やめるのが遅れる説明には、合理と行動と組織の三つとも要った。取り分の配分表は原典に無い
損切りは早いほどよい、と言われる。では、早いとは何に比べて早いのか。遅れという言葉には、基準が要る。銀行の全数を14年ぶん追いかけた研究は、三つの説——待つことに理由がある遅れ、兆しの読み方が偏る遅れ、決める仕組みの側の遅れ——を、同じ標本で同時に検定した。結果は、どれか一つを選ぶ形にはならなかった。
失敗切り上げ速度という道具が扱うのは、うまくいっていないと分かってから、実際に手を引くまでの時間である。
短いほうがよい、と言われる。ただ、その前に片づけることがある。短いとは、何に比べて短いのか。
遅れという言葉には、基準が要る
遅れを測るには、本来ならいつ出るべきだったかが要る。ところが、それを決めるのが難しい。
まだ分からないから続けているのと、分かっているのに続けているのとでは、同じ「続けている」でも中身が違う。前者は待つことに理由がある。自分たちの腕前がこの商売に合っているかどうかは、しばらくやってみないと分からない。 分かるまで待つのは、おかしなことではない。
だから、遅れを測る時計は二つ要る。一つ目は、待つ理由がある期間を測る時計。二つ目は、その理由を差し引いてもなお進んでいる時計。 二つ目に残った時間が、この単位で言う「遅れ」である。
三つの系統を、同じ標本で同時に検定した
**2015年に *Strategic Management Journal* 36巻7号へ出た論文が、この作業をやっている。材料は米国の銀行の全数、1984年から1997年まで**である。
退出の遅れを説明する理屈は、これまで三つの系統に分かれて論じられてきた。合理の系統——待つことに理由がある。行動の系統——兆しの読み方が偏る。組織の系統——決める仕組みの側で止まる。この論文は、三つを別々にではなく、同じ標本で同時に検定した。
> “Banks' exit behavior is not consistent with theories emphasizing the option value of avoiding reentry costs. Patterns of exit do, however, support models of rational delay under ability uncertainty.”(銀行の退出行動は、再参入の費用を避けることの選択肢としての価値を強調する理論とは整合しない。しかし退出の型は、能力の不確かさのもとでの合理的な遅れのモデルを支持する)
一度出たら入り直すのに費用がかかるから待つ、という説明は、支持されなかった。 支持されたのは、自分たちの腕前がまだ分からないから待つという側である。続く一文が、この単位の核である。
> “Controlling for this source of rational delay, we find evidence of delay due to behavioral bias—firms discount negative signals of profitability relative to positive signals—and organizational considerations—delay increases with the separation of ownership and control. These results demonstrate that all three sets of theories are necessary to describe exit behavior.”(この合理的な遅れの原因を統制すると、行動の偏りによる遅れ——企業は収益性の悪い兆候を良い兆候に比べて割り引く——と、組織的な事情による遅れ——所有と支配の分離が進むほど遅れは大きくなる——の証拠が見つかる。これらの結果は、退出行動を記述するには三つの系統の理論がすべて必要であることを示している)
悪い知らせのほうを小さく見る。 そして、持ち主と決める人が離れているほど、遅くなる。 合理的な待ちを差し引いても、この二つは残った。
なお、この単位の数字は、質問票に答えてもらったものではない。実際に起きた退出の記録から作られている。 この棚では、それは珍しいほうである。
配分表は、はじめから無い
ここで、期待されがちな表を先に片づけておく。「遅れのうち何%が合理的で、何%が非合理か」という配分表である。
その表は、原典に無い。 探して見つからなかったのではない。この論文が答えている問いが、そもそも配分ではない。 問われているのは、三つの説のうちどれが要るか——答えは、三つとも要る、である。
配分の形にできない理由もはっきりしている。三つの遅れは、順番に積み重なるものではなく、同じ一つの決定の上に重なっている。 待つ理由がある期間の内側で、悪い知らせは小さく見積もられ、そのあいだにも、決める人と持ち主のあいだの距離は変わらずそこにある。切り分けて足し合わせられる形をしていない。
