複数の研究が示す、と書いてあった。開けたら、同じ会社の同じ7年に見えた
役割がはっきりしているとストレスが30%低く、成果が25%高い——そう書かれた資料には、たいてい2005年の論文が添えられている。書誌データベース2系統とウェブ検索2系統で探したが、その論文は出てこない。いっぽう数字の取れる側は、2本の論文に見えて、同じ会社の同じ7年の人事データに行き着くとみられる。
前の単位では、入ってもらったあとに測られるものが、どこの、いつの調査から来ているのかを見た。ここでは、その人が担う役割そのものの話に移る。役割がはっきりしていると成果が上がる、という言い方は広く流通している。その言い方の後ろに置かれている書誌を、順に開いていく。
この単位が扱うのは一点——何が、どう測られたのかである。 外から採るのと内から充てるのと、どちらがよいかは扱わない。そもそも、それを比べられるだけの証拠が揃っていない。
添えられている書誌が、どこにも無い
「ストレス30%低・パフォーマンス25%高」という一組には、たいてい2005年の論文が出典として添えられている。ある姓と、2005年という年と、役割の明確さを主題にしたらしい題名の3つが、資料から資料へ写されている。
2026年8月に探した。書誌データベースで、その姓・その年・その主題を掛け合わせて照会したが、該当する論文は1件も無かった。 別の書誌データベースは応答の上限に当たって未到達である。ウェブ検索2系統でも、出てくるのは別の著者の別の年の論文か、学位論文である。
ここで型を区別しておきたい。 数字だけが出どころ不明になる型と、書誌そのものが実在しない型は別である。前者は、辿っていった先に何も無い。後者は、辿る先の住所が最初から無い。
この記事では、その姓と題名を書き写さない。実在しない書誌が生き延びているのは、資料から資料へ写されているからである。 写す手を1つ減らすほうを選ぶ。同じものに出会ったときにやることは、書き写すことではなく、その書誌が実在するかを1回だけ確かめることである。
25%にいちばん近い出どころは、脚注のない記事だった
では「25%」はどこから来たのか。いちばん近い出どころは、従業員向けの調査を売っているある会社の記事である。そこにはこう書かれている。
> “Our research shows that overall work performance increases by 25%.”(我々の調査は、全体の仕事の成果が25%上がることを示している)
> “Employees who experience role clarity are 53% more efficient and 27% more effective at work than employees who have role ambiguity.”(役割の明確さを経験している従業員は、役割の曖昧さを抱える従業員より、53%効率的で、27%効果的である)
同じページに、標本規模も、国も、調査年も、調査の方法も書かれていない。参考文献も脚注もゼロである。 そして「30%」のほうは、ウェブ検索3系統でも、書誌データベースでも、この会社自身のページでも、出どころに行き着けなかった。
ここまでが「無い」側である。ここから「ある」側に移る。
1社・5,260人・年次考課の1〜5点
2011年に *Administrative Science Quarterly* 56(3):369-407 へ出た論文は、米国のある投資銀行部門の、2003年から2009年までの人事データを分析している。標本はこうである。
> “The final data set contains information on 5,260 workers in 7,129 job spells.”(最終的なデータセットには、7,129の職務期間における5,260人の労働者の情報が含まれる)
業績の測り方は、こう書かれている。
> “Contribution was based on a 1-5 scale that assesses whether workers hit their performance targets for the year.”(貢献度は、労働者がその年の業績目標に達したかどうかを評価する1〜5の尺度に基づいていた)
業績は、年次の考課の1〜5点である。 売上高でも不良率でもない。所見の一つ。
> “I found that the performance of external hires remains significantly weaker than that of workers entering the job through simple promotions for more than two years for contribution and competence.”(外部採用者の業績は、貢献度と力量について、単純な昇進によってその職務に入った労働者より、2年を超えて有意に弱いままであることを見出した)
入社直後だけの話ではない。2年を超えて続く。 そして著者自身が、限界の節でこう書いている。
> “First, future research should explore how the results from this single site generalize elsewhere.”(第一に、今後の研究は、この単一の事業所からの結果が他所へどう一般化するのかを探究すべきである)
抄録では18%高く、本文では15%低い
同じ論文の抄録は、報酬の差をこう書いている——外部から採られた人は、当初、昇進した人より約18%多く支払われている。ところが本文の同じ事実は、こうである。
