破綻は数年前から予測できる——ただし、作られた時代の外では外れた
危険は直前までわからない、とよく言う。ところが半世紀前の研究が、倒産を2年前に統計で見分けていた。しかも、いちばん効いた指標は現金フロー対負債だった——利益ではなく、現金である。ただし話はそこで終わらない。その予測式を、作られた時代の外に持ち出すと、当たり方が落ちた。
前の単位では、運転資本と流動性の最適化を扱った。ここでは、その手前で危険に早く気づくこと——財務リスクの検知を扱う。
この単位が扱うのは一点——会社の破綻が、事前にどこまで統計で予測できるのか、そしてその予測がどこまで当たるのか、である。 どの会社が危ないかを診断する処方は扱わない。書けるのは、予測できるという事実と、その予測が持ち出された先で外れるという事実の、両方である。
危険は、統計としては数年前から表れている
まず、『直前までわからない』を正面から崩す。
1968年に *The Journal of Finance* 23(4):589-609 に出た研究は、複数の財務比率を一つの点数にまとめる手法——判別分析——を使った。5つの財務比率を組み合わせて一つの点数(のちに Z-score と呼ばれる)を作り、製造業66社(うち半数が倒産した企業)で、倒産を2年前に確率的に見分けられることを示した。会社の危険は、破綻の直前に突然現れるのではなく、数字としては数年前から表れている。
その2年前、1966年に *Journal of Accounting Research* に出た研究は、もっと単純な方法をとった。30ほどの財務比率を、一つずつ、単独で試した。 どの比率が倒産をよく言い当てるかを比べたのである。そして最良の予測子として浮かんだのが——現金フロー対負債、つまり稼いだ現金が負債に対してどれだけあるか、という比率だった。
この比率は、倒産の1年前で約87%、5年前でも約78%の会社を正しく判別した(当てずっぽうなら50%だから、明確に上である)。ここで棚の通奏低音が、破綻予測でも顔を出す。 いちばん効いたのは、利益の比率ではなく、現金の比率だった。利益ではなくキャッシュ——この棚が繰り返してきた区別が、破綻の予測でも効いている。
1980年に *Journal of Accounting Research* 18(1):109-131 に出た研究は、点数式が置いていた統計上の仮定——変数の分布が特定の形をしている、という仮定——を外し、条件付きロジットという別の手法で、9つの変数から倒産の確率そのものを出した(のちに O-score と呼ばれる)。手法は違うが、結論は同じ方向——破綻は事前に確率で予測できる、である。
ただし、作られた時代の外に持ち出すと外れる
ここまでなら『破綻は予測できる』で話が終わる。終わらないのが、この単位の芯である。
1996年に *Review of Accounting Studies* 1(4):267-284 に出た研究は、1968年の点数式(Z-score)と1980年のロジット式(O-score)の、original のモデルを、そのまま1980年代のデータに当て直した。 作られた当時の係数を、別の時代の会社に適用したのである。結果は——誤分類が増えた。 とくに古い点数式(Z-score)の劣化が大きく、ロジット型(O-score)のほうが相対的に頑健だった。モデルは、作られた母集団と時代の中ではよく当たる。その外に持ち出すと、当たり方が落ちる。
これは『破綻は予測できない』という話ではない。『予測できる、ただし、いつでも・どの会社でも同じ精度で当たるわけではない』という話である。1968年の点数式には、危険と安全を分ける閾値(たとえば1.8を割ると危険、2.99を超えれば安全、といった目安)が付いていた。だが1996年の検証が示すのは、その閾値が業種や時代を超えた普遍の基準ではない、ということである。 同じ点数でも、いつの、どの母集団で作られた式かで、意味が変わる。
『予測できる』と『当たる』は、同じではない
モデルが時代の外で外れるなら、作り直せばよい——実際、破綻予測はそのあとも更新され続けた。2001年に *The Journal of Business* 74(1):101-124 に出た研究は、1つの時点の財務比率だけを使う静的なモデルには偏りがあることを指摘し、時間の経過そのものを織り込むハザード型のモデルを提案した。会社は、ある一時点のスナップショットではなく、時間の中で危険に近づいたり遠ざかったりする。それを式に入れたのである。
2008年に *The Journal of Finance* 63(6):2899-2939 に出た研究は、財務の数字だけでなく、市場が付けている株価や変動といった情報も加えて、破綻の確率を予測した。手法も、使う情報も、更新されていく。つまり破綻予測は、一度作れば当たり続ける完成品ではない。 『予測できる』は、『いつでも、誰にでも、同じように当たる』を意味しない。 それは、更新し続けなければ古びる道具である。
この単位が、扱わないこと
財務リスクというと、社内の不正や統制の不備を思い浮かべるかもしれない。それはこの単位では扱わない。 不正や内部統制の話は、別の棚(業務プロセス)がすでに扱っている。ここで扱うのは、財務の数字から会社の破綻の近さを読むという、一点に絞った話である。そしてその読み方は、警報を鳴らすためというより、警報器がいつ・どの会社で作られたのかを確かめるためにある。
時間・変化:予測は進み、閾値は古びた
