12人で測った免疫の数字は世界を回り、2万人に聞いた週120分には但し書きが付いた
小さい研究ほど、大きい数字が出る。大きい数字が出た研究ほど、よく引用される。だから森の話は、いつも劇的な数字のほうから先に届く。
外に出ることの効果を、どうやって測るか
前の単位では、体に入ってくるものが自分では感じ取れないこと、避けたつもりが逆に増えることもあることを見た。ここではその上に、逆向きの話——外に出ることの効果が、どこまで確かめられているかを置く。
光と緑と外気については、方向はだいたい一致している。悪いほうへ振れた報告は少ない。困るのは方向ではなく、大きさのほうだ。どのくらい効くのかを言おうとしたとたん、証拠は急に薄くなる。
そして薄いところには、必ず大きな数字が置かれている。
値切り:森の3日間で、何人を測ったのか
この棚の元になった資料には「森林浴でNK細胞活性が48時間増加」という一文が、出典なしで置かれている。原典に降りてみる。
2007年に International Journal of Immunopathology and Pharmacology へ出た研究が、この系列の出発点である。参加者は、東京の3つの大企業から募られた37歳から55歳の健康な男性12人。3日2泊で森へ行き、ゆっくり歩く。血液は旅行の前後で採られ、比較の相手は「旅行前の、ふつうの勤務日の自分」である。結果は、12人中11人でNK活性が上がり、上昇はおよそ50%とされた。
同じ研究者が2010年に Environmental Health and Preventive Medicine へ出した総説は、この系列を3件並べている。12人の男性、12人の男性、そして25歳から43歳の看護師13人。いずれも3日2泊。総説によれば、上がったNK活性は旅行後30日以上続いた。都市への旅行では同じ上昇は見られなかった、とも書かれている。
ここで最初の食い違いが出る。48時間という数字は、原典に無い。著者自身が主張しているのは30日以上のほうである。引用の連鎖のどこかで、期間が別のものに置き換わった。
そして、もっと大事な食い違いがある。人数だ。12人、12人、13人。無作為化はされておらず、比較の相手は同じ人の別の日か、別の旅行である。参加者は自分の意思で参加しており、森に行くことを知らされている。目隠しのしようがない研究である。
2019年に同じ雑誌へ出た系統的レビューは、この分野全体を数えている。2015年から2019年のあいだの210本から28本を選んだところ、参加者が20人未満の研究が29%、日本からの報告が46%、無作為化比較試験の形を取っていたのは61%だった。著者たちは、方法の質を上げてバイアスの危険を下げる必要がある、と書いている。
標本が小さいと、何が起きるか
ここで、思考法の棚から送られてきた道具を1つ受け取る。検出力である。
検出力とは、本当に効果があるときに、それを見つけられる確率のことだ。標本が小さいほど、この確率は下がる。
この指摘は新しくない。1962年、Cohen は Journal of Abnormal and Social Psychology の1960年の1年ぶんを調べ、中くらいの大きさの効果を見つけられる確率が平均で0.48しかないことを示した。半々である。1989年、Sedlmeier と Gigerenzer は同じ雑誌の後継誌の1984年ぶんで同じ計算をやり直した。論文のタイトルは「検出力の研究は、研究の検出力に影響を与えたか」であり、答えはノーだった。54本のうち検出力に触れていたのは2本だけである。
2013年、Button らは Nature Reviews Neuroscience で、神経科学の研究の検出力の中央値がおよそ8%から31%のあいだにあると推定した。半世紀たっても、状況は変わっていない。
問題は、見逃しだけではない。同じ論文が指摘しているのは、検出力が低いと、効果の大きさが過大に見積もられ、結果が再現しにくくなり、統計的に有意な結果が本物の効果を映している見込みも下がる、ということだ。
仕組みはこうである。小さい研究では、推定値が大きく散らばる。散らばった中で、たまたま大きく出たものだけが「効果あり」として論文になり、引用される。だから世に出回る数字は、真ん中ではなく、右の端から採られたものになる。小ささは、控えめな数字を作るのではない。派手な数字を作る。
2万人に聞いた、週120分
では、大きく測るとどうなるか。
2019年に Scientific Reports へ出た研究は、イングランドの自然環境利用調査の2014/15年度と2015/16年度から1万9,806人分を分析した。自然の中で過ごした時間は、直近1週間の訪問回数と、無作為に選ばれた1回の滞在時間から算出されている。
結果はこうだ。週に120分から179分を自然の中で過ごした人は、まったく過ごさなかった人と比べて、良好な健康を報告するオッズ比が1.59(95%信頼区間1.31から1.92)、高い幸福感を報告するオッズ比が1.23(1.08から1.40)だった。関連は週200分から300分あたりで頂点に達し、それ以上では上乗せが無かった。
数字の性格が、森の研究とはまるで違う。人数は千倍を超え、効果の大きさは控えめで、頭打ちがある。
ただし、この調査は横断的である。著者たち自身が書いている——このデータは観察的かつ横断的であり、より健康で幸福な人ほど自然の中で多くの時間を過ごしている、という可能性を排除できない。
矢印は2本引ける。自然が健康を作るのか、健康な人が自然に出られるのか。1万9,806人でも、この2本を区別することはできない。人数は、向きの問題を解かない。
時間・変化:研究が大きくなるほど、数字は小さくなる
