入っていることと、動いていることは、別々に分布する
決まりを守らせる仕組みは、たいてい入っている。文書があり、担当がいて、研修が済んでいる。ところが原典を開くと、採用の度合いと実行の度合いは別々に分布していて、しかも切り離されたまま置かれた制度は、空振りどころか逆を向くことがあるという。
前の単位では、まだ数字になっていない兆しに気づくという言い方を扱った。ここでは、決まりを守らせる仕組みのほうを扱う。
この単位が扱うのは一点——制度を入れることの効果が、どこまで確かめられているかである。 何が違法かは扱わない。どんな取り決めをすべきかも書かない。条文の読み方にも立ち入らない。
採用は高く、実行はばらついていた
1990年代半ばの米国で、大企業1,000社を対象に、倫理の制度がどこまで入っているかを調べた研究がある。1999年に *Journal of Business Ethics* 18(3):283-294 へ出た論文で、調べたのは、方針の文書、責任の割り当ての明文化、独立した担当部署、通報や相談の仕組み、上層部と各部門の関与、研修と啓発、調査の機能、制度そのものの評価——制度の要素の一式である。
結論はこうである。結果は、倫理方針の企業による採用の度合いが高いこと、しかし、それらの方針が、さまざまな支える構造と管理上の活動によってどの程度実行されているかには、大きなばらつきがあることを示している。
さらに、もう1文ある。事実上、大多数の企業は、倫理の管理のうち低費用の、おそらくは象徴的な側面に取り組んでいる。しかし企業は、それらの方針や規範が実際に実行に移されるようにする努力の点では大きく異なっている。
入っているかどうかと、動いているかどうかは、別々に分布している。 そして、入っているかどうかのほうが、はるかに測りやすい。 文書には日付が付き、部署には人数が付き、研修には受講率が付く。実行の度合いには付かない。
書誌に一つ注意がある。この3人は同じ1999年に別の論文も出しており、同じ学術誌に2本ある。 巻号は 42(5):539-552 と 42(1):41-57 で、題名も内容も違う。「形だけの実装と実質の実装」を扱っているのは 42(5):539-552 のほうである。 引くときに取り違えやすい。
切り離されると、逆を向くことがある
制度が「入っているが動いていない」状態は、ただの空振りなのか。それとも、もっと悪いことが起きるのか。2010年に *Academy of Management Journal* 53(6):1499-1520 へ出た論文の題名は、この問いへの答えの形をしている。『切り離すことの危険——コンプライアンス制度、正当性の認識、そして制度化された不正の関係』。 論旨は題名の並びが示すとおりである。制度が日々の実務から切り離されると、その制度があること自体が「うちは正しくやっている」という認識を作り、その認識のもとで、不正がむしろ組織の中に定着していく。
ここで正直に書いておく。本稿は、この論文の要旨の逐語を取れなかった。 発行元のページには到達できず、書誌のデータベースにも要旨の項目が無く、著者の公開版にも届かなかった。したがって、標本の規模も、対象の年数も、どの業種を調べたのかも書かない。書けるのは、書誌と題名と、この論旨の向きまでである。
それでも、この向きは押さえておく価値がある。 効果を「効いた/効かなかった」の2つで考えていると、入れたことが逆を向くという三つめが視野に入らない。
999社に訊いたら、制度の要素だけでは足りなかった
実証の側はどうか。2009年に *Administration & Society* 41(1):3-37 へ出た研究は、オーストラリアの大企業999社に、競争法と消費者保護法についての遵守の仕組みの実施状況を尋ねている。
論文はまず区別を立てる。著者たちは、形式的な遵守管理の仕組みの採用と、事業組織において遵守が実際にどのように管理されているかとを、学術文献と調査回答の分析によって区別する。 そして結論はこうである。分析は、遵守の仕組みの少なくともいくつかの要素が、実務における遵守の良い管理へと転換されうることを示している。しかし、遵守の価値への経営の関与、管理上の監督と計画、そして組織の資源も、同じくらい重要である。
「制度は無意味だ」でも「制度を入れれば足りる」でもない。 仕組みの要素の一部は実務に転換されうる。ただし、その転換を支えるものが同じくらい効いている。 そして関与・監督・計画・資源は、制度を入れるという一回の動作では手当てされない。
研修だけでは、減らない
制度の一式のなかで、いちばん広く配られているのが研修である。2018年に *Journal of Organizational Behavior* 39(2):134-150 へ出た論文が、職場のハラスメントの研修の効果を扱っている。
この論文はメタ分析ではない。 題名が自ら「学際的なレビュー」と名乗っている。そして、その理由を要旨の冒頭で述べている。この研修は広く行われていて、個人と組織に多くの重要な帰結を持ち、幅広い分野の研究者の関心を集めてきたにもかかわらず、関連する研究知見を同定し体系的に評価しようとする、包括的で学際的な試みは、これまで一度も行われてこなかった。
