その数字は、書いてある団体のものでも、書いてある年のものでもなかった
構造化された受け入れで定着率が82%上がる、という数字がある。出典として添えられているのは、米国の人事の団体の2021年の資料である。ところが実際にその一文が載っているのは、別の調査会社が2015年に出した査読を経ていない研究ブリーフで、根拠は153組織への自社調査だった。しかも「強い受け入れの過程」が何を指すのかは、その報告書のどこにも書かれていない。
段はひとつ進んで、ここからは入ってもらったあとの話になる。前の段までは、来てくれるかどうかが測られていた。ここから測られるのは、入った人がその後どうなったかである。同じ「成功」という言葉が使われるが、測っている対象は入れ替わっている。
この単位が扱うのは一点——入社後の受け入れについて流通している数字が、どこの、いつの、どういう調査から来ているのかである。 どう受け入れるべきかは扱わない。
出典として添えられた団体にも、年にも、その数字は無い
いちばんよく引かれるのはこの一組である。構造化された受け入れによって、新入社員の定着率が82%向上し、生産性の早期達成が70%になる。 出典として添えられているのは、たいてい米国の人事の団体(SHRM)の2021年の資料である。
2026年8月に順にあたった。まず SHRM 本体の記事に行き着く。受け入れの重要さを説く2017年の記事で、82%も70%も載っていない。 次に、文字列そのもので追った。行き着いたのは、Brandon Hall Group という調査会社が2015年8月に出した研究ブリーフである。そこにこの一文がある。
> “Organizations with a strong onboarding process improve new hire retention by 82% and productivity by over 70%.”(強い受け入れの過程を持つ組織は、新規採用者の定着を82%、生産性を70%以上、改善する)
独立した2つの保存先で、同じ一文を確認した。この数字の出どころは、四つとも外れている。 発行元が違う。年が6年ずれる。査読誌ではなく研究ブリーフである。そして中身も——
図の出典欄には、153とだけ書いてある
同じ報告書の図には、根拠がこう書かれている。
> “Source: 2015 Brandon Hall Group Talent Acquisition Study (n=153)”(出典:2015年 Brandon Hall Group 人材獲得調査、n=153)
153の組織を相手にした、その会社自身の調査である。 方法の記述は、次の一文に尽きる。
> “To test our hypothesis, we gather empirical insights through formal and informal surveys completed by Executives, Chief Human Resources Officers, VPs of Talent and other business leaders as well as HR, Learning and Talent Leaders and employees.”(仮説を検証するため、我々は、経営幹部・人事の責任者・事業のリーダー・従業員が回答した、公式および非公式の調査を通じて、実証的な知見を集めた)
「強い受け入れの過程」が何を指すのかは、報告書のどこにも書かれていない。 定着が実際の在籍で測られたのか、回答者の印象なのかも書かれていない。何と比べて82%なのかも書かれていない。2つの保存先で確かめたが、無い。
この話題でよく併記される2010年の実務ガイドにも、82%も70%も載っていない。 そちらに載っているのは、別の調査会社由来の52%・60%・53%と、ある製造企業の社内調査由来の69%という、また別の数字である。資料が、それぞれ別のベンダーの数字を持ち回っている。
査読の側は、まったく別のことを測っていた
数字の取れる側に移る。2007年に *Journal of Applied Psychology* 92(3):707-721 へ出たメタ分析は、標本をこう書いている。
> “On the basis of the literature review, we identified 70 unique samples (N = 12,279) that met our inclusion criteria.”(文献レビューに基づき、我々は、組み入れ基準を満たす70の独立した標本、N = 12,279 を同定した)
70標本・12,279人。 ここまではよくあるメタ分析である。ところがこの論文でいちばん効く報告は、効果の大きさのほうではない。
同じ時点で測ると、相関が大きく出る
同じ論文は、測り方そのものを調整変数として調べている。
> “Overall, 56% of the relationships examined were affected by data collection type.”(全体として、検討された関係の56%が、データ収集の型の影響を受けていた)
> “Generally, larger correlations were found for variables assessed at the same time.”(一般に、同じ時点で測定された変数のあいだで、より大きな相関が見出された)
同じ関係を、同時に測るか時間を空けて測るかで、数字が変わる。しかも半分以上で変わる。 著者らは、組み入れた研究の内訳についてこうも書いている。
