景気後退153件のうち、前の年の4月に見込まれていたのは5件だった
63か国、1992年から2014年、1,306の国・年の観測。そのうち実質国内総生産が前の年より減った年は153件あった。その153件のうち、前の年の4月の時点で産出は減るだろうと見込まれていたのは、5件である。148件を取りこぼしている。
まず、一つの集計から入る。
63か国、1992年から2014年まで、1,306の国・年の観測。 そのうち実質国内総生産が前の年より減った年——ここではそれを景気後退と呼ぶ——は153件あった。全体の12%である。
その153件のうち、前の年の4月の時点で「産出は減るだろう」と見込まれていたのは、5件だった。
市場タイミング読解力という道具が扱うのは、この「いつ動くか」である。 そして、いつ動くかを外から教えてくれるはずのもの——専門家の見通し——が、どこまで当たってきたのかは、正面から数えられている。数えられているものを見るところから始める。
153件のうち、前の年の4月に見込まれていたのは5件
この集計は、**2018年に *International Finance* 21巻2号へ出た論文によるものである。数値は、同じ著者たちが同年に出した国際通貨基金のワーキングペーパー**(作業論文。査読誌ではない)で確認した。
使われた予測は二種類。民間の予測会社が毎月まとめている集計予測と、国際通貨基金が4月と10月に出す見通しである。景気後退の定義は素朴で、年次の実質国内総生産の成長率が負になった年というだけのもの。四半期のデータで山と谷を判定する方式ではない。
その作業論文の冒頭に、こうある。
> “Recessions are not rare: economies are in a state of recession 10-12 percent of the time. What is rare is a recession that is forecast in advance.”(景気後退は珍しくない。 経済は10%から12%の時間、後退の状態にある。珍しいのは、事前に予測された景気後退のほうである)
そして数字が続く。
> “There are 153 recessions (86 in advanced economies and 67 in emerging markets) ... In April of the year before the recession, forecasters expected output to fall in only 5 of these 153 cases.”(153件の景気後退があった(先進国86件、新興国67件)……景気後退の前年4月の時点で、予測者が産出の減少を見込んでいたのは、この153件のうちわずか5件だった)
148件を、取りこぼしている。 そしてこの差は、民間か公的かで変わらない。 国際通貨基金の見通しでも、前年4月に見込めていたのは6件(147件の見逃し)である。同じ論文の要旨は、両者の予測は事実上同一であり、したがって両方とも等しく景気後退を見逃すのがうまい、と書いている。
ここは、逃げ道が一本塞がるところである。 見通しが外れたと聞くと、もっと詳しい人の、もっと権威のある予測を探したくなる。その二つが、同じ精度で外している。
ただし、年が終わりかける頃には118件を当てている
ここで止めると、原典を裏切る。 同じ表は、時点を進めた場合の数字も並べている。
前年4月に見込めていたのは5件。前年10月で14件。当年4月で84件。そして当年10月には118件。 153件のうち118件だから、およそ77%である。
当たらないのではない。遅いのである。 要旨の言い方はこうだ。
> “while forecasters are generally aware that recession years will be different from other years, they miss the magnitude of the recession by a wide margin until the year is almost over.”(予測者は、景気後退の年が他の年とは違うということには概して気づいているが、その年が終わりかけるまで、後退の規模を大きく外し続ける)
気づいてはいる。規模を外している。 そして、気づくのは、その年がだいぶ進んでからである。
この形は、手元の判断にそのまま効く。 「そのうち分かる」は正しい。ただし、分かるのは、たいてい手を打ち終わったあとである。 予測を待って動く手順を組んでいると、待っているあいだに時期が過ぎる。
なぜ遅れるのか。 この論文は、予測の改定が遅いこと——新しい情報が入っても、前に出した数字を少しずつしか動かさない性質——を手がかりにしている。その考え方の元になっているのは、**1987年に *The Review of Economics and Statistics* 69巻4号へ出た論文である。予測が外れる理由を、能力ではなく、改定の速さの側に置く見方だ。**