> “Initially, workers entering their jobs through simple promotions receive salaries and total compensation that are around 15 per cent lower than external hires.”(当初、単純な昇進によって職務に入った労働者は、外部採用者より約15%低い給与と総報酬を受け取る)
1を1.18で割ると約0.85 である。同じ差を、どちらを基準に置くかで、18%とも15%とも書ける。 数字が食い違っているのではない。基準が違うだけである。 そして引用する側は、たいてい大きいほうを取る。
2本に見えて、1つのデータとみられる
この話題でもう1本、よく併記される論文がある。2014年の *Academy of Management Journal* 57(4):1035-1055 である。到達したのは著者の最終稿で、掲載版とは字句が異なりうる。抄録の一節はこうである。
> “Using seven years of personnel data spanning all jobs from the US offices of a large investment bank, we find that jobs with higher performance variability and a larger grade ratio of junior to senior workers are more likely to be filled by internal mobility.”(大手投資銀行の米国拠点の全職務にわたる7年ぶんの人事データを用いて、業績のばらつきが大きい職務と、上位者に対する下位者の等級比が大きい職務ほど、内部異動によって埋められやすいことを見出した)
標本は5,773人・7,749の職務年観測である。2011年の論文は5,260人・7,129の職務期間だった。同じ著者、同じ業種、同じ国、同じ2003年から2009年、近い規模。
ただし、出版物が「同一の企業である」と明言しているわけではない。 書けるのは、同一の人事データに由来する可能性が高いというところまでである。それでも、この2本を並べて「複数の研究が示している」とは書けない。 独立した2つの標本ではないからである。
理論のモデルを、実証として引く
理論の側にも取り違えがある。1996年に *Journal of Labor Economics* 14(4):555-570 へ出た論文は、書き出しでこう述べる。
> “This article analyzes the choice between internal promotion and external recruitment within the framework of an economic contest.”(本稿は、内部昇進と外部採用の選択を、経済的な競争の枠組みのなかで分析する)
データもサンプルも一切登場しない。純粋な理論のモデルである。
2013年に同じ誌の 31(2):227-269 へ出た論文は、理論と実証の両方を持つ。ただし実証の側の記述は、この一文で止まる。
> “Empirical analysis of a large cross section of British employers is consistent with these predictions.”(英国の雇用主の大規模な横断データの実証分析は、これらの予測と整合的である)
「英国の雇用主の大きな横断標本」以上のことは、書誌からも抄録からも取れなかった。 調査の名前も、社数も、ここには書けない。
「フィット」が測っていたのは、入社の意思決定である
合っているかどうか、という言い方の根拠としてよく引かれる1996年の論文(*OBHDP* 67(3):294-311)は、要旨の冒頭で標本をこう書いている。
> “...we studied 96 active job seekers across three time periods, from their initial job search activity to their intended turnover from the jobs they accepted.”(我々は、96人の求職活動中の人を3つの時期にわたって、最初の求職活動から、受け入れた職務からの離職の意図まで追跡した)
96人。 平均年齢は23.4歳、59%はインターンシップの面接であり、大学のキャリアセンター経由で集められている。著者自身が考察でこう断っている。
> “the sample was relatively small and homogeneous”(標本は比較的小さく、同質的だった)
終着点は「離職の意図」であって、実際の離職でも、入社後の成果でもない。 この論文を「合っていると成果が出る」の根拠にすることはできない。
内側でも、入り方で記録が違う
最後に1本。2018年の *ASQ* 63(4):848-878 は、こう報告している。
> “My analysis of 8,107 internal hires at a large U.S. health-services firm reveals that outcomes for internal candidates depend, in part, on the nature of the process used to facilitate the movement from one job to the next; compared with slotted employees, workers who enter a job through posting have higher performance ratings, earn higher salaries, and are less likely to exit the firm.”(米国の大手ヘルスサービス企業における8,107件の内部採用の分析から、内部候補者の帰結が、ある職務から次の職務への移動を進める過程の性質に部分的に依存することが明らかになった。指名で充てられた従業員と比べ、公募を通じて職務に入った労働者は、業績評価が高く、給与も高く、企業を離れる可能性が低い)
