2,458本を集めて88本に絞ったレビューが、この語には合意が無いと書いている
生態系という語を題名か抄録に含む論文を2,458本集め、篩にかけて88本にした研究がある。その論文は、この分野が実証の範囲でも理論の出自でも合意を欠いている、と冒頭に書いた。一方、この分野で広く参照される2017年の論文が書いているのは別のことである——この語そのものが、意味の生態系を抱え込むまでに育ってしまった。
まず、数え方の話から入る。
エコシステム——生態系という語は、組織の話にも使われる。 自分のところだけでは完結しない商いを、供給する側・補う側・使う側を含んだ一つのまとまりとして見る、という使い方である。ハブを設計するという言い方は、そのまとまりの真ん中に自分を置いて、ほかの参加者の噛み合わせ方を決める、という意味で使われる。
この語を題名か抄録に含む論文を、ある研究チームが集めた。2,458本あった。分析の対象として残ったのは88本である。
2,458本を集めて、88本が残った
**2022年に *Journal of Business Research* 142巻へ出た論文が、この篩をかけた。学術データベースの検索で2,458本を集め、重複を除き、題名と抄録で選別して、88本を分析の対象にした。残った88本は1993年から2018年までに刊行されている。分類されたのは四つの型**——事業の生態系、革新の生態系、起業の生態系、知識の生態系である。
絞り込みの理由は、冒頭に書かれている。
> “Scholars agree that the ecosystem literature in general suffers from a lack of consensus on the empirical scope, key theoretical features and theoretical roots that underpin our understanding of how ecosystems operate”(生態系についての文献は全体として、生態系がどう動くのかについての我々の理解を支える実証の範囲、鍵となる理論的な特徴、理論的な出自について、合意を欠いている——研究者たちはその点で一致している)
> “In other words, ecosystem research suffers from conceptual proliferation”(言い換えれば、生態系の研究は概念の増殖に悩まされている)
合意が無い、と明言しているのは、この論文である。 よく引かれるほうの論文は、実は別のことを書いている。
意味が増えすぎた、とは書いてあるが、定義が無いとは書いていない
**2017年に *Journal of Management* 43巻1号へ出た論文は、この分野で広く参照される一本である。その一文は、こうである。**
> “The term ‘ecosystem’ has itself grown to encompass an ecology of meanings.”(生態系という語そのものが、意味の生態系を抱え込むまでに育ってしまった)
その結果として何が起きたかも書いている。概念が豊富にありすぎて、それらが境界・重なり・適用範囲・分析の単位という点で互いにどう関係するのかが混乱し、この視点がどこで価値を足しどこで足さないのかが不明瞭になった、と。
この論文は「定義が無い」とは書いていない。 書いているのは、意味が増えすぎて、どこで役に立ちどこで役に立たないかが分からなくなった、である。しかも著者は、自分の定義を出して整理する側に立っている。引くときに、ここを取り違えると、値切りは弱くなる。
所属として見るか、構造として見るか
同じ論文は、乱立した意味を二つの見方に整理する。
> “(a) ecosystem-as-affiliation, which sees ecosystems as communities of associated actors defined by their networks and platform affiliations; and (b) ecosystem-as-structure, which views ecosystems as configurations of activity defined by a value proposition.”((a)所属としての生態系——網と土台への所属によって定義される、関わり合う主体たちの共同体として見るもの。(b)構造としての生態系——価値の提案によって定義される、活動の配置として見るもの)
そして、著者自身の定義がこれである。
> “The ecosystem is defined by the alignment structure of the multilateral set of partners that need to interact in order for a focal value proposition to materialize.”(生態系は、ある特定の価値の提案が形になるために相互作用する必要のある、多者からなる相手の集合の、噛み合わせの構造によって定義される)
所属として見るやり方の限界も、同じ論文が書いている。集合として眺める傾向があるために、示唆が統治や共同体の底上げといった一般論に寄りがちで、価値がどう作られるかの具体には乏しくなる、というものである。
