平均と呼ばれていたその数字は、中央値だった
不正による被害額として最もよく引かれる数字がある。原典の要約ページを開くと、その数字のすぐ横に、約12倍の値がもう一つ並んでいる。片方は中央値、もう片方は平均で、どちらも同じ集団についての正しい要約であり、取り違えられているのは、どちらを引いたかのほうだった。
前の単位では、ものやサービスのばらつきを扱った。ここでは、数字そのものの正確さを扱う。
この単位が扱うのは一点——数字が作られる過程の正確さについて、何が、どこまで測られているかである。 何をどう計上するかは扱わない。決算をいつまでに締めるべきかも書かない。
いちばんよく引かれる数字は、平均ではなかった
この分野で最も広く流通している数字がある。不正による1件あたりの被害は12万5,000ドル、というものである。出どころは、公認不正検査士の職能団体が毎年出している報告書である。
まず、この団体の報告書は査読誌ではない。 会員に配ったアンケート調査である。「だから間違っている」ではない。査読の手続きを通っていない、という事実である。
そして、原典の要約ページを開くと、こう並んでいる。MEDIAN LOSS PER CASE: $125,000(1件あたりの中央値:12万5,000ドル)。そのすぐ横に、もう1行ある。AVERAGE LOSS PER CASE: $1,509,000(1件あたりの平均:150万9,000ドル)。
同じ報告書の、同じ集団についての数字である。12万5,000ドルは平均ではなく、中央値だった。 そして同じ年版の平均は、約12倍のところにある。
なぜこれほど離れるのか。中央値は、件数を金額の順に並べたときの真ん中の1件である。平均は、総額を件数で割った値である。 少数の桁違いに大きな案件が入っていると、平均だけがそちらへ引かれ、中央値はほとんど動かない。この報告書の2020年版は、125の国から集めた2,504件で、総額は36億ドルを超える、と書いている。 総額を件数で割れば、平均が中央値の遠くに来るのは当然である。
どちらが正しい、という話ではない。 中央値も平均も、同じ集団についての正しい要約である。取り違えられているのは、どちらを引いたかのほうである。
しかも、その数字は引かれている年版のものではない
12万5,000ドルは、たいてい 2022年版の数字として引かれる。ところが、これは2020年版の数字である。
2022年版の報告書を開くと、こうある。2,110件、133の国、総額36億ドル超。1件あたりの中央値は11万7,000ドル、平均は178万3,000ドル。
つまり、広く流通している一文は、二重に外している。統計量を取り違え(中央値を平均と呼び)、年版を取り違えている(2020年版の数字を2022年版と呼ぶ)。 そして、この二つの取り違えは互いを隠す。年版が違うと言われても数字が近ければ気づかれないし、中央値と平均を混ぜていても、どちらの年版か曖昧なら照合されない。
誰が答えた調査なのか
母集団の作り方も見ておく。2020年版は、調査に参加した公認不正検査士のそれぞれが、自分が調査した特定の1件の不正について、77問からなる詳細な質問票に答えたものである。 そして——調査には合計7,516件の回答が寄せられ、そのうち2,504件がこの報告書の目的に使えるものだった。
2022年版も作り方は同じである。5万3,118人の公認不正検査士に開かれた2021年7月から9月までのオンライン調査で、回答者は2020年1月以降に自分が調査した最大の1件について記述するよう求められた。7,890件の回答のうち、2,110件が使えるものだった。
ここから何が言えて、何が言えないかは、はっきりしている。 言えるのは、見つかって、調査され、その調査をした人が回答を寄せ、しかもその人が「自分の最大の1件」として選んだ案件の分布である。言えないのは、組織一般で起きている不正の分布である。見つからなかったものは入らない。調査されなかったものも入らない。回答しなかった人が扱った案件も入らない。 そして、組織の無作為抽出ではないので、「統制の弱い組織ではいくら失われるか」を推定できる設計ではない。
どんな会社に不備が出るのか
査読誌の側に移る。2007年に *Journal of Accounting and Economics* 44(1-2):193-223 へ出た論文は、2002年8月から2005年8月までに重大な内部統制の不備を開示した米国企業779社を標本にして、こう報告している。内部統制の重大な不備は、より小さく、より若く、財務的により弱く、より複雑で、急速に成長しているか、組織再編を経ている企業で、より起こりやすい。
