「笑うとNK細胞が増える」の出どころを探した——見つかったのは、数十人と、その日の血液だけだった
遊びには、測ろうとしたとたんに壊れるという厄介な性質がある。何のためでもないからこそ遊びなのに、効果を測るには「何のため」を持ち込まねばならない。だから遊びの研究は、たいてい遊びではないものを測っている。
誰かといる時間の、その次
前の単位では、人とのつながりと死亡率の関連を、原典の数字まで戻って読んだ。そこで扱ったのは、数えられるつながりだった。ここでは、数えると壊れるほうの時間を置く。
遊びは、目的や成果のためではなく、それ自体が目的である行動を指す。ここに、この単位の全部の難しさが入っている。効果を測るには目的が要る。目的を入れた瞬間、それは遊びではなくなる。だから遊びの研究は、たいてい遊びではないものを測っている。
値切り:笑いとNK細胞の出どころを探す
この棚の元になった設計資料には、「笑いがNK細胞を活性化」「遊びがBDNF産生を促進」という2つの一文が並んでいる。NK細胞は自然免疫の細胞の一種、BDNFは神経の維持に関わるたんぱく質のことだ。両方とも、原典を探した。
笑いのほうから。2007年に Evidence-based Complementary and Alternative Medicine へ出た総説——ユーモアと笑いが健康に及ぼす影響を4部に分けて整理した、その第4部——が、免疫の指標を扱った研究をまとめている。そこに書かれていたのは、笑いや面白い映像とNK細胞の活性を扱った4件の報告のうち3件が、少なくとも一時的には活性が上がると報告している、ということだった。
並んでいる研究の規模を見る。大学生10人。45人。34人。62人。乳がんのある人22人。健康な男性10人。健康な男性52人。成人女性33人。いちばん大きいもので62人である。
そして同じ総説が、こう書いている。これらの研究で示された上昇が、臨床的な利益をもたらす大きさなのかは分かっていない。健康のアウトカムを追った長期の研究は、まだ行われていない。
値切りをしているのは、私ではない。総説の著者たちである。
2002年に Current Directions in Psychological Science へ出た短い総説も、同じところに着いている。ユーモアと笑いが健康に良い影響を与えるという証拠は、全体としては一般に信じられているほど決定的ではない。この分野の研究は、理論に導かれた、方法論的にもっと厳密なものである必要がある——それが結論の一文だった。
BDNFのほうは、遊びの研究ではなかった
もう一つの一文を探す。査読された文献のなかで、遊びとBDNFを人間で結びつけた研究を探した。学術検索と主要な医学・スポーツ科学の文献データベースで、遊び・遊戯・余暇活動といった語をBDNFと組み合わせ、系統的レビューと個別の試験の両方に当たった。たどり着けなかった。存在しないとは断定しない。ただ、確かめようとした側が行き着けない場所にある根拠は、根拠としては使えない。
代わりに大量に出てきたのは、運動の研究である。2010年に Sports Medicine へ出た系統的レビューは、人を対象にした24件の研究を整理し、一回の有酸素運動のあとに血中のBDNFが上がった研究が、健康な人では69%、慢性の病気のある人では86%あったと報告している。ただし上昇は、その多くが一過性だった。加えて著者らは、血中のBDNFがどこから来て、どこへ運ばれ、何に使われるのかについては推測の域を出ない、と自分たちで書いている。
つまり「遊びがBDNF産生を促進する」という一文には、3つの置き換えが起きている。遊びではなく運動。脳ではなく血中。持続ではなく一過性である。
実験室の30分後と、一日の暮らし
ここまでの2件は、同じ形をしている。測られているのは、介入の直後に採った血液のなかの値だ。上の階では確かに何かが動く。下の階——一日の暮らし、年単位の健康——との距離は、埋まっていない。
この距離を埋めない限り、血中の指標は「効いた証拠」ではなく「何かが起きた証拠」にとどまる。何かが起きることと、後で得をすることは別である。
置き換える実証
では何が残るか。2005年に Psychological Bulletin へ出た系統的な総説が、いちばん誠実な形をしている。
そこでの結論はこうだ。持続的な傾向としての前向きな感情は、病気になる少なさと、症状や痛みの少なさと関連している。地域で暮らす高齢者では、前向きな感情が高いほど死亡率が低いと報告した研究が7件あった。ところが、施設に入所している高齢者を対象にした2件では、前向きな感情が高いほど死亡率が高かった。重い病気を抱えた人が生き延びるかどうかについては、報告が一致していない。著者らは、末期に近い状態の人では前向きな感情が高いことが不利に働き、より長い見通しのある病気の人では有利に働くように見える、と書いている。
同じ著者たちが2006年に出した短い総説も、同じ留保を繰り返している。関連はあるが、因果として確立しているわけではなく、重い病気のある状況では害になる可能性もある。
もう1件、日常の側で測ったものを置く。2009年に Psychosomatic Medicine へ出た米国の研究は、4つの調査の参加者1,399人(19歳から89歳、74%が女性)について、楽しんでやっている余暇の活動の多さを尺度で測り、身体の測定値と突き合わせた。得点の高い人は、血圧が低く、1日の総コルチゾールが低く、身体の機能についての自己評価が良かった。ただしこの研究は横断である。著者らは論文のなかで、これらの活動がこうした結果をもたらしたとは結論できない、体の調子が良いことが活動への参加を促している可能性も同じようにある、と書いている。
時間・変化:30分後、8週後、10年後
遊びの研究が扱う時間の幅を並べると、この分野の輪郭が見える。
