成績とばらつきが逆に動く——同じ形の数字が、歪みからも学習からも、でたらめからも出る
成績が良い会社ほど、成績のばらつきが小さい。リスクを取るほどリターンが上がる、の反対である。この関係は四十年以上引かれてきた。ところが原典に戻ると、85業種のうち21業種では成り立っておらず、しかも会計の性質による説明が、発見と同じ論文の中に書かれている。
探索投資ポートフォリオ判断力という道具は、何をする道具か。 先の分からないものに、どれだけ、どう散らして賭けるかを決める道具である。
この道具の背後には、四十年以上使われてきた経験則がある。 会社の成績と、その成績のばらつきは、逆に動く——成績が良い会社ほど、ばらつきが小さい。リスクを取るほどリターンが上がる、の反対である。 名前が付き、教科書に載り、いまも引かれている。その関係が最初にどう出てきて、その後どう扱われたかを追う。
1980年の表——85業種のうち、21業種では成り立たなかった
**出発点は、1980年に *Sloan Management Review* 21巻3号へ出た論文である。査読誌ではなく、実務向けの雑誌に載った。使われたのは、ある投資情報サービスが公表していた業種分類と財務データで、85業種、1,572社。1968年から1976年までの9年間の自己資本利益率の平均と分散(ばらつきの大きさ)を業種ごとに計算している。結果は、こう書かれている。**
> “Of this total set of 85, 56 support the hypothesis of a negative risk/return correlation, 21 refute it, and 8 are ties.”(この85業種のうち、56業種が負のリスク/リターン相関という仮説を支持し、21業種がこれを反証し、8業種が引き分けである)
56対21、引き分け8。 支持は85のうち56、およそ3分の2で、残りの3分の1では成り立っていない。 よく引かれる逆説が、最初の論文の時点で3分の1の業種で反証されている。そして、それは論文の中に隠さずに書いてある。
手法にも注意がいる。著者は回帰分析を使わなかった。 使ったのは、平均の高低とばらつきの大小で四つの枡に分けて数える表と、非母数の検定である。自己資本がほとんどゼロの会社が巨大な負の利益率を出すと最小二乗が引きずられるから、と理由も書かれている。測り方の話は、最初からこの論文の中にある。
発見した本人が、会計の性質で説明していた
その論文の要旨には、こう書かれている。
> “The concepts of income smoothing and corporate strategy are utilized to explain this apparent paradox.”(利益平準化と企業戦略という概念を用いて、この見かけの逆説を説明する)
利益平準化とは、会計上の処理で、年ごとの利益の凸凹をならすことである。 良い年を控えめに、悪い年を厚めに見せる方向へ、認められた範囲で寄せる。やれば、平均は動かずに分散だけが下がる。 成績の良い会社がそれをやっていれば、平均が高くて分散が小さい会社の群ができる。負の相関である。
疑いは、発見と同じ論文に入っていた。 後の研究者が測り方を疑いはじめたのではない。
平均と分散は、算術的に結びついている
**1990年に *Management Science* 36巻3号へ出た論文**が、この疑いを論理の側から突き詰めた。
> “the mean-variance approach to return and risk carries with it the consequence that statements about the relationship are inherently unverifiable in the context of the system being examined. ... since mean and variance are arithmetically linked”(収益とリスクへの平均・分散の接近法は、その関係についての言明が、検討されている体系の中では本来的に検証不能であるという帰結を伴う。……平均と分散は算術的に結びついているため)
符号が逆だ、という主張ではない。この枠組みの中では確かめようがない、という主張である。 同じ数列から平均も分散も作れば、二つは互いに独立ではない。
この指摘には、翌年すぐ反論が出た。 1991年に同誌37巻9号へ「逆説、あるいは少なくとも分散は見つかっている」という題の批評が載り、同じ号に著者本人の再反論が並んでいる。 その題は、「失われた逆説は、見つかったジレンマになる」。言い切った側が、翌年、自分で題名を譲歩の形に直した。 「測り方の産物だ」と言い切れない理由の一つが、ここにある。
大部分は見かけである。ただし、全部ではない
では、見かけの分はどれくらいなのか。 2009年に *Strategic Management Journal* 30巻3号へ出た論文が、そこを数量で答えた。
