批判と応答と再応答が、一つの号に並んでいる
異常に気づく組織の話には、たいてい「事故が何分の1」という数字が付いてくる。提唱者側の査読側の原典を全文まで見ても、事故率の統計は一度も出てこない。代わりに出てくるのは、1994年の一つの号に、批判と応答と再応答がページ順に並んでいる光景である。
前の単位では、数字そのものの正確さを扱った。ここでは、まだ数字になっていない兆しに気づく、という言い方を扱う。
この単位が扱うのは一点——異常に気づく力について、学術の側で何が決着していて、何が決着していないかである。 何をどう備えるべきかは扱わない。避難や安全の具体的な手順も書かない。
「異常に気づく」とは何を指すのか、理論どうしがまだ決着していない
この分野でよく引かれる数字が二つある。弱い兆しに敏感な組織では重大な事故の発生率が何分の1になる、という数字と、ある国際規格を導入した組織ではリスクへの対応の費用が何割下がる、という数字である。2026年8月に、前者は提唱者の一般書の複数の版と、その査読側の原典の全文を、後者は規格の発行元の公開資料を探したが、どちらも元になった集計に行き着かなかった。 だからここでは、どちらの数値も書かない。 そして——理論どうしが決着していないことのほうを見る。
提唱者の側の原典に、事故率の統計は無い
まず、この考え方の査読側の原典を開く。1999年に *Research in Organizational Behavior* に収められた論文である。この論集は査読誌ではない。編者が招く形の年刊の論集である。 ここでも、「だから間違っている」ではない。査読の手続きを通っていない、という事実である。
論文はこう書く。高信頼性組織が注意に値するのは、それが惰性へ向かう傾向を抑える、心を配ることの過程を体現しているからである。 そして——心を配っている状態は、少なくとも五つの過程によって作られるように見える。それらは、高信頼性組織における有効な実践の記述と、事故調査から帰納したものである。
五つはこうである。1 失敗にこだわること、2 解釈を単純化することへの抵抗、3 運用への感度、4 回復力への関与、5 構造の過少特定。
ここに一つ、見落とされやすい差がある。 のちに広く読まれた一般書では、五つめが「専門性への敬意」に置き換わっている。 1999年の査読側の原典で五つめに置かれているのは、構造の過少特定——あらかじめ構造を細かく決めきらない、という項目である。一般書の五原則と、1999年の五つの過程は、同じものではない。
そして、これがこの単位の要点につながる。この論文は、有効な実践の記述と事故調査から帰納した理論であって、効果の測定ではない。全文を通して、事故率の比較の統計は出てこない。 「何分の1」という数字は、査読側の原典にも無い。
書誌そのものにも揺れがある。この論文の巻数は、資料によって1、19、21と割れている。 本稿が確認した再録版の刷り出しは「Volume 1」となっており、ページも81-123ではなく31-50と刷られている。年(1999年)と題名は、すべての資料で一致している。 ここでは巻を21、ページを81-123として引く。採用したことと、揺れがあることの両方を書いておく。
同じ号に、批判と応答と再応答が並んでいる
理論の側の争いは、書誌をたどるとよく見える。**1994年の *Journal of Contingencies and Crisis Management* 2巻4号**を、掲載順にそのまま並べる。
205-206ページに、編集が立てた表題——『系、組織、そして安全の限界:シンポジウム』。207-211ページに、高信頼性組織論の側の研究者による単独の文章、題名は『藁人形が口を開く』。212-220ページに、正常事故理論の側からの文章。221-227ページに、高信頼性組織論の側の2人による『Perrowへの再応答』。228-240ページに、組織の信頼性の政治的な理論に向けて、と題された文章。
これは「同じ号に並んでいるだけ」ではない。往復である。 根拠は二つあり、どちらも書誌の上で確かめられる。編集が205-206ページにシンポジウムという表題を立てていること。 そして、221-227ページの題名が、文字どおり「◯◯への再応答」であること。 批判と、それへの応答が、一つの号のなかで順に並んでいる。
この棚で「同じ号での往復」と書けるのは、ここだけである。 前の単位で見た二本は、掲載誌も号も違い、2年をおいて出ていた。学術誌の応答は、たいてい何年も後の別の号に出る。一つの号に収まっているのは、当時それだけ争われていたということでもある。
読み違えを一つ防いでおく。このシンポジウムの主題は、228-240ページを書いた研究者が1993年に出した著書である。 ところが、212-220ページの論文の題名にその書名が含まれているため、書誌だけを見ると、その著書の著者を取り違えやすい。
二つの理論は、どこで重なり、どこで分かれるか
争われていたのは何か。片方は、複雑に絡み合い、しかも固く結びついた系では、事故は例外ではなく、系のあり方そのものから生じるという見方である。もう片方は、それでも、きわめて低い事故率で運用されつづけている組織が現に存在するという見方である。
