手を広げるほど良い、は途中で折り返す。そして幅の測り方が、結論のほうを動かしている
手を広げれば当たりに近づく、という言い方には、数え方が要る。何をもって広げたとするのか。売っているものの種類か、入っている産業の数か、それとも売上の散らばり具合か。三十年ぶんの研究を集めた人たちは、関係が直線ではないことを見つけ、同時に、幅の測り方と業績の測り方の両方で結果が変わることも書き添えた。書き添えられたほうが、たぶん大事である。
探索多様性という道具が扱うのは、探索の量ではなく、散らし方である。同じだけ資源を投じるとして、一か所に集めるのか、いくつかに分けるのか。そして、分けた先が、いま持っているものからどれだけ離れているか。
会社の話にすると、これは多角化——手がけている商売の種類を増やすこと——と呼ばれてきた。半世紀ぶんの実証がある領域で、しかも珍しいことに、向きははっきりしている。関係は直線ではない。
55の研究を集めると、線は途中で折り返す
**2000年に *Strategic Management Journal* 21巻2号へ出たメタ分析が、この問いを正面から扱った。三十年以上にわたる研究から55件を集め、そこから導いた三つの競合する説**——直線で上がる、途中まで上がってあとは水平になる、山なりに上がって下がる——を、同じデータで突き合わせている。
> “The results of our tests indicate that moderate levels of diversification yield higher levels of performance than either limited or extensive diversification. Thus, we provide support for the curvilinear model; that is, performance increases as firms shift from single-business strategies to related diversification, but performance decreases as firms change from related diversification to unrelated diversification.”(検定の結果、中程度の多角化は、限られた多角化とも広範な多角化とも比べて高い業績をもたらすことが示された。したがって曲線モデルが支持される。すなわち、単一事業から関連する多角化へ移るにつれて業績は上がり、関連する多角化から関連しない多角化へ移るにつれて業績は下がる)
手を広げるほど良い、でもない。狭いほど良い、でもない。途中で折り返す。
山なりだという結果自体は、比較的よく知られている。ここで見ておきたいのは、その山の頂上がどこにあるかを、この結果が教えてくれないということのほうだ。頂上の位置は、横軸——つまり多角化の程度——をどう測ったかで動く。軸が動く図の上で、最適点だけを取り出すことはできない。
念のために足しておく。この単位が扱う幅の効果も、成績のばらつきのうち会社の側に割り当てられる分の、その内側の話である。 折り返しの山を当てにいくような読み方はできない。
幅を測る物差しは、一つに決まっていない
ここからが、この単位の値切りである。
いま「中程度の多角化」と書いた。では、中程度をどうやって測るのか。
多角化の測り方には、少なくとも三通りある。①いくつの産業に入っているかを数える。②売上がどれだけ均等に散らばっているかを一つの数にまとめる。③あらかじめ決めた型に当てはめて分類する。
①は簡単だが、どこまでを一つの産業と見るかで数が変わる。 分類の細かさを一段変えれば、同じ会社が3業種にも8業種にもなる。②は連続した量として扱えるので統計に載せやすい。ただし代表的な指標が二つあり、同じ売上の配分から一つの数を作る点は同じでも、作り方が違うので、返ってくる数は一致しない。
そして、その二つを並べて比べたノートが1979年に出ている。*The Journal of Industrial Economics* 27巻4号、米国の大手製造業460社に両方の指標を当てた比較である。冒頭の一文が、この単位の核心にあたる。
> “There is no axiomatic analysis or general model of diversification which suggests the advantage of any single index; at this stage it is therefore appropriate to ask which particular index performs best empirically.”(どれか一つの指標が有利であることを示すような、公理的な分析も一般的なモデルも、多角化には存在しない。したがって現段階では、どの指標が経験的に最もよく働くかを問うのが適切である)