だから、この単位から持ち帰れる数字は「何%」ではない。持ち帰れるのは、確かめる順番のほうである。 まず、待つ理由があるかどうか。次に、悪い知らせを小さく見ていないかどうか。最後に、決める人がその場にいるかどうか。
歪んでいたのは、判断ではなく信念だった
2017年に同誌38巻2号へ出た論文が、同じ問いを実験室に持ち込んでいる。持分を与えられた群と、その事業の収益性をどう見立てたかだけで報酬が決まる群を比べる設計である。
> “While treatment group participants make exit decisions that are nearly optimal given their beliefs, their beliefs are significantly distorted relative to the control group.”(持分を与えられた群の参加者は、自分の信念を前提とすればほぼ最適な退出の判断を下すが、その信念のほうが対照群に比べて有意に歪んでいる)
判断は正しかった。歪んでいたのは、判断の材料のほうだった。 論文は、この歪みの型が確証の偏りと動機づけられた推論と整合すると書き、誘因は行動だけでなく信念の形成にも影響しうることを基本的な発見として挙げている。
ただし、これは実験室の課題である。 現実の会社の決定にそのまま重ねられるものではない。銀行の全数のデータは、実際に起きた退出を数えたもの。実験室の実験は、原因を切り分けるために作られた場面。 どちらも要るが、同じ強さでは語れない。
言葉の出どころにも触れておく。**始めたことを続けるために資源を追加していく型に「エスカレーション」という名前が付いたのは、1981年の *Academy of Management Review* 6巻4号の論文である。 ただしこれは概念のレビューで、依拠している証拠は、経営学部の学生が模擬的な事業のケースで資金を配分する個人の実験だった。組織を単位に測ったデータは入っていない。** 名前は借りられても、証拠は借りられない。
手続きの言葉で書く——慣性、人の入れ替わり、統治
三つ目の系統——組織の側——を、実地で見た研究がある。
**2005年に *Journal of Management* 31巻1号へ出た論文は、かつて買収した事業を手放す決定を扱っている。抄録の骨格はこうである。親会社と、手放される側の事業の特性が、うまくいっていない事業を手放す可能性を下げる。 逆に、主要な人員の交代と、有効な統治の仕組みが、その可能性を上げる。 そして、年齢と規模を合わせたもの、新任の社外取締役の選任、売却の経験**などが、その効き方を調整していた。
ここで大事なのは、説明に使われている言葉である。 経営者の性格でも、決断力でもない。慣性、人の入れ替わり、取締役会の構成、過去に同じことをやった経験。 すべて、手続きと記録の言葉で書かれている。
同じ著者が2007年に *Academy of Management Journal* 50巻6号へ出した研究も、買収した事業を手放す組織の決定を、複数の理論的な視角の組み合わせから検討している。個人の心理に降りずに、組織の決定として扱う系譜が、ここに続いている。
時間・変化:同じ研究が、別の題名で三度現れる
さきほどの銀行の研究には、時間の軸がある。
まず、査読誌に載る前に、作業論文として別の題名で公開されている。 『No Exit: Failure to Exit Under Uncertainty』——出ないこと、不確かさのもとで出られないこと、という題である。次に、査読誌の版では題名が『Time to exit: Rational, behavioral, and organizational delays』に変わる。 出るまでの時間、そして三つの遅れ。オンラインで先に出たのが2014年、印刷は2015年の36巻7号である。
題名が変わると、何が起きるか。同じ一つの研究を、二つの別々の証拠として数えてしまうことが起こりうる。 出どころを数えるときは、題名ではなく、著者と標本を見るしかない。
そして2017年、同じ著者たちが、今度は実験室で同じ問いを分け直している。六、七年のあいだに、一つの問いが、作業論文・査読誌・実験室と三つの形で現れた。 中身は少しずつ違う。数えるときに一本にまとめると、実験室の結果まで銀行のデータの重みで語ることになる。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、遅れを、決めた人の性格の話にすることである。原典が挙げているのは、悪い兆候の割り引き方と、所有と支配の距離と、組織の慣性である。どれも、誰か一人の意志の強さではない。
もうひとつ。「早くやめた会社ほど次がうまくいく」という形の主張を、ここで補強しないこと。 ここで確かめられているのは、遅れがなぜ生じるかであって、早く出た側がその後どうなったかではない。
