『最適な借り方』は、置いた仮定の影である
借金には最適な割合があって、そこに合わせれば会社は強くなる、と教科書は言う。だが原典を開くと、有名な定理は『摩擦のない世界では、借金の割合を変えても会社の価値は変わらない』と始まる。税を一つ足すと答えは反転し、倒産費用を足すとまた動く。最適点は、置いた仮定の数だけある。
前の単位では、資産がどれだけ利益を生んでいるか——資産効率を扱った。ここでは、その資産を何で賄っているか、借りたお金の側を扱う。
この単位が扱うのは一点——借金を増やすと会社は強くなる、そのちょうどよい借り方(最適な資本構成)がある、という言い方が、どこまで確かめられているかである。 どこから借りるべきか、増資すべきか、といった個別の判断はしない。それは決められる範囲の話であって、この単位の外にある。
レバレッジという言葉
まず言葉をほどく。レバレッジ(leverage)は「てこ」である。小さな自己資本を支点にして、借りたお金を足し、大きな資産を動かす。うまく回れば、自己資本に対する利益の率は借りたぶんだけ増幅される。ただしてこは両刃で、損が出たときも同じだけ増幅する。 借入で資産を賄う割合を高くすることを「レバレッジを効かせる」と言う。
俗説はこうである——借金には最適な割合があって、そこに合わせれば会社はいちばん強くなる。 財務の教科書には、その最適点を示すお椀を伏せたような曲線がよく載っている。この曲線の出どころを、順にたどる。
「最適」は、摩擦のない世界では消える
出発点は1958年、*The American Economic Review* 48(3):261-297 の論文である。二人の著者は、税も、倒産の費用も、情報の偏りもない——摩擦のまったくない世界を仮定して、命題を一つ立てた。掲載本文の一文はこうである(原典スキャンの走査誤字のみ正字化した実在文)。“That is, the market value of any firm is independent of its capital structure and is given by capitalizing its expected return at the rate ρk appropriate to its class.”——会社の市場価値は、その資本構成とは無関係であり、その種類に見合った率で期待収益を割り引いて決まる。
読み替えると、こうなる。摩擦のない世界では、借金の割合をどう変えても会社の価値は変わらない。だから「最適な資本構成」は存在しない——どの割合も同じである。 ここで大事なのは、これが測って見つけた事実ではなく、仮定の上で証明した定理だということである。実証ではない。「もし摩擦がなければ、こうなるはずだ」という、算数に近い命題である。この単位の通奏低音そのもの——有名な財務公式の多くは、確かめられた因果ではなく、成り立たない仮定の下の定理である——が、いちばんはっきり出ている場所がここである。
仮定を一つ入れると、答えが反転する
同じ二人が1963年、*The American Economic Review* 53(3):433-443 に短い「訂正」を出す。摩擦を一つだけ入れた——税である。会社が払う借入の利息は、税の計算上、費用として引ける(損金になる)。すると借金には節税の得がつき、税引き後で見ると、負債を増やすほど会社の価値が上がる方向になる。極端まで進めれば「できるだけ借りる」のが得、という話になる。
ここが肝心である。たった一つ、税という仮定を入れただけで、「最適な資本構成は無い(どれも同じ)」という答えが、「できるだけ借りるのが得」へ跳んだ。 1958年と1963年は、同じ二人が、同じ枠組みで出した、向きの違う二つの定理である。どちらが正しいという話ではない。どの仮定を置くかで、“最適”はいくらでも動く。 “最適な資本構成”は、世界のどこかにある一点ではなく、置いた仮定の影である。
現実の摩擦を足すと、また動く
現実には、税のほかにも摩擦がある。借りすぎれば倒産の危険と費用がつく。そして、会社を持っている人と回している人が別だと、利害がずれる。1976年に *Journal of Financial Economics* 3(4):305-360 へ出た論文は、この最後の点を扱った。掲載アブストラクトの書き出しはこうである。“We define the concept of agency costs, show its relationship to the ‘separation and control’ issue …”——我々はエージェンシー費用という概念を定義し、それが「所有と支配の分離」の問題とどう関わるかを示す。