重なっているのは、複雑さと結合の強さを問題にする、という点である。 分かれているのは、組織の工夫でどこまで避けられるかという点である。片方は、避けられる範囲は限られていて、避けようとする工夫そのものが系をさらに複雑にすると見る。もう片方は、注意の向け方と組織の作り方で相当のことができると見る。
その後どうなったか。2009年に、二つの査読論文が、どちらもこの対立の外へ出ようとしている。 一つは *Organization Studies* 30(2-3):227-249 で、題名が示すとおり、両方を超えて、複雑な系の安全に系のアプローチで臨むことを提案している。もう一つは *Human Relations* 62(9):1357-1390 で、正常事故理論と高信頼性理論の対立に決着をつけ、事故を開かれた系として見ることを呼びかける題名を持つ。
本稿は、この2本の要旨の逐語を取れていない。出版社のページに到達できなかったからである。書けるのは、書誌と題名の範囲までである。中身を要約しない。 ただし、書誌だけでも一つのことは言える。1994年に一つの号で往復した論争が、2009年になっても、決着をつけようという論文が書かれる状態にあった。 15年たっても、決まっていない。
ヒヤリハットを集めると、感度は上がるのか
理論から離れて、実証の側を一つ置く。2008年に *Management Science* 54(8):1425-1440 へ出た研究である。標本は、学生と、ある宇宙機関の職員および請負業者を対象にした複数の実験である。現場の事故データの分析ではない。本文でそう書いておく。
論文はこう始める。組織は明白な失敗からは学ぶように見えるが、ニアミス——偶然が失敗を回避する役割を果たした出来事——から学ぶのはより難しい、と我々は論じる。 そして、組織と管理する人々は、そうした出来事を成功として評価し、その結果、状況についてより安全だと感じるために、ニアミスから学べないと仮説を立てる。
結果はこうである。参加者(学生と、宇宙機関の職員および請負業者の両方)は、ニアミスを生んだ判断をした人と、成功をもたらした判断をした人に、同じような評価を与える。そしてその両方の評価は、失敗を経験した人への評価とは有意に異なる。 さらに——ニアミスの情報を持つ人は、それを持たない人に比べて、リスクの認知が低くなり、その後により危険な判断をする。
最後の1文が、この単位の芯にいちばん近い。分析が示唆しているのは、管理する人々と組織が、リスクの認知のほうを下げているのであって、失敗という出来事の統計的な確率を必ずしも更新(下げて)はいない、ということである。
向きが逆である。 「ヒヤリハットを集めれば感度が上がる」という言い方に対して、この実験が示しているのは、何事も起きなかったという経験が、成功として記憶され、次の判断を大胆にするという方向である。ただし、これは実験室の話である。 標本は学生と、ある機関の職員および請負業者であって、業務の現場で集められた事故の記録ではない。そのまま自分の持ち場に当てはめない。
時間・変化:1993年から2009年まで、何が起きたか
順に置く。1993年、安全の限界を論じた著書が出る。1994年、その著書をめぐって、一つの号にシンポジウムの表題と4本が並び、批判と応答と再応答が往復する。1999年、査読誌ではない年刊の論集に、心を配ることの五つの過程が帰納の形で提示される。事故率の統計は無い。2008年、ニアミスがかえってリスクの認知を下げるという実験結果が出る。2009年、二つの査読論文が、どちらもこの対立の外へ出ようとする。
16年で決まったのは、どちらが正しいかではない。 決まったのは、この問いが、書誌の上で決着していないという事実のほうである。そして、決着していないという事実は、外に持ち出されるときにたいてい落ちる。落ちたあとに残るのが、原典に見当たらない「何分の1」という数字である。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、何も起きなかったことが記録に残らないことである。事故は記録される。ヒヤリとしたが何も起きなかったことは、たいてい記録されない。そして2008年の実験によれば、記録されないだけでなく、成功として覚えられる。
標本の偏りを断っておく。ここまでの証拠は、米国と欧州の、原子力・航空・宇宙といった高い危険を扱う領域と、実験室から採られたものが大半で、実証の側の標本は学生と、ある機関の職員および請負業者である。日本の業務プロセスを対象にした査読研究はごく少ない。 そして——成功した組織のデータだけが残る、という逆向きを排除できない。 事故を起こさずに続いている組織だけが「高信頼性組織」として観察され、同じやり方をしていて事故を起こした組織や、観察される前に消えた組織は、たいてい最初から入っていない。「事故を起こしていないから、やり方が良い」と「やり方が良いから、事故を起こしていない」は、この標本では区別できない。
助けになるのは、何も起きなかったことのほうを、一度だけ書き留めておくという一手である。原因は書かない。対策も書かない。 書くのは、あれ、と思った出来事そのものだけでよい。書き留めることの効き目は、対策が立つことではなく、成功として上書きされる前に一度だけ形になることのほうにある。
