同じ資産効率でも、割り算の上と下は別々に作られている
ROAを利益率と回転率に分ければ稼ぐ力の内訳が見える、とよく言われる。だが原典を開くと、その分解は等式を並べ替えただけで、翌年のROAがどう動くかを当てる力は増えていない。しかも割り算の上と下——利益と資産——は、どちらも会計の決め方で伸び縮みする。
前の単位では、損益計算書に何が写り、段階利益の線引きが基準で動くことを扱った。ここでは、稼いだ利益ではなく、会社が何を持ち、その持ち物がどれだけ利益を生んでいるのかを扱う。ここから段はひとつ進んで、稼いだあとに何が残り、何を負っているのかの話になる。
この単位が扱うのは一点——資産がどれだけ効率よく利益を生んでいるかを、一つの比率で測って読むというやり方が、どこまで何を測れていると確かめられているかである。 良いROAは何%か、どの資産を減らすべきか、といった目標の話はしない。
ROAという割り算の中身
まず言葉をほどく。ROA(Return on Assets、総資産利益率)は、会社があげた利益を、会社が持っている資産の合計で割った比である。利益 ÷ 資産。 分子に上の側、分母に下の側が来る、ただの割り算である。
これを二つに割る読み方が、財務の教科書の最初のほうに必ず出てくる。売上をあいだに挟んで、こう書き換える——ROA =(利益 ÷ 売上)×(売上 ÷ 資産)。 左のかっこが利益率(売上のうちどれだけが利益として残るか)、右のかっこが回転率(同じ資産で何回ぶんの売上を回したか)である。この分け方は1910年代に米国の化学会社で使われた読み方が元になっていて、いまも「デュポン分解」と呼ばれている。
ここで見落とされやすいのは、この式が発見ではなく、並べ替えだということである。右の二つのかっこを掛けると、片方の分母の売上ともう片方の分子の売上が約分されて消え、元のROAに戻る。つまりこれは「売上で約分できる」という算数であって、「利益率を上げれば資産効率が上がる」という因果ではない。 恒等式——いつでも成り立つように作られた等式——を、経営の説明のように読んでしまうところに、最初の落とし穴がある。
分解しても、翌年を当てる力は増えなかった
では、この分解は何かの役に立つのか。ここは実際に測った研究がある。2001年に *Review of Accounting Studies* 6(4):371-385 へ出た論文が、掲載アブストラクトでこう書いている。この手法が広く知られているにもかかわらず、それを予測の文脈で役立てられるという証拠は存在しない。総資産利益率を資産回転率と利益率へ分解しても、1年先の総資産利益率の変化を予測するための増分情報は得られない。ただし、総資産利益率の変化を、回転率の変化と利益率の変化へ分解することは、1年先の総資産利益率の変化を予測するのに有用である。
一文のなかで向きが二回変わるので、ゆっくり読む。「水準」を分解しても翌年の予測は良くならない。でも「変化」を分解すると、翌年の予測に効く。 よく流通している要約は、ここを「デュポン分解は予測に役立つ」または逆に「デュポン分解は無意味」と、片方だけ切り取る。原典が言っているのはどちらでもない。分けるものが水準か変化かで、答えが入れ替わる。 手元でROAを利益率と回転率に割って「稼ぐ力の内訳が見えた」と言うとき、見えているのは内訳の絵であって、来年どうなるかではない。
念のため、逆の向きの証拠も並べておく。2008年に *The Accounting Review* 83(3):823-853 へ出た Soliman の研究は、営業の側だけを取り出した精緻な分解(純営業資産に対する利益率と回転率)について、回転率の変化が将来の利益の変化に情報を与え、しかもそれは従来知られていた指標に上乗せの情報であること、市場も分析者もその情報を実際に使っていることを報告している。つまり、丁寧に営業だけを切り出した分解の「変化」は、確かに何かを伝える。 ただしここでも、伝えているのは「これから利益がどう動きそうか」という予兆であって、「利益率を上げれば効率が上がる」という手で引けるレバーではない。 分解が意味を持つのは、恒等式としてではなく、変化を追う観察としてである。
割り算の上も下も、会計で動く
もう一段深い問題がある。ROAという比率の材料——分子の利益と分母の資産——が、どちらも会計の決め方で伸び縮みする。前の段(損益)で見たとおり、利益は発生主義と見積りの産物である。分母の資産のほうも、何をいくらで載せるかが基準で決まる。