順に置く。1966年、単変量で30の比率が試され、現金フロー対負債が最良の予測子として浮かんだ。1968年、5比率を1点数にまとめる判別式が、倒産を2年前に見分けた。1980年、分布の仮定を外したロジットが、確率そのものを出した。1996年、それらの原モデルを別の時代に当て直すと誤分類が増え、閾値の普遍性が崩れた。2001年、時間を織り込むハザード型が、静的モデルの偏りを補った。2008年、市場の情報を加えたモデルが続いた。半世紀で、予測できるという事実は揺らがず、揺らいだのは『この点数を割れば危ない』という閾値の普遍性のほうである。 予測は進み、閾値は古びた。古びた閾値は、たいてい古びたまま引用される。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、点数や閾値を、それが作られた時代と母集団から切り離して使うことである。『この式で◯点を割ると危ない』という一句には、たいてい、いつ・どの国の・どの業種の・何社で作られた式か、が抜けている。標本の偏りも断っておく。破綻予測の証拠は、米国の上場企業、とくに製造業から採られたものが多い。 標本は66社、あるいは特定の期間の上場企業で、倒産した企業と生き延びた企業を対にして作られている。 日本の会社を対象にした査読研究はごく少ない。同じ式を新しいデータで作り直せば当たりはある程度戻るが、それも次に地合いが変わるまでの話で、作り直しは終わりのない手入れになる。そして——予測式は、倒産した会社のデータで学習される。 静かに事業を畳んだ会社や、決算が追えない小さな会社は、そもそも学習の材料に入りにくい。
助けになるのは、破綻や危険を示す点数を見たとき、まず『いつ・どの母集団で作られた式か』を問うことである。次に、その式が利益で見ているのか、現金で見ているのかを確かめる——1966年の研究が示したとおり、現金の比率のほうが、しぶとく効くことがある。
最初の一歩は10分。自分の会社や関心のある会社について、危険を示すとされる財務の指標や点数を1つ選び、それが「いつ・どこで・何を材料に作られた」ものかを、辿れる範囲で確かめて1行書く。
次の単位は 269「企業価値・時価総額設計力」——会社の値段は、計算で一意に出るのか。
- 1968年に The Journal of Finance 23(4):589-609 に出た研究は、5つの財務比率を組み合わせた点数(Z-score)を判別分析で作り、製造業66社(半数が倒産)の倒産を2年前に確率的に見分けた。会社の危険は破綻の直前に突然現れるのではなく、数字としては数年前から表れている
- 1966年に Journal of Accounting Research に出た研究は、30ほどの財務比率を一つずつ単独で試し、現金フロー対負債が最良の予測子で、倒産の1年前で約87%、5年前でも約78%を正しく判別した(当てずっぽうの50%より明確に上)。いちばん効いたのは利益の比率ではなく現金の比率だった
- 1980年に Journal of Accounting Research 18(1):109-131 に出た研究は、点数式の統計上の仮定を外し、条件付きロジットで9つの変数から倒産の確率そのものを出した(O-score)。手法は違うが、破綻は事前に確率で予測できるという結論は同じ方向だった
- 1996年に Review of Accounting Studies 1(4):267-284 に出た検証は、1968年の点数式と1980年のロジット式の原モデルを1980年代のデータに当て直すと誤分類が増え、とくに古い点数式(Z-score)が劣化し、ロジット型が相対的に頑健だったと報告した。作られたモデルは作られた時代の外で外れる
- 1968年の点数式には危険と安全を分ける閾値(たとえば1.8を割ると危険、2.99を超えれば安全)が付いていたが、1996年の検証が示すのは、その閾値が業種や時代を超えた普遍の基準ではないことである。同じ点数でも、いつの・どの母集団で作られた式かで意味が変わる
- 破綻予測は更新され続けた。2001年の研究(The Journal of Business 74(1):101-124)は1時点の財務比率だけの静的モデルの偏りを指摘し時間を織り込むハザード型を提案、2008年の研究(The Journal of Finance 63(6):2899-2939)は市場の株価や変動の情報も加えた。予測は一度作れば当たり続ける完成品ではない
- この単位は社内の不正や内部統制は扱わない(別の棚が扱う)。妨げるものは点数や閾値を作られた時代・母集団から切り離して使うこと。証拠は米国の上場製造業に偏り倒産企業と存続企業を対にして作られ、日本の査読研究は少なく、静かに畳んだ会社は学習材料に入りにくい
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 会社の危険は、直前になるまで数字には表れない | 表れる。1968年に The Journal of Finance 23(4):589-609 に出た研究は、5つの財務比率を組み合わせた点数(Z-score)で、製造業66社(半数が倒産)の倒産を2年前に確率的に見分けた。1966年に Journal of Accounting Research に出た研究は、単一の比率を一つずつ試し、現金フロー対負債が最良の予測子で、倒産の1年前で約87%、5年前でも約78%を正しく判別した(当てずっぽうの50%より明確に上)。危険は、統計としては数年前から表れている |
| 破綻予測モデルは確立されていて、点数が基準を割ればどの会社でも危ない | モデルは母集団と時代で当たり外れがある。1996年に Review of Accounting Studies 1(4):267-284 に出た検証は、1968年と1980年の原モデルを1980年代のデータに当て直すと誤分類が増え、とくに古い点数式(Z-score)が劣化し、ロジット型が相対的に頑健だったと報告した。点数の閾値(たとえば1.8や2.99)を、業種や時代を超えた普遍的な基準として当てることはできない。作られたモデルは、作られた時代の外で外れる |
