「意味があいまいである」と書いたのは、その言葉を広めた側だった
従業員エンゲージメントという言葉を学術の側で広めた2008年の論文は、その冒頭で「この概念の意味は明確でない」と書いている。皮肉なことに、同じ号にはその論文への反論が13本並び、最後に著者の応答が載っている。提案も、反論も、応答も、1冊の中の連続した83ページに収まっていた。
前の単位では、同じ人の仕事が変わっていくときに何がどう測られているかを見た。その「変わっていく側」には、いま最も流通している名前が付いている——エンゲージメントである。
この単位が扱うのは一点——その言葉が何を指しているのかを、言葉を広めた側自身がどう書いたかである。あわせて、世界の比率としてよく引かれる数字の、分母のほうを見る。調査の道具や提供元の良し悪しは扱わない。どの調査を使うべきかも書かない。
ひとつの号の中で、提案と反論と応答が並んでいる
2008年3月に創刊された学術誌 *Industrial and Organizational Psychology* の第1巻第1号は、ふつうの号ではない。焦点論文を1本置き、それに対する短いコメンタリーを並べ、最後に著者の応答を載せるという構成になっている。
pp.3-30 に焦点論文「The Meaning of Employee Engagement」が置かれ、pp.31-75 にコメンタリーが13本、そして pp.76-83 に同じ著者2名の応答が続く。提案・反論・応答が、同じ巻・同じ号の中に、ページ順に並んでいる。 引用するときは3つの別々の文献になるが、読者が最初に手に取ったときには、1冊の中で連続した83ページだった。
細かいことをふたつ。ひとつ、13本のコメンタリーに名を連ねているのは延べ26名で、単著は5本しかない。(表題の並びだけを見ると「13人が応答した」と読めてしまう。)ふたつ、同じ号は pp.84-146 でまったく別の主題の往復をもう1組載せている。 ここで扱うのは前半の1組だけである。
広めた側自身が、意味は不明確だと書いている
焦点論文の抄録は、こう始まる。
> “The meaning of employee engagement is ambiguous among both academic researchers and among practitioners who use it in conversations with clients.”(従業員エンゲージメントの意味は、研究者のあいだでも、それをクライアントとの会話で使う実務家のあいだでも、あいまいである)
本文にはさらに強い文が並ぶ。
> “Although compelling on the surface, the meaning of the employee engagement concept is unclear.”(表面上は説得力があるが、従業員エンゲージメントという概念の意味は明確でない)(p.3)
> “At a minimum, the question remains as to whether engagement is a unique concept or merely a repackaging of other constructs”(少なくとも、エンゲージメントが独自の概念なのか、それとも他の構成概念の詰め替えにすぎないのか、という問いは残る)(p.3)
> “the conceptual similarity of items used in engagement and satisfaction surveys indicates confusion between the concepts.”(エンゲージメント調査と満足度調査で使われる項目が概念的に似ていることは、概念間の混同を示している)(p.7)
これは批判者の言葉ではない。 この語を学術の側で広めた当の論文の、著者自身の言葉である。しかも「意味が不明確だ」と書いたうえで、著者らは3つの側面(状態・行動・特性)に分けて定義を立て直そうと提案している。問題の指摘と、提案とが、同じ論文の中にある。
抄録が存在しない論文もある
コメンタリーの1本目(pp.31-35)は、表題そのものが問いの形をしている——状態としての、また行動としてのワーク・エンゲージメントは、新しくて有用な構成概念という「ワイン」なのか。 ただしこの論文には抄録が存在しない。 出版社の頁が「この内容には抄録が無いのでプレビューを表示する」と明示している。本文にも8系統をたどって到達できなかった。だからここで引用符付きで書けるのは、表題までである。
同じ号の応答(pp.76-83)についても同じことが起きた。 出版社の頁に表示されるのは要約であって逐語ではないため、引用符を付けて出せる文が確保できていない。 往復があったことは書けるが、応答の中身を逐語で引くことは、この単位ではできない。
何と比べるかで、答えが変わる
「詰め替えにすぎないのか」という問いには、その後に二つの答えが出ている。そして二つは逆を向いている。
2011年の *Personnel Psychology* 64(1):89-136 は、職務態度(満足・関与・組織への継続的関与)と比べた。
> “we found that engagement exhibits discriminant validity from, and criterion related validity over, job attitudes”(エンゲージメントは職務態度からの弁別的妥当性と、それを超える基準関連妥当性を示すことがわかった)
> “our results suggest that work engagement is a useful construct that deserves further attention.”(我々の結果は、ワーク・エンゲージメントがさらに注目に値する有用な構成概念であることを示唆する)
2012年の *Journal of Management* 38(5):1550-1581 は、バーンアウトと比べた。50標本・37研究のメタ分析である。
> “controlling for burnout in meta-regression equations substantively reduced the effect sizes associated with engagement”(メタ回帰式でバーンアウトを統制すると、エンゲージメントに関連する効果量が実質的に減少した)
