ROEが上がった。ただし、上がったのは効率ではなく借金の比率だった
ROEが高い会社は、元手をうまく使っている——そう読める。ところがROEを分解すると、その高さの一部は、営業がうまいからではなく、自己資本を薄くして借金の比率を上げたからだった。分子は同じでも、分母を減らせば比率は上がる。これは効率の改善ではなく、リスクの付け替えである。
前の単位では、会社にいくらの値段がつくのかを扱った。ここでは、その会社が元手をどれだけ効率よく使えているのかを扱う。
この単位が扱うのは一点——「元手をうまく使えている」を測るとされる比率の高さが、何を意味していて何を意味していないかである。どの比率を目標にすべきか、何%あれば優良かは書かない。書けるのは、その比率がどう作られ、その高さがどこから来ているかまでである。
ROEを分解すると、高さの出どころが二つに分かれる
まず、いちばん有名な比率から見る。株主の元手に対してどれだけ稼いだか——自己資本利益率、ROEである。
2001年に *Review of Accounting Studies* 6(1):109-154 に出た論文は、このROEを二つに分けて書ける形に整理した。ひとつは営業そのものの収益性(本業の資産がどれだけ稼ぐか)。もうひとつは財務レバレッジの効果——借入を使って自己資本を薄くしたぶん、同じ営業の稼ぎでも株主あたりの利益率が上乗せされる部分である。この分解は、成り立つように定義された恒等式であって、実証で見つかった因果ではない。
ここが芯である。 ROEが分解できることは、ROEの高さの原因がわかることではない。 同じ「ROEが高い」でも、営業が強いから高い会社と、借金で自己資本を薄くしたから高い会社がある。分けて見なければ、どちらなのかは見えない。
2008年に *The Accounting Review* 83(3):823-853 に出た論文は、この分解(利益率と資産回転率に分けるDuPontの見方)を市場参加者が実際にどう使っているかを調べ、分解の成分が将来の収益性についてそれぞれ別の情報を持つことを示している。成分が別の情報を持つことと、分解が因果を教えることは、別である。 分解は、数字を並べ替える道具であって、原因を指す道具ではない。
分母を減らせば、比率は上がる
レバレッジの部分をもう少しはっきり書く。比率は分数である。 分子(稼ぎ)が同じでも、分母(自己資本)を小さくすれば、比率は上がる。借入で自己資本を薄くするのは、まさに分母を小さくする操作である。
だから、営業が1円も良くなっていなくても、ROEは上げられる。 これは不正でも間違いでもない。定義の上でそうなるだけである。ただし——分母を薄くしたぶん、下振れも深くなる。 稼ぎが増えたときの株主の取り分が増えるのと同じ理屈で、稼ぎが減ったときの目減りも大きくなる。上がったROEの一部は、効率の改善ではなく、リスクの付け替えである。 どこから借りるべきか、自己資本をどうすべきかは、この単位では書かない。書けるのは、比率の高さの出どころを分けて見る、というところまでである。
「資本コストを引いた指標」の宣伝と、実証
分子の側にも、有名な仕立て直しがある。会計の利益から、使った資本のコスト(元手に期待される見返り)を差し引いた指標である。売り込んだのは、ある助言会社が登録商標として広めた指標で、その創業者による1991年の実務書(査読誌ではない)は、通常の会計の尺度——1株あたり利益や配当——は経営の実態を誤らせる指標であり、資本コストを引いたこの指標こそ株主価値を測る優れた尺度だ、と説いた。
その「優れた尺度」は、実証でどうなったか。1997年に *Journal of Accounting and Economics* 24(3):301-336 に出た論文が正面から検証した。要旨の一句はこうである。“Considered together, these results do not support claims that EVA dominates earnings in relative information content, and suggest rather that earnings generally outperforms EVA.”——総合すると、これらの結果は、この指標が相対的な情報量で利益を凌駕するという主張を支持せず、むしろ利益のほうがこの指標より優れることを示唆する。資本コストを引いた指標を使えば経営が良く見える、という宣伝を、データは支持しなかった。
