感知する力を量的に測った論文は144本、その中に測り方が232通りあった
変化を感知する力を鍛えれば先が読める、と言われる。その力には名前があり、診断票があり、点数が付く。ところが、その名前を掲げて力を量的に測った論文を数え上げたレビューによれば、対象は144本、その中に測り方は232通りあり、232のうち155は、自社の力を会社の人が自分で採点したものだった。
市場シグナル感知力という道具は、何をする道具か。 世の中の変わり目を、変わりきる前に見つける道具である。取引の量が落ちる前にその気配を、新しいやり方が広まる前にその芽を——まだ数字になっていないものを、数字になる前につかまえる。
この力には、経営学の側で付いた呼び名がある。 ダイナミック・ケイパビリティ——環境が変わったときに、自社の持ち物や段取りを組み替える力という意味の言葉で、その最初の段階が「感知」と呼ばれている。名前があり、教科書があり、点数を付ける診断票もある。追いかけるのは、その点数のほうである。
枠組みを提示した本人が、枠組みだと書いている
**2007年に *Strategic Management Journal* 28巻13号へ出た論文が、この言葉の中身を整理し、感知・捕捉・組み替えという三段の区切りを与えた。研修や診断票の土台は、おおむねこの整理である。その1320頁に、著者自身の但し書きがある。**
> “A framework, like a model, abstracts from reality. ... A framework is less rigorous than a model as it is sometimes agnostic about the particular form of the theoretical relationships that may exist.”(枠組みは、模型と同じく現実を抽象化したものである。……枠組みは模型ほど厳密ではない。存在しうる理論的な関係が具体的にどういう形をとるかについて、ときに態度を決めないからである)
関係の形を決めない、と本人が書いている。 どちらがどれだけ効き、条件は何かを、あらかじめ特定しない、ということである。
同じ論文の結びも、この枠組みがいくらかでも成功しているのなら一般理論の端緒を手にしたことになる、と書いて終わっている。端緒である。 完成した理論だとも、検証済みの命題だとも書いていない。批判者の言葉を借りなくても、ここまでは原典の文面で言える。
9年で144本、その中に定義が232通り
**2018年に *International Journal of Management Reviews* 20巻2号へ出たレビューが、この言葉を掲げて量的に測った論文だけを数え上げた。学術文献の索引を2016年5月に検索し、対象の最終年を2015年とする。候補は1,106件。** 要旨で絞り、全文を取り寄せたのが305件。そこから、この言葉で名指しされた構成概念を量的に扱っているものだけを残す。
> “In the end, we were left with 144 articles ..., which we consider a relatively low number. ... operationalizing the dynamic capabilities concept has proved more challenging.”(最終的に残ったのは144本で、これは比較的少ない数だと我々は考える。……この概念を実際に測れる形にすることのほうは、より難しいと分かった)——原文はこの後半を、そうかもしれない、という言い方で書いている。
そして、その144本の中に、互いに異なる測り方が232通りあった。 1本が1通りしか使っていないこともあれば、12通り使っていることもある。論文の数より、測り方の数のほうが多い。 同じ名前の力を測ったことになっている数字が、232通りの別々の物差しから出ている。比べているように見えて、比べているのは別の物差しの目盛りである。
232のうち155は、自社の力を自分で採点したものだった
232通りの内訳が、この単位でいちばん効く。経営者の自己評価が155通り。財務データが9通り。企業の経験・行動・業績が54通り。経営者や従業員の経験・行動・業績が14通り。 つまり3分の2が、自社の力を、その会社の人が自分で採点したものである。5段階なり7段階なりの目盛りに、丸を付ける。同じレビューの194頁が、そこから起きる問題を名指ししている。
> “many studies using managers' evaluations suffer from common method variance ... the same survey responses are used to construct both the independent and the dependent variables. ... dynamic capabilities scores and performance scores ... were both obtained from the same informants.”(経営者の評価を用いた研究の多くは、共通の方法に由来する分散の問題を抱えている。同じ質問票への同じ回答から、原因の側の変数と結果の側の変数の両方が作られている。……能力の点数も業績の点数も、同じ回答者から得られている)