> “These findings suggest that doubts about the functional distinctiveness of the dimensions underlying burnout and engagement cannot be dismissed as pure speculation.”(これらの知見は、バーンアウトとエンゲージメントの基底次元の機能的な弁別性についての疑いが、単なる憶測として退けられないことを示唆する)
片方は「区別できる」、もう片方は「区別が疑わしい」。どちらも査読を経たメタ分析である。 食い違っているのは結論ではなく、比較の相手である。職務態度と比べれば増分がある。バーンアウトと比べると、その増分が減る。「エンゲージメントは既存の概念の言い換えにすぎない」と一行で言い切ることは、この2本を並べたときにはできない。 逆に「独自の概念であることは確かめられている」とも言えない。書けるのは、何と比べるかを決めないと、増分があるかどうかは決まらない、までである。
世界の比率は、%より分母のほうが強い
「世界で熱意をもって働いている人は◯%しかいない」は、この領域でいちばん見かける数字である。よく引かれる23%は2022年のピークの値で、直近の版ではそれより低い値に変わっている。ただし、値が動いたことより、分母の定義のほうがずっと効く。
発行元自身の記述から、確かめられるのは次のことである。(1) 直近の年の回答者は263,810人だが、この比率の分母は、そのうち「雇用されている」と分類された141,444人である。 全人口でも、全労働力人口でもない。(2) 標本は140を超える国と地域それぞれの代表標本を合成したものであり、単一の調査の単一の母集団ではない。(3)「熱意がある」に相当する分類は、その発行元が独自に作った12項目の質問群にもとづく3分類である。他社の調査や、学術の尺度と、そのまま比べられる定義ではない。
つまりこの%は、「世界の労働者のうち◯%」ではなく、「140超の国と地域で、雇用されていると答えた回答者のうち、ある特定の12項目の答え方で分類された割合」である。 数字が間違っているのではない。指しているものが、引かれるときの言い方より、ずっと狭い。
時間・変化:2008年の1冊のあとに何が起きたか
順に置く。2008年3月、焦点論文が「意味があいまいである」と書き、同じ号で13本の反論と1本の応答が並ぶ。2011年、職務態度と比べたメタ分析が「弁別できる」と結論する。2012年、バーンアウトと比べたメタ分析が「弁別性への疑いは退けられない」と結論する。その間ずっと、調査の側では「エンゲージメント」という名前の指標が、年次で測られ、国際比較として公表され続けている。
18年で決着したのは、定義ではない。 決着したのは、その名前で毎年測られる仕組みのほうである。定義が定まらないまま、時系列だけが積み上がっていく。 そして時系列が長くなるほど、定義を問い直す費用は上がっていく。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、この言葉が、測る前から良いものとして扱われていることである。「高いほうがよい」と決まっている指標は、何を測っているかを確かめる動機が働かない。 研究の側でさえ、比較の相手を変えると答えが変わる段階にある。
標本の偏りも断っておく。ここで引いた学術の証拠は、英語圏の研究を集めたメタ分析2本(50標本・37研究/もう1本は職務態度との比較)と、2008年の1冊の号である。日本の職場を対象に、この構成概念の弁別性を検証した査読研究には行き着けなかった。 そして調査に答えるのは、その時点で在籍している人である。辞めた人は、次の年の調査票を受け取らない。
助けになるのは、手元で「エンゲージメント」と呼ばれているものが、実際にどの質問文で測られているかを数えてみるという一手である。効き目は点数ではなく、その項目を、満足・愛着・意欲といった既存の言葉に言い換えられるかどうかが見えることにある。
最初の一歩は10分。質問項目を数え、言い換えられる項目の数を出す。 手元に調査が無くてよい。公開されている調査の質問項目でも、自分が過去に答えたことのある調査の記憶でも足りる。
ここまでで、名前と、その名前が指すものの広さを見た。次の単位では、その名前で呼ばれる人たちが、次に入ってくる人を連れてくるという仕組みを扱う。そこでは、3つの数字が1つの出所を持っているように見えて、実は持っていない。
- 2008年3月の *Industrial and Organizational Psychology* 第1巻第1号は、pp.3-30 の焦点論文、pp.31-75 のコメンタリー13本、pp.76-83 の著者の応答を、同じ号のページ順に並べている。引用すると3つの文献になるが、もとは連続した83ページである。
- 13本のコメンタリーに名を連ねているのは延べ26名で、単著は5本しかない。表題の並びだけを見ると「13人が応答した」と読めてしまう。また同じ号は pp.84-146 に別の主題の往復をもう1組載せている。
- 「意味があいまいである」「概念の意味は明確でない」「他の構成概念の詰め替えにすぎないのかという問いは残る」は、批判者ではなく焦点論文の著者自身の言葉である(抄録および p.3、p.7)。
- コメンタリーの1本目(pp.31-35)には抄録が存在しない。出版社の頁がそう明示しており、本文にも8系統をたどって到達できなかった。引用符付きで書けるのは表題までである。著者の応答(pp.76-83)についても、逐語として使える文は確保できていない。
- 「独自の概念か」への答えは、比較の相手で変わる。職務態度と比べた2011年のメタ分析は「弁別的妥当性と基準関連妥当性を示す」と結論し、バーンアウトと比べた2012年のメタ分析(50標本・37研究)は「弁別性への疑いは憶測として退けられない」と結論する。
- したがって「既存の概念の言い換えにすぎない」とも「独自の概念であることは確かめられている」とも書けない。書けるのは、何と比べるかを決めないと増分があるかどうかは決まらない、までである。