ただし、ここを「実証は弱い」で終わらせると、それも不正確である。 2004年に *Journal of Applied Corporate Finance* 16(1):83-88 に出た論文は、まさに「Perhaps EVA Does Beat Earnings(この指標はやはり利益に勝つのかもしれない)」と題して、先行の証拠を見直し、擁護の側から反論している。つまり実証は、弱いのではなく、混在している。 否定的な結果もあれば、擁護的な結果もある。米国企業を対象に検証した1997年の *Journal of Managerial Issues* 9(3):318-333 の研究も、この指標の改善は株式リターンの高さと結びつくが提唱者が謳うほど完全ではなく、伝統的な会計利益よりはよく説明する一方で残余利益とはほぼ同等だ、と報告している——勝つ面と勝ちきらない面が、一つの研究のなかに同居していた。手法を導入したことと成果が出たことを取り違える誤りは、この「混在」を「支持」に読み替えるところで起きる。
その指標の正体は、古い会計の恒等式でもある
もう一段さかのぼると、この「新しい指標」の骨格は、実は古い。1982年に *Journal of Business Finance & Accounting* 9(3):361-381 に出た論文は、会社の市場価値が、簿価に、将来の残余利益(会計の利益から資本コストを引いた額)の現在価値を足したものとして書けることを、会計の恒等的な関係として示していた(帳簿の整合が保たれるという前提の下で)。資本コストを引いて残る額、という発想そのものは、1990年代の登録商標より前から、会計の関係式のなかにあった。 新しかったのは、名前と売り方であって、恒等式のほうではない。
時間・変化:測る対象が、高さから、高さの内訳へ
順に並べる。1982年、残余利益と市場価値の恒等的な関係が会計理論として書かれた。1991年、資本コストを引いた指標が、登録商標つきの実務書で「株主価値の優れた尺度」として売り込まれた(査読誌ではない)。1997年、その主張をデータは支持しないと報告された。2001年、ROEが営業とレバレッジに恒等式で分解され、高さの出どころが二つに分かれた。2004年、指標を擁護する反論が出て、実証は混在していることがはっきりした。2008年、分解の成分が別々の情報を持つことが示された。
四半世紀で、問いが移った。 「比率は高いか」から、「その高さは、営業から来たのか、分母を薄めたから来たのか」へ。動かなかったのは、外に流れる標語のほうである——いまも「ROEを上げよ」「資本効率を高めよ」と一語で言われる。一語で言われる数字は、たいてい内訳を見られていない。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、比率の高さを、そのまま経営の巧みさと読むことである。比率は分数で、分子でも分母でも動く。 分子が増えて上がったのか、分母が減って上がったのかは、比率そのものを見ているかぎり区別できない。
標本の偏りを断っておく。ここまでの証拠は、米国の、上場企業を対象に採られたものが大半である。ROEを分解した研究も、指標を検証した研究も、財務データが公開されている企業を見ている。非上場の会社、データを出していない会社、途中で消えた会社は、最初から入っていない。 日本の資本効率を対象にした査読研究はごく少なく、「効率」が何を指すかも研究ごとに違う。
助けになるのは、「効率」や「%」の指標を見たときに、分子と分母に何が入っているかを書き写すという一手である。分母が何かを一語で書けるだけで、その比率が営業の話なのか、資本構成の話なのかが見えてくる。
最初の一歩は5分。今日目にした「効率」か「率(%)」の指標を一つ選び、分子と分母に何が入っているかを書き写す。高いか低いかは判定しない。
次の単位は 271「市場評価・マルチプル・無形資産管理力」——市場が会社につける値段の物差し(マルチプル)と、のれんや無形資産の会計が、どこまで確かめられ、どこから裁量に委ねられているのか。
- 2001年の Review of Accounting Studies 6(1):109-154 は、ROEを営業の収益性(純営業資産利益率)と財務レバレッジの効果に分解し、ROEの高さの一部がレバレッジ由来であることを恒等式として示した。この分解は成り立つように定義された恒等式であって実証で見つかった因果ではなく、分解できることは高さの原因がわかることではない
- 2008年の The Accounting Review 83(3):823-853 は、DuPontの分解(利益率と資産回転率)を市場参加者が実際にどう使うかを調べ、分解の成分が将来の収益性についてそれぞれ別の情報を持つと示した。ただし成分が別の情報を持つことと、分解が因果を教えることは別である
