「余裕は多すぎても少なすぎても良くない」の原典が数えたのは、2社の中の264部門だった
余裕は多すぎても少なすぎても良くない。この形をよく知られたものにした1996年の論文が数えたのは、企業ではない。2社の多国籍企業の中にある264の機能部門である。そして二次資料によれば、答えたのは各国子会社の部門管理職で、余りの量も、そこで生まれたものも、同じ一人が思い出して書いている。
まず、逆U字の原典が何を測ったのかから始める。余裕は、多すぎても少なすぎても良くない——この形をよく知られたものにした1996年の論文が数えたのは、企業ではない。2社の多国籍企業の中にある、264の機能部門である。
スラックという語を先にほどいておく。いま現に使っている以上に、組織が抱えている資源のことである。使い道の決まっていない現金、空いている設備、余っている時間、余分に持っている在庫。余り、と言い換えてよい。
この単位で扱うのは、余りをどれだけ持つべきかではない。余りが、これまでどう数えられてきたかである。数え方を先に見ておかないと、余りの量についてのどの数字も、何を指しているのか決まらない。
逆U字の原典が数えたのは、2社の中の264部門だった
**1996年に *Academy of Management Journal* 39巻5号へ出た論文**が、余りと新しい試みの関係について、こう述べている。
> “This article suggests that there is an inverse U-shaped relationship between slack and innovation in organizations: both too much and too little slack may be detrimental to innovation.”(本稿は、組織における余裕と革新のあいだに逆U字の関係があることを示唆する。余裕は多すぎても少なすぎても、革新に不利になりうる)
この一文は原典の抄録から取れる。 問題は次の一文のほうである。
> “Comprehensive worldwide data on 264 functional departments of two multinational corporations support the prediction.”(2社の多国籍企業の264の機能部門についての網羅的な世界規模のデータが、この予測を支持する)
2社である。 そして数えられた単位は企業ではなく、その2社の中にある部門である。「264社」ではない。 なお、この標本を述べた一文について、当方は原典本文まで到達できておらず、索引に収録された抄録の文面で確認している。
もう一つ、留保つきで書いておく。 二次資料によれば、この研究のデータは各国子会社の機能部門の管理職が自分の部門について答えた質問票である。当方は原典の方法の節まで到達できていないので、ここは断定しない。 ただし、もしそうであれば——部門の余りの量も、その部門で何が新しく生まれたかも、同じ一人が思い出して答えていることになる。
種類で割ると、話が変わる
**2003年に *Strategic Management Journal* 24巻13号へ出た論文は、余りを二つの種類**に割った。
すぐ使える余り(未吸収の余裕)と、すでに用途に埋まっている余り(吸収済みの余裕)である。前者は、使い道の決まっていない現金のように、明日にでも別のことへ回せるもの。後者は、いまの業務にすでに組み込まれていて、取り出すのに手間のかかるものを指す。
原典の言い方は、こうである。
> “Our results suggest (1) that organization theory generates stronger predictions when dealing with unabsorbed slack, and (2) that agency theory yields stronger validity when focusing on absorbed slack.”(本研究の結果が示すのは、(1)未吸収の余裕を扱うときは組織の理論のほうが強い予測を生み、(2)吸収済みの余裕に焦点を当てるときはエージェンシーの理論のほうが妥当性が高い、ということである)
ここは正確に書かないと、原典より強い話になる。 原典が言っているのは「どちらの理論の予測がよく当たるかが、余りの種類で入れ替わる」であって、「プラスがマイナスに変わる」ではない。組織の理論は、余りが次の一手を生むと予測する。エージェンシーの理論は、余りが本来の目的から外れた使われ方を招くと予測する。 どちらがよく当たるかが、種類で入れ替わった。
同じ論文は、関係の形についてもこう書いている。
