年に *Management Science* 59(11) へ出た研究は、心臓外科の新しい術式を使った10年分の記録を使っている。標本は外科医71人で、6,500件を超える手技が対象である。実験室の課題ではなく、実際に積み上がった実績の記録だ。
要旨の結論はこうだ——個人は、自分の失敗からよりも自分の成功からより多くを学ぶ。しかし他人の成功からよりも、他人の失敗からより多くを学ぶ。
つまり「失敗から学ぶ」は、自分の失敗については向きが逆に出ている。同じ人が、他人の失敗からは学んでいる。一つの言い回しの中に、符号の違う二つの効果が入っていた、ということである。
救いがないわけではない。同じ要旨は、こうも書いている——個人のそれまでの成功と、他人の失敗は、自分の失敗から学べないという状態を乗り越える助けになりうる。 自分の失敗を活かせるようになるための材料が、自分の成功と他人の失敗のほうにある、という形である。
この単位は、医療の話をしない。 術式の是非にも、どの手技が良いかにも触れない。ここで使っているのは、同じ人が同じ作業をくり返した記録が長期間そろっているという、標本としての性質だけである。この論文について、撤回・訂正・懸念表明の登録は、この原稿を書く時点では確認されなかった。
原因がばらけているほうが、学びは深い
組織の側の話に移る。2002年に *Administrative Science Quarterly* 47(4) へ出た研究は、米国の商業航空会社が1983年から1997年に経験した事故と重大事象のデータを使い、学びをその後の事故と重大事象の発生率の低下で測っている。
結論は、直感と少しずれる。原因の異質性は、おおむね学習にとって良い。過去の誤りの原因がばらけているほど、その後の事故率が下がる。 理由も要旨に書かれている——ばらけた原因は、「パイロットのせいにする」といった単純な説明よりも、深く広い因果の探索を生むからである。
ただし、これは全体に一様には効かない。異質性の恩恵は、主に専業型の航空会社に当てはまる。総合型の航空会社は、そのかわりに、他社の経験や技術全般の改善といった外部の要因から学ぶ。 要旨はこれを一文にまとめている——複雑な形態は単純な情報から利益を得て、単純な形態は複雑な情報から利益を得る。
「失敗を分析せよ」ではなく、「どんな失敗が並んでいるか」で学びの量が変わる、というのがここでの結論である。同じ数の失敗でも、原因が一種類に寄っていると、探索はそこで止まる。
自分から出したものと、出させられたもの
もう一段ある。2004年に *Management Science* 50(11) へ出た研究は、米国で乗用車を販売した自動車メーカーが1966年から1999年に経験したすべての回収のデータを使い、自発的な回収と義務づけられた回収を分けて学習量を比べた。
結果はこうだ——学習を、その後の非自発的な回収の減少で測ったとき、自発的な回収は義務づけられた回収よりも多くの学習をもたらす。 理由についても一句ある——これは少なくとも一部には、非自発的な回収がもたらす、より浅い学習の過程による。
同じ出来事でも、自分から出したか、出させられたかで、そのあとの学びが違う。 ただしここにも但し書きが付く——この自発性の効果は、総合型と専業型のメーカーで異なる。
記録に残る失敗と、残らない失敗
ここまでの3本は、どれも記録が残る種類の失敗を扱っている。事故、重大事象、製品の回収。どれも、外部に報告する義務があるか、少なくとも記録に残さざるをえない出来事である。
この点が、この単位でいちばん効く。 開発の現場で起きる失敗の大半は、そういう形をしていない。試作が思ったように動かなかった、条件を変えても再現しなかった、途中で予算が切れた——これらは報告書の様式を持たないので、記録に残るかどうかが、そのときの手元の余裕で決まる。
失敗をどの水準と比べるかも効く。2007年に *Organization Science* 18(3) へ出た研究は、米国のクラス1貨物鉄道の1975年から2001年までの事故費用を分析して、こう報告している——鉄道の事故率が期待の水準から離れているとき、その鉄道は自社の運行と事故の経験からは利益を得にくくなり、他社の運行と事故の経験からより多くを得る。 一般化した言い方も添えられている——期待の水準の近くでの成績は、近場の探索と深掘りの学習を促し、期待の水準から離れた成績は、遠くの探索と探査を刺激する。
つまり、同じ失敗でも、自分がどのあたりにいると思っているかによって、どこを見に行くかが変わる。 期待どおりのときは手元を、外れているときは外を見る。
時間・変化:2002年から2025年まで、何が分けられてきたか
順番はこうである。2002年、航空会社のデータで、原因が同質か異質かが分けられる。2004年、自動車の回収のデータで、自発か強制かが分けられる。2007年、貨物鉄道のデータで、期待の水準に近いか離れているかが分けられる。2013年、外科医の記録で、自分のか他人のか、成功か失敗かが分けられる。2018年、この分野の総説が *Academy of Management Annals* 12(1) に出る。2025年、学術書の一章が、これらのばらつきを一つの見取り図で説明しようとする。
23年かけて起きたのは、「失敗から学ぶ」という一句が、少なくとも四つの軸に分解されたことである。 一方で助言のほうは、この間ほとんど動いていない。残ったのは「失敗を振り返れ」という一句だけである。