どの指標にも決め手がない、と、指標を推している側が1979年に書いている。 決め手が無いから、経験的にどれがよく働くかを問う——それが正直な作法だ、というのである。
数え方を変えると、順位が入れ替わる
決め手が無いことの帰結は、単純である。同じ会社の集まりを、指標Aで並べたときと指標Bで並べたときで、順位が入れ替わる。 入れ替わった順位で業績との関係を計算すれば、出てくる数字も変わる。
さきほどのメタ分析は、そのことを結果として報告している。抄録の最後の一文がこうである。
> “The results also indicate major effects from variation in diversification and performance operationalizations.”(結果はまた、多角化と業績の操作化の違いから大きな効果が生じることも示している)
操作化——概念を、実際に測れる手続きに置き換えること。 注意したいのは、変わるのは多角化の測り方だけではないという点だ。業績のほうの測り方も、同じ文に並んでいる。 会計上の利益で測るか市場での評価で測るかという区別まで原文が書いているわけではないが、業績の操作化と書けばその両方が入る。 手を広げることの良し悪しは、二つの物差しの組み合わせの上に乗っている。
測り方が結論を動かすというのは、比喩ではない。この分野では、それが誌上の応酬として残っている。 2003年に同誌24巻1号へ、成績を左右するのは産業の側か企業の側かを問い直す論文が出た。2005年、同誌26巻11号に反論が載り、同じ号の続きの頁に著者たちの返答が載っている。3本とも査読誌に残っていて、題名は同じ問いを共有したままである。争われているのは、答えではなく、答えの作り方のほうである。
もうひとつのやり方——分けて、名前を付ける
三つ目の測り方に戻る。型に分けるやり方である。
1982年に同誌3巻4号へ出た論文が、多角化の戦略を型に分け、収益性との関係を調べている。連続した数で測るかわりに、この会社はこの型と決めていく。
分けるやり方には、数で測るのとは別の利点がある。関連しているかどうかを、売上の配分だけでなく、技術や販路の共通性まで見て判断できる。 そのかわり、どこまでを「関連している」と見なすかの線引きが要る。 そして、その線引きはデータの中には無い。分ける人が決める。
つまり、三つの測り方はこう並ぶ。数えると粗い。まとめると一つの数になるが、決め手がない。分けると細かく見えるが、線引きが人の手に戻る。 どれを選んでも、選んだことが結果に乗る。
時間・変化:探索は、うまくいった側へ寄っていく
幅の話には、時間の軸がある。幅は、放っておくと狭くなる。
1993年に同誌14巻の特別号へ出た論文が、その仕組みを整理している。理論の論文で、実証のデータも効果量も入っていないが、名前の付け方が正確なので、そのまま使える。
> “We examine the ways organizations approach these problems through simplification and specialization and how those approaches contribute to three forms of learning myopia, the tendency to overlook distant times, distant places, and failures, …”(組織が単純化と専門化によってこれらの問題に取り組むやり方と、それが三つの形の学習の近視——遠い時間、遠い場所、失敗を見落とす傾向——にどう寄与するかを検討する)
遠い時間を見落とす。遠い場所を見落とす。失敗を見落とす。 単純化と専門化は、どちらも役に立つ手続きである。うまくいったやり方を絞り込み、繰り返す。 そのぶん、遠くと、うまくいかなかったものが、視野から外れていく。
同じ論文は、締め方も慎重である。
> “We conclude that the imperfections of learning are not so great as to require abandoning attempts to improve the learning capabilities of organizations, but that those imperfections suggest a certain conservatism in expectations.”(学習の不完全さは、組織の学習能力を改善しようとする試みを放棄すべきほど大きくはないが、その不完全さは、期待についてある種の保守性を示唆している)