8,107件・米国のヘルスサービス企業1社。 外か内か、ではなく、内側の入り方の違いが、その後の記録にどう出たかが測られている。
時間・変化:1996年から2018年へ、条件が細かくなった
順に置く。1996年、内部登用と外部採用の選択が理論のモデルとして定式化される。データは無い。同じ1996年、96人の求職者を3時点で追った研究が、入社の意思決定と離職の意図を測る。2011年、1社7年ぶんの人事データが、業績と報酬と異動を年次考課の1〜5点で測る。2013年、英国の横断データが理論の予測と整合すると報告される。標本の細部は公開されていない。2014年、同じ著者らが同じ業種・同じ年幅のデータで、どの職務が内側で埋まるかを測る。2018年、8,107件の内部異動が、公募と指名で記録が違うことを示す。
22年で増えたのは、標本の数ではなく、条件の細かさのほうである。 そして条件は、資料に移るときにいちばん先に落ちる。落ちたあとに残るのは、「複数の研究が示している」という一行だけになる。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、業績が、その組織の考課の点数として測られていることである。1〜5点はその組織のその年の運用の産物であって、外から比べられる量ではない。それでも、数字として並べれば比べられるように見える。
標本の偏りを断っておく。ここで引いた実証は、米国の投資銀行1社、米国のヘルスサービス企業1社、英国の雇用主の横断標本、北米の大学の卒業予定者96人である。日本の配属と役割を対象にした査読研究には行き着けなかった。 そして、人事データを研究者に渡せる組織は、渡せるだけの記録を持つ組織である。
助けになるのは、自分の周りの直近の増員を1件だけ取り出し、外からか内からかと、その後の在職の長さを並べてみるという一手である。効き目は結論が出ることではなく、「自分の手元にはどこまで記録があるのか」がはっきりすることのほうにある。
もうひとつは、書誌を1回だけ確かめる習慣である。姓と年が添えてあったら、その2つで1回検索する。10秒で終わる。
最初の一歩は10分。直近1年の増員1件について、外からか内からかを数え、それぞれの在職期間を並べる。 自分の組織でなくてよい。公開されている統計でも、自分自身の職歴でも足りる。
次の単位では、入った人が「うまくいっている」と言われるときに、その言葉が何の数字で支えられているかを見る。版が変わると数字が動くこと、そして、どの版にも載っていない数字が引かれ続けていることを扱う。
- 「ストレス30%低・パフォーマンス25%高」に添えられる2005年の書誌は実在しない。書誌データベースの照会とウェブ検索2系統で確認した(別の書誌データベースは応答上限で未到達)。数字だけが出どころ不明になる型と、書誌そのものが実在しない型は別である。
- 「25%」にいちばん近い出どころは、従業員向け調査を売る会社の記事の「我々の調査は、全体の仕事の成果が25%上がることを示している」という一文である。同ページに標本規模も国も調査年も方法も無く、参考文献も脚注もゼロである。「30%」は出どころに行き着けなかった。
- 2011年の *Administrative Science Quarterly* 56(3):369-407 は、米国のある投資銀行部門の2003〜2009年の人事データを分析している。標本は5,260人・7,129の職務期間で、業績は年次考課の1〜5点尺度である。著者自身が単一事業所の一般化可能性を留保している。
- 同じ論文の報酬の差は、抄録では「外部採用者が約18%高い」、本文では「昇進した人が約15%低い」と書かれている。1÷1.18は約0.85で、同じ差の基準の置き方が違うだけである。引用する側はたいてい大きいほうを取る。
- 2014年の *Academy of Management Journal* 57(4):1035-1055 の標本は5,773人・7,749の職務年観測で、同じ著者・同じ業種・同じ国・同じ2003〜2009年である。同一企業とは出版物に明言が無いため、書けるのは同一の人事データに由来する可能性が高いというところまで。それでも2本を並べて「複数の研究が示す」とは書けない。
- 1996年の *Journal of Labor Economics* 14(4):555-570 は「経済的な競争の枠組みのなかで分析する」と書き出す純粋な理論モデルで、データもサンプルも登場しない。2013年の同誌 31(2):227-269 の実証部分は「英国の雇用主の大規模な横断データ」以上に特定できなかった。
- 「合っているか」の根拠として引かれる1996年の *OBHDP* 67(3):294-311 は、96人の求職者を3時点で追い、終着点は「離職の意図」である。平均23.4歳、59%はインターンシップの面接で、著者自身が標本は比較的小さく同質的だったと書いている。
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 役割の明確さがストレスを30%下げ、成果を25%上げることは、2005年の論文で示されている | その書誌は実在しない。書誌データベースの照会とウェブ検索2系統で該当が無かった。「25%」にいちばん近い出どころは、標本規模も調査年も参考文献も書かれていない、従業員向け調査を売る会社の記事である。「30%」は出どころに行き着けなかった。 |