> “skewness of individual firm' return distributions has a considerable spurious effect on the empirically estimated mean-variance relationship. ... It turns out that the size of the spurious effect is such that, on average, it explains the larger part of the observed negative relationship.”(個々の企業の収益分布の歪みが、実証的に推定される平均・分散の関係に相当な見かけ上の効果を与える。……その大きさは、平均して、観測された負の関係の大きい部分を説明するほどである)
歪みとは、分布が左右対称でないことである。 大損は大きく出るが大儲けはそこまで大きくならない、という形になっていると、平均と分散のあいだに実体のない関係が自動的に現れる。
ここが、この単位でいちばん間違えやすい場所である。 原典が書いているのは「大きい部分を説明する」であって、「全部が見かけである」ではない。「大半は測り方のせいだった」までである。
学習でも、無思慮でも、同じ相関が出る
2007年に同誌28巻4号へ出た論文は、値切りの反対側にいる。 環境の変化への応答の巧拙が企業ごとに違う、という模型を作り、そこから負の相関が数学的に導かれることを示し、模型の出力を45業種・1991年から2000年までの実証と突き合わせ、予測が実データと整合すると報告した。負の相関には、実体のある機構による説明がある、という主張である。
ところが、同じ著者陣が2015年に同誌36巻8号へ出した論文が、こう書いた。
> “However, the results are also consistent when firm behavior appears to be mindless in the form of a random walk. Hence, both imperfect learning and a mindless random walk can lead to the inverse longitudinal risk-return relationships observed empirically.”(しかし、企業の行動がランダムウォークの形で無思慮に見える場合にも、結果は同じく整合する。したがって、不完全な学習も、無思慮なランダムウォークも、どちらも、観測される逆向きのリスク・リターン関係を生みうる)
ランダムウォークとは、次にどちらへ動くかが、それまでの動きと関係なく決まる動き方である。 負の相関は、測り方の歪みからも出る。学習からも出る。何も学ばず、でたらめに動いても出る。 三つとも同じ形の数字を残す。その数字だけでは、賢く動いたのか、でたらめに動いたのかを区別できない。「うちはリスクを抑えつつ成果を出している」という形の数字は、三つのどれからでも作れる。
そもそも、探索投資はリスクの量なのか
もう一段手前に、崩れているものがある。 この分野の実証は、しばしば研究開発費(新しいものを作るために投じる費用)をリスクの量の代わりに使う。 探索に多く投じている会社はリスクを多く取っている、という置き換えである。2017年に同誌38巻4号へ出た論文が、それを検査した。 対象は1,907社から3,908社(変数によって数が変わる)、13年間、複数の業種。研究開発費の集約度(売上に対する割合)と支出額を、11種類の企業リスク指標と突き合わせている。
> “The analysis finds a general lack of consistent positive association between R&D and firm risk, making the use of R&D as an indicator of risk taking questionable. Furthermore, R&D intensity and spending do not correlate positively, suggesting they measure different constructs.”(分析は、研究開発と企業リスクのあいだに一貫した正の関連が概して見られないことを見出し、リスクテイクの指標として研究開発を用いることを疑わしくする。さらに、研究開発の集約度と支出額は正に相関しておらず、両者が異なる構成概念を測っていることを示唆する)
11通りのリスク指標のどれとも、安定して正に相関しない。 そして集約度と支出額という、同じ「探索投資」を指す二つの数字どうしが、正に相関しない。
時間・変化:1980年から2017年へ、但し書きが積み上がった
並べる。 1980年に85業種のうち56で支持・21で反証という表が出て、同じ論文が会計の性質による説明を添えた。1990年にこの枠組みの中では検証不能だという指摘が出て、1991年に反論と「ジレンマ」への譲歩が同じ号に並んだ。2007年に、実体のある機構から同じ相関が導けるという模型が出て、2009年に見かけの効果が負の関係の大きい部分を説明するという推定が出た。2015年に学習でも無思慮でも同じ相関が出ると示され、2017年に探索投資をリスクの代わりに使うこと自体が支持されなくなった。
四十年近く、関係そのものは消えていない。 消えたのは、その関係から何が言えるかのほうである。数字は残り、そこから引き出せる結論だけが削られていった。