> “Of those studies, 83% were longitudinal.”(それらの研究のうち、83%は縦断的なものだった)
> “In addition, even when studies gather data across time, many of the individual relationships reported are, in fact, cross-sectional.”(加えて、研究が時間をまたいでデータを集めている場合でさえ、報告されている個々の関係の多くは、実のところ横断的である)
83%が縦断的だと分類されているのに、そこで報告されている関係の多くは、同時に測られた組み合わせである。 研究の分類欄と、個々の数字の測られ方は、別のものである。
もう1本が、独立に同じことを言っている
同じ2007年、*Journal of Vocational Behavior* 70(3):413-446 に別のメタ分析が出ている。30研究・31標本・N=6,104。 組織が新規参入者に対して取る手続きを6つに分け、適応の指標との関係を調べたものである。
> “Cross-sectional designs showed stronger relationships than longitudinal designs.”(横断的な設計は、縦断的な設計より強い関係を示した)
考察で、著者らは理由の候補を2つ挙げている。
> “The stronger relationships in cross-sectional designs might be due to inflation that results from common method variance or it might reflect priming effects from assessing both socialization tactics and adjustment on the same questionnaire.”(横断的な設計での強い関係は、共通方法分散による膨張かもしれないし、手続きと適応の両方を同じ質問紙で測ることによる先行刺激の効果かもしれない)
別の著者たちが、別の標本で、同じ向きの所見に行き着いている。 片方が言っているだけではない。
「最初の90日」の出どころは、2003年の実務書である
受け入れの話には、たいてい「最初の90日」という区切りが付いてくる。出どころを探した。行き着いたのは、2003年に出た商業出版の実務書である。図書館の目録記録で書誌を確認した——2003年刊、253ページ。査読誌ではない。
そしてこの本が扱っているのは、管理職の着任である。 新しく指導的な職に就いた人が最初の3か月に何をするか、という本であって、一般の新規参入者の受け入れの本ではない。ここまでに引いた3本のメタ分析は、いずれも90日という閾値を検定していない。
古典として並べられる2本は、効果を測ったものではない
この分野の出発点としてよく並べられる2本がある。**1980年の *Administrative Science Quarterly* 25(2):226-251 と、1981年の *Academy of Management Review* 6(2):309-318** である。
前者について、教育資源の情報センターの記録はこう書いている。
> “Presents a new perspective that identifies key features of a newcomer's entry experiences (including surprise, contrast, and change)”(新規参入者の参入経験の主要な特徴——驚き、対比、変化を含む——を同定する新しい視座を提示する)
「新しい視座を提示する」である。 効果を測ったものではない。同じ記録の分類欄には研究報告と付いているが、この分類は粗い。分類欄を根拠に実証扱いしてはならない。
後者には、まぎらわしい事情がある。同じ著者の同じ主題の別稿が、同じ1981年に学会の予稿として出ており、そちらには副題として「縦断研究」と付いている。 掲載媒体も副題も違う。混同すると、理論を載せる誌に縦断研究が載っている、という誤りになる。
基準線は、2007年ではなく2025年にある
**2025年の *Journal of Management* 51(1):344-382 に、後継のレビューとメタ分析が出ている。**
> “In all, we identified 256 studies that met our meta-analytic inclusion criteria, and 183 with sufficient k across construct categories were included in our meta-analysis.”(全体として、我々は、メタ分析の組み入れ基準を満たす256の研究を同定し、構成概念のカテゴリにわたって十分なkを持つ183件をメタ分析に組み入れた)
2007年の70標本から、256研究の同定・183件の投入へ。18年で、集められた研究の数は3倍以上になった。 2007年のメタ分析だけを引いて「これが最新の定説だ」と書ける時期は、もう過ぎている。
時間・変化:1980年から2025年へ、何が積まれたか