> “Furthermore, we also find that the impact of slack on performance is curvilinear, which resembles inverse U-shaped curves.”(さらに、余裕が業績に与える影響は曲線的であり、逆U字の曲線に似ていることも見出した)
似ている、である。 ここでも、断定は原典の語の強さに揃えておく。
同じ問いを、二つの標本で
この2003年の研究が面白いのは、同じ問いを二つの別々の標本で解いているところである。
> “two studies, based on survey and archival data (N = 57 and 1532 firms, respectively), are undertaken in China's emerging economy”(質問票と記録済みデータに基づく二つの研究(それぞれ57社と1,532社)が、中国の新興経済で実施される)
質問票の側が57社、記録済みの財務データの側が1,532社。 数の大きいほうが、人の記憶を経由していないほうである。この対比は、この棚で何度も出てくる形をそのまま見せている——余りの量を答えたのは、その余りを抱えている部門の中にいる人である。
そして標本は中国の移行期の経済である。制度も、資本の集め方も、取引の慣行も、いま読者の手元にあるものとは違う。符号の入れ替わりが、その違いから来ている可能性は、この研究の中では切り分けられていない。
均せば正、割ると別
**2004年に *Journal of Business Research* 57巻6号へ出たメタ分析**は、余りと業績の関係を、複数の研究にまたがって集計している。
ここでの三つの種類は、先の二分法とは切り口が違う。すぐ使えるもの(手元にあって、いつでも回せるもの)、取り戻せるもの(いまの費用の中に埋まっていて、絞れば取り出せるもの)、これから借りられるもの(外から追加で調達できる余地)である。前の二つは手元にあり、三つ目はまだ手元に無い。
結果は、その三種類すべてで、財務業績と正の関係だった。 つまり均すと、符号は分岐していない。
ここが、この単位でいちばん間違えやすいところである。 「種類で符号が変わる」の出どころはメタ分析ではない。メタ分析のほうは「どの種類でも、均せば正」と報告している。符号の話は、二つの理論の当たり外れが種類で入れ替わった、という2003年の研究のほうから来ている。 二つを混ぜると、原典のどちらとも違う主張ができあがる。
なお、このメタ分析の数え上げ(80の標本・66の研究・のべ54,249社)と、三種類すべてで正という要約は、当方が原典本文まで到達できておらず、二次資料で確認したものである。 だから効果の大きさの数値は、この単位では一つも引いていない。
正誤表がある、という事実
書誌の側にも、書いておくべきことがある。先の2003年の論文には、翌年、同じ誌の25巻3号307頁に正誤表が出ている。
その中身を、当方は確認できていない。 そして——撤回や訂正を機械で照会する仕組みでは、この正誤表は出てこない。 別のレコードとして独立して登録されているためである。原論文の抄録の冒頭には、正誤表が出た旨が書かれている。
つまり、機械で「訂正0件」と出た論文にも、正誤表が付いていることがある。 この単位で確かめられたのは、そこまでである。
時間・変化:定義が先にあり、種類分けは後から来た
順に並べると、こうなる。
1981年。 *The Academy of Management Review* 6巻1号に、『組織スラックの測定について』という題の論文が出る。余りをどう測るかが、この時点ですでに問いになっている。(この論文の頁について一つ。書誌データベースの頁欄には始端の29頁しか入っておらず、終端の頁を当方は確認できていない。 推測で埋めない。)
1996年。 逆U字が示される。標本は2社の中の264部門。
1997年。 同じ2人が、翌年、別の誌に『組織スラックの最適な量はどれくらいか』という題の論文を出している。1996年の論文とは別の論文である。 同じ主題を扱った姉妹編であり、この単位では題と年を書き分けるためだけに挙げている。
2003年。 余りが二つの種類に割られ、理論の当たり外れが入れ替わる。2004年。 同じ論文に正誤表が出る。同じ年、メタ分析が「均せば正」を報告する。
二十年以上かけて動いたのは、余りの量ではない。余りの数え方のほうである。
標本の断りを置く。この単位の数字は、2社の中の264部門と、中国の移行期経済にある企業を数えたものである。 業種も、制度も、資本の集め方も限られている。手元の組織にそのまま当てはまる保証はない。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、「余りは何%が適正か」という目安を探すことである。逆U字は、最適な一点があるという意味ではない。 原典が示したのは、多すぎる側と少なすぎる側の両方で不利になりうる、という形であって、その頂点がどこかを一つの数で示したものではない。