この単位では、撤退も、事業の売却も、人員の整理も勧めない。 そして、この話を、自分の勤め先や取引先が危ないかどうかの判定に使わないでほしい。 書けるのは、遅れの原因がどこまで切り分けられているか、までである。
標本の偏りを断っておく。ここで並べた数字は、米国の銀行という、監督のもとで記録が揃う業種の全数と、実験室の課題と、買収した事業の売却という特定の場面から作られている。 手元の取り組みにそのまま当てはまる保証はない。とくに、一人でやっている商いには、所有と支配の分離という要因がそもそも存在しない。
助けるのは、続けている理由を三つの箱に分けてみるという一手である。まだ分からないから待っているのか。悪い知らせを小さく見ているのか。決める人がその場にいないのか。三つとも当てはまることは、ふつうにある。
最初の一歩は5分。うまくいっていないと自分が思っている取り組みを1件だけ選び、①いつからそう思っているか ②何が分かれば終える判断ができるか ③その材料はいつ手に入るかを書く。決める必要はない。②が書けないときは、遅れているのは判断ではなく、判断の材料のほうである。
次の単位は 277「市場シグナル感知力」——うまくいくかどうかの兆しを、そもそもどう受け取るかを扱う。掛け算の別の項なので、切り上げがいくら速くても、拾えていない兆しは判断の材料にならない。
- 失敗切り上げ速度が扱うのは、うまくいっていないと分かってから実際に手を引くまでの時間である。ただし遅れを測るには、本来ならいつ出るべきだったかという基準が要る。まだ分からないから続けているのと、分かっているのに続けているのとでは、同じ続けているでも中身が違う。
- 米国の銀行の全数を1984年から1997年まで追った2015年の研究は、退出の遅れを説明する三つの系統——合理、行動、組織——を同じ標本で同時に検定した。再参入の費用を避けることの選択肢としての価値を強調する理論とは整合せず、能力の不確かさのもとでの合理的な遅れのモデルは支持された。
- 同じ研究は、合理的な遅れの原因を統制してもなお、行動の偏りによる遅れ——企業は収益性の悪い兆候を良い兆候に比べて割り引く——と、組織的な事情による遅れ——所有と支配の分離が進むほど遅れが大きくなる——の証拠が見つかると報告し、三つの系統の理論がすべて必要であると結論した。
- 遅れのうち何%が合理的で何%が非合理かという配分表は、原典に存在しない。この論文が答えているのは配分ではなく、どの説が必要かという問いである。三つの遅れは順番に積み重なるのではなく同じ一つの決定の上に重なっており、切り分けて足し合わせられる形をしていない。
- 2017年の実験室実験では、持分を与えられた群の参加者は自分の信念を前提とすればほぼ最適な退出の判断を下したが、その信念のほうが対照群に比べて有意に歪んでいた。歪みの型は確証の偏りと動機づけられた推論に整合し、誘因は行動だけでなく信念の形成にも影響しうることが基本的な発見として挙げられている。
- エスカレーションという名前が付いたのは1981年の論文だが、これは概念のレビューで、依拠する証拠は経営学部の学生が模擬的な事業のケースで資金を配分する個人の実験である。組織を単位に測ったデータは入っていない。名前は借りられても、証拠は借りられない。
- 買収した事業を手放す決定を扱った2005年の研究は、親会社と手放される側の事業の特性がうまくいっていない事業を手放す可能性を下げ、主要な人員の交代と有効な統治の仕組みがその可能性を上げると報告した。年齢と規模を合わせたもの、新任の社外取締役の選任、売却の経験などが効き方を調整していた。説明はすべて手続きと記録の言葉で書かれている。
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| やめるのが遅れるのは、決めた人が損を認めたくないからである | 米国の銀行の全数を1984年から1997年まで追った研究が挙げているのは、収益性の悪い兆候を良い兆候に比べて割り引くこと、所有と支配の分離が進むほど遅れが大きくなること、そして能力の不確かさのもとでは待つこと自体に理由があることである。一方、再参入の費用を避けることの価値を強調する説明は、この標本では支持されなかった。説明はいずれも、誰か一人の意志の強さではなく、兆しの読み方と組織の構造の言葉で書かれている。 |
| 遅れのうち何%が合理的で、何%が非合理かは分かっている | その配分表は原典に存在しない。この論文が答えているのは、三つの系統の説のうちどれが必要かという問いで、答えは三つとも必要である、というものである。三つの遅れは順番に積み重なるのではなく、同じ一つの決定の上に重なっているため、切り分けて足し合わせられる形をしていない。持ち帰れるのは割合ではなく、確かめる順番のほうである。 |