同じ2001年、*Review of Accounting Studies* 6(1):109-154 へ出た論文が、財務諸表分析そのものの性格をこう述べている。財務諸表分析は、将来のプロフォーマ分析の問題として提示され、予測された比率は、ペイオフの予測を組み立てる部品と見なされる。 言い換えると、比率は「測られた事実」ではなく「予測を組み立てるための部品」だ、と原典が自分で言っている。この論文はさらに、会社の稼ぎを営業の側(本業)と財務の側(借入や余剰資金の運用)に分けて読むことを勧めている。ひとまとめのROAは、この二つを混ぜたままの数字なので、稼ぐ力の話をしているつもりで、資金の借り方の話まで一緒に測ってしまう。
つまり、分子も分母も動く。しかも動かし方が別々の会計方針で決まる。 二つの動くものの割り算が「資産の稼ぐ力」という一つの真実を指している、と読むのは、思っているより無理がある。
分母に載らないもの
分母の資産には、もう一つの穴がある。自分の会社が中で作り上げた無形のもの——研究開発の蓄積、育てたブランド、社内の仕組み——は、原則として帳簿の資産に載らない。 国際会計基準の無形資産の定め(IAS 38)でも、米国の基準でも、外から買った無形は載るのに、自分で作った無形は費用として落とすのが原則で、資産としては計上されない。
これがROAに効く。2001年に *The Journal of Finance* 56(6):2431-2456 へ出た研究は、研究開発費が現在の会計では費用として落とされ、財務諸表に無形資産として載らないことを出発点に、株価がそれをどう扱っているかを調べた。報告の一つは、株式の時価に対して研究開発費の比率が高い企業——過去のリターンが振るわなかった企業——が、その後に大きな超過リターンをあげていたというものである。市場は帳簿に載っていない無形を値付けしているのに、帳簿の分母にはそれが入っていない。
すると何が起きるか。中で無形を厚く作り込んだ会社ほど、分母(簿価の資産)が実態より小さくなり、ROAが跳ね上がって見える。 「資産効率が高い」のではなく、「稼ぎを生んでいる元手が帳簿の外にある」だけ、ということが起こる。ROAの高さを会社どうしで比べるとき、比べているのは効率ではなく、無形が帳簿に載っているかどうかの差かもしれない。
「良いROAは何%」の早見表は、出どころが違う
最後に、いちばん手が伸びるものに触れる。「良いROAは何%以上」「この業界の平均ROAは何%」という早見の数字である。投資評価の実務書や、コンサルの資料や、財務データベースの業界平均が、その出どころとしてよく引かれる。
ここではその数字を書かない。 理由は二つある。ひとつは、ここまで見たとおり、ROAは分子も分母も会計で動き、無形の載り方で会社ごとにずれるので、「真実の平均」があるかのように一つの数字を置くこと自体が、この単位が疑っている読み方だからである。もうひとつは、そうした早見表の多くが実務資料であって、査読を経た一次情報ではないからである。業界平均を計算した資料も、どの会社を母集団に入れ、どの外れ値を落としたかで数字が動く。
分かるのは、早見の数字が「どこかで測られた真実」ではなく「誰かが母集団を選んで作った数字」だ、という一点である。
時間・変化:分解の作法は残り、予測の証拠は残らなかった
順に置く。1910年代、資産利益率を利益率と回転率へ割る読み方が米国企業で使われ、のちに教科書の定番になった。2001年、同じ年に三つの研究が出た。総資産利益率の水準の分解は翌年の予測に増分情報を与えないこと、財務諸表の比率は「測られた事実」ではなく「予測の部品」であること、そして研究開発を厚くした会社の稼ぐ元手が帳簿の外にあること。それ以降、無形が企業価値に占める比重は増え続け、帳簿に載らない部分——分母の空白——はむしろ広がっている。
百年で定着したのは分解という作法のほうで、「分解すれば稼ぐ力の中身が測れる」という言い方の証拠は、増えなかった。 残ったのは、比率の材料がどちらも作られた数字で、しかも片方は帳簿の外にこぼれている、という条件のほうである。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、割り算が一つの数字を返すことである。上と下がそれぞれ別の会計方針で動いていても、割った答えは一つの比率になり、いかにも「効率」という単一の性質を測ったように見える。一つの数字は、二つ以上の動くものを隠す。