この単位では、人を減らす・増やす、労働条件を変える、借入を増やす、という形の話は書かない。 余りの議論は人件費の話に着地しやすいが、ここで扱うのは、余りをどう数えたか、そして誰が答えたか、までである。 そして、手元の余りの量で、自分の組織や取引先の先行きを判定する道具も渡さない。
助けるのは、手元の余りを、量ではなく種類で二つに分けてみることである。すぐ別のことへ回せるものと、すでに用途に埋まっているもの。 分けてみると、量として同じ大きさに見えていたものが、動かせる分と動かせない分にきれいに割れる。
最初の一歩は5分。自分の手元、あるいは自社の公開されている資料の中から、「余っているもの」を3つ書き出す。 それぞれに、「すぐ回せる」「すでに埋まっている」のどちらかの札を付ける。 迷ったら「わからない」と書く。わからないと書けたものは、種類が決まっていない余りである。
次の単位は 287「組織的持続可能性」——衝撃のあとの戻り方でも、手元の余りの量でもなく、衝撃が無くても長く保てるかどうかを、何で測っているかを扱う。掛け算の別の項で、しかもこちらは、測る道具そのものが見当たらない。
- 余裕と革新の逆U字を示した1996年のAcademy of Management Journal 39巻5号の論文が数えたのは、企業ではなく2社の多国籍企業の中にある264の機能部門である。原典の抄録に、多すぎても少なすぎても革新に不利になりうる、と書かれている。標本を述べた一文は索引に収録された抄録の文面で確認したもので、当方は原典本文まで到達できていない。
- 二次資料によれば、その1996年の研究のデータは各国子会社の機能部門の管理職が自分の部門について答えた質問票である。当方は原典の方法の節まで到達できていないため断定しないが、もしそうであれば、余りの量とそこで生まれたものを同じ一人が思い出して答えていることになる。
- 2003年のStrategic Management Journal 24巻13号の論文は、余りをすぐ使える未吸収の余裕と、すでに用途に埋まっている吸収済みの余裕に割った。原典の言い方は、未吸収では組織の理論のほうが強い予測を生み、吸収済みではエージェンシーの理論のほうが妥当性が高い、である。プラスがマイナスに変わる、ではない。
- 同じ2003年の研究は、同じ問いを二つの標本で解いている。質問票が57社、記録済みの財務データが1,532社で、いずれも中国の新興経済である。数の大きいほうが、人の記憶を経由していないほうである。
- 2004年のJournal of Business Research 57巻6号のメタ分析は、すぐ使えるもの・取り戻せるもの・これから借りられるものの三種類すべてで、余りと財務業績の正の関係を報告している。つまり均すと符号は分岐していない。種類で符号が入れ替わるという話は、このメタ分析ではなく2003年の研究から来ている。
- そのメタ分析の数え上げ(80の標本・66の研究・のべ54,249社)と三種類すべてで正という要約は、当方が原典本文まで到達できておらず二次資料で確認したものである。したがって効果の大きさの数値はこの単位で一つも引いていない。
- 2003年の論文には翌年、同じ誌の25巻3号307頁に正誤表が出ている。中身は当方では確認できていない。撤回や訂正を機械で照会する仕組みでは別レコードのため検出されず、原論文の抄録の冒頭に正誤表が出た旨が書かれている。機械で訂正0件と出た論文にも、正誤表が付いていることがある。
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 余裕と成果の関係には最適な一点があり、逆U字はその頂点を教えてくれる | 1996年のAcademy of Management Journal 39巻5号の論文が示したのは、多すぎる側と少なすぎる側の両方で革新に不利になりうるという形であって、頂点がどこかを一つの数で示したものではない。標本は2社の多国籍企業の中にある264の機能部門であり、企業を264社数えたのではない。適正な比率の目安は、この原典からは出てこない。 |
| スラックの種類で、業績との関係の符号が逆になる | 符号の逆転を報告しているメタ分析は見当たらない。2004年のJournal of Business Research 57巻6号のメタ分析は、三種類すべてで正の関係を報告している。種類で入れ替わったのは、2003年のStrategic Management Journal 24巻13号の研究における、どちらの理論の予測がよく当たるかのほうである。二つを混ぜると、どちらの原典とも違う主張ができあがる。 |