- 比率は分数で、分子(稼ぎ)が同じでも分母(自己資本)を小さくすれば上がる。借入で自己資本を薄くすれば営業が1円も良くならなくてもROEは上げられる。これは不正でも間違いでもなく定義の上でそうなるだけで、上がった分だけ下振れも深くなる。上がったROEの一部は効率の改善ではなくリスクの付け替えである
- 資本コストを引いた指標(EVA)は、ある助言会社が登録商標として広め、創業者の1991年の実務書(査読誌ではない)が、通常の会計の尺度は実態を誤らせるとしてこの指標を株主価値の優れた尺度だと説いた。売り込んだのは名前と売り方であって、恒等式そのものではない
- 1997年の Journal of Accounting and Economics 24(3):301-336 は、EVAが株式リターンや企業価値と結びつくかを検証し、要旨で、これらの結果はEVAが相対的な情報量で利益を凌駕するという主張を支持せず、むしろ利益のほうがEVAより優れることを示唆する、と述べた。宣伝をデータは支持しなかった
- ただし2004年の Journal of Applied Corporate Finance 16(1):83-88 は、この指標はやはり利益に勝つのかもしれないと題して擁護の側から反論している。実証は弱いのではなく混在しており、否定的な結果も擁護的な結果もある。手法の導入と成果を取り違える誤りは、この混在を支持に読み替えるところで起きる
- 1982年の Journal of Business Finance & Accounting 9(3):361-381 は、会社の市場価値が簿価に将来の残余利益(会計の利益から資本コストを引いた額)の現在価値を足したものとして書けることを、帳簿の整合が保たれる前提の下で恒等的な関係として示していた。資本コストを引いて残る額という発想は、1990年代の登録商標より前から会計の関係式のなかにあった
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| ROEが高い会社は、それだけ資本効率が良い経営をしている | 2001年の Review of Accounting Studies 6(1):109-154 は、ROEを営業の収益性(純営業資産利益率)と財務レバレッジの効果に分解し、ROEの高さの一部が営業ではなくレバレッジ由来であることを恒等式として示した。DuPontやROEの分解は定義(恒等式)であって因果の証明ではない——分解できることは、原因がわかることではない。自己資本を薄くすれば分母が減ってROEは上がるが、それは効率の改善ではなくリスクの付け替えである。だから『ROEが高い=経営が優秀』とは読めない |
| 資本コストを引いた指標(EVAなど)を使えば、業績が上がることが実証されている | 1997年の Journal of Accounting and Economics 24(3):301-336 は、この指標が株式リターンや企業価値と結びつくかを検証し、要旨で “Considered together, these results do not support claims that EVA dominates earnings in relative information content, and suggest rather that earnings generally outperforms EVA.”——これらの結果は、EVAが相対的な情報量で利益を凌駕するという主張を支持せず、むしろ利益のほうがEVAより優れることを示唆する、と述べている。一方でそれに反論する2004年の論文もあり、実証は弱いのではなく混在している。指標の宣伝と実証を取り違えないことである |
皮肉なのは、資本効率という言葉がいちばん正確に測っているのが、たぶん借入の比率だという点である。ROEを分解すれば、営業の分と、借金で薄めた分が、きれいに恒等式で分かれて出てくる。それでも標語のほうは、分けずに一語で「効率が上がった」と言う。分けて見れば、上がったのは分子ではなく、分母が減っただけのことも多い。分母を減らすのは、たしかに数字を上げる。ただし、上がった分だけ、下振れも深くなる。
Q1. 2001年の研究は、ROEを【 ① 】そのものの収益性と、【 ② 】の効果に分解した。この分解は成り立つように定義された【 ③ 】であって、実証で見つかった因果ではない。穴埋め
Q2. 「営業が1円も良くなっていないのにROEが上がった」という状況は、本文ではどう説明されているか。選択