原因を答えた人と、結果を答えた人が、同じ人である。 しかも答える時点では、たいてい結果がもう出ている。感知の力が高い会社は業績が良い、という関係の一部は、一人の人が同じ日に付けた二つの丸の関係である。
実証が少ないわけではない。一致していないだけである
ここで、よくある言い方を一つ止めておく。「有名な枠組みなのに実証がない」という言い方である。**これは事実と違う。2018年に *Academy of Management Annals* 12巻1号へ出た別のレビューは、この分野の論文298本を内容分析し、197本(66.1%)が実証、101本(33.9%)が理論**だと報告している。要旨には、こうある。
> “A plethora of empirical studies as well as further theoretical elaborations have shed substantial light on a variety of specific, measurable factors connected to dynamic capabilities.”(おびただしい数の実証研究と、さらなる理論的精緻化が、この概念に結びつく具体的で測定可能なさまざまな要因に、かなりの光を当ててきた)
実証は多い。少ないのは実証ではなく、測り方の一致である。 同じレビューによれば、定義の出どころは三つに割れている——3分の1超が1997年の定義を、およそ20%が2000年の定義を、16%が2007年の定義を参照している。 そして、測り方や構成概念の妥当性を自分で限界に挙げた論文は78本(26.2%)だった。4本に1本は、自分の測り方に注意書きを付けている。
では、実際には誰に、何を尋ねたのか
**感知に近いものを実際に測った研究を、二つ並べる。1988年に *Strategic Management Journal* 9巻2号へ出た研究は、製造業50社の最高経営責任者に聞き取り**をした。六つの環境の領域ごとに、感じている戦略上の不確かさと、見に行く頻度・やり方を尋ねている。
> “Chief executives in high-performing companies scanned more frequently and more broadly in response to strategic uncertainty than their counterparts in low-performing companies.”(業績の高い会社の最高経営責任者は、戦略上の不確かさに応じて、業績の低い会社の相手よりも、より頻繁に、より広く見に行っていた)
ここで文の向きに注意がいる。 これは「見に行けば業績が上がった」ではない。「業績の高い会社の人は、よく見に行っていると答えた」である。50社、一時点、変数は全部が聞き取りの自己申告で、高い群と低い群に二分してある。因果の向きは、この設計からは出ない。
2003年に同誌24巻8号へ出た研究は、単一の事業を営む製造業105社への現地質問票調査である。結果は条件つきだった。動きの速い環境では外向きの領域と革新に関わる社内の機能への重点が高い業績と結びつき、落ち着いた環境では逆になる。 そして関係が最も強く出たのは、領域のあいだの相対的な重点の置き方と売上高の伸びとのあいだだけだった。
たくさん見ることではなく、どこに配るか
**1997年に *Strategic Management Journal* 18巻の特別号へ出た論文**が、この見方を理論として定式化している。
> “The central argument is that firm behavior is the result of how firms channel and distribute the attention of their decision-makers. ... The paper develops these theoretical principles into a model of firm behavior”(中心的な主張は、企業の行動は、意思決定者たちの注意をどう方向づけ、どう配分するかの結果である、というものである。……本論文は、これらの理論的原理を企業行動の模型へと発展させる)
この論文もまた、理論を模型にした、と書いている。検証ではない。 枠組みの側は厚く、測定の側は薄い、という形が、ここでも同じである。
**では、計画的に外を見る仕組みは業績に効くのか。1991年に *Journal of Management Studies* 28巻4号へ出たメタ分析**が、29の標本・2,496の組織を集計し、計画と九つの業績指標との関係を調べた。結果は控えめである。ただし著者自身が、こう書き添えた。
> “Extensive measurement problems suggest that these findings underestimate the true relationship between planning and performance.”(広範な測定上の問題は、これらの知見が、計画と業績の真の関係を過小評価していることを示唆する)
関係が弱いのか、測り方が悪いのか、著者にも切り分けられていない。 これが、この単位のいちばん正直な現在地である。
時間・変化:1997年の枠組みが、2018年に数え上げられるまで
並べると、こうなる。 1997年に注意の配分の理論が出て、2007年に感知・捕捉・組み替えの三段が整い、2016年に、その言葉を掲げて量的に測った論文を数えたら144本、測り方は232通りだった。 2018年には、298本を内容分析したレビューが、実証は多いが定義の出どころは三つに割れている、と報告している。