同じ話題について、時間を追って数字を並べると、たいてい同じ形が出る。
最初に出るのは、小さくて劇的な数字である。参加者は十数人、効果は数十%。これが最も引用される。
次に出るのは、中くらいの研究である。効果は縮み、条件が付く。
最後に出るのが、大きな調査だ。効果はさらに縮み、頭打ちが見え、著者自身が但し書きを付ける。週120分の研究に付いていたのは、まさにその但し書きだった。
困ったことに、世の中を回り続けるのは最初の数字である。縮んだあとの数字は、話として弱いからだ。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、劇的な数字を目標に変えることだ。12人で測った50%を、自分の予定表に書き写す意味は無い。
第二の妨げは、外に出ることを課題にしてしまうことである。この単位の証拠は、どれも「そうしている人はこうだった」という形をしており、「そうすべきだ」とは言っていない。
標本の偏りも断っておく。森林浴の側は、日本の中年男性と看護師の十数人規模で採られており、目隠しができていない。週120分の側は、イングランドの成人を対象にした横断調査である。日本人を対象にした大規模な追試はほとんど見当たらない。そして観察研究で見えた関連は、健康な人ほどその習慣を持てる、という逆向きを排除できない。妊娠中の人、子ども、持病のある人、薬を飲んでいる人には、ここまでの数字はそのままは当てはまらない。
助けるのは、効果の大きさではなく、頭打ちの位置を覚えておくことだ。週200分から300分で上乗せが消えるという形は、多く出れば出るほど得になるわけではない、というこの棚の言い方と同じ形をしている。
最初の一歩は3分。今日、外の光を浴びた時間帯を思い出せるだけ書き出し、合計が何分くらいかを見積もる。正確でなくてよい。見積もれない日があることのほうが、この単位では収穫である。
次の単位は 024「外見的健全」——ここでは、外に出ることの効果を測る難しさを見た。その上に、いちばん見えやすい掲示板——皮膚と口の中と姿勢の読み方を積む。
- Li ら 2007(International Journal of Immunopathology and Pharmacology 20(2 Suppl 2):3-8)の森林浴研究は、東京の3つの大企業から募った37歳から55歳の健康な男性12人が対象。3日2泊の旅行で、比較の相手は旅行前のふつうの勤務日の自分である。12人中11人でNK活性が上がり、上昇はおよそ50%とされた
- Li 2010(Environmental Health and Preventive Medicine 15(1):9-17)は同じ系列の3件を並べている。男性12人、男性12人、25歳から43歳の看護師13人。いずれも3日2泊で、上がったNK活性は旅行後30日以上続いたとされ、都市への旅行では同じ上昇が見られなかったと報告されている
- この棚の元になった資料の「森林浴でNK細胞活性が48時間増加」は原典と合わない。著者自身が主張しているのは30日以上であり、48時間という期間は原典に見当たらない。数字の大きさではなく、期間のほうが引用の連鎖で置き換わった例である
- Wen ら 2019(Environmental Health and Preventive Medicine 24:70)の系統的レビューは、2015年から2019年の210本から28本を選び、参加者20人未満の研究が29%、日本からの報告が46%、無作為化比較試験の形を取っていたのは61%だったと報告した。方法の質を上げてバイアスの危険を下げる必要があると結論している
- Cohen 1992(Psychological Bulletin 112(1):155-159)は、自身が1962年に Journal of Abnormal and Social Psychology の1960年の1年ぶんを調べ、中くらいの効果を見つけられる確率が平均0.48だったこと、および Sedlmeier & Gigerenzer 1989 が同誌の後継誌の1984年ぶんで同じ計算をやり直した結果が「ノー」だったこと(54本のうち検出力に触れたのは2本)を記している
- Button ら 2013(Nature Reviews Neuroscience 14(5):365-376)は、神経科学の研究の検出力の中央値をおよそ8%から31%と推定した。検出力が低いと、見逃しが増えるだけでなく、効果の大きさが過大に見積もられ、再現しにくくなり、有意な結果が本物の効果を映している見込みも下がる
- White ら 2019(Scientific Reports 9:7730)は、イングランドの自然環境利用調査の1万9,806人分を分析した。週120分から179分を自然の中で過ごした人は、まったく過ごさない人と比べ良好な健康のオッズ比1.59(1.31から1.92)、高い幸福感のオッズ比1.23(1.08から1.40)。関連は週200分から300分で頂点に達し、それ以上の上乗せは無かった。著者自身が、横断調査であり逆向きを排除できないと明記している
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 森林浴でNK細胞の活性が上がることは、しっかりした研究で確かめられている | 最もよく引かれる一連の研究の参加者は、12人、12人、13人である(Li 2010, Environmental Health and Preventive Medicine 15(1))。無作為化されておらず、比較の相手は同じ人の別の日か別の旅行で、森へ行くことを本人が知っているため目隠しができない。分野全体を数えた2019年の系統的レビューでも、28本のうち29%が参加者20人未満だった。方向を否定する話ではなく、大きさを断定できないという話である |