| 早くやめた会社ほど、次がうまくいく | ここで引いた研究が確かめているのは、遅れがなぜ生じるかであって、早く出た側がその後どうなったかではない。実験室の実験のほうも、持分を与えられた群が自分の信念を前提とすればほぼ最適な判断を下す一方、その信念が対照群に比べて有意に歪んでいたことを示したもので、退出の早さとその後の成績を結びつけてはいない。 |
やめる話が難しいのは、やめた場合の結果が誰にも見えないからである。続けたほうは記録に残る。やめたほうは、記録に残るものが何も起きない。三つの系統を同時に検定してなお言えたのは、三つとも要る、というところまでだった。配分表が無いのは、たぶん、割り算が難しいからではない。分けたところを、誰も観測できないからである。
Q1. 米国の銀行の全数を追った研究が検定した三つの系統を挙げ、支持されなかった説明と結論を答えよ。一問一答
Q2. 「遅れのうち何%が合理的で、何%が非合理か」という配分表について、本文はどう説明しているか。理由まで含めて答えよ。一問一答
Q3. 2017年の実験室実験で、持分を与えられた群について何が最適で、何が歪んでいたか。そしてこの結果をどこまで語ってよいかを答えよ。一問一答
Q4. エスカレーションという語の出どころについて、本文の内容に合うものはどれか。選択
Q5. 買収した事業を手放す決定を扱った2005年の研究について、正しいものはどれか。選択
紙かメモアプリを開く。いま自分が関わっているもののうち、うまくいっていないと自分が思っている取り組みを1件だけ選ぶ(小さいもので構わない。習慣でも、続けている作業でも、進んでいない案件でもよい)。次の三つを、それぞれ一行で書く。(1)いつからそう思っているか——月まででよい。(2)何が分かれば終える判断ができるか——判断の材料を一つだけ書く。(3)その材料は、いつ手に入るか——手に入らないなら「手に入らない」と書く。決める必要はない。ここで書くのは判断の材料であって、判断そのものではない。他人の取り組みを対象にしない。誰にも尋ねない。自分の手元にある記録だけで完結させる。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Elfenbein D.W., Knott A.M. (2015) 'Time to exit: Rational, behavioral, and organizational delays', Strategic Management Journal 36(7):957-975, doi:10.1002/smj.2262 — doi.org
- Elfenbein D.W., Knott A.M. (2011) 'No Exit: Failure to Exit Under Uncertainty', SSRN Electronic Journal, doi:10.2139/ssrn.1641242(作業論文。査読誌ではない) — doi.org
- Elfenbein D.W., Knott A.M., Croson R. (2017) 'Equity stakes and exit: An experimental approach to decomposing exit delay', Strategic Management Journal 38(2):278-299, doi:10.1002/smj.2493(実験室実験) — doi.org
- Shimizu K., Hitt M.A. (2005) 'What Constrains or Facilitates Divestitures of Formerly Acquired Firms? The Effects of Organizational Inertia', Journal of Management 31(1):50-72, doi:10.1177/0149206304271381 — doi.org
- Shimizu K. (2007) 'Prospect Theory, Behavioral Theory, and the Threat-Rigidity Thesis: Combinative Effects on Organizational Decisions to Divest Formerly Acquired Units', Academy of Management Journal 50(6):1495-1514, doi:10.5465/amj.2007.28226158 — doi.org
- Staw B.M. (1981) 'The Escalation of Commitment to a Course of Action', Academy of Management Review 6(4):577-587, doi:10.2307/257636(個人の実験に基づく概念レビュー) — doi.org