この二つは、同じ語の別の使い方である。 顔ぶれの話をしているのか、噛み合わせの話をしているのか。同じ会議で両方が同時に使われても、誰も気づかない。
**2018年に *Journal of Organization Design* 7巻へ出た論文は、生態系という見方を、価値連鎖・供給連鎖・提携・ネットワークといった既にある見方と対比して紹介している。隣の道具と何が違うのかを説明する論文が、語が使われはじめて二十年以上たってなお書かれている**、ということでもある。
上流の部品と、下流の補完財では、効きが逆になる
とはいえ、構造として見る側には、測られた結果がある。
**2010年に *Strategic Management Journal* 31巻3号へ出た論文は、世界の半導体リソグラフィ装置の産業を、1962年の発生から2005年まで、九つの技術世代**にわたって追った。抄録の一文がこうである。
> “greater upstream innovation challenges in components enhance the benefits that accrue to technology leaders, while greater downstream innovation challenges in complements erode these benefits.”(上流の部品における革新の課題が大きいほど、技術で先を行く企業に生じる便益は増え、下流の補完財における革新の課題が大きいほど、その便益は削られる)
補完財というのは、それ単独では用をなさないが、組み合わさって初めて使えるようになるもののことである。上流と下流で、難しさの効きが逆になっている。
ハブを設計するという言い方が具体的な意味を持つとしたら、この向きの違いのあたりである。 自分のところの難しさではなく、噛み合う相手のどちら側が難しいかで、同じ前進の値打ちが変わる。
「2025年に世界の売上の30%」を、五段さかのぼった
実務の側でこの語とともに流通している数字がある。2025年には生態系が世界の売上の30%を占める、というものである。五段さかのぼった。
一段目。 業界のポータル、ベンダーの記事、ビジネス誌に、この数字が繰り返し現れる。出典は「大手のコンサルティング会社の調査によれば」とだけ書かれている。
二段目。 発信元とされる、ある大手のコンサルティング会社の業界向けの実務記事(2018年1月)に着く。査読誌ではない。 そこにはこうある——自分たちの調査によれば、生態系は2025年までに60兆ドルの売上を生み、それはその年の世界の売上の30%を構成することになる。 十二の生態系を想定した推計である。ただし当方が読めたのは、別の媒体に転載された版で、発行元の原文には直接届かなかった。
三段目。 同じ会社の後続の報告書(2020年8月)の図に、出典の表記がある。並んでいたのは、二つの商用のデータベースの名前と、専門家の想定という語だった。これも当方は検索結果の要約を経由しており、原文には届いていない。
四段目。 その商用のデータベースは有料である。誰でも当たれる一次資料ではない。 そして、十二の生態系をどう区切り、売上の二重計上をどう処理したのかは、公表されていない。
五段目。査読論文と公的統計には、この数字は無い。 しかも同じ会社は2023年に、この推計を2030年に70兆から100兆ドル・世界経済の約30%という形に改めている。改められた時点で、2025年版の数字は、あとから答え合わせをする手立てを失った。
「存在しない」とは書けない。書けるのは、五段下って商用のデータベースと専門家の想定で止まった、までである。
時間・変化:五年で七倍に増えた語
語のほうは、増えている。**2018年に *Strategic Management Journal* 39巻8号へ出た論文**は、その膨張を実測している。
> “Searching the keyword ‘ecosystem’ in the title or abstract of the top strategy journals shows that its frequency has increased sevenfold over the last five years.”(主要な戦略系の学術誌の題名または抄録で生態系という語を検索すると、その頻度が過去五年で七倍に増えたことが分かる)
同じ論文は、2014年の別の論者の言葉を引いて、生態系という概念がいまや分析を行ううえで産業に取って代わりうる、と紹介している。分析の単位そのものを置き換えうる語が、合意された範囲を持たないまま七倍に増えた。
**2020年に *Academy of Management Annals* 14巻1号へ出た総説は、別の角度から同じことを指摘している。組織は企業間のネットワークと生態系の両方に同時に埋め込まれているのに、ネットワークの研究と生態系の研究は互いに切り離されて発展してきた、というものである。語が増えるあいだ、隣の分野との突き合わせは後回しになっていた。**
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、この語を、意味が一つに定まった語として使うことである。所属として使う人と、構造として使う人が、同じ会議で同じ語を使う。噛み合わないのは考えではなく、語のほうである。