直せないほどではない。ただし、期待は控えめに。 この一文は、この棚の道具ぜんぶに掛かる。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、逆U字の形を、目標に読み替えることである。中程度が良いという結果は、中程度を狙えという指示ではない。 どこが中程度かは、測り方によって動く。動く軸の上で最適点を探すことはできない。 中程度という言葉が指しているのは、位置ではなく、向きの変化である。
もうひとつ。自分たちの幅を、一つの数で言おうとすること。 一つの数にすると比べやすくなるが、比べやすさは、決め手のない指標を選んだ結果でしかない。数を出す前に、何を数えたのかを書くほうが早い。
この単位では、新しい事業を始めることも、たたむことも勧めない。 書けるのは、幅と成績の関係がどう測られてきたか、までである。
標本の偏りを断っておく。ここで並べた研究は、その大半が米国の大企業を対象にしている。 1979年の比較は米国の大手製造業460社である。55件のメタ分析がどこの刊行物から集められたか、1982年の分類がどの企業群を対象にしたかは、当方が確かめた範囲では書かれていない。一人でやっている商いや、非営利の組織や、日本の中小の会社が、同じ形の曲線を描くかどうかは、ここからは言えない。
助けるのは、自分の手元の記録を、二通りに分け直してみるという一手である。商品の種類で分けるのと、客の種類で分けるのとでは、幅の見え方が変わる。変わったという事実が、この単位の収穫である。
最初の一歩は5分。売上でも、時間でも、件数でもよい。手元の記録をひとつ選び、分け方を二通り書いて、それぞれで「いちばん大きい区分が全体の何割か」を出す。 二つの割合が違っていたら、あなたの「幅」は、まだ一つの数になっていない。
次の単位は 275「市場参入・撤退実行力」——広げた先へ実際に入る決断と、出る決断を扱う。掛け算の別の項なので、幅をいくら設計しても、入る手続きが動かなければ積は増えない。
- 探索多様性が扱うのは探索の量ではなく散らし方である。同じだけ投じるとして、一か所に集めるか、いくつかに分けるか、そして分けた先がいま持っているものからどれだけ離れているか。会社の話では多角化と呼ばれ、半世紀ぶんの実証がある領域で、しかも珍しく、関係の向きははっきりしている——直線ではない。
- 2000年のメタ分析は、三十年以上の研究から55件を集め、直線・途中で水平・曲線という三つの競合する説を突き合わせて曲線の説を支持した。単一事業から関連する多角化へ移ると業績は上がり、関連する多角化から関連しない多角化へ移ると下がる。手を広げるほど良いでも、狭いほど良いでもない。
- 同じメタ分析の抄録は、多角化と業績の操作化の違いから大きな効果が生じるとも書いている。操作化とは、概念を実際に測れる手続きに置き換えることである。変わるのは多角化の測り方だけでなく、業績の測り方も同じ文に並んでいる。会計上の利益か市場での評価かという区別は、原文の文言ではなく、そこからの読み取りである。
- 多角化の測り方は少なくとも三通りある。入っている産業の数を数える、売上の散らばりを一つの数にまとめる、あらかじめ決めた型に当てはめて分類する。一つ目はどこまでを一つの産業と見るかで数が変わり、二つ目の代表的な指標は二種類あって、同じ売上の配分から数を作る点は同じでも作り方が違うため、返ってくる数は一致しない。
- 米国の大手製造業460社に二つの指標を当てた1979年の比較ノートは、どれか一つの指標が有利であることを示す公理的な分析も一般的なモデルも多角化には存在しない、したがって現段階ではどの指標が経験的に最もよく働くかを問うのが適切である、と冒頭に書いている。
- 型に分ける測り方の一次は1982年の論文で、多角化の戦略を型に分けて収益性との関係を調べている。分けるやり方は、関連しているかどうかを売上の配分だけでなく技術や販路の共通性まで見て判断できるが、どこまでを関連していると見なすかの線引きが要る。その線引きはデータの中には無く、分ける人が決める。
- 1993年の理論論文は、単純化と専門化が三つの形の学習の近視——遠い時間、遠い場所、失敗を見落とす傾向——に寄与すると整理した。実証のデータも効果量も入っていない。同じ論文は、学習の不完全さは改善の試みを放棄すべきほど大きくはないが、期待についてはある種の保守性を示唆する、と締めている。
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 手を広げるほど、当たりに近づく | 三十年以上の研究から55件を集めた2000年のメタ分析は、直線の説でも途中で水平になる説でもなく、曲線の説を支持した。単一事業から関連する多角化へ移るにつれて業績は上がるが、関連する多角化から関連しない多角化へ移るにつれて下がる。ただし、どこからが関連しない多角化なのかは、使う指標によって位置が動く。 |