さらに、不備の種類で分けている。全社的な統制の問題という、より深刻な問題を抱える企業は、より小さく、より若く、財務的により弱い。一方、特定の勘定科目に固有の問題を抱える企業は、財務的には健全である傾向があるが、複雑で、多角化していて、急速に変化する事業を持っている。
ここは向きを取り違えやすい。この論文は「統制が弱いと業績が悪くなる」を測っていない。「どんな企業に不備が出るか」を測っている。 小さくて若くて財務が弱い企業に不備が多い、という結果は、不備が原因だとも、不備が結果だとも読める。 そして、この標本は不備を開示した企業である。開示に至らなかったものは入っていない。
なお、この論文には作業論文の段階の版があり、そちらの標本は261社だった。掲載版で対象期間が延び、779社に広がっている。 同じ研究でも、どの版を見たかで標本の数が変わる。
別々の雑誌に、2年をおいて、逆向きの結果が出た
では、統制の不備は何かに効いているのか。ここで結論が割れる。
2007年に *The Accounting Review* 82(5):1255-1297 へ出た論文は、内部統制の不備を開示した企業と、開示しなかった対照群を比べて、こう書いている。いくつかの代理指標を用いると、不備のある企業のほうが、株主資本コストの推定値が高い。しかしながら、不備に伴う高い資本コストは、企業の基礎的な特性と、アナリストの予想の偏りを統制すると消える。全体として我々は、平均的には、内部統制の不備が直接に高い資本コストと結びついてはいないことを見出した。
2009年に *Journal of Accounting Research* 47(1):1-43 へ出た論文は、逆を向いている。他のリスク要因を統制した上で、内部統制に不備のある企業は、固有リスク、システマティック・リスク、株主資本コストのいずれも有意に高いことを見出した。 そして変化の分析で、監査人が確認した内部統制の有効性の変化のあとには、株主資本コストに50から150ベーシスポイントの範囲の有意な変化が続くとしている。ベーシスポイントは0.01パーセントポイントなので、0.5から1.5パーセントポイントということである。
ここは、言い方を正確にしておく必要がある。 この2本は同じ号に並んだ往復ではない。 掲載誌が違い(*The Accounting Review* と *Journal of Accounting Research*)、号も違い、2年をおいて出ている。 互いへの反論として書かれたものでもない。書けるのは、別々の雑誌に、2年をおいて、逆向きの結果が出た、ということだけである。
そして、逆を向いた理由は「どちらかが間違っている」より前に、何を統制変数に入れたかのところにある。企業の基礎的な特性とアナリストの予想の偏りを入れると関係は消え、他のリスク要因を入れると関係は残る。 統制変数の選び方が、結論の向きを決めている。
書誌にも一つ罠がある。2009年の論文はDOIの中に2008という数字が入っているが、掲載は2009年の47巻1号である。 オンラインで先に出た年が、そのまま識別子に残っている。
測られていないものを、測られたことにしない
この分野には、ほかにも制度の効果を測った研究がある。2010年の *The Journal of Finance* 65(3):1163-1196 は回帰の不連続を使って制度の費用と影響を、2011年の *Journal of Accounting Research* 49(2):413-448 は米国の小さな上場企業を対象にした自然実験で、監査を伴う開示と伴わない開示の違いを、2013年の *Journal of Accounting and Economics* 56:267-290 は企業内部の当事者から見た遵守の経済的効果を扱っている。
そのうえで、ひとつ書いておく。 「月次の決算の精度と、経営の判断の速さに正の相関があることが複数の研究で確認されている」という言い方がある。2026年8月に、この主張を支える査読論文を探したが、行き着かなかった。 ここに挙げた研究はどれも、不備がどの企業に出るか、不備の開示が資本コストとどう関係するか、制度の費用がいくらかを測っているのであって、決算の速さを測ってはいない。 測られていないことは、測られていないと書く。
時間・変化:2002年から2022年まで、何が積み上がったか