一度も行われてこなかった、と2018年に書かれている。 広く行われている制度について、効果を横断して数え上げた仕事が、それまで無かったということである。そのうえで、レビューの結論はこうである。検討した研究は、訓練と職場のハラスメントに関するより広い文献の理論と研究に照らして考えると、研修だけでは職場のハラスメントを有意に減らす可能性が非常に低い、という結論を支持する。
「研修に意味がない」ではない。「研修だけでは」である。 999社の調査と向きがそろっている。制度の要素は、それを支えるものと一緒でなければ、実務のほうへ渡らない。
化粧としての遵守、という言い方
この構図は、法学の側からも書かれている。2003年に *Washington University Law Quarterly* 81(2):487-544 へ出た論文である。まず、この媒体は査読誌ではない。 米国の法学の紀要は学生が編集にあたるのが慣行で、匿名の専門家による査読の手続きとは別のものである。ここでも「だから間違っている」ではない。手続きが違う、という事実である。(この紀要はその後に誌名を変えている。ここでは発表当時の誌名で引いた。)
論文はこう書く。不完備契約の文献に依拠して本稿が論じるのは、交渉によるガバナンスの模型が、法規範が発展する仕組みについて価値ある記述的洞察を与える一方で、その提唱者たちが、ガバナンスの再交渉の段階——すなわち実施と執行の段階——における機会主義的な行動の危険を、過小に見積もっているということである。それを行うのは、不完備な法の意味に最も大きな利害を持つ者たち、すなわち事業組織と、弁護士を含む法務遵守の専門職である。
制度を入れる段階ではなく、実施と執行の段階に危険がある、という指摘である。 前の節までの実証と、指す場所が同じである。
もう1本、この分野で最もよく引かれる文章に触れておく。1999年に *California Management Review* 41(2):131-151 へ出た『倫理と法令遵守を管理する——何が効き、何が害になるか』である。この媒体は査読誌ではない。実務家に向けた雑誌である。 そして——本稿はこの文章の要旨に到達できなかった。だから中身を要約しない。 書けるのは、この分野で最もよく引かれる一本が、査読の手続きを通っていない雑誌に載っているという事実だけである。
時間・変化:1999年から2018年まで、何が積み上がったか
順に置く。1999年、米国の大企業1,000社の調査で、方針の採用は高く実行の度合いには大きなばらつきがあること、大多数が低費用でおそらく象徴的な側面に取り組んでいることが報告される。同じ年、同じ3人が学術誌に別の2本を出し、同じ年、実務家向けの雑誌に最もよく引かれることになる一本が載る。2003年、法学の側から、危険は制度を入れる段階ではなく実施と執行の段階だと指摘される。2009年、豪州の999社の調査で、仕組みの要素は実務に転換されうるが、関与・監督・計画・資源も同じくらい重要だと報告される。2010年、制度が実務から切り離されると正当性の認識が生まれ、不正が制度化される、という論文が出る。2018年、研修の効果について包括的で学際的な評価はそれまで一度も行われていなかったと書かれ、研修だけでは有意に減らす可能性は非常に低いと結論される。
19年で積み上がったのは、制度の一覧の長さではない。 積み上がったのは、入れたことと動いていることのあいだにある距離の記述である。そして距離は、外に持ち出されるときにたいてい落ちる。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、制度の存在が、そのまま状態の説明として使われることである。方針があること、担当がいること、研修を実施したこと——どれも数えられる。数えられるものは報告に載り、載ったものは動いている証拠として読まれる。 1999年の調査が測っていたのは、この二つが別々に分布しているという事実だった。
標本の偏りを断っておく。ここまでの証拠は、米国とオーストラリアの大企業から採られたものが大半で、規模は米国の1,000社規模の調査と、豪州の999社である。調査票に答える余裕のある組織だけが標本に入っている。 日本の組織を対象にした査読研究はごく少ない。 さらに——成功した組織のデータだけが残る、という逆向きを排除できない。 制度を維持していて、担当者がいて、調査に答えられる組織だけが記録に入っていて、制度をやめた組織、答える人がいなくなった会社、調査の前に無くなった会社は、たいてい最初から入っていない。そのうえ、2010年の論文が指しているのは、記録の上では最も整って見える組織で起こりうることのほうである。
助けになるのは、「決まりだから」でやっていることを1つ選び、その出どころを辿ってみるという一手である。辿った先を評価しない。何段さかのぼれたかを数えるだけでよい。 1段で行き止まるか3段さかのぼれるかで、その決まりが自分の手元にどう置かれているかが分かる。