| 多角化の程度は、客観的な指標で測れる | 米国の大手製造業460社に二つの代表的な指標を当てた1979年の比較ノートは、冒頭でこう書いている——どれか一つの指標が有利であることを示す公理的な分析も一般的なモデルも多角化には存在せず、したがって現段階では、どの指標が経験的に最もよく働くかを問うのが適切である。決め手が無いと書いたのは、指標を推している側である。 |
| メタ分析が出たのだから、この論点は決着している | 同じメタ分析の抄録の最後の一文は、多角化と業績の操作化の違いから大きな効果が生じることも示している、と書いている。変わるのは多角化の測り方だけではない。業績の操作化も同じ文に並んでいる。会計上の利益で測るか市場での評価で測るかという区別は、そこからの読み取りである。結論は、二つの物差しの組み合わせの上に乗っている。 |
幅というのは、便利な言葉である。狭いと言えば慎重に聞こえ、広いと言えば意欲的に聞こえ、どちらでもないと言えば中程度になる。しかも、どの指標で測るかは言わなくてよい。四十年以上かけて確かめられたのは、その指標に決め手が無いということのほうだった。決め手が無いまま、順位だけが毎年つけられている。
Q1. 2000年のメタ分析は、三十年以上の研究から ____ 件を集め、三つの競合する説のうち ____ の説を支持した。同じ抄録の最後の一文は、____ と業績の操作化の違いから大きな効果が生じることも示している、と書いている。穴埋め
Q2. 1979年に米国の大手製造業460社へ二つの指標を当てた比較ノートが、冒頭で書いていることを答えよ。それがこの単位でなぜ重要かにも触れること。一問一答
Q3. 1993年の理論論文が挙げた「三つの形の学習の近視」を挙げ、その原因として何が挙げられているか、そして同じ論文がどう締めているかを答えよ。一問一答
Q4. 多角化の三つの測り方のうち、「型に分ける」やり方について、本文の内容に合うものはどれか。選択
Q5. 本文が「測り方が結論を動かすというのは比喩ではない」根拠として挙げた、誌上の応酬の説明として正しいものはどれか。選択
紙かメモアプリを開く。自分で見られる記録をひとつ選ぶ——売上、作業に使った時間、問い合わせの件数、来た人の数など、何でもよい。期間は直近の1か月でも1年でもよい。次に、その記録の分け方を二通り書く。たとえば、扱っているものの種類で分けるやり方と、相手の種類で分けるやり方。あるいは、場所で分けるやり方と、時間帯で分けるやり方。それぞれの分け方で、いちばん大きい区分が全体の何割かをおおよそで出す(正確でなくてよい。二つの割合を並べることが目的である)。最後に、二つの割合が違っていたかどうかを一行で書く。他社や取引先の数字は使わない。誰にも尋ねない。自分の手元にある記録だけで完結させる。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Jacquemin A.P., Berry C.H. (1979) 'Entropy Measure of Diversification and Corporate Growth', The Journal of Industrial Economics 27(4):359-369, doi:10.2307/2097958(終頁はRePEcの記載に依拠) — doi.org
- Rumelt R.P. (1982) 'Diversification strategy and profitability', Strategic Management Journal 3(4):359-369, doi:10.1002/smj.4250030407 — doi.org
- Levinthal D.A., March J.G. (1993) 'The myopia of learning', Strategic Management Journal 14(S2):95-112, doi:10.1002/smj.4250141009(理論論文。実証データを含まない) — doi.org
- Hawawini G., Subramanian V., Verdin P. (2003) 'Is performance driven by industry- or firm-specific factors? A new look at the evidence', Strategic Management Journal 24(1):1-16, doi:10.1002/smj.278 — doi.org
- McNamara G., Aime F., Vaaler P.M. (2005) 'Is performance driven by industry- or firm-specific factors? A response to Hawawini, Subramanian, and Verdin', Strategic Management Journal 26(11):1075-1081, doi:10.1002/smj.496 — doi.org