| 外から採るか内から充てるかについては、複数の研究が同じ向きの結果を出している | この話題でいちばんよく引かれる2本は、同じ著者・同じ業種・同じ国・同じ2003〜2009年の人事データから出ている。標本は5,260人と5,773人。同一企業だと出版物が明言してはいないが、独立した2つの標本として並べることはできない。 |
| 報酬の差は18%だったり15%だったりして、研究のあいだで食い違っている | 同じ1本の論文の中の話である。抄録は外部採用者が約18%高いと書き、本文は昇進した人が約15%低いと書く。1÷1.18は約0.85で、同じ差の基準の置き方が違うだけである。 |
実在しない書誌が20年ちかく生き延びられたのは、たぶん、それが誰の役にも立たなかったからではなく、確かめる手間より写す手間のほうが軽かったからである。姓と年を括弧に入れて置けば、そこで読む速度が上がる。速度が上がったぶん、誰も先へ行かない。先へ行った人が見つけたのは、1社ぶんの考課表と、そこに書かれた1から5までの数字だった。役割がはっきりしていると成果が上がる、という言い方は、たぶん正しい。ただしそれは、まだ測られていないという意味でも正しい。
Q1. 2011年の *Administrative Science Quarterly* 56(3):369-407 の標本は、米国のある投資銀行部門の【 ① 】年から2009年までの人事データで、【 ② 】人・7,129の職務期間である。業績は年次考課の【 ③ 】の尺度で測られている。穴埋め
Q2. 同じ論文の報酬の差は、抄録では外部採用者が約【 ① 】%高いと書かれ、本文では昇進で入った人が約【 ② 】%低いと書かれている。1を1.18で割ると約【 ③ 】である。穴埋め
Q3. この話題でよく併記される2011年と2014年の2本について、本文が確認したことはどれか。選択
Q4. 「合っているか」の根拠として引かれる1996年の *OBHDP* 67(3):294-311 について、正しいものはどれか。選択
Q5. 次の4つを、本文が置いた順(古い順)に並べよ。(A)8,107件の内部異動で、公募と指名で記録が違うことが示される(B)内部登用と外部採用の選択が、データを持たない理論モデルとして定式化される(C)1社7年ぶんの人事データが、業績と報酬と異動を年次考課で測る(D)英国の雇用主の横断データが、理論の予測と整合すると報告される並べ替え
紙かメモアプリに、直近1年のあいだに自分の周りで人が増えた例を1件だけ書き出す。その1件について、(1)外から入ってきたのか、内側で担当が移ったのかを1語で書く、(2)その人がその役割に就いてから何か月たったかを数として書く、(3)同じ役割に前にいた人がいれば、その人が何か月その役割にいたかを数として書く。数が分からない項目は「不明」と書く。★人の評価を書かない。うまくいっているか、向いているかは書かない。氏名も書かない。数と区分だけを残す。自分の組織で増員が無かった場合、あるいは記録に触れられない立場の場合は、公開されている求人情報から同じ職種の募集を1件選び、その募集が「新規」か「欠員補充」かの表示と、掲載が始まってからの日数を数える形でよい。自分自身の職歴から、直近に役割が変わった1回を取り出して同じ3項目を書く形でも足りる。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Bidwell M. (2011) 'Paying More to Get Less: The Effects of External Hiring versus Internal Mobility', Administrative Science Quarterly 56(3):369-407 — doi.org
- Bidwell M., Keller J.R. (2014) 'Within or Without? How Firms Combine Internal and External Labor Markets to Fill Jobs', Academy of Management Journal 57(4):1035-1055 — doi.org
- Chan W. (1996) 'External Recruitment versus Internal Promotion', Journal of Labor Economics 14(4):555-570 — doi.org
- DeVaro J., Morita H. (2013) 'Internal Promotion and External Recruitment: A Theoretical and Empirical Analysis', Journal of Labor Economics 31(2):227-269 — doi.org
- Cable D.M., Judge T.A. (1996) 'Person–Organization Fit, Job Choice Decisions, and Organizational Entry', Organizational Behavior and Human Decision Processes 67(3):294-311 — doi.org
- Keller J.R. (2018) 'Posting and Slotting: How Hiring Processes Shape the Quality of Hire and Compensation in Internal Labor Markets', Administrative Science Quarterly 63(4):848-878 — doi.org
- Effectory (2026年8月閲覧) 'HR analytics: role clarity impacts performance'(従業員向け調査を提供する会社の記事。刊行日の記載なし) — www.effectory.com