エージェンシー費用とは、誰かに任せることから生じる目減りである。株主と経営者のあいだ、株主と債権者(お金を貸した側)のあいだで、それぞれ利害がずれる。借金を増やすと、この綱引きが強くなる。税は借金を得にし、倒産費用とエージェンシー費用は借金を損にする。 どちらの摩擦をどれだけ見積もるかで、“ちょうどよい割合”はまた別の場所に動く。教科書のお椀を伏せた曲線——真ん中に最適点がある形——は、これらの摩擦を特定の重さで釣り合わせたときにだけ現れる形であって、測って見つけた谷ではない。
どの要因が効くかは、揃っていない
では、実際の会社の借り方は何で決まっているのか。これは測った研究がある。ただし、向きは揃っていない。 4本を並べる。
1988年に *The Journal of Finance* 43(1):1-19 へ出た論文は、資本構成の決定要因を検定し、負債の水準が事業の独自性と負の関係にあること、取引費用が効いていそうなことを報告した。1995年に *The Journal of Finance* 50(5):1421-1460 へ出た論文は、主要7か国(G7)の会社を比べ、米国で知られた相関が他国でもおおむね似ていることを示しつつ、要旨で「観察された相関の理論的な裏づけは、いまなお大きく未解決である」と断った。2001年に *Journal of Financial Economics* 60(2-3):187-243 へ出た392人の財務責任者への調査は、トレードオフやペッキングオーダーに一部の支持を見つけたが、経営者が理論の想定する要因(資産の入れ替え・情報の偏り・税)を気にしている証拠はほとんど無いとした。2009年に *Financial Management* 38(1):1-37 へ出た論文は、米国企業のレバレッジと信頼できる形で結びつく要因を6つに絞ったが(同業の中央値・時価簿価比率・有形資産・利益・企業規模・予想インフレ)、簿価ベースで見ると規模や時価簿価比率の効きは信頼できない、とした。
四つとも、標本も、国も、時期も、結論の向きも違う。 ひとつを取り出して「最適な資本構成はこう決まる」とは言えない。「最適」を探した半世紀のあいだに積み上がったのは、“どの要因が、どの標本で、どの向きに効いたか”という条件の束であって、世界共通の最適点ではない。
時間・変化:半世紀で残ったのは“最適”ではなく“どの仮定を置いたか”
順に置く。1958年、摩擦のない世界では資本構成は企業価値に無関係——最適は無い、と定理が立った。1963年、税という仮定を一つ入れると、答えは「できるだけ借りる」へ反転した。1976年、所有と支配の分離から生じるエージェンシー費用という摩擦が加わり、“最適”はまた動いた。1988年から2009年にかけて、実証は「実際の借り方は何で決まるか」を測ったが、標本ごとに向きが揃わず、理論的な裏づけは未解決のままだと当の論文が書いた。
半世紀で消えなかったのは、“最適な資本構成”という一点ではなく、“どの仮定を置いたか”という問いのほうである。仮定を挙げれば定理が出る。仮定を変えれば定理が反転する。測って残ったのは、その反転のしかたである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、お椀を伏せた曲線が、いかにも自然界の法則のように見えることである。真ん中に谷があり、そこが最適だと指させる。だがその谷は、税・倒産費用・エージェンシー費用を特定の重さで釣り合わせたときにだけ現れる。重みを変えれば谷は動くか、消える。 同じ借金の、税で引ける得の面と、倒産やエージェンシーで目減りする損の面は、いわば一枚の紙の裏表で、どちらを重く見るかで最適が動く。
標本の偏りを断っておく。ここで挙げた実証は、米国とG7の上場企業が大半で、対象期間もそれぞれ限られている。日本の中小企業や非上場企業の借り方を同じ枠組みで追った査読研究はごく少ない。そして、借りすぎて消えた会社は標本から抜けている——生き延びて調査に答えられた会社だけが、“効いた要因”の証拠に入っている。
助けになるのは、自社(または自分が見ている会社)の借入を、金利ではなく「種類と期日」で書き出すという一手である。いつ返すのか、返せなかったら何が起きるのか。「最適な割合」を考える前に、いま負っているものの形を見る。 これは決裁権を必要としない、ただの観察である。
最初の一歩は10分。手元で分かる借入を一つ選び、その期日と、返せなかったときに起きることを、資料の言葉のまま書き写す。金額の大小は測らない。
次の単位は 263「純資産・自己資本の充実力」——自前のお金は厚いほど安全だ、という言い方は、どこまで確かめられているのか。