標本の偏りを断っておく。ここで挙げた証拠は、米国の上場企業を対象にした査読研究が大半で、対象期間もそれほど長くない。日本の非上場企業の資産効率を、同じやり方で追いかけた査読研究はごく少ない。そして、続いている会社のデータだけが残るという逆向きも排除できない。高いROAを保ったまま生き延びた会社は標本に入り、資産を持ちきれずに消えた会社は最初から入っていない。
助けになるのは、手元で見ているROA(や、それに似た効率の比率)の、分子と分母の定義を一度だけ書き写すという一手である。分子はどの利益か(本業か、全部か、税引き前か後か)。分母はいつ時点の資産か(期末か、平均か)。二つを書き分けるだけで、「効率」という一語がいくつの決めごとの上に乗っているかが見える。
最初の一歩は10分。いま自分が渡されている効率の数字を一つ選び、その分子と分母が何を指しているのかを、資料の言葉のまま書き写す。わからない箇所は「不明」と書いてよい。 不明の数が、その比率の危うさの目盛りになる。
次の単位は 262「負債管理・レバレッジ設計力」——借りたお金を増やすと会社は強くなるのか、その“最適”はどこまで確かめられているのか。
- ROA(総資産利益率)を利益率と回転率へ分ける『デュポン分解』は、売上で約分できるという恒等式であって、因果の説明ではない。掛けると元のROAに戻る算数を、経営の内訳のように読むところに最初の落とし穴がある。
- 2001年に *Review of Accounting Studies* 6(4):371-385 へ出た Fairfield & Yohn は、ROAの『水準』を回転率と利益率へ分解しても1年先のROA変化の予測に増分情報を与えないが、ROAの『変化』を分解することは予測に有用だ、と報告している。分けるものが水準か変化かで答えが入れ替わる。
- 同誌 6(1):109-154 の Nissim & Penman は、財務諸表の比率を『予測を組み立てる部品』と位置づけ、稼ぎを営業の側と財務の側に分けて読むことを勧めている。ひとまとめのROAは、稼ぐ力の話をしているつもりで資金の借り方まで一緒に測ってしまう。
- ROAの分子(利益)は発生主義と見積りで動き、分母(資産)は何をいくらでいつ時点で載せるかで動く。二つの動くものの割り算が『資産の稼ぐ力』という一つの真実を指す、という読みには無理がある。
- 自分の会社が中で作った無形(研究開発の蓄積・ブランド・社内の仕組み)は、IAS 38 や米国基準の原則で帳簿の資産に載らない。2001年の *Journal of Finance* 56(6):2431-2456 の Chan・Lakonishok・Sougiannis は、株式時価に対し研究開発費の比率が高い企業がその後に大きな超過リターンをあげたと報告した。市場は無形を値付けするが帳簿の分母には入っていない。
- 無形を厚く作り込んだ会社ほど分母が実態より小さくなり、ROAが跳ね上がって見える。会社どうしのROAの差は、効率の差ではなく、無形が帳簿に載っているかどうかの差かもしれない。
- 『良いROAは何%』『業界平均は何%』という早見の数字の多くは実務資料であって査読を経た一次情報ではなく、どの会社を母集団に入れどの外れ値を落としたかで動く。ここではその数値を書かない。
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| ROAを利益率と回転率に分解すれば、資産の『稼ぐ力の内訳』が見えて、どこを直せばよいかが分かる | 分解は売上で約分できる恒等式であって因果ではない。2001年の Fairfield & Yohn は、ROAの水準を回転率と利益率へ分解しても1年先のROA変化の予測に増分情報を与えないと報告している(変化の分解は有用)。分解で見えるのは内訳の絵であって、翌年どうなるかではない。 |
| ROAが高い会社は、資産を効率よく使って稼いでいる会社だ | 分子の利益は会計方針で動き、分母の資産には自分で作った無形(研究開発・ブランド・社内の仕組み)が原則載らない。2001年の Chan・Lakonishok・Sougiannis は、研究開発が費用処理され帳簿に載らないことを出発点に、その比率が高い企業がのちに大きな超過リターンをあげたと示した。ROAの高さは、稼ぐ元手が帳簿の外にあることの表れかもしれない。 |