空振りは、ほとんど無い
逆向きの誤りも数えられている。 景気後退でなかった1,153件の国・年のうち、前年4月に「後退が来る」と誤って予測されていたのは8件である。当年10月の時点でも33件しかない。
つまり、予測者は騒ぎ立てていない。 一貫して楽観の側に外している。
ここを書かないと、別の俗説を強めてしまう。「経済の専門家は危機を煽る」という言い方である。この集計では、そうなっていない。 外し方には向きがあり、その向きは「来るはずの後退を見落とす」ほうに偏っている。
向きが分かっていることは、当たるかどうかとは別の情報である。 見通しが外れるとき、どちら側へ外れやすいかが分かっていれば、外れたときに何が起きるかの見当だけは付く。この集計が渡してくれるのは、そこまでである。
63は、件数ではなく国の数である
この話でいちばんよく起きる取り違えが、ここにある。
63は、景気後退の件数ではない。対象になった国の数である。 そして偶然だが、この分野でよく引かれる二つの研究は、どちらも63か国を対象にしている。
件数のほうは、期間で変わる。 1989年から1998年までを見た研究では60件、1992年から2014年までを見た研究では153件、2008年から2012年までを見た資料では88件である。数字が動いたのではない。数えた期間が違うだけである。
だから、この種の数字を持ち出すときは、四つを必ず添える。 国の数、期間、予測の出どころ、そして「景気後退=実質成長率が負の年」という定義である。四つのどれかが抜けると、別の集計の数字と並べられてしまう。
三つの集計は、別の期間の、別の数である
三つを並べる。
一つ目は、**2001年に *International Journal of Forecasting* 17巻3号へ出た論文である。63か国、1989年から1998年、民間の集計予測のみ。標本内の景気後退は60件で、前の年の4月に予測できていたのは2件。当年10月の時点でも47件が見込まれていなかった。60件のうち50件では、予測のほうが実績を上回っていた。この論文のワーキングペーパー版の要旨に、いまも引かれ続けている一文がある。**
> “the record of failure to predict recessions is virtually unblemished”(景気後退を予測できなかったという記録は、ほぼ一点の曇りもない)
二つ目は、2018年の集計。63か国、1992年から2014年、153件中5件。査読誌に載っている。
三つ目は、2014年にある大学の予測研究の会で配られた発表資料である。査読誌ではない。 77か国、2008年から2012年。実際に起きた景気後退は2008年13件・2009年49件・2010年7件・2011年4件・2012年15件の計88件。前年4月の時点で予測されていたのは2008年0件・2009年0件・2010年9件・2011年1件・2012年0件。前年9月でも0件・0件・8件・1件・2件である。
つまり、2008年と2009年の62件については、前年4月にも前年9月にも、予測されていたものが1件も無い。
この単位でいちばん劇的な数字が、査読を通っていない資料にしか無い。 だから、査読を通った数字を使いたいなら、153件中5件のほうである。
時間・変化:大きな失敗のあとも、改善していない
予測が改善したかどうかも、同じ論文が数えている。 2000年代終わりの大きな景気後退を境に、前後で分けた表がある。
その前は、70件のうち70件を、前年4月の時点で見逃していた。その後は、83件のうち78件である。 割合はほとんど変わらない。「大きな失敗があったから、次は当てられるようになった」は、この集計では成り立たない。
変わったのは、集計するほうである。 1989年から1998年の60件、1992年から2014年の153件、2008年から2012年の88件——予測が当たるようになったのではなく、当たらないことが繰り返し数え直された。
そして、数え直すたびに、条件が細かくなっている。 最初は民間の予測だけを見ていたものが、公的な見通しとの比較に広がり、時点ごとの的中と、逆向きの誤りと、大きな後退の前後の比較が加わった。増えたのは、当たり外れの数字ではなく、その数字に付ける条件の数である。
この単位の数字の出どころを断っておく。 対象は63か国あるいは77か国の、国単位の年次データであり、測っているのは一国の経済全体である。手元の商売の売り先や、自分の業界の山と谷を予測できるかどうかは、ここでは測られていない。 分かるのは、国の経済という、多くの資源を投じて予測されている対象でさえ、転換点は事前にはほとんど見込まれていない、ということだけである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、「まったく当たらない」と要約することである。当年10月には153件中118件を当てている。外しているのは、時機と規模のほうだ。