順に置く。2002年から2005年、米国で重大な不備を開示した779社が集まり、それがどんな企業かが調べられる。2007年、不備と資本コストの関係は、企業特性とアナリストの予想の偏りを統制すると消える、という報告が出る。2009年、別の雑誌に、他のリスク要因を統制しても関係は残る、という報告が出る。2010年と2011年と2013年、制度そのものの費用と効果が測られる。2020年、職能団体の報告書に、中央値12万5,000ドルと平均150万9,000ドルが並んで載る。2022年、同じ団体の次の版で、中央値は11万7,000ドル、平均は178万3,000ドルになる。
20年で積み上がったのは、答えではない。 積み上がったのは、どの数字が何を数えているのかという注記のほうである。そして注記は、外に持ち出されるときにたいてい落ちる。
妨げるもの、助けるもの、最初の一歩
妨げるものの筆頭は、数字が引用されるたびに、注記だけが軽くなることである。中央値という語は消えやすい。年版は消えやすい。「誰に訊いた調査か」はいちばん先に消える。 残るのは金額だけで、金額はいちばん記憶に残りやすい。
標本の偏りを断っておく。ここまでの証拠は、米国の上場企業と、職能団体の会員が回答した調査から採られたものが大半で、規模は779社、2,504件、2,110件である。調査票に答える余裕のある人と組織だけが標本に入っている。 日本の経理の実務を対象にした査読研究はごく少ない。 そして——成功した組織のデータだけが残る、という逆向きを排除できない。 開示に至った不備、見つかった不正、回答できる担当者のいる組織だけが記録に入っていて、見つからなかったもの、開示されなかったもの、答える人がいなくなった会社は、たいてい最初から入っていない。
助けになるのは、金額を見たときに、統計量の名前を先に探すという一手である。中央値か、平均か。どちらとも書かれていなければ、その数字は、どちらとも言えない。 次に、何年の版かを探す。最後に、誰に訊いたのかを探す。
もうひとつ助けになるのは、自分が数字を写した回数を、一度だけ数えてみることである。転記も、入力も、貼り付けも、写す動作である。回数が多いことが悪いという話ではない。 数えてみると、自分の手元でいちばん正確さが要る場所がどこかが、はっきりする。
最初の一歩は10分。今日、自分が数字を写した回数を記録する。内容は書かない。回数だけでよい。
次の単位は 219「リスク検知・異常感知力」——まだ数字になっていない兆しに気づく、という言い方が、どこまで確かめられているのかという話へ進む。
- 広く流通している「不正の1件あたりの被害は12万5,000ドル」という数字は、平均ではなく中央値(MEDIAN LOSS PER CASE)である。同じ報告書の同じ集団についての平均(AVERAGE LOSS PER CASE)は150万9,000ドルで、約12倍離れている。
- その12万5,000ドルは2022年版ではなく2020年版の数字である。2020年版は125の国から集めた2,504件・総額36億ドル超、2022年版は133の国から集めた2,110件・総額36億ドル超で、中央値は11万7,000ドル、平均は178万3,000ドルである。
- この報告書は査読誌ではなく、職能団体の会員アンケートである。2020年版は、参加した公認不正検査士が自分の調査した1件について77問に答えたもので、7,516件の回答のうち2,504件が採用された。2022年版は5万3,118人に開かれた2021年7〜9月の調査で、7,890件のうち2,110件が採用された。組織の無作為抽出ではない。
- 2007年に *Journal of Accounting and Economics* 44(1-2):193-223 へ出た論文は、2002年8月から2005年8月までに重大な内部統制の不備を開示した米国企業779社を標本に、不備は、より小さく・より若く・財務的により弱く・より複雑で・急速に成長しているか組織再編を経ている企業で起こりやすい、と報告している。作業論文の段階の版では標本は261社だった。
- 2007年の *The Accounting Review* 82(5):1255-1297 は、不備に伴う高い株主資本コストは、企業の基礎的な特性とアナリストの予想の偏りを統制すると消える、と結論している。平均的には、不備が直接に高い資本コストと結びついてはいない、という向きである。