| 撤回や訂正は、機械で照会すればすべて分かる | 2003年の論文には翌年、同じ誌の25巻3号307頁に正誤表が出ている。ところがこの正誤表は別の独立したレコードとして登録されているため、元論文の側から更新を照会する仕組みでは出てこない。分かるのは原論文の抄録の冒頭に書かれているからであり、訂正の中身そのものは当方でも確認できていない。 |
余りを減らすと、減らしたことは数えられる。余りがあったおかげで通った案件は、数えられない。数えられるほうだけを見ていると、余りはいつでも減らしすぎるほうへ倒れる。皮肉なのは、この二十年で動いたのが余りの量ではなく、余りの数え方のほうだったことだ。二種類に割れば理論の当たり外れが入れ替わり、均せば正に戻る。読者の手元にある余りは、そのあいだ、ずっと同じ場所にある。
Q1. 逆U字を示した1996年の論文の標本を説明せよ。数えられた単位と、その数、そして当方がどこまで確認できているかを含めること。一問一答
Q2. 余りを未吸収と吸収済みに割った2003年の研究が報告していることとして、正しいものはどれか。選択
Q3. 2004年に出たメタ分析が報告している内容として、正しいものはどれか。選択
Q4. 2003年の論文に付いている正誤表について、正しいものはどれか。選択
Q5. この単位で並べた出来事を、年の古い順に並べよ。(余りを二種類に割ると理論の当たり外れが入れ替わると報告される/余りをどう測るかを扱った論文が出る/メタ分析が三種類すべてで正を報告する/逆U字が2社の中の264部門で示される)並べ替え
紙かメモアプリを開く。自分の手元、あるいは自社の公開されている資料の中から、いま「余っているもの」を3つ書き出す(使い道の決まっていない時間、空いている場所や設備、使い切っていない予算枠、手つかずの在庫、当面使う予定のない道具など)。次に、それぞれに札を付ける——「すぐ回せる」(明日にでも別のことへ向けられる)か、「すでに埋まっている」(いまの業務に組み込まれていて、取り出すのに手間がかかる)か。迷ったら「わからない」と書く。最後に、その札が手元の記録から確かめられるものか、印象で付けたものかを一言添える。人の配置や労働条件は対象にしない。他社や取引先の状況は見ない。自分の手元にあるものと、すでに公開されている自社の資料だけで完結させる。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Nohria N., Gulati R. (1996) 'Is Slack Good or Bad for Innovation?', Academy of Management Journal 39(5):1245-1264, doi:10.2307/256998 — doi.org
- Tan J., Peng M.W. (2003) 'Organizational slack and firm performance during economic transitions: two studies from an emerging economy', Strategic Management Journal 24(13):1249-1263, doi:10.1002/smj.351 — doi.org
- Tan J., Peng M.W. (2004) 〔正誤表〕'Organizational slack and firm performance during economic transitions: two studies from an emerging economy', Strategic Management Journal 25(3):307, doi:10.1002/smj.402 — doi.org
- Daniel F., Lohrke F.T., Fornaciari C.J., Turner R.A. Jr. (2004) 'Slack resources and firm performance: a meta-analysis', Journal of Business Research 57(6):565-574, doi:10.1016/S0148-2963(02)00439-3 — doi.org
- Bourgeois L.J. III (1981) 'On the Measurement of Organizational Slack', The Academy of Management Review 6(1):29-, doi:10.2307/257138 — doi.org
- Nohria N., Gulati R. (1997) 'What is the optimum amount of organizational slack?', European Management Journal 15(6):603-611, doi:10.1016/S0263-2373(97)00044-3 — doi.org