最初の一歩は10分。今日「あれ?」と思ったが、結局何も起きなかったことを1つ記録する。原因は書かない。
次の単位は 220「法務・コンプライアンス管理」——決まりを守らせる仕組みを入れることが、何を変え、何を変えないのかという話へ進む。
- 高信頼性組織の考え方の査読側の原典(1999年、*Research in Organizational Behavior*)は査読誌ではなく、編者が招く形の年刊論集である。論文は、心を配ることの五つの過程を、有効な実践の記述と事故調査から帰納したと述べており、事故率の比較の統計は全文を通して現れない。
- その五つの過程は、失敗にこだわること・解釈を単純化することへの抵抗・運用への感度・回復力への関与・構造の過少特定である。のちの一般書では五つめが「専門性への敬意」に置き換わっており、一般書の五原則と1999年の五つの過程は同じものではない。
- この論文の巻数は資料によって1・19・21と割れており、本稿が確認した再録版の刷り出しは Volume 1・31-50 ページだった。年(1999年)と題名はすべての資料で一致する。本稿は巻21・81-123 ページを採用したうえで、揺れがあることを明記している。
- 1994年の *Journal of Contingencies and Crisis Management* 2巻4号には、205-206ページの編集による『シンポジウム』の表題に続いて、207-211、212-220、221-227、228-240ページの4本が掲載順に並んでいる。221-227ページの題名は文字どおり『Perrowへの再応答』である。
- この配置は「同じ号に並んでいるだけ」ではなく往復である。根拠は、編集がシンポジウムという表題を立てていることと、再応答という題名が書誌の上で確認できることの二つである。この棚で「同じ号での往復」と書けるのはこの1994年の号だけで、前の単位で扱った2本は誌も号も違い2年をおいていた。
- シンポジウムの主題は、228-240ページを書いた研究者が1993年に出した著書である。212-220ページの論文の題名にその書名が含まれるため、書誌だけを見ると著書の著者を取り違えやすい。2009年には *Organization Studies* 30(2-3) と *Human Relations* 62(9) の2本が、どちらもこの対立の外へ出ようとしており、15年たっても決着していない。
- 2008年に *Management Science* 54(8):1425-1440 へ出た研究は、学生と、ある宇宙機関の職員および請負業者を対象にした複数の実験(現場の事故データではない)で、参加者がニアミスを生んだ判断と成功をもたらした判断に同じような評価を与えること、ニアミスの情報を持つ人はリスクの認知が低くなりその後より危険な判断をすること、そして下がっているのはリスクの認知であって失敗の統計的な確率ではないことを示した。
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 弱い兆しに敏感な組織は、重大な事故の発生率が何分の1かになる。それは研究で示されている | 2026年8月に、提唱者の一般書の複数の版と、査読側の原典の全文を探したが、その集計に行き着かなかった。査読側の原典(1999年の年刊論集)は、事例の記述と事故調査から五つの過程を帰納した理論であって効果の測定ではなく、全文を通して事故率の比較の統計は現れない。 |
| 高信頼性組織の五原則は確立した枠組みである | 1999年の査読側の原典の五つめは「構造の過少特定」で、のちの一般書の「専門性への敬意」ではない。一般書の五原則と原典の五つの過程は同じものではなく、しかもこの論文が載った論集は査読誌ではない。巻数も資料によって1・19・21と割れている。 |
| ヒヤリハットを集めれば、危険に気づく感度が上がる | 2008年の *Management Science* 54(8) の実験(標本は学生と、ある宇宙機関の職員および請負業者)では、参加者はニアミスを生んだ判断を成功と同じように評価し、ニアミスの情報を持つ人はリスクの認知が下がってその後より危険な判断をした。しかも下がっていたのはリスクの認知であって、失敗の統計的な確率ではない。ただしこれは実験室の結果である。 |
皮肉なのは、この分野がいちばん正確に記録してきたのが、事故ではなく論争のほうだという点である。誰がどのページで何を言い返したかは、30年たってもページ番号まで残っている。何も起きなかった日に誰かが感じた違和感のほうは、その日のうちに消える。異常に気づく力を扱う分野が、いちばん確実に残しているのは、自分たちが決着していないという記録だった。
Q1. 1999年の論集にある五つの過程のうち、五つめは【 ① 】である。のちの一般書ではここが【 ② 】に置き換わっている。またこの論集は【 ③ 】ではなく、編者が招く形の年刊論集である。穴埋め