2025年の学術書の一章は、この分野で見つかっている食い違いを、成功の頻度と競争の度合いという物差しで並べ直している。成功がより頻繁になり、競争的でなくなるにつれて、①他人の成功から学ぶ見込みは下がり、②自分の失敗から学ぶ見込みは下がり、③他人の失敗から学ぶ見込みは上がる。 同じ章は、この形が外科、フォーミュラ・ワンの競技、軌道打ち上げ機、貨物鉄道、航空、老人ホーム、銀行にまたがって見られると書いている。ただしこれは査読誌の論文ではなく、大学出版局が出した学術書の一章である。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、「失敗」と一語でまとめることである。証拠の側では、自分のか他人のか/原因が同質か異質か/自発か強制か/期待の水準に近いか離れているかで、向きも大きさも変わっている。振り返りが効かないのではなく、どの失敗を、どの軸で並べたかで結果が変わる。
標本の偏りを断っておく。ここまでの証拠は、米国の、航空・自動車・鉄道・外科という、失敗が外部に記録される分野から採られたものが大半で、規模は外科医71人と6,500件超の手技、1983〜1997年の航空、1966〜1999年の回収、1975〜2001年の貨物鉄道である。記録の様式を持たない失敗は、そもそもデータに入っていない。 日本の開発現場の失敗を対象にした査読研究は、ごく少ない。 そして——成功した組織のデータだけが残る、という逆向きを排除できない。 途中で消えた案件、記録の残らなかった試作、倒れた会社は追跡から抜け、データを提供しているのは、いま続いている組織のほうである。
助けるのは、失敗の中身を評価せず、二つの欄に分けて書き写すだけという一手である。「何が悪かったか」を書こうとすると、たいてい自分の側の話に寄る。分けて書けば、条件のほうに書かれる行が何行あるかが、あとから数えられる。
最初の一歩は5分。今日うまくいかなかったことを1つ選び、自分がやったことと条件のほうが違ったことに分けて書き出し、書き終えたら一度だけ読み返す。
次の単位は 295「発明を権利にするには?」——残ったもののうち、権利という形になるのは何かという話へ進む。
- 2013年に Management Science 59(11):2435-2449 へ出た研究(心臓外科の新しい術式を使った10年分の記録、外科医71人、6,500件を超える手技)の結論は「個人は、自分の失敗からよりも自分の成功からより多くを学ぶ。しかし他人の成功からよりも、他人の失敗からより多くを学ぶ」。一句の中に符号の違う二つの効果が入っている
- 同じ2013年の研究は「個人のそれまでの成功と、他人の失敗は、自分の失敗から学べないという状態を乗り越える助けになりうる」とも報告している。自分の失敗を活かす材料は、自分の成功と他人の失敗の側にある
- 2002年に Administrative Science Quarterly 47(4):609-643 へ出た研究(米国の商業航空会社が1983年から1997年に経験した事故と重大事象)は、過去の誤りの原因がばらけているほどその後の事故率が下がると報告した。理由は「パイロットのせいにする」といった単純な説明より深く広い因果の探索が生まれるからである。ただし恩恵は主に専業型の会社に当てはまり、総合型は他社の経験や技術全般の改善から学ぶ
- 2004年に Management Science 50(11):1545-1560 へ出た研究(米国で乗用車を販売した自動車メーカーの1966年から1999年までのすべての回収)は、その後の非自発的な回収の減少で学習を測ったとき、自発的な回収は義務づけられた回収より多くの学習をもたらすと報告した。理由は少なくとも一部には、非自発的な回収がもたらすより浅い学習の過程による
- 2007年に Organization Science 18(3):368-385 へ出た研究(米国のクラス1貨物鉄道の1975年から2001年までの事故費用)は、事故率が期待の水準から離れているとき、その鉄道は自社の経験からは利益を得にくくなり、他社の経験からより多くを得ると報告した。期待の水準の近くでは近場の探索が、離れているときは遠くの探索が促される
- これら4本が扱っているのは、事故・重大事象・製品の回収という、外部に報告する様式のある失敗だけである。動かなかった試作、再現しなかった条件、途中で切れた予算は、記録に残るかどうかがそのときの手元の余裕で決まるため、そもそもデータに入っていない
- 2025年に Oxford University Press の学術書の一章(査読誌ではない)は、成功がより頻繁になり競争的でなくなるにつれて、他人の成功から学ぶ見込みが下がり、自分の失敗から学ぶ見込みが下がり、他人の失敗から学ぶ見込みが上がる、という3つの型を整理した。外科、フォーミュラ・ワンの競技、軌道打ち上げ機、貨物鉄道、航空、老人ホーム、銀行にまたがって見られると書いている
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 組織も人も、失敗から学ぶ。だから失敗を振り返ればよい | 2013年の Management Science 59(11) の研究(外科医71人、6,500件を超える手技、10年分の記録)が報告したのは「個人は、自分の失敗からよりも自分の成功からより多くを学ぶ。しかし他人の成功からよりも、他人の失敗からより多くを学ぶ」である。自分の失敗については向きが逆に出ている。同じ人が他人の失敗からは学んでいるので、「失敗から学ぶ」という一句は、誰の失敗かで符号が変わる |
| 失敗の数が多いほど、そこから得られる学びも多い | 2002年の Administrative Science Quarterly 47(4) の研究(米国の商業航空会社、1983年から1997年)では、効いていたのは数ではなく原因の異質性だった。原因がばらけているほどその後の事故率が下がる。理由は、単純な説明で片づかないぶん、深く広い因果の探索が起きるからである。しかも恩恵は主に専業型の会社に当てはまり、総合型の会社は他社の経験や技術全般の改善という外部の要因から学んでいた |