順に置く。1980年、参入の経験を驚き・対比・変化として記述する視座が提示される。効果測定ではない。1981年、複数の社会化の枠組みが理論として整理される。同じ年に同じ主題の予稿が別に出る。2003年、管理職の着任を扱う実務書が「最初の90日」を広める。2007年、2本のメタ分析が独立に、横断で測ると関係が強く出ると報告する。2015年、ある調査会社が153組織への自社調査から82%と70%を出す。2025年、256研究を同定した後継のメタ分析が出る。
45年で厚くなったのは、効果の確からしさではなく、「いつ測ったか」で数字が動くという但し書きのほうである。 そして但し書きは、実務の資料へ移るときにいちばん先に落ちる。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、「やったこと」が測りやすく、「そのあとどうなったか」が測りにくいことである。研修の回数も、面談の件数も、配った資料の枚数も数えられる。数えにくいのはその人が半年後にどうなっているかで、それを測るには時間を空けて2回測らなければならない。同じ時点で測れば、数字は大きく出る。
標本の偏りを断っておく。ここで引いた査読研究の標本は北米の新規参入者が大半で、規模は70標本・12,279人、30研究・6,104人である。日本の受け入れを対象にした査読研究には行き着けなかった。 153組織の自社調査のほうには、調査票に答えた組織だけが入っている。
助けになるのは、自分の入社後30日を、記憶のあるうちに1回だけ書き出してみるという一手である。誰に何を聞いたかを日付とともに並べる。効き目は件数の多さではなく、「聞ける先が何か所あったか」がはっきりすることのほうにある。
もうひとつは、数字を見たときの順番を決めておくことである。まず「誰が出した数字か」、次に「いつのものか」、最後に「何と比べた数字か」。
最初の一歩は10分。入社後30日のうち、覚えている範囲で「誰に何を聞いたか」を日付つきで書き出す。 いま組織に属していなくてよい。過去に入った場所でも、学校でも足りる。
次の単位では、入った人が担う役割そのものの話に移る。役割がはっきりしていると成果が上がる、という言い方の後ろに置かれた書誌が、どうなっているかを見る。
- 「定着率82%向上・生産性70%早期達成」として流通する一文は、出典として添えられている人事の団体の2021年の資料に載っていない。実際にあるのは、ある調査会社が2015年8月に出した研究ブリーフで、発行元・年・査読の有無・中身の四つがずれている。
- その研究ブリーフの図の出典欄には「2015年の人材獲得調査(n=153)」とだけある。153組織を対象とした自社調査であり、「強い受け入れの過程」の定義も、定着の測り方も、比較の相手も、報告書のどこにも書かれていない。
- 同じ話題でよく併記される2010年の実務ガイドにも82%と70%は無い。載っているのは別の調査会社由来の52%・60%・53%と、ある製造企業の社内調査由来の69%という、また別の数字である。
- 2007年の *Journal of Applied Psychology* 92(3):707-721 のメタ分析(70標本・N=12,279)は、検討された関係の56%がデータ収集の型の影響を受け、同じ時点で測定された変数のあいだでより大きな相関が見出された、と報告している。
- 同じ論文は、組み入れた研究の83%は縦断的だとしたうえで、時間をまたいでデータを集めている場合でさえ、報告されている個々の関係の多くは実のところ横断的である、とも書いている。分類欄と、個々の数字の測られ方は別である。
- 同じ2007年の *Journal of Vocational Behavior* 70(3):413-446(30研究・31標本・N=6,104)も独立に、横断的な設計は縦断的な設計より強い関係を示した、と報告している。理由の候補は共通方法分散と、同一質問紙による先行刺激の効果である。
- 「最初の90日」という区切りの出どころは2003年の商業出版の実務書であり、その本が扱っているのは管理職の着任である。ここで引いた3本のメタ分析はいずれも90日という閾値を検定していない。なお基準線は2007年で止まっておらず、2025年の *Journal of Management* 51(1):344-382 が256研究を同定し183件を組み入れている。
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 構造化された受け入れで定着率が82%上がることは、米国の人事の団体が2021年に出した調査で確かめられている | その団体の資料にこの数字は載っていない。この一文が実際にあるのは、別の調査会社が2015年8月に出した査読を経ていない研究ブリーフで、図の出典欄には153組織を対象とした自社調査とだけ書かれている。「強い受け入れの過程」の定義も、定着の測り方も、比較の相手も、報告書のどこにも無い。 |
| 縦断研究を集めたメタ分析なのだから、そこに載っている相関は時間を空けて測られたものだ | 2007年のメタ分析は、組み入れた研究の83%が縦断的だとしたうえで、時間をまたいでデータを集めている場合でさえ、報告されている個々の関係の多くは実のところ横断的である、と書いている。しかも検討された関係の56%が、データ収集の型の影響を受けていた。 |
| 受け入れの勝負は最初の90日で決まる。これは研究で確かめられた区切りである | この区切りの出どころは2003年の商業出版の実務書で、しかも扱っているのは管理職の着任である。ここで引いた3本のメタ分析は、いずれも90日という閾値を検定していない。査読を経た裏づけには行き着けなかった。 |