Q2. 1994年の号の配置を「同じ号での往復」と書けると本文が判断した、書誌の上の根拠を2つ挙げよ。一問一答
Q3. 1994年の同じ号の5本を、掲載ページの順に並べよ。(ア)Perrowへの再応答(イ)編集による『系、組織、そして安全の限界:シンポジウム』の表題(ウ)組織の信頼性の政治的な理論に向けて(エ)藁人形が口を開く(オ)安全の限界:事故の理論の拡張並べ替え
Q4. 本文『時間・変化:1993年から2009年まで、何が起きたか』の順に並べよ。(ア)一つの号にシンポジウムの表題と4本が並び、往復が起きる(イ)ニアミスがかえってリスクの認知を下げるという実験結果が出る(ウ)安全の限界を論じた著書が出る(エ)二つの査読論文が、どちらも対立の外へ出ようとする(オ)査読誌ではない年刊論集に、五つの過程が帰納の形で提示される並べ替え
Q5. 2008年の実験の結論として、本文の記述に合うものはどれか。選択
今日のうちに、一瞬「あれ?」と思ったけれど、結局それ以上は何も起きなかったことを1つ思い出す。数字が思っていたのと違って見えた、いつもと手ざわりが違った、返事が来る時間がいつもより長かった、置き場所が違っていた——どんなに小さくてよい。紙かメモアプリに今日の日付を書き、その下に、その出来事だけを2行以内で書く。書くのは出来事そのものだけにする。原因は書かない。対策も書かない。誰かの名前も書かない。危ないかどうかの判断も書かない。ただ、あれ、と思った瞬間に何が目に入っていたかを、思い出せる範囲で書く。書き終えたら、いちど読み返して閉じる。何も起きなかったのだから、それで終わりでよい。いま組織に属していない場合や一人で全部を回している場合は、暮らしや調べもののなかで同じように「あれ?」と思って何も起きなかったことを1つ書けばよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
あなたの実験(N=1)を始める → プロジェクトに追加(記録機能は準備中)
- Weick K.E., Sutcliffe K.M., Obstfeld D. (1999) 'Organizing for High Reliability: Processes of Collective Mindfulness', Research in Organizational Behavior 21:81-123(査読誌ではない・編者編集の年刊論集。全文PDF、2026年閲覧) — archive.org
- La Porte T.R. (1994) 'A Strawman Speaks Up: Comments on The Limits of Safety', Journal of Contingencies and Crisis Management 2(4):207-211 — doi.org
- Perrow C. (1994) 'The Limits of Safety: The Enhancement of a Theory of Accidents', Journal of Contingencies and Crisis Management 2(4):212-220 — doi.org
- La Porte T.R., Rochlin G. (1994) 'A Rejoinder to Perrow', Journal of Contingencies and Crisis Management 2(4):221-227 — doi.org
- Sagan S.D. (1994) 'Toward a Political Theory of Organizational Reliability', Journal of Contingencies and Crisis Management 2(4):228-240 — doi.org
- Dillon R.L., Tinsley C.H. (2008) 'How Near-Misses Influence Decision Making Under Risk: A Missed Opportunity for Learning', Management Science 54(8):1425-1440 — doi.org
- Leveson N., Dulac N., Marais K., Carroll J. (2009) 'Moving Beyond Normal Accidents and High Reliability Organizations: A Systems Approach to Safety in Complex Systems', Organization Studies 30(2-3):227-249 — doi.org
- Shrivastava S., Sonpar K., Pazzaglia F. (2009) 'Normal Accident Theory versus High Reliability Theory: A resolution and call for an open systems view of accidents', Human Relations 62(9):1357-1390 — doi.org