| 失敗の記録さえ集めれば、そこから学べる材料がそろう | この分野の実測は、事故・重大事象・製品の回収という、外部に報告する様式のある失敗に強く偏っている。動かなかった試作、再現しなかった条件、途中で切れた予算には様式が無く、記録に残るかどうかがそのときの手元の余裕で決まる。2007年の Organization Science 18(3) の研究が示すように、どこを見に行くかは自分がどのあたりにいると思っているかでも変わる。集まった記録は、起きた失敗の一部にすぎない |
皮肉なのは、この分野が学べている理由のほうである。事故も、重大事象も、製品の回収も、外に向かって書かなければならない様式を持っている。だから残る。だから数えられる。だから研究になる。逆に言えば、様式を持たない失敗は、起きた瞬間から消え始めていて、消えたことすら記録されない。「失敗から学ぶ組織」と呼ばれているものの正体は、たいてい、失敗を書かされる仕組みを外から与えられた組織である。そして、その様式を持たない側にいる読者に残された道具は、いまのところ、紙に引いた1本の縦線しかない。
Q1. 「失敗から学びを残すには?」という問いについて、2013年の Management Science 59(11) の研究(外科医【 ① 】人、6,500件を超える手技、10年分の記録)は、個人は自分の失敗からよりも自分の【 ② 】からより多くを学び、他人の成功からよりも他人の【 ③ 】からより多くを学ぶと報告した。穴埋め
Q2. 2002年の Administrative Science Quarterly 47(4) の研究(米国の商業航空会社、1983年から1997年)で、学びの量を左右していたのは失敗の何だったか。またその理由として要旨に書かれていることを述べよ。一問一答
Q3. 2004年の Management Science 50(11) の研究は、自動車の回収について何を比べ、どちらが多くの学習をもたらしたと報告したか。学習の測り方も含めて答えよ。一問一答
Q4. この単位で引いた4本の研究が扱っている失敗には、共通する性質がある。それは何か。そして、その性質を持たない失敗の例を2つ挙げよ。一問一答
Q5. 2007年の Organization Science 18(3) の研究(米国のクラス1貨物鉄道、1975年から2001年の事故費用)の報告として正しいものはどれか。選択
紙かメモアプリに今日の日付を書き、縦線を1本引いて2つの欄を作る。左の見出しは『自分がやったこと』、右の見出しは『条件のほうが違ったこと』。今日うまくいかなかったことを1つだけ選び、思い出せることを、どちらかの欄に1行ずつ入れていく。良し悪しの評価は書かない。人の名前も書かない。誰かの落ち度として書かない。書き終えたら一度だけ上から読み返し、右の欄が何行になったかを数えて書き添える。組織に属していない場合や一人で作っている場合は、今日の制作や調べもののうち思ったように進まなかったものを1つ選べば、同じ形で成立する。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- KC D., Staats B.R., Gino F. (2013) 'Learning from My Success and from Others’ Failure: Evidence from Minimally Invasive Cardiac Surgery', Management Science 59(11):2435-2449, doi:10.1287/mnsc.2013.1720 — doi.org
- Haunschild P.R., Sullivan B.N. (2002) 'Learning from Complexity: Effects of Prior Accidents and Incidents on Airlines’ Learning', Administrative Science Quarterly 47(4):609-643, doi:10.2307/3094911 — doi.org
- Haunschild P.R., Rhee M. (2004) 'The Role of Volition in Organizational Learning: The Case of Automotive Product Recalls', Management Science 50(11):1545-1560, doi:10.1287/mnsc.1040.0219 — doi.org
- Baum J.A.C., Dahlin K.B. (2007) 'Aspiration Performance and Railroads’ Patterns of Learning from Train Wrecks and Crashes', Organization Science 18(3):368-385, doi:10.1287/orsc.1060.0239 — doi.org
- Dahlin K.B., Chuang Y.-T., Roulet T.J. (2018) 'Opportunity, Motivation, and Ability to Learn from Failures and Errors: Review, Synthesis, and Ways to Move Forward', Academy of Management Annals 12(1):252-277, doi:10.5465/annals.2016.0049 — doi.org
- Lapré M.A. (2025) 'Learning from own and others’ success and failure', in Everybody Fails But Not Everybody Learns, Oxford University Press, pp.87-105, doi:10.1093/9780191995170.003.0006 — doi.org