最初の一歩は10分。決まりを1つ選び、出どころを辿れるところまで辿って、何段さかのぼれたかを数える。辿れなければ0段でよい。
次の単位は 221「継続的改善文化(カイゼン)」——日々の小さな改善が続く条件は何か、そしてそれは何で測られてきたのかという話へ進む。
- 1990年代半ばの米国で大企業1,000社を対象にした調査(1999年、*Journal of Business Ethics* 18(3):283-294)は、倫理方針の採用の度合いは高いが、それらが支える構造と管理上の活動によってどの程度実行されているかには大きなばらつきがある、と報告している。
- 同じ論文は、大多数の企業が倫理の管理のうち低費用の、おそらくは象徴的な側面に取り組んでいるとし、方針や規範が実際に実行に移されるようにする努力の点では企業が大きく異なる、と書いている。入っているかどうかと、動いているかどうかが別々に分布している。
- 同じ3人の著者は1999年に *Academy of Management Journal* にも2本出しており、42(5):539-552 と 42(1):41-57 は別の論文である。形だけの実装と実質の実装を正面から扱っているのは 42(5):539-552 のほうで、巻号を取り違えやすい。
- 2010年の *Academy of Management Journal* 53(6):1499-1520 は、制度が日々の実務から切り離されると、その制度があること自体が正当性の認識を生み、不正がむしろ組織の中に定着していく、という向きを示している。ただし本稿はこの論文の要旨の逐語に到達できておらず、標本の規模・年数・業種は書いていない。
- 2009年の *Administration & Society* 41(1):3-37 は、オーストラリアの大企業999社への調査から、遵守の仕組みの少なくともいくつかの要素は実務における良い管理へ転換されうるとしたうえで、遵守の価値への経営の関与・管理上の監督と計画・組織の資源も同じくらい重要だ、と結論している。
- 2018年の *Journal of Organizational Behavior* 39(2):134-150 は、職場のハラスメント研修について、関連する研究知見を体系的に評価する包括的で学際的な試みはそれまで一度も行われてこなかった、と書いたうえで、研修だけでは職場のハラスメントを有意に減らす可能性は非常に低い、と結論している。これはメタ分析ではなく学際的レビューである。
- 2003年の *Washington University Law Quarterly* 81(2):487-544(法学の紀要は学生が編集にあたる慣行で、査読誌ではない)は、交渉によるガバナンスの模型の提唱者が、実施と執行の段階における機会主義的な行動の危険を過小に見積もっている、と論じている。危険は制度を入れる段階ではなく、その後の段階にあるという指摘である。
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 行動規範と研修を入れれば、不正は減る | 1990年代半ばの米国の大企業1,000社の調査では、方針の採用は高い一方で、それが支える構造と管理上の活動によってどの程度実行されているかには大きなばらつきがあった。2018年の学際的レビューは、研修だけでは職場のハラスメントを有意に減らす可能性は非常に低いと結論している。豪州の999社の調査も、仕組みの要素に加えて経営の関与・監督と計画・資源が同じくらい重要だとしている。 |
| 制度を入れて効かなかったとしても、入れないよりはましである | 2010年の *Academy of Management Journal* 53(6) は、制度が日々の実務から切り離されると、その制度があること自体が正当性の認識を生み、不正がむしろ組織の中に定着していく、という向きを示している。効いた/効かなかったの2つで考えていると、この三つめの場合が視野に入らない。ただし本稿はこの論文の要旨の逐語に到達できておらず、標本の規模・年数・業種は書いていない。 |
| この分野で最もよく引かれる文献なのだから、学術的に確立している | 最もよく引かれる一本は実務家向けの雑誌に載っており、査読の手続きを通っていない。法学の側からの有名な批判も、学生が編集にあたる紀要に載ったものである。どちらも「だから間違っている」ではないが、査読誌の実証と同じ重さで扱うことはできない。 |
皮肉なのは、この分野で広く引かれている文献の一部が、査読の手続きを通っていない媒体に載っていることである。制度が実務から切り離されていることを扱う研究群が、自分たちの最も有名な一本を実務家向けの雑誌から引いている。そして本稿は、この単位の主役に置いた論文の中身を、要旨にすら到達できなかったので書けなかった。切り離されていることの記述としては、たぶんこれ以上のものは要らない。
Q1. 1990年代半ばの米国の大企業1,000社を対象にした調査は、倫理の制度について何と何が別々に分布していると報告したか。原典の言い回しに沿って述べよ。一問一答