| 予測できる、ということは、当たる、ということである | 同じではない。1つの時点の財務比率だけを使う静的なモデルには偏りがあることが2001年の研究(The Journal of Business 74(1):101-124)で示され、時間の経過を織り込むハザード型や、市場の情報も加えた2008年の研究(The Journal of Finance 63(6):2899-2939)が続いた。予測の枠組みは更新され続けている=一度作れば当たり続ける完成品ではない。『予測できる』は『いつでも誰にでも当たる』を意味しない |
皮肉なのは、破綻を予測する式のなかで、いちばん古くていちばん単純な指標——現金フロー対負債——が、半世紀たっても妙に強いことである。手の込んだ点数式は、作られた時代の製造業ではよく当たり、別の時代に持ち出すと精度を落とした。危険は数年前から数字に出る。ただし、その数字を読む式のほうが、いつのまにか古びている。早く気づくとは、警報を鳴らすことではなく、警報器がいつ作られたのかを見ることでもある。
Q1. 1968年に The Journal of Finance に出た研究は、____ つの財務比率を判別分析で一つの点数(Z-score)にまとめ、製造業 ____ 社(半数が倒産)で倒産を ____ 年前に確率的に見分けた。穴埋め
Q2. 1966年の研究が最良の予測子として見つけた比率は何か。また、その判別の精度(1年前・5年前)を、当てずっぽうとの比較を添えて述べよ。一問一答
Q3. 1996年の検証(Review of Accounting Studies 1(4):267-284)が、1968年と1980年の原モデルを1980年代のデータに当て直して見つけたことを述べよ。一問一答
Q4. 『予測できる、ということは、いつでも当たる、ということだ』という読み方に対して、本文が挙げている根拠はどれか。選択
Q5. 本文の『予測は進み、閾値は古びた』の流れを、早いほうから並べなさい。(ア)分布の仮定を外したロジットが確率を出した(イ)単変量で現金フロー対負債が最良の予測子として浮かんだ(ウ)原モデルを別の時代に当て直すと誤分類が増えた(エ)5比率を1点数にまとめる判別式が倒産を2年前に見分けた並べ替え
自分の会社や、関心のある会社について、危険や健全性を示すとされる財務の指標・点数を1つ選ぶ(Z-score、自己資本比率、格付、『◯点を割ると危ない』などの目安でよい)。紙かメモアプリに今日の日付とその指標を書く。次に、その指標や点数が『いつ・どこで・何を材料に作られたものか』を、辿れる範囲で確かめる——手元の資料や公開情報で、作られた年・国・業種・標本の数などのうち分かるものを書き出す。辿れたところまでで止め、『いつ・どこで・何を材料に』のうち何が分かって何が分からなかったかを1行でまとめる。最後に、その指標が利益で見ているのか現金で見ているのかを1語だけ書き添える。判定や善し悪しは書かない。会社に属していない場合や一人で全部を回している場合は、家計や生活で見かける健全性の目安(『貯蓄は年収の◯倍』など)を選べば同じ形で成立する。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Altman E.I. (1968) 'Financial Ratios, Discriminant Analysis and the Prediction of Corporate Bankruptcy', The Journal of Finance 23(4):589-609, doi:10.1111/j.1540-6261.1968.tb00843.x — doi.org
- Beaver W.H. (1966) 'Financial Ratios as Predictors of Failure', Journal of Accounting Research 4(Empirical Research in Accounting: Selected Studies):71-111 — www.jstor.org
- Ohlson J.A. (1980) 'Financial Ratios and the Probabilistic Prediction of Bankruptcy', Journal of Accounting Research 18(1):109-131, doi:10.2307/2490395 — doi.org
- Begley J., Ming J., Watts S. (1996) 'Bankruptcy Classification Errors in the 1980s: An Empirical Analysis of Altman's and Ohlson's Models', Review of Accounting Studies 1(4):267-284, doi:10.1007/BF00570833 — doi.org
- Shumway T. (2001) 'Forecasting Bankruptcy More Accurately: A Simple Hazard Model', The Journal of Business 74(1):101-124, doi:10.1086/209665 — doi.org
- Campbell J.Y., Hilscher J., Szilagyi J. (2008) 'In Search of Distress Risk', The Journal of Finance 63(6):2899-2939, doi:10.1111/j.1540-6261.2008.01416.x — doi.org