もう一つ。もっと権威のある予測を見れば違う、と考えること。 民間の集計予測と国際通貨基金の見通しは、前年4月の見逃しが148件と147件で、ほとんど同じである。出どころを替えても、この差は埋まらない。
三つ目。数字を、条件を外して持ち歩くこと。 63か国なのか77か国なのか、1989年からなのか1992年からなのか、民間の予測なのか公的な見通しなのか、査読を通っているのかいないのか。四つのどれかが抜けた瞬間に、別の集計の数字と並べられてしまう。
この単位では、いつ動けという助言はしない。 資金の出し入れや、事業の始めどき・やめどきにも踏み込まない。書けるのは、転換点の予測がどこまで測られているか、までである。
助けるのは、自分が過去に書いた「この先こうなる」を、答え合わせできる形で残しておくという一手である。予測を書いた日と、答えが出る時期を、同じ行に書く。それだけで、当たったかどうかを、あとから記憶で作り直さずに済む。書いた本人が覚えているのは、たいてい当たったほうである。
最初の一歩は5分。手元の記録から、自分が過去に書いた「この先こうなる」を一つ探し、書いた日と、いま分かっている結果を一行ずつ書く。 見つからなければ「見つからなかった」と書く。見つからないこと自体が、この単位の材料である。
次の単位は 281「外部弱紐帯ネットワーク幅」——外とのつながりの広さを、組織どうしの関係の実証から扱う。掛け算の別の項なので、時機の読みをどれだけ磨いても、ここが小さいままでは積は上がらない。
- 63か国・1992年から2014年・1,306の国・年観測を対象とした集計では、実質国内総生産が前の年より減った年(ここでの景気後退の定義)は153件あり、全体の12%だった。そのうち前の年の4月の時点で産出の減少が見込まれていたのは5件で、148件を取りこぼしている
- 同じ表は時点を進めた数字も並べている。前年4月で5件、前年10月で14件、当年4月で84件、当年10月で118件である。153件のうち118件、およそ77%。当たらないのではなく遅い。要旨も、予測者はその年が終わりかけるまで後退の規模を大きく外し続ける、と書いている。なぜ遅れるかについては、予測の改定が遅いこと、つまり新しい情報が入っても前に出した数字を少しずつしか動かさない性質が手がかりとして引かれている
- 民間の集計予測と国際通貨基金の見通しの差はほとんど無い。前年4月の見逃しは148件と147件である。要旨は、民間部門と公的部門の予測は事実上同一であり、したがって両方とも等しく景気後退を見逃すのがうまい、と書いている
- 逆向きの誤りは少ない。景気後退でなかった1,153件の国・年のうち、前年4月に誤って後退が来ると予測されていたのは8件、当年10月でも33件だった。予測者は騒ぎ立てておらず、一貫して楽観の側に外している
- 63は景気後退の件数ではなく、対象になった国の数である。件数は期間で変わり、1989年から1998年で60件、1992年から2014年で153件、2008年から2012年で88件。数字が動いたのではなく、数えた期間が違う
- 2001年のInternational Journal of Forecasting 17巻3号は、63か国・1989年から1998年・民間の集計予測のみで、60件の景気後退のうち前の年の4月に予測できていたのは2件だったと報告した。そのワーキングペーパー版の要旨の一文、景気後退を予測できなかったという記録はほぼ一点の曇りもない、がいまも引かれ続けている
- 2008年と2009年の62件について、前年4月にも前年9月にも予測されていたものが1件も無い、というこの単位でいちばん劇的な数字は、ある大学の予測研究の会で配られた発表資料にしかない。査読誌ではない。査読を通った数字を使いたいなら、153件中5件のほうである
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 景気の転換点は、専門家の予測を見ていれば分かる | 63か国・1992年から2014年の集計では、153件の景気後退のうち、前の年の4月に産出の減少が見込まれていたのは5件である。148件を取りこぼしている。国際通貨基金の見通しでも6件で、民間か公的かで差は無い。要旨は、両者の予測は事実上同一であり、したがって両方とも等しく景気後退を見逃すのがうまい、と書いている。 |
| 結局、経済の予測はまったく当たらない | これも原典と合わない。同じ表は時点を進めた数字を並べており、前年4月で5件、前年10月で14件、当年4月で84件、当年10月で118件である。153件のうち118件、およそ77%を当てている。要旨も、予測者は景気後退の年が他の年とは違うことには概して気づいているが、その年が終わりかけるまで規模を大きく外し続ける、と書いている。当たらないのではなく、遅い。 |
| 経済の専門家は、当たらない危機をやたらと煽る | 逆向きの誤りも数えられている。景気後退でなかった1,153件の国・年のうち、前年4月に誤って後退が来ると予測されていたのは8件、当年10月でも33件である。予測者は騒ぎ立てておらず、一貫して楽観の側に外している。外し方には向きがあり、その向きは来るはずの後退を見落とすほうに偏っている。 |