変わったのは、実証の量である。 2000年代の初めは概念的な論文が大半で、いまは実証のほうが多い。変わらなかったのは、何を測れば感知したことになるのかの合意のほうである。
この単位の数字の出どころを断っておく。 144本も298本も、英語で書かれた学術誌の論文を数えたものである。50社と105社は、製造業の最高経営責任者に尋ねたもので、業種は限られている。手元の組織にそのまま当てはまる保証はない。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、感知の点数を、能力の測定値として扱うことである。232通りのうち155通りは、自社の力を自分で採点したものだった。点数が高いことは、点数を付けた人がそう答えた、ということである。
もう一つ。「よく見ている」と「よく見えている」を同じ言葉で呼ぶこと。 見に行く頻度は測られている。見えたかどうかは、ほとんど測られていない。分けずに一つの点数にすると、頻度を上げれば点数が上がる。
この単位では、危ないかどうかの判定はしない。書けるのは、その点数がどう作られてきたか、までである。
助けるのは、自分が「変化の兆しだ」と思ったものを、あとから出どころで分けてみるという一手である。記録に残っている数字から来たのか、その場の印象から来たのか。 分けるだけで、自分の感知が何でできているかが少し見える。
最初の一歩は5分。この半年で「何か変わってきた」と感じたことを三つ書き、それぞれの根拠が記録なのか印象なのかを一言添える。 三つとも印象でも構わない。印象だと分かっている状態と、記録だと思い込んでいる状態は、別のものである。
次の単位は 278「組織的認知バイアス制御力」——見えたものを、集まって話し合うときに何が起きるかを扱う。掛け算の別の項なので、感知の側をどれだけ磨いても、こちらが小さいままだと積は上がらない。
- 2007年のStrategic Management Journal 28巻13号は、感知・捕捉・組み替えという三段の整理を与えた論文だが、その1320頁で著者自身が、枠組みは模型ほど厳密ではなく、存在しうる理論的な関係が具体的にどういう形をとるかについてときに態度を決めない、と書いている。結びでも一般理論の端緒を手にした、と書いている
- 2018年のInternational Journal of Management Reviews 20巻2号は、この言葉を掲げて量的に測った論文だけを数えた。2016年5月の検索で候補1,106件、全文を取り寄せたのが305件、最終的に残ったのが144本。著者はこれを比較的少ない数だと考える、と書いている
- その144本の中に、互いに異なる操作的な定義が232通りあった。1本の論文が1通りしか使わないこともあれば12通り使うこともある。論文の数より測り方の数のほうが多く、同じ名前の力を測ったとされる数字が、232通りの別々の物差しから出ている
- 232通りの内訳は、経営者の自己評価が155、財務データが9、企業の経験・行動・業績が54、経営者や従業員の経験・行動・業績が14。3分の2が自社の力をその会社の人が自分で採点したもので、同じ質問票への同じ回答から原因の側の変数と結果の側の変数の両方が作られている研究が多いと、著者が194頁で名指ししている
- 2018年のAcademy of Management Annals 12巻1号は、この分野の論文298本のうち197本(66.1%)が実証、101本(33.9%)が理論だと報告した。実証は少なくない。少ないのは測り方の一致で、定義の出どころは3分の1超が1997年、およそ20%が2000年、16%が2007年の定義に割れている。測り方や構成概念の妥当性を自分で限界として挙げた論文は78本(26.2%)だった
- 1988年のStrategic Management Journal 9巻2号は、製造業50社の最高経営責任者への聞き取りで、業績の高い会社の最高経営責任者は、戦略上の不確かさに応じて、業績の低い会社の相手より頻繁に広く見に行っていたと報告した。これは見に行けば業績が上がったという意味ではなく、一時点の自己申告を高低二群で比べたものである
- 2003年の同誌24巻8号は、単一事業の製造業105社への現地質問票調査で、動きの速い環境と落ち着いた環境では重点を置くべき先が逆になり、関係が最も強く出たのは領域のあいだの相対的な重点の置き方と売上高の伸びとのあいだだった、と報告した
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 変化を感知する力は有名な枠組みなのに、実証がほとんどない | これは事実と違う。298本を内容分析したレビューによれば、197本(66.1%)が実証、101本(33.9%)が理論である。要旨は、おびただしい数の実証研究が具体的で測定可能な要因に光を当ててきた、と書いている。少ないのは実証ではなく、測り方の一致のほうである。同じレビューでは、定義の出どころが3分の1超・およそ20%・16%と三つに割れている。 |
| 感知の力は点数で測れるのだから、会社どうしで比べられる | この言葉を掲げて量的に測った144本の論文の中に、互いに異なる操作的定義が232個あった。1本あたり1個から12個まで幅がある。論文の数より測り方の数のほうが多い。比べているように見えて、比べているのは別の物差しの目盛りであることが多い。しかも232個のうち155個は、自社の力をその会社の人が自分で採点したものである。 |