30分後——面白い映像を見たあとの採血。ここに、いちばん多くの研究がある。数字も動く。
8週後——介入プログラムを組んだ試験。数は減り、対照の置き方の問題が出てくる。前の単位で見た形がここにも入る。
10年後——健康のアウトカムを追った追跡。笑いや遊びを主題にしたものは、総説の言うとおり、まだ行われていない。前向きな感情という広い括りに変えると、ようやく観察研究が現れる。そしてそれは横断か、観察の追跡である。
短い時間ほど研究が多く、長い時間ほど少ない。これは遊びに限った話ではないが、遊びではとくに極端に出る。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、効果があるから遊ぶ、という順番である。目的を入れると遊びは壊れる、というのはこの単位の冒頭に書いたとおりで、しかも入れた目的に見合う証拠が、そもそも無い。
第二の妨げは、この話を「大人も遊ぶべきだ」という説教に変えることだ。ここに書いてあるのは、遊びが体に効くという主張ではなく、効くという主張の証拠が薄いという事実である。遊んでいない人を責める材料にはならない。
標本の偏りを断っておく。ここまでの証拠は、欧米の成人を対象に、数十人規模の実験室の課題か、横断の調査で採られている。日本人を対象にした追試はほとんど見当たらない。そして観察で見えた関連は、健康な人ほどその習慣を持てる、という逆向きを排除できない。2009年の研究の著者ら自身が、体の調子が良いことが活動への参加を促している可能性を書いている。
助けるのは、遊びを効果で語らずに、量だけを見ることである。何分あったか。それだけなら、目的を持ち込まずに数えられる。
最初の一歩は5分。今日か昨日、目的なしにやったことを3件挙げ、それぞれ何分くらいだったかを書く。3件挙がらなければ、挙がった分だけでよい。0件だった場合も、0件と書けば完了である。
次の単位は 028「目的感」——ここでは目的の無い時間を扱った。その上に、目的があることと寿命の関連を置く。そこでもまた、原典に当たると数字が違っている。
- Bennett & Lengacher 2007(Evidence-based Complementary and Alternative Medicine 6(2):159-164)は、笑いや面白い映像とNK細胞の活性を扱った4件の報告のうち3件が、少なくとも一時的には活性が上がると報告していると整理した。同じ総説は、その上昇が臨床的な利益をもたらす大きさかは分かっておらず、健康のアウトカムを追った長期の研究はまだ行われていないと明記している
- 同じ総説が並べた研究の規模は、大学生10人、45人、34人、62人、乳がんのある人22人、健康な男性10人、健康な男性52人、成人女性33人であり、いちばん大きいものでも62人だった。測られているのは介入の直後に採った血液のなかの値である
- Martin 2002(Current Directions in Psychological Science 11(6))は、ユーモアと笑いが健康に良い影響を与えるという証拠は全体としては一般に信じられているほど決定的ではなく、この分野の研究は理論に導かれた方法論的により厳密なものである必要がある、と結論している
- 「遊びがBDNF産生を促進する」という主張について、遊びとBDNFを人間で結びつけた査読された研究にたどり着けなかった。学術検索と主要な医学・スポーツ科学の文献データベースで、遊び・遊戯・余暇活動という語をBDNFと組み合わせ、系統的レビューと個別の試験の両方に当たった範囲での結果である。存在しないとは断定しない
- 代わりに見つかったのは運動の研究だった。Knaepen ら 2010(Sports Medicine 40(9):765-801)は人を対象にした24件を整理し、一回の有酸素運動のあとに血中のBDNFが上がった研究が健康な人で69%、慢性の病気のある人で86%あったと報告している。上昇の多くは一過性で、著者らは血中のBDNFがどこから来てどこへ運ばれるかは推測の域を出ないと書いている
- Pressman & Cohen 2005(Psychological Bulletin 131(6))は、前向きな感情と健康の関連が対象によって向きまで変わることを示した。地域で暮らす高齢者では前向きな感情が高いほど死亡率が低いと報告した研究が7件ある一方、施設に入所している高齢者を対象にした2件では、前向きな感情が高いほど死亡率が高かった。重い病気を抱えた人の生存については報告が一致していない
- Pressman ら 2009(Psychosomatic Medicine 71(7):725-732)は、4つの調査の参加者1,399人(19〜89歳、74%が女性)を対象に、楽しんでやっている余暇の活動の多さと身体の測定値を突き合わせ、得点の高い人ほど血圧と1日の総コルチゾールが低く、身体機能の自己評価が良かったと報告した。横断研究であり、著者らは体の調子が良いことが活動への参加を促している可能性も同じようにあると明記している
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 笑うとNK細胞が活性化することは、研究で確かめられている | 原典を探すと、Bennett & Lengacher 2007 の総説が、4件の報告のうち3件が少なくとも一時的な上昇を報告していると整理している。並んでいる研究の規模は10人から62人で、測っているのは介入の直後に採った血液の値である。そして同じ総説が、その上昇が臨床的な利益をもたらす大きさかは分かっておらず、健康のアウトカムを追った長期の研究はまだ行われていないと書いている |
