28年トラックを運転した人の顔は、左半分だけ25年ぶん先に進んでいた
皮膚は、内側で起きていることの掲示板である。ただし掲示板は結果であって、原因ではない。掲示板を書き換えても、中で起きていることは変わらない。
掲示板を、どう読むか
前の単位では、小さな研究ほど大きな数字が出て、その数字だけが世を回ることを見た。ここではその上に、いちばん見えやすい掲示板——皮膚と口の中と姿勢の読み方を置く。
はじめに、この単位が扱わないものを決めておく。ここでは、顔立ちの良し悪しも、若く見えることの価値も扱わない。扱うのは、外から見えるものが内側の状態をどこまで映しているか、という一点だけである。
見えるものは、たいてい代理指標である。代理指標は、本来知りたいことの代わりに測っている数字のことだ。前の単位までにCRPと免疫の指標を見てきたが、皮膚も同じ性質を持っている。読めるが、動かしても中身は変わらない。
掲示板は、当てにはなる
まず、掲示板が当てになることは押さえておく。
2009年に BMJ へ出たデンマークの研究は、70歳以上の双子1,826人の顔写真を、看護師や一般の評価者に見せて「何歳に見えるか」を答えさせた。写真は2001年春に撮られ、2008年1月末まで生存が追跡されている。7年のあいだに675人、37%が亡くなった。
結果として、見た目の年齢は生存を予測した。実年齢と性別を調整したうえで、見た目の年齢が1歳上がるごとのハザード比は1.08(95%信頼区間1.05から1.10)である。双子の組の中で見た目の年齢の差が大きいほど、老けて見えるほうが先に亡くなる傾向があった。
掲示板は、確かに何かを映している。ただし、映しているという事実は、掲示板を書き換えれば中身が変わることを意味しない。この距離が、この単位の中心である。
値切り:3つの結び目を、1つずつ確かめる
この棚の元になった資料には、こう書かれている——「コラーゲン産生はビタミンC・睡眠・糖質制限と直結」。1つの文に3つの結び目が入っている。順に確かめた。
1つめ、ビタミンC。 ここは確立している。2017年に Nutrients へ出た総説によれば、ビタミンCはコラーゲン分子の立体構造を安定させるプロリンとリジンの水酸化酵素の補因子である。欠乏症である壊血病では、皮膚がもろくなり、歯ぐきから出血し、傷が治りにくくなる。生化学としては、教科書に載る話だ。ただし同じ総説は、こうも書いている——不足していない人でビタミンCの量や摂取と加齢による変化の関係を測った研究は無い。仕組みが確立していることと、足せば増えることは別である。
2つめ、睡眠。 2015年に英国の皮膚科学の専門誌へ出た研究がある。白人女性60人を、睡眠の質の指標が悪く睡眠時間5時間以下の群と、指標が良く7時間から9時間の群に分けて比べた。良い睡眠の群は、内因性の皮膚老化のスコアが有意に低く(P<0.001)、皮膚の表面を軽く剥がしたあと72時間後のバリア回復が30%良かった。ただし、これは60人の横断的な比較である。そして測っているのはスコアと回復であって、コラーゲンの産生量ではない。
3つめ、糖質制限。 探した。皮膚科学と栄養学の査読誌、および臨床試験の文献を、糖質制限・低炭水化物食とコラーゲン合成・皮膚の張りを組み合わせて当たった。糖質の摂取を減らすとコラーゲンの産生が増える、とヒトで確かめた研究にはたどり着けなかった。
代わりに出てくるのは、逆向きの話である。2010年に Clinics in Dermatology へ出た論説は、糖がコラーゲン線維を2本まとめて共有結合で架橋し、どちらも修復しにくくすると書いている。グルコースとフルクトースが、真皮を支えるコラーゲンとエラスチンのアミノ酸を結びつけて、終末糖化産物を作る。つまり査読誌にあるのは、既にあるコラーゲンが硬くなるという話であって、糖を減らせば新しく作られるという話ではない。
3つ並べると、この一文の作りが見える。確立した生化学と、小さな横断研究と、一次情報にたどり着けない主張が、「直結」という一語で同じ高さに並べられている。読む側からは、どれがどれだか分からない。
左右で違う顔
では、掲示板に確かに書き込まれるものは何か。いちばんはっきりした答えが、1件の症例にある。
2012年、New England Journal of Medicine に69歳の男性の写真が載った。左側の顔だけに、25年かけて進んだ、痛みを伴わない肥厚と皺がある。この人は配送トラックを28年運転していた。診断は光による皮膚の老化で、紫外線A波は窓ガラスを透過し、表皮と真皮の上層まで届く。
この1件が強いのは、比較の相手が同じ人の反対側だからだ。遺伝も、食事も、睡眠も、年齢も、左右で同じである。違ったのは、当たった量だけだった。
集団でも同じ形が出ている。2010年に Journal of Investigative Dermatology へ出たドイツの研究は、70歳から80歳の白人女性400人を対象に、大気中の粒子の曝露と皮膚の老化の徴候を調べた。すすの曝露が四分位範囲ぶん増えるごとに、額のしみが22%、頬のしみが20%多かった。交通由来の粒子では額16%、頬17%である。交通量の多い道路から100m以内に住む人では額のしみが35%多かったが、標本が小さく統計的に有意ではなかった。鼻唇溝もわずかに深かった。
観察研究なので、因果は言えない。だがこの2つを並べると、掲示板に書き込むペンの正体が見えてくる。書いているのは、外からの曝露の積算のほうである。
時間・変化:25年かけて、片側だけ進む
掲示板の時間は遅い。
1日で変わるのは、むくみと血色くらいだ。1週間では、ほとんど何も変わらない。