この単位の数字の出どころを断っておく。 85業種・1,572社も、45業種も、1,907社から3,908社も、いずれも上場企業の会計データである。1980年の85業種・1,572社は米国の企業だが、他の二つの国と上場の別は当方が確かめた範囲では特定できていない。会計の作り方も、上場という条件も、その国の制度に依存している。手元の組織の判断に、そのまま持ち込める数字ではない。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、成果とばらつきの関係を、賢さの証拠として読むことである。同じ形の関係が、測り方の歪みからも、不完全な学習からも、無思慮なランダムウォークからも出る。出た数字は、三つのどれが起きたかを教えてくれない。
もう一つ。探索に投じた額を、リスクの量として扱うこと。 11通りの指標のどれとも安定して正に相関せず、集約度と支出額どうしも相関しない。額をリスクの目安として使うことは、この結果によって疑わしくなる。
この単位では、何にいくら投じるべきかの助言はしない。書けるのは、この四十年で何が測られ、何が削られたか、までである。
助けるのは、自分の手元の一覧で、平均とばらつきを別々に書き出し、その二つを同じ一覧から作っていることを確かめるという一手である。同じ材料から作った二つの数の関係は、材料の性質を映しているかもしれない。
最初の一歩は6分。過去2年で自分が新しく始めたことを、手元の記録から拾って一覧にする。 数えるだけでよい。平均を出す前に、いくつあったかを知っている状態にする。
次の単位は 280「市場タイミング読解力」——いつ動くかを、予測の的中率のほうから扱う。掛け算の別の項なので、賭け方をどれだけ整えても、時機の読みが小さいままでは積は上がらない。
- 1980年にSloan Management Review 21巻3号へ出た論文が出発点である。査読誌ではなく実務向けの雑誌に載った。ある投資情報サービスの業種分類と財務データを使い、85業種・1,572社について1968年から1976年までの9年間の自己資本利益率の平均と分散を計算している
- その原典が書いているのは、85業種のうち56業種が負のリスク・リターン相関という仮説を支持し、21業種がこれを反証し、8業種が引き分けだった、である。支持はおよそ3分の2で、残りの3分の1では成り立っていない。有名な逆説が、最初の論文の時点で3分の1の業種で反証されている
- 同じ論文は回帰分析ではなく、四つの枡に分けて数える表と非母数の検定を使っている。自己資本がほとんどゼロの会社が巨大な負の利益率を出すと最小二乗の計算が引きずられるから、と理由も書かれている。測り方の話は最初からこの論文の中にあった
- 要旨は、利益平準化と企業戦略という概念を用いてこの見かけの逆説を説明する、と書いている。利益平準化は会計上の処理で年ごとの利益の凸凹をならすことで、それをやれば平均は動かずに分散だけが下がる。会計の性質による説明は、発見と同じ論文に入っていた
- 1990年のManagement Science 36巻3号は、収益とリスクへの平均・分散の接近法は、その関係についての言明が検討されている体系の中では本来的に検証不能であるという帰結を伴う、と書いた。平均と分散が算術的に結びついているためである。翌年の同誌37巻9号には反論と著者本人の再反論が並んで載り、その再反論の題は、失われた逆説は見つかったジレンマになる、である
- 2009年のStrategic Management Journal 30巻3号は、個々の企業の収益分布の歪みが平均・分散の関係に相当な見かけ上の効果を与え、その大きさは平均して、観測された負の関係の大きい部分を説明するほどである、と報告した。大きい部分であって全部ではない。したがって、測り方の産物である、とは言い切れない
- 2017年の同誌38巻4号は、1,907社から3,908社・13年間・11種類の企業リスク指標を使い、研究開発と企業リスクのあいだに一貫した正の関連が概して見られず、リスクテイクの指標として研究開発を用いることは疑わしい、と報告した。さらに集約度と支出額が正に相関しておらず、両者は異なる構成概念を測っていることを示唆する
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| リスクを取るほどリターンが上がるはずなのに、実際の企業では逆になる——これは経営学が見つけた普遍的な逆説である | 原典は普遍的な事実として提示していない。85業種のうち56業種が仮説を支持し、21業種が反証し、8業種が引き分けだった、と本文に書かれている。支持はおよそ3分の2である。さらに要旨は、利益平準化と企業戦略という概念を用いてこの見かけの逆説を説明する、と述べており、会計の性質による説明は発見と同じ論文に入っていた。 |
| この逆説は、結局のところ測り方の産物だと決着している | そこまでは言えない。2009年の推定が書いているのは、見かけ上の効果が、平均して、観測された負の関係の大きい部分を説明するほどである、である。大きい部分であって全部ではない。1990年に検証不能だと論じた著者も、翌年の再反論の題名で、失われた逆説は見つかったジレンマになる、と譲歩している。 |