| 『良いROAは何%以上』という業界の目安があるので、それと比べれば自社の効率が判定できる | 早見や業界平均の多くは実務資料であって査読を経た一次情報ではなく、どの会社を母集団に入れどの外れ値を落としたかで数値が動く。ROA自体が分子も分母も会計で動き無形の載り方で会社ごとにずれるので、一つの『真実の平均』を置くこと自体がこの単位の疑う読み方である。 |
皮肉なのは、ROAという一つの数字が、いちばん整って見えることである。割り算はいつでも一つの答えを返し、小数点まできれいに揃う。だが上の利益は見積りで動き、下の資産は中で作った無形をこぼし、二つに割って掛け合わせれば売上は約分されて消える。三つの動くものを一つの比率が覆い隠して、それが『効率』という手ざわりのある一語に見える。この単位でいちばん効率よく作られていたのは、たぶん、その見た目のほうである。
Q1. 『ROAを利益率と回転率に分解すると稼ぐ力の内訳が測れる』という言い方の、算数としての中身を説明せよ。なぜ因果の説明ではないと言えるか。一問一答
Q2. 2001年の Fairfield & Yohn によれば、ROAの【 ① 】を回転率と利益率へ分解しても1年先のROA変化の予測に増分情報を【 ② 】が、ROAの【 ③ 】を分解することは予測に有用である。穴埋め
Q3. ROAという比率の分子と分母は、それぞれどんな会計上の決めごとで動くか。二つを挙げよ。一問一答
Q4. 無形資産の会計上の扱いが、会社どうしのROAの比較にどんな影響を与えるか。2001年の Chan・Lakonishok・Sougiannis の発見に触れて述べよ。一問一答
Q5. 『良いROAは何%以上』という業界の早見の数字を、本文はどう扱っているか。選択
今日のうちに、自分がいま渡されている・目にしている効率の数字を一つ選ぶ。ROAでも、それに似た『何かを何かで割った』比率でよい(利益率、回転率、一人あたり売上など)。紙かメモアプリに、その比率の名前を書く。次に、分子(割り算の上)が何を指しているのかを、手元の資料の言葉のまま書き写す——どの利益か、本業だけか全部か、税引き前か後か。続いて分母(割り算の下)を同じように書き写す——いつ時点の値か、期末か平均か、何が含まれ何が含まれないか。わからない箇所は『不明』と書く。最後に、書き写したなかに『不明』がいくつあったかを数として書く。速く終わらせようとせず、判断や良し悪しは書かない。定義だけを写す。いま会社に属していない場合や一人で全部を回している場合は、家計や自分の活動で見ている比率(貯蓄率、時間あたりの作業量など)を一つ選び、同じ形で分子と分母の定義を写せばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Fairfield P.M., Yohn T.L. (2001) 'Using Asset Turnover and Profit Margin to Forecast Changes in Profitability', Review of Accounting Studies 6(4):371-385 — doi.org
- Nissim D., Penman S.H. (2001) 'Ratio Analysis and Equity Valuation: From Research to Practice', Review of Accounting Studies 6(1):109-154 — doi.org
- Chan L.K.C., Lakonishok J., Sougiannis T. (2001) 'The Stock Market Valuation of Research and Development Expenditures', The Journal of Finance 56(6):2431-2456 — doi.org
- IFRS財団 (2026年閲覧) 'IAS 38 Intangible Assets'(自己創設無形資産の認識制限) — www.ifrs.org
- Penman S.H. (2010) 'Financial Statement Analysis and Security Valuation', 4th ed., McGraw-Hill(教科書・査読誌ではない) — www.mheducation.com
- Soliman M.T. (2008) 'The Use of DuPont Analysis by Market Participants', The Accounting Review 83(3):823-853 — doi.org