- レバレッジ(てこ)は、借入で資産を賄う割合を高めて自己資本に対する利益率を増幅すること。ただし両刃で、損も同じだけ増幅する。『借金には最適な割合がある』という俗説の出どころを、原典でたどる。
- 1958年の *The American Economic Review* 48(3):261-297 でモディリアーニとミラーは、税も倒産費用も情報の偏りもない世界では、企業価値は資本構成と無関係(最適は無い)という命題Iを立てた。原典の一文は “the market value of any firm is independent of its capital structure …”。これは測った事実ではなく、仮定の下の定理である。
- 1963年の同誌 53(3):433-443 で同じ二人は、税という仮定を一つ入れると、支払利息が損金になる節税効果で、負債を増やすほど企業価値が上がる方向になると訂正した。たった一つの仮定で『最適は無い』が『できるだけ借りる』へ反転する。
- 1976年の *Journal of Financial Economics* 3(4):305-360 でジェンセンとメックリングは、所有と支配の分離から生じるエージェンシー費用を定義した。税は借金を得にし、倒産費用とエージェンシー費用は借金を損にする。教科書の『最適点のある曲線』は、これらを特定の重さで釣り合わせたときだけ現れる形である。
- 実際の借り方を測った4本は向きが揃わない。Titman & Wessels(1988, JF 43(1))は負債が事業の独自性と負の関係、Rajan & Zingales(1995, JF 50(5))はG7で相関は似るが理論的裏づけは未解決と要旨が断る。
- Graham & Harvey(2001, JFE 60(2-3))の392人の財務責任者調査は、経営者が理論の想定する要因(資産の入れ替え・情報の偏り・税)を気にする証拠はほとんど無いとした。Frank & Goyal(2009, FM 38(1))は信頼できる要因を6つ(同業中央値・時価簿価比率・有形資産・利益・規模・予想インフレ)に絞ったが、簿価では一部が信頼できないとした。
- 半世紀で残ったのは『最適な資本構成』という一点ではなく、『どの仮定を置いたか』という問いである。仮定を挙げれば定理が出て、仮定を変えれば定理が反転する。書いてはいけない数値として『最適負債比率は何%』の具体値は本文に出さない。
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 会社には最適な資本構成(借金のちょうどよい割合)があり、そこに合わせれば企業価値が最大になる。教科書の曲線がそれを示している | 1958年のモディリアーニ&ミラーは、税も摩擦もない世界では企業価値は資本構成に無関係(最適は無い)という定理を立てた。これは実証ではなく仮定下の定理である。教科書の『最適点のある曲線』は、税・倒産費用・エージェンシー費用を特定の重さで釣り合わせたときにだけ現れる形で、測って見つけた谷ではない。重みを変えれば谷は動くか消える。 |
| 借金は節税になるのだから、資本構成の理論は『できるだけ借りたほうが得』だと教えている | それは税だけを入れた1963年の訂正版の答えである。同じ枠組みでも、1958年(無摩擦)では『最適は無い』、1963年(税)では『できるだけ借りる』、1976年以降(倒産費用・エージェンシー費用)では『中間のどこか、ただし重みで動く』と、置く仮定で答えが反転する。一つの定理だけを取り出すと、向きを取り違える。 |
| 実際の会社の借り方を調べれば、最適な資本構成が何で決まるかが分かっているはずだ | 決定要因を測った研究は標本ごとに向きが揃わない。Rajan & Zingales(1995)はG7で相関は似るが理論的裏づけは未解決と要旨で断り、Graham & Harvey(2001)の392人調査は経営者が理論の想定要因を気にする証拠はほとんど無いとした。積み上がったのは『どの要因がどの標本でどの向きに効いたか』という条件の束であって、世界共通の最適点ではない。 |
皮肉なのは、いちばん有名な資本構成の定理が、『資本構成は関係ない』という定理だという点である。半世紀のあいだ、人は最適な借り方の一点を探し続けたが、原典が最初に証明したのは、摩擦を消せばその一点は消える、ということだった。だから探し当てた最適点はどれも、消し忘れた摩擦の形をしている。ちょうどよい借り方を教えてくれるのは、たぶん理論の谷ではなく、返せなかったときに何が起きるかという、借用証書の裏に小さく書いてあるほうである。