| 遊びはBDNFの産生を促し、脳を守る | 遊びとBDNFを人間で結びつけた査読された研究にたどり着けなかった(学術検索と主要な医学・スポーツ科学の文献データベースで、遊び・遊戯・余暇活動という語をBDNFと組み合わせて探した範囲)。見つかるのは運動の研究で、Knaepen ら 2010 は24件を整理し、一回の有酸素運動後に血中のBDNFが上がった研究が健康な人で69%、慢性の病気のある人で86%あったと報告している。上昇の多くは一過性で、著者らは血中のBDNFの由来も行き先も推測の域を出ないと書いている |
| 前向きな気持ちでいるほど、健康で長生きになる | Pressman & Cohen 2005 が整理したのは、関連の向きが対象によって変わるという結果である。地域で暮らす高齢者では前向きな感情と死亡率の低さを結びつけた研究が7件ある一方、施設に入所している高齢者を対象にした2件では逆に死亡率が高かった。著者らは、末期に近い状態の人では前向きな感情が高いことが不利に働くように見えるとまで書いている |
遊びの効能を説く本には、共通の構造がある。まず楽しいことをして、それから血を採り、上がった数字に意味を持たせる。皮肉なのは、この手続きがいちばん熱心に行われた領域について、当の総説が「健康のアウトカムを追った長期の研究はまだ行われていない」と書いていることだ。つまり数十年ぶんの努力の結論は、笑うと血の中の何かが少し動く、である。それでも人は笑う。効くからではなく、面白いからだ。証拠が要らない行動は、たぶんそれが本物であることの証拠になっている。
Q1. Bennett & Lengacher 2007 の総説によれば、笑いや面白い映像とNK細胞の活性を扱った ____ 件の報告のうち ____ 件が、少なくとも一時的には活性が上がると報告している。並んでいる研究の規模は10人から ____ 人までだった。穴埋め
Q2. Knaepen ら 2010 は人を対象にした ____ 件の研究を整理し、一回の有酸素運動のあとに血中のBDNFが上がった研究が、健康な人では ____ %、慢性の病気のある人では86%あったと報告した。上昇の多くは ____ である。穴埋め
Q3. 「遊びがBDNF産生を促進する」の一次情報を、どこをどう探し、何が見つかったと本文は書いているか。一問一答
Q4. Pressman & Cohen 2005 が示した「関連の向きが対象で変わる」とは、具体的にどういう結果か。件数を添えて答えよ。一問一答
Q5. Pressman ら 2009 の研究について、本文の内容に合うものはどれか。選択
今日か昨日を思い返して、目的や成果のためではなく、ただそうしていたというだけの行為を3件挙げ、それぞれ何分くらいだったかを添えて記録する。窓の外を見ていた、意味もなく画面をめくっていた、鼻歌を歌っていた、道を遠回りした、猫を眺めていた——どれでもよい。良い遊び・悪い遊びの区別はしない。役に立ったかどうかも書かない。分数は正確でなくてよく、5分刻みの見積もりで十分である。3件挙がらなければ、挙がった分だけを書く。0件だった場合は0件と書けば完了とする。書いたあと、合計だけを1行足す。誰にも見せない。この課題は、遊びを増やすためのものではなく、量が数えられるかどうかを確かめるためのものである。体を動かす必要はない。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Bennett M.P., Lengacher C. (2007) 'Humor and Laughter May Influence Health IV. Humor and Immune Function', Evidence-based Complementary and Alternative Medicine 6(2):159-164 — pmc.ncbi.nlm.nih.gov
- Martin R.A. (2002) 'Is Laughter the Best Medicine? Humor, Laughter, and Physical Health', Current Directions in Psychological Science 11(6) — journals.sagepub.com
- Knaepen K., Goekint M., Heyman E.M., Meeusen R. (2010) 'Neuroplasticity — Exercise-Induced Response of Peripheral Brain-Derived Neurotrophic Factor: A Systematic Review of Experimental Studies in Human Subjects', Sports Medicine 40(9):765-801 — link.springer.com
- Pressman S.D., Cohen S. (2005) 'Does Positive Affect Influence Health?', Psychological Bulletin 131(6) — www.cmu.edu
- Cohen S., Pressman S.D. (2006) 'Positive Affect and Health', Current Directions in Psychological Science 15(3) — journals.sagepub.com
- Pressman S.D., Matthews K.A., Cohen S. ほか (2009) 'Association of Enjoyable Leisure Activities With Psychological and Physical Well-Being', Psychosomatic Medicine 71(7):725-732 — www.cmu.edu