- 世界の比率としてよく引かれる%は、分母が「雇用されていると分類された回答者」である(直近の年で263,810人中141,444人)。140超の国と地域の代表標本を合成したものであり、分類はその発行元が独自に作った12項目の質問群にもとづく3分類である。
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| エンゲージメントという概念に疑問を投げかけたのは、外部の批判者である | 「表面上は説得力があるが、従業員エンゲージメントという概念の意味は明確でない」「他の構成概念の詰め替えにすぎないのかという問いは残る」と書いたのは、2008年の焦点論文の著者自身である。同じ論文が、そのうえで定義を立て直す提案をしている。 |
| エンゲージメントは満足や関与の言い換えにすぎないことが、研究で示されている | 職務態度と比べた2011年のメタ分析は「弁別的妥当性を示す」と結論し、バーンアウトと比べた2012年のメタ分析は「弁別性への疑いは退けられない」と結論する。逆向きの結論が2本とも査読を経ている。比較の相手を決めないと、答えは決まらない。 |
| 世界で熱意をもって働いている人はごく一部だ、という数字は世界の労働者全体の比率である | 分母は「雇用されていると分類された回答者」である(直近の年で263,810人中141,444人)。140超の国と地域の代表標本を合成したもので、分類は発行元が独自に作った12項目の質問群にもとづく。指しているものは、引かれるときの言い方より狭い。 |
定義が定まらないうちに測り始めると、時系列のほうが先に育つ。育った時系列は、それ自体が定義の代わりになる——去年と比べられる、という一点だけで。2008年の号を最後まで読むと、意味があいまいだと言った側も、それでも測るべきだと言った側も、同じ1冊に収まっている。18年経って残ったのは、どちらの主張でもなく、毎年その名前で集計される欄のほうだった。欄は、埋まっているかぎり問われない。
Q1. 2008年3月の第1巻第1号では、pp.3-30 に【 ① 】が置かれ、pp.31-75 に【 ② 】が13本並び、pp.76-83 に同じ著者2名の【 ③ 】が続く。穴埋め
Q2. 焦点論文の本文には「少なくとも、エンゲージメントが独自の概念なのか、それとも他の構成概念の【 ① 】にすぎないのか、という問いは残る」とある。これを書いたのは【 ② 】ではなく、その論文の【 ③ 】である。穴埋め
Q3. 世界の比率としてよく引かれる数字の分母は、直近の年の回答者【 ① 】人のうち、【 ② 】と分類された【 ③ 】人である。穴埋め
Q4. 「エンゲージメントは他の構成概念と区別できるのか」への答えについて、本文の説明として正しいものはどれか。選択
Q5. コメンタリーの1本目(pp.31-35)について、この単位が書けることはどれか。選択
自分の組織で使われている(あるいは公開されている)従業員向け調査を1つ選び、そのうち「エンゲージメント」という名前で集計されている質問項目だけを書き写す。写すのは質問文だけで、点数や回答は写さない。次に、1項目ずつ、(あ)満足(い)愛着・続けたい気持ち(う)意欲・力の入れ方(え)どれにも言い換えられない、のどれか1つを記す。最後に、項目の総数と、(え)の数の2つを書く。★個人の回答を見に行かない。誰かの点数を書かない。部署や個人が特定できる形にしない。集計結果ではなく質問文だけを対象にする。手元に調査が無い場合、公開されている調査の質問項目でよい。過去に自分が答えたことのある調査を思い出して、覚えている範囲の項目を書き出す形でも足りる。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Macey W.H., Schneider B. (2008) 'The Meaning of Employee Engagement', Industrial and Organizational Psychology 1(1):3-30 — doi.org
- Newman D.A., Harrison D.A. (2008) 'Been There, Bottled That: Are State and Behavioral Work Engagement New and Useful Construct ‘Wines’?', Industrial and Organizational Psychology 1(1):31-35 — doi.org
- Macey W.H., Schneider B. (2008) 'Engaged in Engagement: We Are Delighted We Did It', Industrial and Organizational Psychology 1(1):76-83 — doi.org
- Saks A.M. (2008) 'The Meaning and Bleeding of Employee Engagement: How Muddy Is the Water?', Industrial and Organizational Psychology 1(1):40-43 — doi.org
- Cole M.S., Walter F., Bedeian A.G., O'Boyle E.H. (2012) 'Job Burnout and Employee Engagement: A Meta-Analytic Examination of Construct Proliferation', Journal of Management 38(5):1550-1581 — doi.org
- Christian M.S., Garza A.S., Slaughter J.E. (2011) 'Work Engagement: A Quantitative Review and Test of Its Relations With Task and Contextual Performance', Personnel Psychology 64(1):89-136 — doi.org
- Gallup (2025) 'State of the Global Workplace' 2025年版の調査方法と母集団の記述(発行元の公開資料、2026年8月閲覧) — www.gallup.com