四十年以上前の表は、いまも引かれている。引かれるときに落ちるのは、21という数のほうである。85のうち21では成り立たなかったこと、著者自身が会計の性質で説明を用意していたこと、平均と分散が同じ材料から作られていること。皮肉なのは、それが全部、最初の論文と、その直後の論争に、隠さずに書いてあることだ。
Q1. 1980年の原典は、85業種のうち ____ 業種が仮説を支持し、____ 業種が反証し、____ 業種が引き分けだったと書いている。標本は ____ 社、期間は9年間である。穴埋め
Q2. 2015年の論文が示したことを1文で書き、そこから「成果とばらつきの関係」について何が言えなくなるかを述べよ。一問一答
Q3. 2009年の論文が報告した「見かけ上の効果」の大きさとして、原典に忠実な言い方はどれか。選択
Q4. 研究開発費をリスクテイクの量の代わりに使うことについて、2017年の論文が報告したことはどれか。選択
Q5. この関係をめぐる出来事を、起きた順に並べよ。(見かけ上の効果が負の関係の大きい部分を説明すると推定される/平均と分散が算術的に結びつくため検証不能だと論じられる/85業種のうち56で支持・21で反証という表が出る/学習でも無思慮でも同じ関係が出ると示される/探索投資をリスクの代わりに使うこと自体が支持されなくなる)並べ替え
予定表・帳簿・メモ・送信済みの文章など、自分の手元にある記録だけを開く。過去2年のあいだに自分が新しく始めたこと(新しい取り組み、新しいやり方、新しい売り先、新しい習慣など、仕事でも仕事以外でもよい)を、記録から拾って一覧にする。多くても10件までで打ち切ってよい。次に、それぞれの結果に(良かった/悪かった/どちらとも言えない)の三択を付ける。そのうえで二つの数を書く——(1)良かったものの割合、(2)三つの区分に何件ずつ散らばったか。最後に、この二つの数が同じ一覧から作られていることを一行だけ書き添える。他人の取り組みを一覧に入れない。誰にも尋ねない。判定や評価に使わない。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Bowman E.H. (1980) 'A Risk/Return Paradox for Strategic Management', Sloan Management Review 21(3)(実務誌。査読誌ではない。数値は MIT Alfred P. Sloan School of Management Working Paper WP 1107-80, March 1980 の全文で確認) — archive.org
- Ruefli T.W. (1990) 'Mean-Variance Approaches to Risk-Return Relationships in Strategy: Paradox Lost', Management Science 36(3):368-380, doi:10.1287/mnsc.36.3.368 — doi.org
- Bromiley P. (1991) 'Paradox or At Least Variance Found: A Comment on “Mean-Variance Approaches to Risk-Return Relationships in Strategy: Paradox Lost”', Management Science 37(9):1206-1210, doi:10.1287/mnsc.37.9.1206 — doi.org
- Ruefli T.W. (1991) 'Reply to Bromiley’s Comment and Further Results: Paradox Lost Becomes Dilemma Found', Management Science 37(9):1210-1215, doi:10.1287/mnsc.37.9.1210 — doi.org
- Henkel J. (2009) 'The risk-return paradox for strategic management: disentangling true and spurious effects', Strategic Management Journal 30(3):287-303, doi:10.1002/smj.734 — doi.org
- Andersen T.J., Bettis R.A. (2015) 'Exploring longitudinal risk-return relationships', Strategic Management Journal 36(8):1135-1145, doi:10.1002/smj.2281 — doi.org
- Andersen T.J., Denrell J., Bettis R.A. (2007) 'Strategic responsiveness and Bowman’s risk–return paradox', Strategic Management Journal 28(4):407-429, doi:10.1002/smj.596 — doi.org
- Bromiley P., Rau D., Zhang Y. (2017) 'Is R&D risky?', Strategic Management Journal 38(4):876-891, doi:10.1002/smj.2520 — doi.org