変わるのは年の単位である。症例の男性の左側が右側から離れていったのは、25年かけてのことだった。ドイツの研究が測ったのも、70歳から80歳になるまでに積み上がった曝露である。
この遅さが、商売にとっては都合がよい。効果が出るまでに何年もかかると言えば、出ないことは反証にならない。逆に、今日変わったと感じたものは、たいてい掲示板の表面の水分か血色である。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、代理指標をアウトカムと取り違えることだ。見た目の年齢が生存を予測したからといって、見た目を変えれば生存が変わるわけではない。予測することと、動かせることは別である。
第二の妨げは、この話を人の値打ちの話に変えてしまうことである。ここで扱っているのは曝露の記録であって、顔立ちの評価ではない。他人の顔をこの読み方で見ないほうがよい。
標本の偏りも断っておく。ここまでの証拠は、デンマークの70歳以上の双子、ドイツの70歳から80歳の白人女性400人、白人女性60人、そして1件の症例で採られている。日本人を対象にした追試はほとんど見当たらず、年齢層もひどく偏っている。そして観察研究で見えた関連は、健康な人ほどその習慣を持てる、という逆向きを排除できない。
助けるのは、掲示板を左右で見ることだ。同じ体の中で条件がそろっている場所を比べると、外からの差だけが残る。
皮膚の色や形が変わった、治らない傷がある、口の中に痛みや出血が続く——そうした変化があるなら、読み物より受診が先である。 ここに書いたのは記録の読み方であって、症状の扱い方ではない。
最初の一歩は3分。鏡で自分の顔か手を見て、左右で違うと気づいた点を1件だけ書く。それがいつからかを思い出せるかどうかに丸と罰を付ける。
次の単位は 025「心理的ストレス」——ここでは、外からの曝露が体の表面に積み上がることを見た。その上に、内側から積み上がるもの、下ろす時間が足りないことの話を積む。
- Gordon & Brieva 2012(New England Journal of Medicine 366(16):e25)の症例は、69歳の男性が左側の顔だけに25年かけて進んだ、痛みを伴わない肥厚と皺を示したもの。配送トラックを28年運転していた。紫外線A波は窓ガラスを透過して表皮と真皮の上層まで届く。比較の相手が同じ人の反対側なので、遺伝も食事も睡眠も年齢もそろっている
- Vierkötter ら 2010(Journal of Investigative Dermatology 130(12):2719-2726)は、ドイツの70歳から80歳の白人女性400人で、すすの曝露が四分位範囲ぶん増えるごとに額のしみが22%、頬のしみが20%多いことを報告した。交通由来の粒子では額16%・頬17%。交通量の多い道路から100m以内では額のしみが35%多かったが、標本が小さく統計的に有意ではない
- Christensen ら 2009(BMJ 339:b5262)は、デンマークの70歳以上の双子1,826人の顔写真から評価した見た目の年齢が生存を予測することを示した。2001年春に撮影し2008年1月末まで追跡、675人(37%)が死亡。実年齢と性別を調整した見た目の年齢1歳あたりのハザード比は1.08(1.05から1.10)
- この棚の元になった資料の「コラーゲン産生はビタミンC・睡眠・糖質制限と直結」という一文には、性質の違う3つの主張が同じ高さで並んでいる。確立した生化学、60人の横断研究、そして一次情報にたどり着けない主張である
- Pullar, Carr & Vissers 2017(Nutrients 9(8):866)によれば、ビタミンCはコラーゲン分子の立体構造を安定させるプロリンとリジンの水酸化酵素の補因子であり、欠乏症の壊血病では皮膚がもろくなり歯ぐきから出血し傷が治りにくくなる。ただし同総説は、不足していない人でビタミンCの量や摂取と加齢による変化の関係を測った研究は無いとも書いている
- Oyetakin-White ら 2015(Clinical and Experimental Dermatology 40(1):17-22)は、白人女性60人を睡眠の質と時間で2群に分け、良い睡眠の群で内因性の皮膚老化のスコアが有意に低く(P<0.001)、72時間後のバリア回復が30%良かったと報告した。60人の横断的な比較であり、測っているのはスコアと回復であってコラーゲンの産生量ではない
- 糖質制限がコラーゲンの産生を増やすとヒトで確かめた研究にはたどり着けなかった。査読誌にあるのは逆向きの話で、Danby 2010(Clinics in Dermatology 28(4):409-411)は、糖がコラーゲン線維を2本まとめて共有結合で架橋し、どちらも修復しにくくすること、グルコースとフルクトースが真皮のコラーゲンとエラスチンのアミノ酸を結びつけて終末糖化産物を作ることを記している
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| コラーゲンの産生は、ビタミンCと睡眠と糖質制限に直結している | 3つの結び目は、性質がまるで違う。ビタミンCがプロリンとリジンの水酸化酵素の補因子であることは確立した生化学だが、不足していない人での摂取と加齢変化を測った研究は無い(Pullar ら 2017, Nutrients 9(8))。睡眠については白人女性60人の横断的な比較があるだけで、測っているのは皮膚老化のスコアとバリアの回復であって産生量ではない。糖質制限については、産生が増えるとヒトで確かめた研究にたどり着けなかった。査読誌にあるのは、糖が既存のコラーゲンを架橋するという逆向きの話である |