| 小さい研究は控えめな数字しか出せないので、大げさな主張にはつながらない | 逆である。標本が小さいと推定値が大きく散らばり、たまたま大きく出たものだけが論文になって引用される。Button ら 2013(Nature Reviews Neuroscience 14(5))は、検出力が低いと効果の大きさが過大に見積もられ、再現しにくくなり、有意な結果が本物の効果を映している見込みも下がると整理した。指摘は新しくなく、1962年から半世紀続いている |
| 1万9,806人という大きな調査で確かめられたのだから、週120分は因果関係と言える | White ら 2019(Scientific Reports 9:7730)自身が、このデータは観察的かつ横断的であり、より健康で幸福な人ほど自然の中で多くの時間を過ごしているという可能性を排除できないと書いている。人数が増えると推定は安定するが、矢印の向きの問題は解けない。人数は精度を上げ、設計だけが因果を扱う |
森の話がここまで丈夫なのは、誰も損をしないからだ。木は反論しないし、行った人は気持ちがよかったと言うに決まっている。おかげで、12人で測った50%は今日も世界のどこかで引用され、1万9,806人ぶんの控えめな1.59は、著者本人が付けた但し書きごと読み飛ばされている。数字は、大きいほうが旅慣れている。
Q1. 森林浴とNK活性の研究として最もよく引かれる一連の試験の参加者は、男性 ____ 人、男性 ____ 人、看護師 ____ 人である。いずれも3日2泊で、著者の総説によれば上がったNK活性は旅行後 ____ 以上続いたとされる。穴埋め
Q2. White ら 2019 の1万9,806人の調査結果として、本文の内容に合うものはどれか。選択
Q3. 検出力が低いことの帰結として、Button ら 2013 が挙げたものはどれか。選択
Q4. 検出力の低さについての指摘を、報告された年の古い順に並べよ。(神経科学の検出力の中央値はおよそ8%から31%/ある心理学誌の1960年の1年ぶんで、中くらいの効果に対する平均の検出力が0.48/同誌の後継誌の1984年ぶんで同じ計算をやり直し、答えはノーだった)並べ替え
Q5. 小さい研究から劇的な数字が世に出回るまでの順序を並べよ。(たまたま大きく出たものが論文になる/標本が小さい/引用され、繰り返されるうちに強くなる/効果の推定値が大きく散らばる)並べ替え
紙かメモアプリを開く。今日1日で、屋外の光を浴びた時間帯を思い出せるだけ書き出す。通勤の道、買い物、洗濯物、窓を開けた数分、送り迎え——短いものでよい。1件ずつ「何時ごろ/何分くらい」の形で書く。歩いた・動いたかどうかは関係がないので、座って外にいた時間も、車の窓越しの時間も、思い出せたら書く。次に、書き出した分の合計が何分くらいになるかを見積もり、1つの数字として記録する。正確でなくてよい。思い出せない時間帯があれば、それも「思い出せない」と1行書く。歩数計やアプリの数字は使わない。外に出ることを増やす必要は無く、今日の記録だけを取る。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Li Q. et al. (2007) 'Forest Bathing Enhances Human Natural Killer Activity and Expression of Anti-Cancer Proteins', International Journal of Immunopathology and Pharmacology 20(2 Suppl 2):3-8 — journals.sagepub.com
- Li Q. (2010) 'Effect of forest bathing trips on human immune function', Environmental Health and Preventive Medicine 15(1):9-17 — link.springer.com
- Wen Y., Yan Q., Pan Y., Gu X., Liu Y. (2019) 'Medical empirical research on forest bathing (Shinrin-yoku): a systematic review', Environmental Health and Preventive Medicine 24:70 — link.springer.com
- Cohen J. (1992) 'A Power Primer', Psychological Bulletin 112(1):155-159 — web.mit.edu
- Button K.S., Ioannidis J.P.A., Mokrysz C. et al. (2013) 'Power failure: why small sample size undermines the reliability of neuroscience', Nature Reviews Neuroscience 14(5):365-376 — www.nature.com
- White M.P. et al. (2019) 'Spending at least 120 minutes a week in nature is associated with good health and wellbeing', Scientific Reports 9:7730 — www.nature.com