もう一つ。市場の大きさの数字を、規模の根拠として持ち出すこと。 五段下って着いたのは、有料のデータベースと専門家の想定だった。しかもその数字は、あとから別の年・別の額に改められている。
この単位では、どこに投資せよとも、どの土台に乗れとも書かない。 書けるのは、この語が何を指してきたかと、その数字がどこで止まったかまでである。
標本の偏りを断っておく。篩にかけられた88本も、七倍という測定も、学術データベースに収録された論文を数えたものである。 効きの向きを測ったほうは、半導体リソグラフィ装置という一つの産業の、九つの世代を追ったものである。そこでの結果が、そのまま手元の商いに移せるわけではない。
助けるのは、自分がこの語を使うとき、顔ぶれの話なのか、順番と依存の話なのかを一言だけ添えることである。
最初の一歩は5分。自分のところだけでは完結しない部分を一つ書き出し、それが上流の部品にあたるか、下流の補完財にあたるかを書き添える。 どちらとも言えなければ「どちらとも言えない」と書く。分けられないことが分かるのも、収穫である。
次の単位は 283「組織レピュテーション資本」——外から見た評判が、いったい何を測っているのかを扱う。掛け算の別の項なので、ここを空欄にしたまま他の項を伸ばしても、積のほうは伸びない。
- 2022年のJournal of Business Research 142巻は、生態系という語を題名か抄録に含む論文を2,458本集め、重複除去と題名・抄録による選別を経て88本を分析対象とした。残った88本は1993年から2018年までの刊行で、事業・革新・起業・知識という四つの型に分類されている。
- 同じ論文は、生態系の文献が全体として、実証の範囲・鍵となる理論的な特徴・理論的な出自について合意を欠いている点で研究者たちが一致していると書き、生態系の研究は概念の増殖に悩まされている、と述べる。合意が無いと明言しているのはこの論文である。
- 2017年のJournal of Management 43巻1号は「定義が無い」とは書いていない。書いているのは、この語そのものが意味の生態系を抱え込むまでに育ち、どこで価値を足しどこで足さないのかが不明瞭になって使い勝手を損ねてきた、である。しかも著者は自分の定義を出して整理する側に立っている。
- 同じ論文は二つの見方を区別する。網と土台への所属によって定義される、関わり合う主体たちの共同体として見るやり方と、価値の提案によって定義される活動の配置として見るやり方である。前者は集合として眺める傾向があるため、示唆が一般論に寄り、価値がどう作られるかの具体に乏しくなる。
- 2010年のStrategic Management Journal 31巻3号は、世界の半導体リソグラフィ装置の産業を1962年の発生から2005年まで九つの技術世代にわたって追い、上流の部品における革新の課題が大きいほど技術で先を行く企業の便益は増え、下流の補完財における革新の課題が大きいほどその便益は削られる、と報告した。
- 2025年に生態系が世界の売上の30%を占めるという数字を五段さかのぼった。二段目は大手のコンサルティング会社の業界向け実務記事、三段目はその後続報告書の図の出典表記で、そこには二つの商用の有料データベースと専門家の想定という語が並んでいた。四段目のデータベースは有料で、区切り方も二重計上の処理も非公表。五段目の査読論文と公的統計には無く、同じ会社が2023年に別の年・別の額へ改めている。
- 2018年のStrategic Management Journal 39巻8号は、主要な戦略系の学術誌の題名または抄録における生態系という語の出現頻度が過去五年で七倍に増えたことを示している。2020年のAcademy of Management Annals 14巻1号は、組織が企業間のネットワークと生態系の両方に同時に埋め込まれているのに、両者の研究が切り離されて発展してきたと指摘している。
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| エコシステムという語には、この分野で合意された定義がある | 2022年にJournal of Business Research 142巻へ出たレビューは、2,458本を集めて88本に絞り込んだうえで、生態系の文献は全体として、実証の範囲・鍵となる理論的な特徴・理論的な出自について合意を欠いていると書いている。ただし、広く参照される2017年の論文のほうは「定義が無い」とは書いていない。書いているのは、この語が意味の生態系を抱え込むまでに育った、である。 |
| エコシステムを作るとは、参加者を集めて共同体を作ることである | 2017年の論文は、乱立した意味を二つの見方に整理している。網と土台への所属によって定義される、関わり合う主体たちの共同体として見るやり方と、価値の提案によって定義される活動の配置として見るやり方である。前者は集合として眺める傾向があるため、示唆が一般論に寄り、価値がどう作られるかの具体に乏しくなる、と同じ論文が書いている。 |