予測が当たらないことは、繰り返し数え直されてきた。1989年から1998年で60件、1992年から2014年で153件、2008年から2012年で88件。数え直すたびに、同じ結論が出てくる。皮肉なのは、この四半世紀で確実に改善したのが、当たらないことの測り方のほうだったことだ。
Q1. 63か国・1992年から2014年の集計では、景気後退は ____ 件あり、そのうち前の年の4月に産出の減少が見込まれていたのは ____ 件だった。当年10月の時点では ____ 件である。穴埋め
Q2. この分野で引かれる「63」は景気後退の件数ではなく ____ である。件数は期間で変わり、1989年から1998年で ____ 件、1992年から2014年で153件、2008年から2012年で ____ 件である。穴埋め
Q3. 景気後退でなかった ____ 件の国・年のうち、前年4月に誤って後退が来ると予測されていたのは ____ 件だった。したがって予測者は一貫して ____ の側に外している。穴埋め
Q4. 「2008年と2009年の景気後退62件は、前年の時点で1件も予測されていなかった」という数字を使うときに、必ず添えるべき条件を挙げよ。一問一答
Q5. 民間の集計予測と国際通貨基金の見通しの比較について、正しいものはどれか。選択
紙かメモアプリを開く。自分の手元にある記録(メモ、送信済みの文章、予定表の書き込み、自分や自社が公開している資料など)から、過去に自分が書いた「この先こうなる」という見通しを一つ探す。内容は何でもよい(売れ行き、忙しさ、値段、天気、行事の人出など。他人や他社の先行きの判定はここでは選ばない)。見つかったら三行を書く——(1)書いた日、(2)書いた内容、(3)いま分かっている結果(まだ分からなければ「まだ分からない」)。見つからなければ「見つからなかった」と一行だけ書く。最後に、これから書く見通しには「答えが出る時期」を同じ行に書き添える、と決めて一行メモする。当たり外れを採点しない。他人の予測を評価しない。手元の記録だけで完結させる。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- An Z., Jalles J.T., Loungani P. (2018) 'How well do economists forecast recessions?', International Finance 21(2):100-121, doi:10.1111/infi.12130 — doi.org
- An Z., Jalles J.T., Loungani P. (2018) 'How Well Do Economists Forecast Recessions?', IMF Working Paper WP/18/39, March 2018, doi:10.5089/9781484344873.001(作業論文。査読誌ではない) — doi.org
- Loungani P. (2001) 'How accurate are private sector forecasts? Cross-country evidence from consensus forecasts of output growth', International Journal of Forecasting 17(3):419-432, doi:10.1016/S0169-2070(01)00098-X — doi.org
- Loungani P. (2000) 'How Accurate Are Private Sector Forecasts? Cross-Country Evidence from Consensus Forecasts of Output Growth', IMF Working Paper WP/00/77, April 2000, doi:10.5089/9781451849981.001(作業論文。査読誌ではない) — doi.org
- Ahir H., Loungani P. (2014) 'Fail Again? Fail Better? Forecasts by Economists during the Great Recession', Prepared for presentation at George Washington University Research Program in Forecasting Seminar, January 30, 2014(発表資料。査読誌ではない) — www2.gwu.edu
- Nordhaus W.D. (1987) 'Forecasting Efficiency: Concepts and Applications', The Review of Economics and Statistics 69(4):667, doi:10.2307/1935962 — doi.org