- 2009年の *Journal of Accounting Research* 47(1):1-43 は逆を向いており、他のリスク要因を統制しても、不備のある企業は固有リスク・システマティック・リスク・株主資本コストのいずれも有意に高いとし、監査人が確認した有効性の変化のあとには資本コストに50から150ベーシスポイントの変化が続くとしている。これは0.5から1.5パーセントポイントにあたる。
- この2本は「同じ号での往復」ではない。掲載誌も号も違い、2年をおいて出ており、互いへの反論として書かれたものでもない。書けるのは、別々の雑誌に2年をおいて逆向きの結果が出た、ということまでである。結論の向きを分けているのは、何を統制変数に入れたかである。
| よくある誤解 | 実際のところ |
|---|---|
| 不正の平均被害額は1件あたり12万5,000ドルである。2022年の調査で分かっている | 12万5,000ドルは平均ではなく中央値であり、しかも2020年版の数字である。同じ2020年版の平均は150万9,000ドルで約12倍離れている。2022年版の中央値は11万7,000ドル、平均は178万3,000ドルである。統計量と年版の両方が取り違えられている。 |
| 内部統制の不備は資本コストを押し上げる、と実証されている | 結論が割れている。2007年の *The Accounting Review* 82(5) は、企業の基礎的な特性とアナリストの予想の偏りを統制すると関係は消えるとし、2009年の *Journal of Accounting Research* 47(1) は、他のリスク要因を統制しても関係は残り、資本コストに50から150ベーシスポイントの変化が続くとしている。何を統制変数に入れたかが向きを分けている。 |
| この2本は同じ議論の往復なのだから、後から出たほうが決着をつけている | 同じ号での往復ではない。掲載誌も号も違い、2年をおいて出ており、互いへの反論として書かれたものでもない。書けるのは、別々の雑誌に2年をおいて逆向きの結果が出た、ということまでである。 |
皮肉なのは、数字の正確さを扱うこの分野で、いちばん頻繁に写し間違えられているのが、この分野を代表する数字だという点である。中央値という語は3文字で、平均という語は2文字だから、たぶん短いほうが生き残る。そして年版は西暦4桁で、いちばん先に落ちる。残るのは金額だけで、金額は誰でも覚えられる。数字を写す仕事をしている人がいちばんよく知っているとおり、写す回数が増えるほど、注記から先に消えていく。
Q1. 広く引かれる「1件あたり12万5,000ドル」は、平均ではなく【 ① 】である。同じ年版の平均は【 ② 】ドルで、約【 ③ 】倍離れている。穴埋め
Q2. この報告書の2022年版は、【 ① 】件・133か国を集計しており、1件あたりの中央値は【 ② 】ドル、平均は【 ③ 】ドルである。穴埋め
Q3. この報告書の標本はどのように作られているか。そこから言えることと、言えないことを1つずつ述べよ。一問一答
Q4. 内部統制の不備と株主資本コストについて、2007年の *The Accounting Review* と2009年の *Journal of Accounting Research* の関係を、本文はどう記述しているか。選択
Q5. 2007年に779社を分析した論文が報告した内容として、本文の記述に合うものはどれか。選択
今日1日、自分が数字を写した回数を数える。写すとは、ある場所にある数字を別の場所へ移す動作のことで、手で書き写す、打ち込む、貼り付ける、読み上げて伝えるのすべてを含む。紙かメモアプリに今日の日付を書き、その下に、写すたびに1本ずつ縦線を引く。時刻も、内容も、どの数字かも書かない。回数だけを残す。1日の終わりに縦線を数え、合計を1つの数として書く。さらに、その合計のうち、同じ数字を2回以上写したものがあれば、その回数も書き添える。無ければ0でよい。回数が多いことも少ないことも、良し悪しではない。いま組織に属していない場合や一人で全部を回している場合は、家計の記録、健康の記録、買い物の控えなど、自分が扱っている数字で同じように数えればよい。
——とはいえ、その“正しい用法・用量”は、まだ誰も知らない。ここまでの研究に、あなたのデータは1件も入っていないからだ。平均は地図にすぎない。自分の“いい具合”は、試して探すしかない。
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