| エコシステムが世界の売上の3割を占めるのだから、そこに乗るかどうかが分かれ目になる | この数字を五段さかのぼった。二段目で大手のコンサルティング会社の業界向け実務記事に着き、三段目でその後続報告書の図の出典表記に着いたが、そこに並んでいたのは二つの商用の有料データベースの名前と、専門家の想定という語だった。十二の生態系の区切り方も、売上の二重計上の処理も公表されていない。査読論文と公的統計には無く、同じ会社が2023年に別の年・別の額へ改めている。 |
語が増えるのは悪いことではない。増えた語は、それまで名前の無かったものを指せるようになる。皮肉なのは、指せるものが増えるほど、その語で何を指したのかが分からなくなることだ。五年で七倍に増えた語は、いまや産業の代わりに分析の単位になりうると紹介されている。単位というのは、ふつう、二人が同じ量を測るための仕組みのことである。
Q1. 生態系についての体系的レビューは、学術データベースの検索で ____ 本を集め、重複除去と選別を経て ____ 本を分析対象とした。対象の刊行年は ____ 年から2018年までで、分類された型は ____ つである。穴埋め
Q2. 広く参照される2017年の論文が、この語について実際に書いていることを1文で書け。あわせて、その論文について取り違えられやすい点を1つ挙げよ。一問一答
Q3. 半導体リソグラフィ装置の産業を九つの技術世代にわたって追った研究が報告した、上流と下流の効きの向きを書け。一問一答
Q4. 2025年に生態系が世界の売上の30%を占めるという数字を五段さかのぼった結果として、正しいものはどれか。選択
Q5. 市場の大きさの数字をさかのぼった五段を、たどった順に並べよ。(後続報告書の図の出典表記を読む/査読論文と公的統計を探す/業界のポータルやビジネス誌に反復する数字を集める/商用データベースが有料で非公表であることを確かめる/大手のコンサルティング会社の業界向け実務記事に着く)並べ替え
紙かメモアプリを開く。自分の商いや取り組みのうち、自分のところだけでは完結しない部分を一つだけ書き出す(何かを仕入れている、誰かの道具の上で動いている、別の人の作業が終わらないと自分の作業が始まらない、など)。次に、その部分が上流の部品にあたるか、下流の補完財——それ単独では用をなさず、組み合わさって初めて使えるようになるもの——にあたるかを一言で書き添える。どちらとも言えなければ「どちらとも言えない」と書く。最後に、その部分について自分が使っている呼び名を書き、それが顔ぶれの話なのか、順番と依存の話なのかを一言で分ける。相手先を調べない。誰にも尋ねない。手元にある自分の記録と、自分が公開している資料だけで完結させる。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Cobben D., Ooms W., Roijakkers N., Radziwon A. (2022) 'Ecosystem types: A systematic review on boundaries and goals', Journal of Business Research 142:138-164, doi:10.1016/j.jbusres.2021.12.046 — doi.org
- Adner R. (2017) 'Ecosystem as Structure: An Actionable Construct for Strategy', Journal of Management 43(1):39-58, doi:10.1177/0149206316678451 — doi.org
- Jacobides M.G., Cennamo C., Gawer A. (2018) 'Towards a theory of ecosystems', Strategic Management Journal 39(8):2255-2276, doi:10.1002/smj.2904 — doi.org
- Adner R., Kapoor R. (2010) 'Value creation in innovation ecosystems: how the structure of technological interdependence affects firm performance in new technology generations', Strategic Management Journal 31(3):306-333, doi:10.1002/smj.821 — doi.org
- Kapoor R. (2018) 'Ecosystems: broadening the locus of value creation', Journal of Organization Design 7:12, doi:10.1186/s41469-018-0035-4 — doi.org
- Shipilov A., Gawer A. (2020) 'Integrating Research on Interorganizational Networks and Ecosystems', Academy of Management Annals 14(1):92-121, doi:10.5465/annals.2018.0121 — doi.org