Q2. 2010年の *Academy of Management Journal* 53(6) について、本文が書いていることはどれか。選択
Q3. オーストラリアの大企業999社への調査(2009年)の結論として、本文の記述に合うものはどれか。選択
Q4. 2018年の *Journal of Organizational Behavior* 39(2) の研究デザインと結論について、正しいものはどれか。選択
Q5. 本文『時間・変化:1999年から2018年まで、何が積み上がったか』の順に並べよ。(ア)豪州の999社の調査で、仕組みの要素だけでは足りないと報告される(イ)法学の側から、危険は実施と執行の段階にあると指摘される(ウ)研修だけでは有意に減らす可能性は非常に低いと結論される(エ)米国の1,000社の調査で、採用は高く実行にはばらつきがあると報告される(オ)制度が実務から切り離されると不正が制度化される、という論文が出る並べ替え
自分の持ち場で「決まりだから」という理由でやっていることを1つ選ぶ。大きなものでなくてよい——この書式で出す、この順番で回す、この項目を必ず埋める、といったものでよい。紙かメモアプリに今日の日付と、選んだ決まりを1行で書く。次に、その決まりが書かれている場所を辿る。手順書に書いてあれば1段、その手順書が別の規程を参照していれば2段、その規程がさらに外の基準を参照していれば3段、と数える。自分の記憶しか根拠がなければ0段である。辿るのは、いま手元から見られる範囲だけでよい。人に尋ねない。辿った先の内容を評価しない。良し悪しも、守るべきかどうかも書かない。最後に、さかのぼれた段数を1つの数として書く。いま組織に属していない場合や一人で全部を回している場合は、自分が習慣として続けている手順を1つ選び、その形の出どころを同じように辿って段数を数えればよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Weaver G.R., Treviño L.K., Cochran P.L. (1999) 'Corporate Ethics Practices in the Mid-1990's: An Empirical Study of the Fortune 1000', Journal of Business Ethics 18(3):283-294 — doi.org
- Weaver G.R., Treviño L.K., Cochran P.L. (1999) 'Integrated and Decoupled Corporate Social Performance: Management Commitments, External Pressures, and Corporate Ethics Practices', Academy of Management Journal 42(5):539-552 — doi.org
- MacLean T.L., Behnam M. (2010) 'The Dangers of Decoupling: The Relationship Between Compliance Programs, Legitimacy Perceptions, and Institutionalized Misconduct', Academy of Management Journal 53(6):1499-1520 — doi.org
- Parker C., Nielsen V.L. (2009) 'Corporate Compliance Systems: Could They Make Any Difference?', Administration & Society 41(1):3-37 — doi.org
- Roehling M.V., Huang J. (2018) 'Sexual harassment training effectiveness: An interdisciplinary review and call for research', Journal of Organizational Behavior 39(2):134-150 — doi.org
- Krawiec K.D. (2003) 'Cosmetic Compliance and the Failure of Negotiated Governance', Washington University Law Quarterly 81(2):487-544(査読誌ではない・学生編集の法学紀要。大学の公開書庫、2026年閲覧) — openscholarship.wustl.edu
- Treviño L.K., Weaver G.R., Gibson D.G., Toffler B.L. (1999) 'Managing Ethics and Legal Compliance: What Works and What Hurts', California Management Review 41(2):131-151(査読誌ではない・実務家向け雑誌、2026年閲覧) — doi.org