Q3. 資本コストを引いた指標(EVA)の実証について、1997年の研究と2004年の研究はそれぞれ何を報告したか。そして「実証は弱い」と要約してはいけない理由を述べよ。一問一答
Q4. 1982年の Journal of Business Finance & Accounting の論文は、会社の【 ① 】が、簿価に将来の【 ② 】の現在価値を足したものとして書けることを、帳簿の整合が保たれる前提の下で恒等的な関係として示した。資本コストを引いて残る額という発想は、1990年代の【 ③ 】より前から会計の関係式のなかにあった。穴埋め
Q5. 本文の「時間・変化」に沿って、資本効率をめぐる測る対象の移り変わりを早いほうから並べなさい。(ア)ROEが営業とレバレッジに恒等式で分解される(イ)残余利益と市場価値の恒等的な関係が会計理論として書かれる(ウ)資本コストを引いた指標が実務書で優れた尺度として売り込まれる(エ)その指標を支持しない実証が出る並べ替え
紙かメモアプリに今日の日付を書く。今日、資料・記事・ニュース・社内の数字などで目にした「効率」「利益率」「◯◯率」「ROE」「ROIC」といった比率の指標を1つ選んで書く。次に、その比率の分子(上に来るもの)に何が入っているかを一語で書き、続けて分母(下に来るもの)に何が入っているかを一語で書く。どちらかが分からなければ「不明」と書く。最後に、その比率が上がるとしたら分子が増えたのか分母が減ったのか、書かれている範囲で1行だけ書く(分からなければ「判別できない」)。高いか低いかの評価はしない。自分で誰かの経営を採点したりはしない。いま会社の数字に触れていない場合は、身近な「率」——燃費、達成率、割引率など——を1つ選び、同じように分子と分母を書き写せば成立する。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Nissim D., Penman S.H. (2001) 'Ratio Analysis and Equity Valuation: From Research to Practice', Review of Accounting Studies 6(1):109-154, doi:10.1023/A:1011338221623 — doi.org
- Chen S., Dodd J.L. (1997) 'Economic Value Added (EVA): An Empirical Examination of a New Corporate Performance Measure', Journal of Managerial Issues 9(3):318-333 — www.jstor.org
- Biddle G.C., Bowen R.M., Wallace J.S. (1997) 'Does EVA beat earnings? Evidence on associations with stock returns and firm values', Journal of Accounting and Economics 24(3):301-336, doi:10.1016/S0165-4101(98)00010-X — doi.org
- Feltham G.D., Isaac G.E., Mbagwu C., Vaidyanathan G. (2004) 'Perhaps EVA Does Beat Earnings—Revisiting Previous Evidence', Journal of Applied Corporate Finance 16(1):83-88, doi:10.1111/j.1745-6622.2004.tb00598.x — doi.org
- Peasnell K.V. (1982) 'Some Formal Connections Between Economic Values and Yields and Accounting Numbers', Journal of Business Finance & Accounting 9(3):361-381, doi:10.1111/j.1468-5957.1982.tb01001.x — doi.org
- Stewart G.B. III (1991) The Quest for Value: A Guide for Senior Managers, HarperBusiness(一般向け実務書。査読誌ではない。2026年8月閲覧) — archive.org