Q1. 1958年のモディリアーニ&ミラーの命題I(摩擦のない世界)は、最適な資本構成についてどんな結論を出したか。そしてそれは実証か定理か。一問一答
Q2. 資本構成の『最適』の答えが、置く仮定によってどう動いたか。次の三つを、仮定が増える順(=発表の順)に並べよ。A:中間のどこか、ただし摩擦の重みで動く(倒産費用・エージェンシー費用)/B:最適は無い、どの割合も同じ(無税・無摩擦)/C:できるだけ借りるのが得(税を入れる)並べ替え
Q3. 1976年のジェンセン&メックリングが定義した【 ① 】費用は、会社を【 ② 】人と【 ③ 】人が別であることから生じる。税は借金を得にし、倒産費用と【 ① 】費用は借金を損にする。穴埋め
Q4. 実際の会社の借り方を測った研究の結論が『揃っていない』ことを、Rajan & Zingales(1995)と Graham & Harvey(2001)の報告に触れて説明せよ。一問一答
Q5. 教科書によく載る『真ん中に最適点のあるお椀を伏せた曲線』を、本文はどう位置づけているか。選択
今日のうちに、自分が見ている会社(または自分の家計)の借入・支払い義務を一つ選ぶ。金額の大小は問わない。紙かメモアプリに、その借入の名前を書く。次に、返済の期日(いつ返すのか、分割ならいつまでか)を、資料の言葉のまま書き写す。続いて、もし返せなかったら何が起きると書いてあるか(遅延の扱い、担保、追加の費用など)を、これも資料の言葉のまま書き写す。分からない箇所は『不明』と書く。最後に、書き写したなかで『不明』がいくつあったかを数として書く。金利の高さや割合の良し悪しは判定しない。増やすべきか減らすべきかも書かない。いま会社に属していない場合や借入が無い場合は、身近な継続的な支払い義務(定期契約、分割払い、サブスクリプション)を一つ選び、同じ形で期日と『やめる・滞るとどうなるか』を書き写せばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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- Modigliani F., Miller M.H. (1958) 'The Cost of Capital, Corporation Finance and the Theory of Investment', The American Economic Review 48(3):261-297 — www.jstor.org
- Modigliani F., Miller M.H. (1963) 'Corporate Income Taxes and the Cost of Capital: A Correction', The American Economic Review 53(3):433-443 — www.jstor.org
- Jensen M.C., Meckling W.H. (1976) 'Theory of the Firm: Managerial Behavior, Agency Costs and Ownership Structure', Journal of Financial Economics 3(4):305-360 — doi.org
- Titman S., Wessels R. (1988) 'The Determinants of Capital Structure Choice', The Journal of Finance 43(1):1-19 — doi.org
- Rajan R.G., Zingales L. (1995) 'What Do We Know about Capital Structure? Some Evidence from International Data', The Journal of Finance 50(5):1421-1460 — doi.org
- Graham J.R., Harvey C.R. (2001) 'The theory and practice of corporate finance: Evidence from the field', Journal of Financial Economics 60(2-3):187-243 — doi.org
- Frank M.Z., Goyal V.K. (2009) 'Capital Structure Decisions: Which Factors Are Reliably Important?', Financial Management 38(1):1-37 — doi.org