皮肉なのは、この数字がいちばんよく置かれる場所が、受け入れをやるかどうかを決める前ではなく、やると決めたあとの資料だという点である。決めたあとなら、発行元がどこでも、年がいつでも、定義が書かれていなくても、誰も困らない。だから十年以上、誰も出典欄まで歩いて行かなかった。行った先にあったのは、153という数と、それを出した会社の名前だけだった。受け入れの効き目のうちいちばん確かなのは、たぶん、入って30日のあいだに誰かに聞けたという事実のほうである。そちらは、括弧の中に%を付けて書けない。
Q1. 「定着率82%向上・生産性70%早期達成」という一文が実際に載っている刊行物として、本文が特定したものはどれか。選択
Q2. その研究ブリーフの図の出典欄に書かれていた根拠は何か。また、報告書に書かれていなかったものを3つ挙げよ。一問一答
Q3. 2007年の *Journal of Applied Psychology* のメタ分析が、データ収集の型について報告したことはどれか。選択
Q4. 「最初の90日」という区切りについて、本文が確認したことはどれか。選択
Q5. 次の5つを古い順に並べよ。(A)ある調査会社が153組織への自社調査から82%と70%を出す(B)参入の経験を驚き・対比・変化として記述する視座が提示される(C)256研究を同定した後継のメタ分析が出る(D)商業出版の実務書が「最初の90日」を広める(E)2本のメタ分析が独立に、横断で測ると関係が強く出ると報告する並べ替え
紙かメモアプリを開いて、自分がいまの場所に入った最初の30日を思い出す。1行につき1件、「日付(何日目、でもよい)」「誰に聞いたか(役割や関係だけでよい。氏名は書かない)」「何を聞いたか(10字程度)」の3つを書く。思い出せる件数だけでよい。ゼロ件でもよい。書き終えたら、聞いた先が何か所あったかを数えて、最後に1行で書き添える。★評価をしない。誰が親切だったか、誰が答えてくれなかったかは書かない。良い悪いの判定も書かない。数と事実だけを残す。いま組織に属していない場合、入社の経験がない場合、思い出せない場合は、自分が最近新しく入った場所——学校・講座・地域の集まり・オンラインの場——の最初の30日で同じ形をとればよい。公開されている受け入れの手引きを1件読み、そこに「誰に聞けと書いてあるか」を数える形でも足りる。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Bauer T.N., Bodner T., Erdogan B., Truxillo D.M., Tucker J.S. (2007) 'Newcomer adjustment during organizational socialization: A meta-analytic review of antecedents, outcomes, and methods', Journal of Applied Psychology 92(3):707-721 — doi.org
- Saks A.M., Uggerslev K.L., Fassina N.E. (2007) 'Socialization tactics and newcomer adjustment: A meta-analytic review and test of a model', Journal of Vocational Behavior 70(3):413-446 — doi.org
- Bauer T.N., Erdogan B., Ellis A.M., Truxillo D.M., Brady G.M., Bodner T. (2025) 'New Horizons for Newcomer Organizational Socialization: A Review, Meta-Analysis, and Future Research Directions', Journal of Management 51(1):344-382 — doi.org
- Louis M.R. (1980) 'Surprise and Sense Making: What Newcomers Experience in Entering Unfamiliar Organizational Settings', Administrative Science Quarterly 25(2):226-251 — doi.org
- Feldman D.C. (1981) 'The Multiple Socialization of Organization Members', Academy of Management Review 6(2):309-318 — doi.org
- Laurano M. (2015) 'The True Cost of a Bad Hire', Brandon Hall Group Research Brief, August 2015 — www.bdo.com
- Bauer T.N. (2010) 'Onboarding New Employees: Maximizing Success', SHRM Foundation's Effective Practice Guidelines Series — anyflip.com
- Watkins M.D. (2003) The First 90 Days: Critical Success Strategies for New Leaders at All Levels, Harvard Business School Press, ISBN 9781591391104 — openlibrary.org