感知の力を測る質問票には、たいてい、こういう項目が入っている——わが社は市場の変化をすばやく察知している。5段階のどこかに丸を付ける。答えるのは、その会社でたいてい一人である。皮肉なのは、この項目に高い点を付けられる人ほど、自社が変化を察知できていないという変化を、いちばん察知しにくい場所に座っていることである。
Q1. この言葉を掲げて量的に測った論文を数え上げたレビューでは、候補 ____ 件から全文取得 ____ 件を経て最終的に ____ 本が残り、その中に互いに異なる操作的定義が ____ 通りあった。穴埋め
Q2. 232通りの操作的定義の内訳を四区分の数値とともに書き、そこから何が問題になるかを1文で説明せよ。一問一答
Q3. 「この枠組みは有名なのに実証がほとんどない」という言い方は、なぜ事実と違うのか。数値を挙げて説明せよ。一問一答
Q4. 製造業50社の最高経営責任者への聞き取りが報告したことを1文で書き、それを「外をよく見れば業績が上がる」と読んではいけない理由を挙げよ。一問一答
Q5. 2007年の論文の著者自身が、自分の枠組みについて書いていることとして正しいものはどれか。選択
紙かメモアプリを開く。自分が関わっている組織や商売について、この半年で「何か変わってきた」と感じたことを三つ書き出す。次に、その三つそれぞれについて、そう感じた根拠を一つだけ選び、(1)手元にある記録の数字を見て、(2)自社や自分が公開している資料を読んで、(3)その場の印象で、の三択で札を付ける。(1)を選んだ場合は、その数字が何をいつからいつまで数えたものかを一行添える。思い出せなければ「思い出せない」と書く。三つとも(3)でも構わない。最後に、三つの札を見て、自分の感じ方が主に何でできているかを一行だけ書く。他社や取引先や同僚を観察の対象にしない。誰にも尋ねない。手元だけで完結させる。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Teece D.J. (2007) 'Explicating dynamic capabilities: the nature and microfoundations of (sustainable) enterprise performance', Strategic Management Journal 28(13):1319-1350, doi:10.1002/smj.640 — doi.org
- Laaksonen O., Peltoniemi M. (2018) 'The Essence of Dynamic Capabilities and their Measurement', International Journal of Management Reviews 20(2):184-205, doi:10.1111/ijmr.12122 — doi.org
- Schilke O., Hu S., Helfat C.E. (2018) 'Quo Vadis, Dynamic Capabilities? A Content-Analytic Review of the Current State of Knowledge and Recommendations for Future Research', Academy of Management Annals 12(1):390-439, doi:10.5465/annals.2016.0014 — doi.org
- Ocasio W. (1997) 'Towards an attention-based view of the firm', Strategic Management Journal 18(S1):187-206, doi:10.1002/(SICI)1097-0266(199707)18:1+<187::AID-SMJ936>3.0.CO;2-K — doi.org
- Daft R.L., Sormunen J., Parks D. (1988) 'Chief executive scanning, environmental characteristics, and company performance: An empirical study', Strategic Management Journal 9(2):123-139, doi:10.1002/smj.4250090204 — doi.org
- Garg V.K., Walters B.A., Priem R.L. (2003) 'Chief executive scanning emphases, environmental dynamism, and manufacturing firm performance', Strategic Management Journal 24(8):725-744, doi:10.1002/smj.335 — doi.org
- Boyd B.K. (1991) 'Strategic planning and financial performance: a meta-analytic review', Journal of Management Studies 28(4):353-374, doi:10.1111/j.1467-6486.1991.tb00286.x — doi.org