| 見た目の年齢が寿命を予測するのだから、見た目を若く保てば長生きできる | デンマークの70歳以上の双子1,826人を7年追った研究で、見た目の年齢1歳あたりのハザード比は1.08(1.05から1.10)だった(Christensen ら 2009, BMJ 339:b5262)。しかしこれは予測であって、操作の効果ではない。皮膚は内側の状態を映す掲示板であり、掲示板を書き換えても中で起きていることは変わらない。代理指標はアウトカムではない |
| 皮膚の老け方は、ほとんどが遺伝と体質で決まっている | 69歳の男性の症例では、同じ顔の左右で25年かけて差が開いた。配送トラックを28年運転しており、紫外線A波は窓ガラスを透過する(Gordon & Brieva 2012, New England Journal of Medicine 366(16))。遺伝も食事も睡眠も左右で同じである。集団でも、ドイツの女性400人ですすの曝露が四分位範囲ぶん増えるごとに額のしみが22%多かった(Vierkötter ら 2010)。ただしこちらは観察研究であり、因果は言えない |
皮膚がこれほど熱心に売られるのは、たぶん、唯一その日のうちに変化を見せてくれる臓器だからだ。もっとも、その日のうちに変わるものは水分と血色で、25年かけて変わるものは曝露の合計である。売られているのは前者で、書き込まれているのは後者だ。掲示板を磨く仕事には、終わりが無い。
Q1. 2012年に New England Journal of Medicine に載った症例では、____ 歳の男性が左側の顔だけに ____ 年かけて進んだ肥厚と皺を示した。この人は配送トラックを ____ 年運転しており、紫外線A波は ____ を透過して表皮と真皮の上層まで届く。穴埋め
Q2. Vierkötter ら 2010 は、ドイツの70歳から80歳の白人女性 ____ 人を対象に、すすの曝露が四分位範囲ぶん増えるごとに額のしみが ____ %、頬のしみが ____ %多いことを報告した。交通量の多い道路から100m以内に住む人では額のしみが35%多かったが、標本が小さく ____ ではなかった。穴埋め
Q3. 「コラーゲン産生はビタミンC・睡眠・糖質制限と直結」という一文を3つに分けて確かめた結果として、本文の内容に合うものはどれか。選択
Q4. Christensen ら 2009 の結果の読み方として、本文の内容に合うものはどれか。選択
Q5. この単位が扱った時間の尺度を、変化にかかる時間が短い順に並べよ。(曝露の積算による左右差/むくみと血色/70歳から80歳までに積み上がった大気中の粒子の影響)並べ替え
鏡の前に立つか、手を目の前に出す。顔でも手でもよい。左右を見比べて、違うと気づいた点を1件だけ書く——しみの数、皺の入り方、色、乾き方、どちらの側でよく物を持つか、など。1行でよい。次に、その違いが「いつからか」を思い出せるかどうかに、丸と罰のどちらかを付ける。思い出せる場合は、いつごろかを4文字以内で書き添える(去年、数年前、覚えていない、など)。誰かと比べる必要はなく、他人の顔をこの読み方で見る必要もない。良い悪いの判定はしない。皮膚の色や形が変わった、治らない傷がある、口の中に痛みや出血が続く——そうした変化があるなら、この課題より受診が先である。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Gordon J.R.S., Brieva J.C. (2012) 'Unilateral Dermatoheliosis', New England Journal of Medicine 366(16):e25 — www.nejm.org
- Vierkötter A. et al. (2010) 'Airborne Particle Exposure and Extrinsic Skin Aging', Journal of Investigative Dermatology 130(12):2719-2726 — www.jidonline.org
- Christensen K. et al. (2009) 'Perceived age as a clinically useful biomarker of ageing: cohort study', BMJ 339:b5262 — www.bmj.com
- Pullar J.M., Carr A.C., Vissers M.C.M. (2017) 'The Roles of Vitamin C in Skin Health', Nutrients 9(8):866 — www.mdpi.com
- Oyetakin-White P. et al. (2015) 'Does poor sleep quality affect skin ageing?', Clinical and Experimental Dermatology 40(1):17-22 — academic.oup.com
- Danby F.W. (2010) 'Nutrition and aging skin: sugar and glycation', Clinics in Dermatology 28(4):409-411 — www.unboundmedicine.com